Beloved

みのりみの

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好きな人大切な人

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「ひろこちゃんすっごい良い!この表情なんかサイコー」

「なんだろう。ひろこってやっぱり色っぽいのよね。独特の。これを嫌う男は世の中いないでしょ」

「この唇がいいよな」

写真は慶とキスした余韻を残すかのように唇がそこだけ熱を帯びたかのように見える。

色っぽい、艶のある女。そんなところか。

撮ったポラを並べてみんなで見入りながら久々のグアムに私は解放感からかとにかく元気はあった。

不安な事は確かに心の中にある。

これから仕事が決まるかなの不安
写真集売れるかなの不安
そして、慶のこと。

あの日のキスをいつも思い出す。 
撮影中もずっと考えて頭から離れない。

あの夜たくさんキスしてくれた。
それが優しくて。優しすぎて。愛しくて。

「電話するよ」

明日からグアムに行くと伝えて別れた。

あの自転車は転んだ時のはずみでフレームが凹んでいた。
ごめんねと謝ったら夏の思い出だと笑っていた。

自転車の凹みを見て私を思い出してくれるのならそれだけで嬉しい。


「ひろこかわいー!そのハイビスカス頭につけてみて!そう!そのまま、そのままー」

空き時間にはスタイリストの花ちゃんと、花ちゃんの趣味が写真だというので自前のカメラで撮ってもらった。

「こんだけかわいいと撮り甲斐があるわ」
「花ちゃんも撮ってあげるよ」
「私はいいから!ひろこを撮りたいのよ!もっと撮っていい?」

割と歳も近いからか花ちゃんとは気が合って遊井さんも友達ができて良かったねと言っていた。

しかしこんなにかわいく写真撮ってもらって、肝心の写真集より出来は良いんじゃないか?と思うくらいに花ちゃんの写真の私はキラキラとしていた。夢見心地だった。それは海外の真っ青な空と海に白い浜辺というシチュエーションもあるだろうけど、それよりも慶との事ばかり考えている。
私は恋している。その足元おぼつかないフワフワ感だ。

日陰でジュースを持ってきて水分補給をすると近くのテーブルからだろうか、アップテンポな曲がBGMのように流れてきた。

「あ、これ!SOUL!」  

「SOUL?」

「私、来月から1年契約だけどSOULの専属スタイリストになるのよ。嬉しくてさー今からドキドキ!」

「へー花ちゃんすごい!おめでとう!」

ジュースをお互いに持ち乾杯をした。

「1年だけどね。お金もけっこうよくてさ。何よりSOUL大好きだからめちゃくちゃ嬉しくて!」

花ちゃんは目を瞑って歌を口ずさむ。
メロディと歌詞が歌いやすくて頭に残る。
慶も好きなSOULの曲。楽屋でワンナイメンバーも騒いでいたあのアーティストだ。

『ひろこも一緒にライブ行こうよ』

初めてのデートの日のカラオケ。

2人でライブ。
行きたいな。
慶と2人ならどこへでも行きたいよ。

また慶を思い出す。

「この歌はさ、大切な人への歌なのよね。ひろこ知ってる?恋愛って好きな人と大切な人、2種類あるんだって。」

「うーん。深いな。2種類?」

「好きな人と大切な人は違うからね。好きな人は心の底から好き!なんだけど大切な人は大切だからこそずっと一緒にいたい人。ひろこはどっちと結婚するのかな」

「そりゃ好きな人とでしょ」

「それは当たり前だよ。でも本当に大切な人が現れたらどうする?」

「私にとって好きな人も大切な人も同じよ。分ける事なんてできないよ」

花ちゃんはふふーんと笑った。

「ひろこはまだ19歳だから。これからいろんな人に出会ってからでいいんじゃない?」

グアムの澄んだ青空の下で花ちゃんの撮ってくれた写真を見ながらまだ確かにあどけないかな、と思う自分の顔を見た。

慶は何しているのだろう。
ちょっとした事でも思い出す慶の事。

仕事してても、花ちゃんと話してても。
お土産買って、帰ったらすぐ電話して会いに行くんだ。

ショッピングセンターで山盛りのカートを遊井さんに押してもらいながら慶や美咲達に買うお土産を選んだ。

「男、できたのか?」
「え?」

振り返るとアロハシャツでこれまたチンピラ感漂わせて遊井さんが聞いてきた。

「なんで?なんでそんな事聞くの?」
「・・顔に出る」
「顔?何?嬉しそうって事?」

私は慌てて頬をなぜか抑えていた。

「恋するとな。まぁそれでひろこがモチベーション保てて良い仕事に繋がれば俺は何も思わないけど。でも、放任主義ではないからな。それだけは言っとく」

「あ、そう。」

それだけ流してその場は終わった。

明日はもう日本に帰れる。

帰ったらとびきりの笑顔で会いたい。


日本に着いたのはちょうど金曜日の夕方だった。

遊井さんとオーディションを確認しながら車で目黒のマンションまで送ってもらった。

受けたいな、やってみたいな、そんなオーディションや仕事の案件はまったくなかった。

「ワンナイみたいな番組、あーゆうのはもうしばらく出てこないんじゃないかな。ワンナイは良かったけど、芸人もいるようなバラエティにひろこ出すってのもなんかまだ早いような。特別ひろこ面白い事言えないよな?」

遊井さんがブツブツと言う。

無職。

なんて考えた事ないけど仕事が決まってない事自体がもう無職と同じなのではないか。

目黒のマンションに差し掛かると気持ちが晴れて来た。

「じゃあ土日はゆっくり休んでるから。」
「電話だけは出てくれよ」

手を振って私は部屋に入り、キャリーケースからお土産をバサバサと次々に出した。

慶に渡すチョコレートとクッキーを探しながら私は慶に深呼吸してから電話をした。
お土産を持ってこのまま地元に戻るつもりだ。

『はい』

6コール目で慶は電話に出た。

「ただいま。」

『ひろこ?おかえり!楽しかった?』

「うん。暑かったよ」

窓をガラガラと開けて外を見た。

9月も下旬の夕方。
夏も終わりだというのにまだまだ暑い。
湿った空気がぶわりと部屋に入ってくる。

夕暮れのオレンジがキレイな景色の中で蝉がビリビリと音を立てて飛んで来て目の前の木にヨロヨロと着地しているのが目に入った。

今から、会いに行ってもいい?と言うところで慶の電話がガヤガヤとしている事に気がついた。

「今、外?どこにいるの?」

ガヤガヤとして慶が答えない。
電波が悪いのか、慶に私の声が聞こえていないのか。

『俺、彼女ができた』

「・・・」

何?今、何て言ったの?

ううん。ハッキリ聞こえた。

目の前の蝉が力なくフラフラと木から地面へ転がり落ちていった。音もせずにすーっと落ちていった。

死んだんだ。

私の目の前が真っ暗になった気がした。

意味、ワカラナイ
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