Beloved

みのりみの

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好き

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「ひろぽん。」

楽屋を出る時に秀光さんとバッタリ会ったと思ったら突然缶コーヒーを渡された。突然すぎて、まるで私の事を待ち伏せでもしていたのかと思った。私は勢いで缶コーヒーを受け取った。

「番組打切りになってごめんね。もうチンピラみたいなマネージャーから聞いた?僕スポーツ局に異動になっちゃってさ」

「スポーツ局!えーカッコいい!秀光さん次は何するんですか?」

「局長なの。だから番組も作れないんだよ。偉くなっても楽しくもなんでもないかもね。」

私はビックリして缶コーヒー片手に拍手した。

「すごいじゃないですかー!局長!秀光さんおめでとうございます!」

少し照れながらまぁまぁと言ったかんじで笑いながら眼鏡の位置を治していた。

「視聴者からもひろぽんは評判良かったんだよ。僕もね、オーディションでひろぽん見た時絶対この子がいいって思ったんだよ。もっと成長するひろぽん見てみたかったな」

初めてのTVの仕事がこの面白いおじさん、秀光さんと一緒で良かった。

「秀光さん、ありがとうございます。私まだまだ頑張るから」

今日は最後のワンナイの放送。

夏も終わる。
さみしいけど、この夏はいろんな事があった。

何年か経てば、それもまた懐かしい思い出となるのだろうか。

19歳になった私の夏。

「ひろこもありがとうねー」

「みやびちゃーん!さみしーよー」

収録前からワンナイメンバーで卒業式の如く悲しみ、思い出話しで笑いあい、連絡先の交換。記念撮影。プレゼント交換。

さみしいけど、みんな次のステップに進むんだ。

みんな、綺麗。

スタジオでいつもの定位置に座り改めて見るとかわいい子ばかり。
それはこの席に座れている自分もそう思われているのだから誇りに思わなくてはいけない。

「ひろこ、次仕事何か決まってるの?」

隣の席の6歳年上の瀬奈ちゃんがCM中に声をかけてきた。

「写真集は出すけどレギュラーはないの」
「いいなー写真集!私、もう仕事ないから彼氏と結婚して引退するかも」
「えーもったいない!」 

瀬奈ちゃんはメイクさんから受け取った鏡で目の下を擦っていた。

「ひろこなんてまだ若いんだし、これからじゃん。こないだ合コンで支倉大介来たけど、支倉さんもひろこのファンだって言ってたよ」

「えー?支倉大介?!あの、支倉大介!」

突然人気アーティストの支倉大介なんて名前を聞いてビックリした。
音楽に疎くても今最も輝く支倉大介は誰でも知っている。

「見てないところで、じゃなくてメディアに出てる以上は見られてるんだから。ひろこ支倉さんの連絡先教えようか?喜んで会いに来るよ。てゆーかひろこならすぐ支倉さんの彼女になれるよ。」

「無理無理!」

笑いながら、もう結婚を考えてる人もいるんだと思った。

結婚なんて今の私には程遠い事なんだけど、改めて結婚するという選択肢もあるという事を考えた。

大きな拍手に包まれて、最後は穏やかにワンナイは終了した。

私の初めての仕事。

花束を抱えてスタジオを出ると遊井さんがチンピラのごとく待ち構えていた。

「おつかれ。ひろこはこれからだからな」
「分かってるって」

心なしか色眼鏡の奥で遊井さんは涙ぐんでいるんじゃないかと思った。

と思ったら帰りの車の中は明日からのグアムロケの事で持ち切りだった。

「水分は摂りすぎるなよ。絶対だぞ。」
「分かってる。分かってます!」

車の外を見たらちょうど慶の住む高級住宅街を通った。慶の家は、どこなんだろう。ぼんやり見ていたら浜田山中学の前を通過した。

グランドに人がいるのが分かった。

慶?

その瞬間、あの日乗っていた白い自転車が無造作に停められているのが一瞬見えた。

鼓動が速くなった。

サッカーやってるんだ。

自宅に着いて遊井さんに降ろしてもらい車が見えなくなったと同時にすぐタクシーを止めた。

「浜田山中学までお願いします!」

まだいるかな、慶はいるのかな。
まだ帰らないで。
帰らないで。
お願い。

深夜の交通量もあってものの5分タクシーを走ったところで中学に着き私は走ってグランドに行った。

息切れしながら、どうしても慶に会わなきゃと思った。

広いグランドに慶が私に気付いたのかこっちを見た。
まさか来ると思わなかったのか呆然と立っていた。

しばらくお互いがお互い無言だった。

呼吸を整えたいのに、ドキドキが加速してもう何から話していいのか分からなかった。

「なんで、いるの?」

慶が私に近づく事もせずに言った。 

「噂、聞いてきたの」
「・・・」
「一緒にサッカーしようと思って」
「・・・」

慶は何も言わず散らばったボールを集めながら私にボールを蹴ってきた。
それをヒールで止めて私は慶に蹴り返した。
ボールはうまく蹴れなかったりでしだいに慶も笑顔があふれてきた。

「今、ちょうどひろこの事考えてたから本物出てきてビックリした」

「私の事?何考えてたの?」

私の蹴ったボールは全然違う方向へ飛んでいきボールはコロコロとグランドの片隅に消えて行った。 

「ヘタクソー!」
「しょうがないでしょ!ヒールなんだから」

夏の終わりの真夜中のグランドは夜空が広がり2人だけしかいないグランドはとてつもなく広く特別な時間に思えた。

「ひろこ、渋谷聖女学館行ってたよね?高校生の頃一度見かけた事があったんだ」

「えー!なら声掛けてよ!」

「かけらんねーよ。男と歩いてたんだもん。彼氏?麻布高校の制服着てたよ」

「あ、そうだね」

高校時代の彼氏の事を思い出して妙に気恥ずかしくなった。

「慶はどんな恋愛してたの?彼女はどんな子だったの?」

「んーいたけど、忘れた」

「絶対うそだねー男の方がそうゆうの忘れないもんだよ」

「じゃあひろこは簡単に忘れるの?」

「忘れるよ!元彼なんてなおさら忘れちゃう。上書き保存なの」

ボールを思いっきり慶に蹴飛ばしたらゴールに入った。

やった!と思ったら慶はゴールを見ずに私を見ていた。

喜んではしゃいだ束の間、私も真顔になっていたかもしれない。

慶は何も話さないまま私を見ていた。

言いたい事はあるのに私も言葉が出てこない。

元彼は上書き保存できても、慶の事は忘れられないから困ってるんだよ。
分かってよ。
お願いだから分かってよ。
笑子との事はショックだけどもうそんな事どうでもよくなってきちゃったんだよ。慶、分かってよ。

頭の中で言いたい事が溢れてきてまとめきれない。

涙が出てきそうになった。

泣いたらダメだ。

私はぐっと堪えた。

「私、慶が好きよ」

考えた末に気持ちが抑えきれなくて自然と出てきた言葉だった。

これだけは伝えたかったんだ。

慶がゆっくり歩いて来た。

優しい瞳から目が離せない。
慶の目には私が映ってる。

私にはもう慶しか見えない。

慶が走り出して私の元まで来たと思ったらギュッと抱きしめた。
私は慶の背中に手をまわして慶の温もりを感じた。

ゆっくり唇が重なった。
こないだキスした時よりもずっとずっと優しい。

慶は私の事どう思っているの?

なんでキスしてるの?

聞きたい事はたくさんあるけど今はどうでもいい。

慶が好き。

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