Beloved

みのりみの

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謝罪

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慶が指定したのは私の実家の最寄駅だった。

「会おうよ。今から」

唐突な誘い。
夜は20時をとっくに過ぎていた。

駅は都内でも中央線の人気エリアだけに普段は人目も多いけど日曜日の今日は目を見張るくらい人はいなかった。
日曜の夜に飲み歩くなんて普通のサラリーマンなら明日からの月曜日に家で備えているはずだ。

急いで支度して必然的に最近買ったお気に入りの赤いワンピースを着て家を飛び出た。

駅の近くまで来て、どこを見ても慶らしき人影を見ないと思ったら暗い脇道から歩いて来た。
遠くからでも分かるひょろっとしたスタイルに鍛えているであろう肉体がTシャツのラインですぐ分かる。

ドキッとしたけど平静を装っている自分がいた。

「ごめん。待った?」

「ううん。今、来たとこ。」

お互い特に笑顔でもなかった。ただ落ち合うと彼はしばらくじっと私を見ていた。

「・・・似合うね」

「何が?」 

「ワンピース。赤で、似合ってる。赤が似合うのか、」

真顔で突然ワンピースを褒めてきた。
悪い気はしないけど違和感が少し残った。

赤いワンピース、本当は可愛くなかったのかな。目立ちすぎるのかな。
いや。可愛いハズ。衣装さんから一目惚れして買い取った新作のmiumiuだ。

自分の中で悶々としながらも慶を改めて見るとやっぱりドキドキした。

「車、そこに停めてきたんだけどご飯まだなら軽く食べに行かない?」

「食べてないのよ。お腹空いてる」

慶の誘導する脇道から暗がりの方へ2人でゆっくり歩いた。

「いつから食べてないの?」

「昨日歩と遊んで帰ってきてそのまま寝たり起きたりだからもう24時間食べてないわ」

「えー!倒れない?細いのに。今日はたくさん食べてよ」

少し汚れたカローラが停まっていてそこに行くと思ったらその後ろに停まっている黒いポルシェの鍵を開けている。

「!!ちょっとー!大学生でしょ?なんでポルシェなのよ!歩なんてアコードよ!しかも中古!」

彼はポカンとした顔をしたけどすぐにふふっと笑って私に顔を近づけて言った。

「おばあちゃんからの入学祝いなんだ」


鈍い独特なエンジン音を響かせて車は新青梅街道を新宿方面へ向かった。

「大学生でポルシェなんてモテモテでしょ。御曹司だもんね」

「なんで俺のファミリー事情知ってるの?」

横から彼の真顔であろう声が耳に入る。口が滑ってしまった。

よく考えたら私が一方的に好きになって告白しただけで私達はお互いの事なんて全く知らないのだ。呼び名だって、慶くん?有月くん?分からない。そんなレベルだ。
なんて答えていいか散々答えを選んではぐらかした。

「噂」

それに反応したのか私の顔を見てあっはっはっと笑い出した。

「何?何がおかしいの?」

慶はしばらく笑っていてその横顔がなんともいえない中学の頃のあの大好きな少年らしい笑い顔だった。その笑い顔に私もつい顔が綻んだのが分かった。

手首で目を擦る。
信号待ちから加速する時。
行動ひとつひとつに私の目が奪われている。暗い車内で街灯りだけがところどころで彼の顔を照らす。
横から見ても慶は魅力的な顔をしている。運転して前を向く目つきも私の視線を引きつけた。
「イケメン」で一言片付けられるかもしれない。ただのイケメンなら顔がかっこいいだけで終わるけど、中学の頃の顔を知っているから余計心がザワついた。

「着いたよ」

西武新宿寄りの新大久保にほど近いボロボロの焼き鳥屋に連れて行かれた。近くに山手線と西武新宿線が走っていて、ガタンゴトンとひっきりなしに音がした。

へいらっしゃい!と言わんばかりのおじさんに古めかしい店内は煙でむわっとしていて日曜日でもそこそこ人は入っていた。

「お!今日はこれまたかわいい子と一緒だね。彼女?」

ドキっとしたけど、慶は何も答えずにおじさんににっこり微笑んだ。
この対応は育ちの良さからくるものなのだろうか。

「焼鳥、何が好き?」
「つくね!」

私達は隅っこのカウンター席に座らされ慶はよく来るのか手際よく焼き鳥を頼んだ。つくねが食べたいと言った私に答えてつくねが多めの焼き鳥の山に私達はビールで乾杯した。

店内は狭く、私の腕と慶の腕はぴったりくっついていた。
汗と湿気を吸い込んでのベタリとした肌なのに、なぜか私は嫌じゃなかった。
慶も腕をずらす事なく密着したままだった。私はその離れない腕にドキドキを隠すのに必死になっていた。

「えーと、名前」

「何?」

山盛りのやきとり2本食べたところで慶が言った。

「安藤ひろこよ。本名は漢字で紘子。糸辺に広いと書いて紘子」

焼き鳥が美味しくてビックリしていたら慶がつくねを取って渡してくれた。

「ひろこ、でいいの?」

「いいよ。呼んでみて」

あっはっはとまた慶は笑った。

「何がおかしいの?有月、くん?」

「けい。慶でいいよ」

「じゃあ、慶。」

たわいもない、名前の確認だけでなんだか気持ちが温かくなる。はじめまして、でもないのになんか変で。

「ひろこっておっかしーのな。なんかこうさ、自分の本能のまま生きてそのまま言葉にしてるとことか本当可笑しい。うんうん。おもしれー」

いい事なのかダメな事なのか酒の力もあり分からなくなってきそうだ。

「昨日、俺もクイーブに飲みに行ったんだよ」

しまったと思った。
笑子を殴ってたの、この人見たのかなと思ったらやっぱりその通りだったようでまだ笑っていた。

「ちょうど店入ったら女の子同士喧嘩になってるって騒いでて見たら気持ちよかったなーあのひろこの一発!目に焼き付けたよ」

「先に手を出してきたのはあっちの方よ」

私はつくねを食べながら恥ずかしくて顔も見れなかった。その横で慶はよっぽど面白かったのか、ケタケタと笑い続けた。

「俺笑ってるけどさ、嬉しかったんだよ。こんな自由に生きてる子がいるんだって。日本も捨てたもんじゃないよなーって。昨日は酒が美味かったよ」

優しそうな笑った顔。ふわふわの少し色素の薄い髪色もあの頃のまま。話しててどこか心地が良い。
この人はきっとすごくモテるんだろう。焼き鳥1本食べるにしてもジョッキで飲むしぐさも、どこかしなやかで目を引きつける。そしてまだまだ話していたいと思う。
私はつい慶をじっと見つめていた。視線をなぜか外せなかった。
それに気付いたのか慶も私を見つめた。

「こないだは、ごめん」

急に真面目な顔をした。

「気、悪くしたよな。帰って色々考えてさ。悪かったなと思って」

目の前で焼き鳥がパチパチと音を立てて焼けた音がする。そんな音の中でも慶の言葉が胸に刺さった。私の目を見て申し訳なさそうな顔をしていた。
私も、と言い返そうと思ったところで慶は目線をテーブルに落とした。

「久々に会うから、なんていうか俺も緊張してたんだよ。うん。だから、本当ごめん。」

素直な人なのだろうか。自分の中で照れと嬉しさもあった。私に会うのに緊張していたと聞いて。私だって緊張していた。あの、池袋の西口に出た時のドキドキは今も覚えている。
慶も私と同じ気持ちだったの?
そう思うと心が何か動いた気がした。イガイガしていた心の棘がとれていくかのような、そんな感情が湧いた。

「私も言い過ぎたところあったよ。だから」

「謝んないで。俺が謝りたくて今日は呼んだの。」

「・・優しいね」

私は慶を見つめて多分、すごく嬉しそうな顔をしていたんだと思う。つられて慶も優しそうに笑った。


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