俺のカノジョに手をだすな!

みのりみの

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命懸け

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『ひろこは今どこにいるの?』
『六本木で収録!』
『ひろこにあいたい』
『会ったら、何するの?』
『2人ですること』
『トランプ?』

年末の慌しい中でひろことのメールはのんびりまったり平和だったけど俺の中では全然平和ではなかった。

「昨日、うちの社長とひろこちゃんの社長が会ってたみたいだよ。今日の23時に行くからな。」

さっきアッキーに言われてついにこの時が来たかと思っていた。

『ひろことトランプしたいよ』

メールを返して思った。

いつまでも、このひろことの幸せを感じられればいい。
どんなに俺が苦労しようとも。



ぴったり23時にひろこの事務所へアッキーと向かった。
アッキーも同席するつもりだった。いつになくアッキーも無言で俺も無言でひろこの事務所へ行った。

「失礼します。」

2人で軽く頭を下げて入るとひろこの社長は自分の椅子に座っていた。

「暮れに、しかもこんな遅くにお時間頂いて申し訳ありません。」

「申し訳ありません。」

アッキーが先に挨拶して続いて俺も再度頭を下げた。

「春くんと、2人で話したいんだけど。下がってもらってもいい?」

タイマンだ。

「分かりました。」

即座にアッキーが部屋を出て俺は1人立っていた。2人だけの社長室という個室はなんとも緊迫感があって暖房が効いて暖かいはずの室内なのに冷たく感じた。

「ソファー座っていいよ」
「はい。失礼します。」

俺は椅子に座る社長の顔が見える角度の位置でソファーに座った。



「ひろこが色々ごめんね。」



開口1番がこれだった。
また、子供に対しての優しい口調で俺に言った。

「いい女だからさ、春くんもハートやられっぱなしでしょ。分かるよ。結婚したい気持ちも。独り占めしたい気持ちも。」

「・・はい。」

「でもね、ひろこはうちの事務所の宝でもあるんだよ。すごく大切な子なんだ。今は特にね。ファンも離れたら身も蓋もないし。結婚なんて本当に今はできないんだよ。少なくともあと5年、結婚は待ってもらってもいいかな。ごめんね。」

想定内の言葉だった。そして口調が子供をあやすように優しく話す。
こないだとまるで変わっていない事に気づいた。

「5年も、待てないです。今すぐ結婚したいです。」

「なんで?」

言い方がキツくなった。

「ひろこが、必要なんです。俺の人生にも音楽活動にも、ひろこがいなきゃダメなんです。」

「春くんはさ、モテるでしょ?ひろこと付き合う前は女とっかえひっかえだったって聞いてるよ。ひろこがいい女だから手放したくないのも分かるけど、もっと他所を見たらいい女は他にもいると思うけど。」

「ひろこじゃなきゃ、ダメなんです。」

俺は社長の目を真っ直ぐに見つめて言った。自分の過去を言われて正直嫌な気持ちになったけど、嫌な気持ちを全面に出してる場合じゃなかった。

「女なんてさ、どんなにいい女でも一緒に生活してれば飽きがくるもんだよ。モテる春くんなら分かるよね?ひろこだって、いつかはおばさんになるんだよ。」

「ひろこが歳とれば、自分も歳をとります。ひろこと人生を歩みたいんです。」

「そんなの今だけだよ?綺麗事に過ぎないよ。春くんもいつかはひろこに飽きる日がくるんだよ。」

「ひろこに飽きる日なんて死ぬまできません。」


しばらく間があいた。
社長は壁を見つめながら、考えていた。その沈黙はやたらと長い気がした。

「同棲は?同棲ならいいよ。同じマンションに2部屋借りてもいいし。でも入籍は5年待って。」

「待てないです。」

社長と目が合った。
深い目をしていた。
ちゃんとまともにこの人の目を見た事がなかったけど、いろんなものを見てきたぞっていうような独特の怖さがあった。


『男は戦うんだよ!』

『どんなに困難があったって、2人でいるのが幸せなんだから』

剛くんとメグメグの応援してくれた声が聞こえた気がした。

「待てないってなんで?困るな。そういうの。うちのグループ会社全部でも目をかける売れっ子だよ?」


こんな修羅場でふと、沖縄のプールで泳ぎながらひろこを追いかけた時の事を思い出していた。

届きそうで、届かない。

必死でひろこの脚の指を目指して泳いだ。

絶対捕まえるって、ひろこを捕まえるって思った。


「お願いします。」


俺は無意識に席を立って土下座していた。
土下座で了承を得れるほど、簡単に事は進むとは思ってなかった。


「ひろこと、結婚させてください。」



好きで好きで。
病的なほど好きで。
絶対離したくなくて。
ずっと、俺のひろこでいてほしいから。

『ね、約束して』
『でた。春の約束』

約束って名目で繋いでたり、毎日の0時の電話で繋いだり、必死だった。
ひろこと恋人でいるために必死だった。
誰にも取られたくないんだ。


「売れっ子アーティストのイケメンボーカルが土下座なんて、度胸あるね。よっぽどひろこに惚れてるんだね。」

社長の足が俺の目線の先に見えた。


ゆっくり顔をあげたら険しい顔をして俺を見ていた。

「ソファー、座ってよ」

俺は立ち上がってソファーに座った。
社長も目の前のソファーに座った。肘を突きながら鋭い目で俺を見ていた。

「ボコボコに殴っても、それで済む訳じゃないしね。中学生の喧嘩じゃあるまいし。」

優しさなんて全くなかった。
遊井さんなんて、めちゃくちゃ優しいもんだ。
この人は、違う。
違うんだ。


「分かってる?ひろこだよ?安藤ひろこだよ?簡単には結婚させられないんだよ。」

「ひろこと結婚できるっていうのは罪だと思ってます。逆に言うと人生最大の失敗かもしれません。貧乏クジだったかもしれない。自分がここまで追い込まれるほど自分を見失うほど好きになりました。」


「・・・」


「ある意味、ひろこを一生大切にしていくのが、償いなんだと思っています。」




沈黙が続いた。
社長はまた壁を見つめながら、不機嫌そうな顔をしてやっと口をあけた。

「3つ、約束。できる?」

指で前に3本立たせてみせた。

俺は息をのんだ。

「1つ目。ひろことの事をメディアで絶対しゃべらない。」

分かってる。それは守れる。

「2つ目。ひろこと5年は子供をつくらない。」

分かってる。2人でいたいんだからそれも守れる。

社長はゆっくりゆっくり話した。
そのゆっくりが、ひとつひとつゾッとするくらい冷静な口調だった。

「3つ目」

指が3本揃ったところで顔つきが変わった。鬼の様な豹変したかのような顔だ。

「ひろこを泣かして傷物にしたら、いくら春くんでも殺すよ?」




3つ目を聞いた時、命懸けの結婚なんだと再認識した。



「書面で、遊井に作って送らせるから。サイン書いて送って。俺と春くんで1枚ずつ保管ね。」


「・・分かりました。」

「マネージャー、呼んでいいよ。もう帰っていいよ。」




『春のエッチ』

ひろこのイルカみたいな笑顔が浮かんだ。




「ありがとうございます。」


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