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『春くんに話したい事があるんだ』

剛くんからのメールにスーパーの袋に冷蔵庫にあるビールを10本パンパンに詰めて階段を降りて部屋に向かった。

剛くんとは会えば毎回朝まで浴びるほど酒を呑んでいた。
その時間が最近ではおれの心の支えであり癒しになっていた。
二日酔いは酷かったけど、それが唯一のストレス発散であり現実逃避だった。


「めぐめぐと、結婚する事になったよ」

突然の報告に俺はビックリして拍手をした。うらやましいって同時に思った。

「入籍いつ?剛くんおめでとう!」

俺達はビールをあけて乾杯しお互いぐっと呑んだ。

「まだ、事務所にしか言ってないんだけどさ、めぐめぐ妊娠したんだよ」
「え?本当?」

重ねてうらやましさが湧いてきた。
ひろこから何も連絡ないところをみるとひろこは妊娠しなかったんだと思っていた矢先だったからなおさらだった。
デキ婚なんて体裁悪いって思う人もいるだろうけど、結婚できる確実な理由になる。

「いつ産まれるの?剛くんも親になるんだね。そっかぁ。事務所、大丈夫だった?」

「7月に産まれるんだけど、事務所にデキ婚って世間には言うなって話になってさ。あくまで入籍してからできた子供って風にしたいから、早産でしたって事にして予定通り7月に産むよ」

どこの事務所もデリケートな問題なんだと思った。

「剛くんは、子供がほしくてつくったの?」

ビールを呑みながら剛くんはむせて笑っていた。

「1回だけ、本当たまたまできちゃったんだよ。いつかはほしいと思ってたけど、まさかできるとは思ってなくてビックリしたよ。」

剛くんは照れ臭そうに笑っていた。でもその顔はすごく幸せに満ちた顔をしていた。

「でもさ、めぐめぐも30歳だし事務所も結婚はどうぞってかんじだったから安泰だったのが救いかな。春くんはそうもいかないよね。天下のSPLASHで飛ぶ鳥を落とす勢いのひろこちゃんだもんね。安藤ひろこだよ?」

30歳までいけば、ひろこも結婚しても大丈夫だろう。だけど、そこまで待てる訳もない。

「もしも、俺がひろこと子供ができてたらどうなってたと思う?」
「え?子供できるようにしてたの?」

剛くんは俺を見てうらやましそうに見つめていた。

「できなかったけどね。」
「できるようにしてたの!?そこは大事だよ!答えてよ!!安藤ひろこに子種を植え付けてたの?!」

剛くんはオヤジくさく興奮していて俺はその顔がおかしくて大笑いしていた。

「あのひろこちゃんを腹ませたらもう大変でしょ。世間の目とファンの目と双方の事務所の目と、春くん戦争になるよ。大変だよ」

「じゃあ結婚だけだったらどう思う?」

剛くんはしばらく悩んで考えていた。

「今は無理だと思うけどね。」

「そっか」

当たり前だ。
普通の恋愛じゃないんだから。
そんなの分かってる。
でも俺は絶対ひろこと結婚するって思ってた。
あの、マリア像が思い浮かんだ。

『ひろこと結婚できますように』

俺が黙り込んだからか、剛くんは缶ビールを俺の持つ缶にカツンと当てた。

「大丈夫だよ。春くん大丈夫だよ。いざとなったら土下座してボコられてもいいくらいの覚悟でいなよ。戦えばいいじゃないか。男は戦うんだよ。」

「でも結婚どころか、もう別れてるんだけどね。」

「迎えに行ってあげなくていいの?もう誰かに取られちゃうかもしれないよ」

また、焦るあの気持ちが蘇った気がした。



『春、変なの。私は簡単に人を好きになったり、簡単に人を忘れられたりしないよ』


さみしくなって優しい男が現れたとしてもそっちに行くなって話した時のあの言葉。

ひろこは強いと思った。

純粋に俺の事、まだ忘れないでほしいって願ってる自分がいる。




「安藤ひろこをください。」

前に俺がひろこに言ったのと同じ事を俺に言う奴が目の前に現れた。

ラジオ収録の帰り、俺はアッキーの迎えの車を待つためラジオ局内の車両待合室で1人だった。そこにサングラスをした俊が現れた。

「安藤ひろこは、ものじゃないよ」

「分かってます。でも、好きなんです。春さん、別れてください。お願いします。」

俊の事はインディーズから知ってはいたけど、ほぼ初めて話したようなもんだ。

ライバルというか、同じビジュアル系で俺と声が似てるなんて言われれば気分はよくなかった。きっと俊も同じ気持ちだったと思う。

普通ほぼ初対面の人にそんな事言えるか?と思ったけど、俊は顔が真剣だった。
嫌いな人に頭を下げてまで、その気持ちを考えるとよっぽどの事なんだろう。

「1人の女の子にこんなに心を奪われたのはじめてなんです。」

まさか別れたよ、なんて言えるはずはない。言ったら俊がどうひろこに出るか、なんて分かってる。

俺は俊は嫌いだけど頭を下げた姿が痛々しくてたまらなくなった。でも切ないくらい気持ちは理解できた。

ひろこを好きになる苦しさだ。

『アリ地獄みたいになりそう』

前に聖司に言われた事を思い出した。今思うとアリ地獄どころじゃないかもしれない。
まるでハマると覚醒剤のように虜になる。なくては生きていけない。
手放したら廃人になる。
同じだ。

「頭、あげてよ。」

俺より少し背の高い俊は頭を上げてサングラスをとった。

「人間、生き物だから、心があるからむづかしいよな。」

誰でもいいならとっくに電話をかけてきた女の子と会ってセックスしてる。

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