俺のカノジョに手をだすな!

みのりみの

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俺はタクシーで1時間ほど走って直樹さんの豪邸へひとり向かった。

デビュー前に直樹さんの邸宅兼スタジオでレコーディングをしたからその行く道道が懐かしく。
どこもかしこもツリーのイルミネーションで輝き満ちていた。

入口を通され、俺は直樹さんの部屋に案内された。

「直樹さん、お久しぶりです。」

「春ー何か歌って」

いつもの挨拶。

みんなが広い広いと言う自分のマンションのリビングよりもだだっ広い直樹さんのリビングで、ワインを飲みながら見た事もないようなでかいTVをバカでかいソファーに腰掛けくつろいでいた。

テーブルにはたくさんの楽譜。

神様みたいな人。

あぁそうだ。この部屋にはじめて入った時からマンション買うならめちゃくちゃ広いリビングの部屋を選ぼうって決めてたんだ。

ふと、デビュー時の懐かしい気持ちが蘇った。

「じゃあ、次リリースの新曲です。」

俺はいつも通りアカペラで歌った。


「会いたい 会いたいよ けど別れよう」


こないだ直樹さんと会ったのはまだひろこが大阪にいた頃。
離れ離れだったけど幸せだったな。


「別れる勇気 サヨナラする勇気 もう必要でしょう~」


いつもここの歌詞考えるけどそんな勇気俺、嫌だよ。なんで別れに勇気を出すんだよ。

『あそこにいるの、イルカかな』

ハワイの時の遠く海の彼方を見つめていたあのひろこの横顔。

鮮明に覚えてる。

ハワイのピンク色の夕暮れにちょっと紫がかったあの空の色の下。

あの横顔が妙に綺麗で。

忘れたくても忘れられないくらい鮮明に覚えてる。
いや、忘れたくなんかない。
忘れたくないのに、じゃあなんでひろこと離れたんだろう。

あの横顔を見た時、絶対ひろこは手放さないと思ったのに。

なんで、直樹さんという神様みたいな人の前で歌っているのにひろことの思い出が降ってくるんだろ。
ポロポロポロポロ降ってくるんだ。

そうだ。
いつもひろこの事考えて歌ってるからもう俺の癖なんだ。


パンパンパンと拍手の音がした。

「春の切ないラブソング心にしみるね~」

直樹さんは笑顔で拍手をする

「ご静聴、ありがとうございます」

俺はお辞儀をした。

「オレ、カノジョ、できたんだ♪」

直樹さんは笑って俺を見る。

「直樹さんなんて女たくさんいるじゃないですか。何人目の女ですか?外人ですか?」

「この子。」

テーブルの楽譜の下から昨日のケンが買った週刊誌を出して俺に見せた。

俺は表紙を見て何も言えなくなった。

「いい女でしょ?春~いいでしょ~」

本をちらつかせて俺をイタズラに見つめる。

まさかひろこが直樹さんと知り合って?
まさかまさか。
でも、心臓が波を打つのに気がついた。

「俺のカノジョに手を出すな!よ」

直樹さんは雑誌を抱えて俺に鋭い顔をした。

違う。

それは俺のセリフ。

「嫌です」

直樹さんは大笑いをした。

「ごめんごめん。昨日聖司と会ったからこの話はやめとこうと思ったんだけど、つい、ね。ごめんね。春。乾杯しよ」

直樹さんはグラスにワインをついでくれた。
あの直樹さんにさえ、俺は嫌ですと言った事にびっくりした。

「春の真面目な顔、ドラマみたいだったよ」

いくらなんでも冗談がすぎる。今は笑いにはできない話だ。

「この子が春のベイビーちゃんでしょ?」  

「はい。」

直樹さんはワインを飲みながらまじまじと表紙を見ていた。

「日本の雑誌は届くときざっと見るけど、かわいい子だなーって、すぐ捨てられなくてなんとなく置いといたら聖司がここに来たから聞いたよ」

「じゃあ、昨日ですか」

「うん」

聖司が直樹さんの家に楽曲制作の事で話したくて会いに行くとは聞いていた。そこでの話か。 

「ベイビーちゃんかわいいじゃん!ずいぶんすごい子見つけたな。しかもまだブレイク前に目をつけたってのがすごい!俺てっきり大阪で働いてる言うから安っぽいアイドル想像してたよ」

俺はワインを飲んだ。

直樹さんだから話せる、そんな事もあったりする。

「ベイビーちゃんいくつになったんだ?」
「22です」
「もう結婚すんの?」
「・・・いや、別れました」

俺は直樹さんの顔を見れなかった。情けない自分の顔を見せられなかった。 

「じゃあ、俺が、口説いちゃうょ」

ソファーに足を組み直して雑誌を広げた。

俺は顔を上げて直樹さんを見つめた。

「まだ好きなくせに何強がってんの?彼女に浮気されたの?それかすれ違いか?惚れてんのに別れるってなったらもうどっちかだよな」

直樹さんの話はいつも俺の耳に残る。聞きたくないけど向き合うしかなかった。いや、向き合わなきゃいけない。

「すごい惚れてるけど、嫉妬とか誰かに取られるんじゃないかとか理性では分かっていても抑えきれなくなるんです。」

「俺のカノジョに手を出すな!っていつも思うの?」

「はい。」

直樹さんはソファーに体をうづめて大笑いしだした。

「おっかしーの。そんな事で別れてんの?いーじゃん。浮気されたって。俺のカノジョなんだから!って構えてればいーじゃん!こんなに笑ったの久々。腹痛い。あ~若いっていいなぁ~」

俺は直樹さんの笑い転がる姿を見て少しもらい笑いをしてしまった。

「そんなに笑わないでくださいよ。ずっと悩んでるんですから。本当、どうしたらいいのか分からなくて」

俺は目の前のワインをぐっと飲んだ。喉が渇いていたのかワインは喉を通ると喉に膜が張るようにヒタヒタと潤うかんじがした。

「どうしたらいいのか、じゃなくてどうしたいか、を考えたら?ベイビーちゃんが他の男に取られるか、ベイビーちゃんを迎えに行ってやりなおすか。春の願望ってもうめちゃくちゃ後者なんじゃないの?」

「・・・」

「ベイビーちゃんが別の男と付き合いはじめてたらどーする?」

「嫌ですよ」

「俺、前に言ったじゃん。惚れてんなら男らしくひきとれって。惚れてる以前にそんな彼女を取られるってヒヤヒヤするなら歌えるもんも歌えなくなるよ。完全に自分のものにするしかなくない?」

「・・・」

「ファンクラブ会員50万人いったんだってな。そこまで来たなら、春の結婚ごときでファンも離れないよ。お前たちは歌でファンがついてきてるんだ。」

理由づけの会話。


初めて繋いだ手にもう絶対離さないって思った。
TVよりも隣にいるひろこを見ていたかった。
ひろこが売れっ子になってどんどんひろこを狙う男が出てきて焦った。

でも、ずっと前からどんなにセックスしてもひろこがどこか行っちゃいそうなこの焦り。
このずっと向き合ってきた苦しい感情はある意味ひろこの彼氏でいる試練なのかもしれない。

その試練を受けてでも俺はひろことなら。




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