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避妊

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「ニューヨーク行きのパスポートね、一回こっちに預けて。明日全員持ってくるようにね。あと聖司!明日ひろこちゃんの番組収録ね。午後中抜けでよろしく!サワサワも立ち合いおねがいね!」

 スタジオでみんなで帰りに集まった時にアッキー仕切りの恒例のミーティングが始まった。

「BSの僕の愛車紹介しますって番組知ってる?」 
「それ、ひろこレギュラーでしょ?」

 ひろこからレギュラーが増えたと聞かされていたからそれは知っていた。

「それそれ。実はこちらも出演オファー来て、」

「えええええええー!」

 ひろこの番組ゲストに引き続きこちらも大騒ぎになった。

 俺は無理かな、と思ったけど俺が行く!と言おうと思った瞬間アッキーがあっさり言った。

「ケンが呼ばれてる。大丈夫?」
「行く行く行くー!」

 大の車好きのケンはテンション高く立ち上がって喜んだ。前からこの番組に出たいとよく言っていたからだ。

「やったー!」

 その横で山ちゃんも喜んだ。

「いつもは大人数だけど、今回ばかりは俺とケンだけだからカメラ持って行こうかな」
「山ちゃん何する気?ひろこに変なことするなよ」
 俺が言うと場はウケたみたいで大笑いになった。

「なんで?なんでケンなの?俺の車じゃ出れないの?」
 アッキーに言うけど何を馬鹿な事を言うんだという顔をした。
「車マニアじゃなきゃでれないの。春は違うだろ」

 俺はため息をついた。

「でもなんでまた愛車紹介にひろこちゃんでるの?元レースクイーンじゃないでしょ?あの番組はレースクイーンあがりのアイドルがアシスタントで出るんだよ」

 山ちゃんがアッキーに突っかかるとアッキーはプリントアウトした紙をしまいながら難しそうな顔をする。

「あの番組のプロデューサーが、1年前から遊井さんにオファーしてたらしいよ。その時はCSチャンネルのプロデューサーで遊井さんもCSは嫌がって断ってたらしいけど異動してBSに行って遊井さんもこのタイミングで受けたんじゃないかな。」

「えーじゃあひろこちゃんのファンじゃないの?」
 山ちゃんが真剣につっかかった。
「みたいだね。」

 ここにも、ひろこのファンがいる。


「あと、もう1個。エイズキャンペーン。オファー来てるんだけど。これが春個人に来てるんだけど、ちょうどニューヨーク終わった後くらい。いける?」

「エイズキャンペーンって何するの?ライブ?」

 聖司が不思議そうにアッキーに聞いた。

「名前の通りエイズ撲滅キャンペーンだよ。ライブがイベントで1回こっきり。ライブは4人ででるよ。それ以外で春だけトークイベント出るのと、あと販促グッズを身につけて買ってもらう。」

「あー分かった!知ってる知ってる!コンドームを会場で無料で配るライブでしょ?C&Tが前に出てて見に行った事あるよ。」
「え?C&Tも出てたんだ。」

 優希は知っているようでその様子をみんなに説明してくれた。コンドームをライブで配ってトークイベントでストップエイズと掲げて出演。なんとなく流れのイメージはつくけど、コンドームを使わない自分としてはこのイベントには完全なる不向きなんじゃないかと感じた。

「ねぇ。それって常日頃コンドーム使ってなきゃいけないって事?」

 俺が発言すると場はしーんと静まりかえった。



「まったく、、みんなコメントに困ってたぞ」

 帰りの車内でアッキーがため息をついていた。
 そもそもエイズキャンペーンなんて突如言われてもなんだか訳わからなかった。

「エイズなんて言われても俺ピンとこないよ。コンドーム使いましょうね、って普及活動みたいになるんでしょ?だったら俺無理だよ。」

「・・という事は避妊してないのか。」

「してないよ。」

「一度も?」

「うん。」

 俺があっさり返事をするとアッキーはまたため息をついた。

「あんまり夜の生活を根掘り葉掘り聞くのもあれだけど、ひょっとして中で出したりとか、してないよな?」

「したこと、あるよ。」

「ひろこちゃんにだぞ?」

「そうだよ」

 車内はまた静まり返った。
 信号が赤になって車を止めるとアッキーは両手で顔を覆った。

「これ、遊井さんに話したら遊井さん倒れちゃうよ。自分がやってる事、分かってるよな?春はもうパパになりたいのか?」

「ひろこと結婚できるならパパになるよ。俺とひろこの子供だよ。」

「俺はそれを言ってるんじゃない。春はひろこちゃんが好きなんだ。2人でいたいっていうのが本心だろ?子供いたら2人でなんかいられないんだ。」


 そんな事は分かっている。

 子供ができればひろこと結婚できる。もう一生一緒にいれる。
 でも本音を言うと2人でずっといたい。

「子供」という繋がりだけで何も考えていない。

 でもあのハワイの時、自分よがりな気持ちでひろこに中で出した時、ひろこを自分のものにできたような気持ちがあった。
 セックスしたっていうあの安心感。

 理性が働いていなかっただけなのは分かっている。

「俺たちもそうだけど、ひろこちゃんなんて今が1番大事な時なんだ。やっと東京に戻れて持ち番組もスタートして。これでデキ婚なんてしたらもう言うまでもない状況分かるだろ?」

「・・分かってるよ」

 普通じゃない恋愛はそのまま継続されている。東京に戻っても。
 大阪の頃の会いたいのに会えない距離感のもどかしさよりも今はもっと自分の中で切迫しているような感情がある。

 チラチラ外野から聞こえてくるひろこに切実に想いを寄せる男達に焦っている。
 ひろこを誰かに取られるんじゃないかって思ってる。


『お前のせいで多くの人間が傷ついている。大迷惑してる。重いよ。これは重罪だよ。』

 沖縄の、あの占い師の血走った目を思い出した。

「ほら。もう着くからかがんで」

 目黒川が見えてきて俺は助手席で頭をさげて身を隠した。
 車はひろこのマンションの駐車場に入った。

「今日は、避妊。しろよ」

 アッキーに言われて俺は昼間買ったプラダの紙袋を持った。




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