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22歳

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『プレゼント、届いたよ。ありがとう』

「今年は会えなくてごめんね。」

ひろこにカルティエでブレスレットを買って送った。
次プレゼントするアクセサリーはもう指輪しかない。


ひろこの22歳の誕生日当日はツアーは宮城の初日だった。
無理矢理宮城に来させようかと思ってたけど、ひろこも仕事が入っていた。もう月末には東京に引っ越してくるひろこに俺は毎日嬉しくて、無理には来させなかった。

去年は1時間ちょっとしか会えなかった無様なバースデーだった。
あれを『伝説のバースデー』などと言っては思い返して2人で笑い話になっていた。

2年も付き合うと思い出ってそれなりにたくさんあって、振り返って思い出し笑いをする経験がなんだか初めてな気がして嬉しかった。

長く付き合って思い出がたくさんできて、それが愛を重ねていく事なんだと聖司の歌詞にあったりして妙に共感して心を込めて歌ったり。


「今日、ライブで盛り上がっちゃって、今日誕生日の人イエーイ!とか言っちゃったよ」

『えー?ちょっと大丈夫?!』

これはアッキーにも後からすごく怒られた。怖くなかったけどめちゃくちゃ怒られた。
ファンの中にはもうひろこと俺の事を知ってるファンは多数いると聞いた。
コアなファンなんて、まだひろこと会ってもいない頃のマイナーな地方のラジオ局で俺が会いたい人は安藤ひろこちゃんと言った事まで知っていた。掲示板にはHARUは昔から安藤ひろこが好きだったと書かれていたのを見た。
勘が良い人だと、ひろこと知り合った大阪放送を見ただけでHARUは安藤ひろこしか見てなかったとか言ってるようだ。
ラジオのFAXで『HARUは安藤ひろこと付き合ってるの?』ときた事もあった。

どんどん周りの環境が変わっていくだろうと肌で少しずつ感じていた。ひろことの恋愛に世間にバレたらまずいとは思っていてもひろこへの愛は止まる事は決してなかった。

「早く、会いたいな」
『東京戻ったらもういつでも会えるじゃない。もうあと数週間だよ?』
「じゃあ東京戻ったら、毎日会おうよ」

電話は毎回この会話だった。

あの潤んで少し垂れた瞳に、笑うと可愛い唇や、触った時の長い髪の感触に。重なったら離れたくなくなるような肌に。
もう遠距離恋愛じゃないんだ。もう近くにいられるんだ。なんなら一緒にだって住めるんだ。お互い東京にいられるんだと思うと俺は幸せでたまらなかった。
でもきっと、1つ幸せを得たらもっと欲張りになるだろう。それが人間だ。
お互い東京にいても、一緒に住みたい。一緒に住んだところで早く結婚したい。結婚したところで離婚されないように子供つくらなきゃ!みたいな。

どっちにしろ、結婚なんてひろことはかなり高いハードルだと思いながら。自分がひろこと結婚したい!となった時俺はどうなっているのだろうか。


東京に戻ると久々の自宅マンションの宅配ボックスはパンパンだった。

「俺が持つからエレベーター押しててよ」
「アッキーサンキュー」

荷物を全てアッキーに任せてエレベーターのボタンを押すと俺の隣に女の人が立っていた。唾の広い黒い麦わら帽子を手に取ると緩く巻いた髪が揺れていた。

俺に気づいてニコッと笑って会釈した。
女優の菊田恵だった。

「先、どうぞ。」
「すいません。」

菊田恵はエレベーターに入ってさっさといなくなった。

前にひろこの関西版の雑誌を買ったら東京版の菊田恵が表紙の方が届いたのを思い出した。

「アッキー、今の。」
「あー菊田恵だったな。このマンション住んでるよな。前にも会った事あるぞ。あれと付き合ってるよな。あれ。あれ!」
「あれって誰だよ」

荷物を抱えたアッキーとエレベーターに乗って部屋に向かいながらアッキーの「あれ」が思い出せなくて、鍵を開けた時に思い出したかのように言った。

「田中剛!俳優の!」

「あ、付き合ってるの?へー知らなかった。あれ?田中剛もこのマンション住んでるよ。何回か会って挨拶したよ。」

アッキーがリビングに入って雪崩のように俺の宅配ボックスの荷物を置いた。

「最近流行ってるんだよな。付き合ってて、お互い同じマンションってゆうの。写真撮られても言い逃れなんてできるしな」

俺はそれにピーンと来た。

「ひろこ、このマンションに住めないの?」
「ひろこちゃんは中目のマンション。もう借り上げたって遊井さんから聞いたぞ」
「え?もう決まったの?」
「なんだ?本人から聞いてないのか?」

遅かった、と思った。
でも俺が勝手に借りればいいだけの話だ。

「俺、このマンションにひろこ用に一部屋借りとこうかな。」
「それは待て」
「なんで?いーじゃん。」
「まだ、クリアしてないだろ。」

ラスボスの事だ。

「そもそも、なんで2人の交際に社長まで介入してくるんだよ。なんかだんだん意味分かんなくなってきた。俺達、ただの清い交際だよ?」

「清い?清いとは手つないでドキドキしてるだけの恋愛だぞ。子供ができるような事してたら清い交際とは言わないんだ。沖縄の時の、あのひろこちゃんの内出血だらけの首はなんなんだ!」

子供ができるような事。と聞いて俺はちょっと怯んだ。アッキーでもこんな事言うんだ、と思った。


「ツアー終わったらすぐニューヨーク行くだろ。それ終わってからのんびりでいいんじゃないか?春、今は仕事に集中してくれよ。」

9月にツアーが終わる。10月からニューヨークに行くとは知っていた。
ひろこが東京に戻ってくる途端今度は国外か、ともう恨んでも恨みきれないスケジュールに壁でも殴りたくもなるけどこれはもうどうしようもない仕事な訳で。

「アッキー、じゃあ3ヶ月。3ヶ月経ったら俺は動くよ。3ヶ月は待つ。」

アッキーは俺に背を向けた。

「ひろこちゃん、マンションに入れるなよ」
「は?」
「今ひろこちゃんマンションに入れたら週刊誌に撮ってくださいってお願いしてるのと一緒だぞ。」
「・・なんで?」
「なんでも何もない。分かってるだろ?毎日記者が2.3人で張ってるの、見てるだろ?」

言い返すパワーはあっても俺は次の言葉が出てこなかった。アッキーの言ってる事は確かに正しいからだ。
せっかく東京に戻って来たひろこを家に呼べない。
じゃあ俺がひろこの家に行くしかない。

「じゃあ俺がひろこのその中目のマンション通うよ。」

「まだ記者がひろこちゃんのマンションを割り出してないから行けるけど、それも時間の問題だからな。」


アッキーが家を出たのは12時ちょうどだった。俺はすぐにひろこに電話をした。

ひろこは毎日うちに来るのかな。一緒にビール飲んでお風呂入ってその日あったたわいもない話しをしてあのイルカみたいな笑顔を毎日見て一緒に寝て。合鍵も用意しなきゃな。なんて考えてたからその夢が音を立てて崩れたかのごとくガッカリしながら電話をしていた。


「荷造りした?」

『まだしてないよ。そろそろしないとね。』

「ひろこ、東京戻ったらマンションは中目なの?」

『え?そうなの?』

ひろこは知らなかった。

「アッキーから事務所が中目のマンション借りたって聞いたよ」

『なんで私以外の人が知ってるの?初耳なんだけど!』

遊井さんも忙しいのだろうか。
肝心の本人が何も知らないこの現状に周りだけが焦っているようにみえた。

ひろこは東京にレギュラーと言っても自分の番組を持つことになった。 
深夜30分のトーク番組司会。
この歳の女の子で自分の番組を持てる子なんてそうそういない。
とりわけひろこがいつもお団子頭だから、老舗番組の徹子さんのお団子頭繋がりでパロディってのもあるけどラジオの冠番組ならともかく地上波で、だ。
業界内で改編後の注目度は高かった。



ひろこは多分これからもっと売れる。

『ひろこは男がみんな好きになる顔だから』

美咲ちゃんが言っていた。









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