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夜明けの会話

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5ヶ月ぶりにひろことセックスしたら目が冴えて全然眠れなくなった。

ひろこも目が爛々と輝きだして、2人でベットの上で朝までずっと話してた。
毎日電話で話してるのに、全然話し足りなかった。

「春は髪伸びたね。これ何色?」
「オリーブベージュ、らしいよ。でもくすんだ茶髪にしか見えなくない?」

前髪が邪魔でひろこの顔が見えなくて、前髪を切りたいって思った。

「全国ツアー、9月の東京で終わるんでしょ?」
「うん。まだまだ先だね。長いよ」
「終わったらゆっくりできるといいね。」
「ツアー終わったらひろこと鰻食べに行きたいな。」

目の前のひろこの半開きの唇を触った。

「あと、スノボーもまた一緒に行かなきゃだしハワイも行きたいな。」

あと。

一緒に暮らすこと。
そのままずっと一緒にいてひろこが25歳になったら結婚すること。

目の前にひろこがいる。

鎖骨にキスをした。
ずっと会いたかったひろこがいる。

「ん、痛いよ。」

俺が胸にキスしたら痛がった。

「ごめん。痛かった?」
「なんだろう。肺活量が人よりあるの?たまに吸われるとすごく痛いときあるんだよ。」
「あ、そうなの?気づかなかった。」
「・・オッパイも、たまに痛いよ」
ちょっと恥ずかしそうに言う顔が可愛い。

ひろこの胸や首はよく見たら俺の吸いあげた跡ばかりできていた。

「あ」

感じる声が部屋に響く。
またひろこの中に挿入するとゾクッとするほどの快感が走った。

「あっっ」

誰にも見せたくない。
ひろこの身体も感じてる顔も誰にも見せたくない。
ずっと俺だけのひろこでいてほしい。

25歳まであと4年もある。
長いよ。長すぎる。

ひろこのまつ毛を触ったら片目を瞑っていた。

「ひろこ、早く歳とってよ。」

俺って、なんでこんなにワガママになったんだろう。
ひろこを好きになってから、周りにもひろこ本人にもすごくワガママ言ってる気がする。





大きな窓から外の空気が部屋に入ってくる。だんだん朝になってきて、小鳥の声がどこからか聞こえてきた。


「あーいい風ー!」

2人で手を繋いで早朝のホテルの広大な敷地内を散歩した。

首の周りと胸元にかけて、吸いすぎの内出血でかなりの数のキスマークがついていた。よく見ると肩や顎にまでついている。

「ごめん。目立つよね?」

俺が触るとちょっと睨まれた。

「・・中出し、しなかったからまだいいけど。」
「あ、希望してたの?」
「希望してない!」

ムスっとした顔が可笑しくてひろこの肩を抱いた。

沖縄の緑が目に優しくて、小鳥の声と朝焼けと、なんとなく湿気を帯びた足元の芝が気持ちよくて。
時間がこのまま止まればいいなと思った。

「ひろこと一緒にいたいな。」

朝焼けを見ながらひろこに言った。

ひろこが隣にいる。
黙って俺の手を握りしめていた。



ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

このインターフォンの鳴らし方はアッキーだと思った。
朝10時の迎えのハズが8時に来た。
朝の散歩を終えて戻った直後だった。

「アッキー来たっぽい。入れてもいい?」
「あ!ファスナーしめて!」

ワンピースの後ろのファスナーをあげてたらまたしつこく鳴った。

ピンポーンピンポーンピンポーン

急いで玄関の扉を開けるとメンバー全員とマネージャー全員がいた。

「・・なんで全員で来るの?」

「いや、ひろこちゃんに会いたいってみんな言うんだよ。ほら、ずっとギスギスした生活してるから癒されたいのは誰も一緒だからさ。」
早口でアッキーがまくし立てるそばで優希はすでに上がり込みひろこに抱きついていた。

「ひろこ!久々!」
「すげープールもある。入っていい?」
「おじゃましまーす!」
「ひろこちゃんおはよー!」

急に忙しくなる部屋の中に間もなく俺たち以外の追加した朝ご飯が届いた。

「・・俺、ひろこと2人でいたいんだけど。」

そんな俺の声も全然届かなかった。

みんなで仲が良いのは当たり前のこのグループで俺の隣に座るひろこはその隣のケンと朝ご飯を食べながら会話は盛り上がっていた。

「俺さ、昨日の占い師に30代半ばで結婚するって言われたよ。あと、ギタリストとしての地位を確立するって!」
「えー!ケン、結婚するの!」
「ひろこも見てもらえよ!」
「結婚しないとか言われたりしたら怖いよ」

それは100%ない、と横から言いたいところだけど、微笑ましかった。
確かに2人でいたいのは事実でも、ひろこは俺の家族同然の仲間と仲良くて好かれていた。


Tシャツが引っ張られたと思ったらひろこに奥のキッチンに連れて来られた。

するとひろこがスマホをポケットから出してきた。

「私、雑誌連載する事になったんだ。」

「連載?すごいじゃん!なんて雑誌?」

「cameraってカメラ専門誌。前に優希も出たらしいよ。4月号から。写真と文章載せるから、春が撮ってよ。」

「貸して」

台所でひろこがパイナップルを持った笑顔の写真を撮った。台所って場所が嫌でプールの横のツリーの前まで移動して外でも撮影した。
ひろこの笑顔に俺は写真を撮りまくった。

「春より僕の方が上手だから撮ってあげるよ。」

見るに見かねたカメラ好きの優希が横からやってきた。

「うーん。ゆうき、ごめん。こればかりは春なんだよ。」

「ええー春に任せて大丈夫なの?僕の方が上手だよ。」

「・・・」

ひろこの気持ちを垣間見た気がした。

「次号の分も撮っとく?」

「本当?ありがとう。」

すごく、嬉しかったんだ。



出発の時間が刻々と近づいて来る。


「車で、待っててよ。」

部屋を出る時、アッキーとみんなに言った。

「最後にもう一発やるのか?キスマークの数、みんな数えてたけど。」

コソッと聖司が聞いてきた。

「したいけど、別のこと」

聖司がふふっと笑った。

みんなが出て行った部屋にひろこは荷物をまとめて庭で外の景色を眺めていた。


「え?何これ。」

「遅い、クリスマスプレゼント。」

手渡ししたかったから送らなかったプレゼントにひろこはビックリしていた。
そっと箱をあけてネックレスを取り出した。

陽を浴びてダイヤモンドが光った。そのネックレスを持つ腕には時計。
時計のダイヤも一緒にキラキラと光った。

ネックレスをつけてあげた。嬉しそうに、でも少し申し訳なさそうな顔をする。

「お誕生日も、靴あんなに送ってくれたのに。」

「あれはちゃんと選んだよ。俺がひろこに履いてほしい靴。」

ひろこは鞄から俺が預けたままのカードを渡してくれた。

「これで、何か買い物した?」
「何も買うわけないじゃん。貯金したら?」


俺が笑っていると胸のポケットにカードを入れてくれた。

また、しばらく会えなくなる。
次はいつ会えるんだろう。

目の前のひろこは俺を見つめていた。
俺も黙ってひろこを見つめていた。

ひろこの目は潤んでいた。いつもの事だけど、いつもよりもっと潤んでいてどこかさみしさを噛み締めるように唇だけは強く閉じていた。
その瞳は強い眼差しだった。
たまらない気持ちになってひろこを抱きしめた。

「全国ツアー、楽しみだね。」

ひろこは次はいつ会えるの?なんて聞いてこなかった。
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