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タバコ

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「安藤さん、日焼けされましたか?」
「はい。成人になりました。」
「成人で日焼けデビューですか!」
「はい!成人で日焼けです!」 

日焼けした肌にノースリーブのワンピースを着て惜しげもなく焼けた肌を見せたひろこの番組をネットでリアルタイムで見た。

ハワイから帰国してすぐの事だった。

「日焼けしてもかわいいよね。食べちゃいたい」
「焦げてるから食べたら癌になりますよ」

ゲストは前に音楽番組で仲良くなったC&Tという二人組のレゲエユニットだった。
この2人もひろこをかわいいと生放送で言う。ひろこも帰国してすぐ仕事。俺に至っては帰国したその日にレコーディングが始まった。

「2人で日焼けかぁ。いい色だな」

聖司が背後から俺の観ているパソコンに映るひろこを覗き込んで観ていた。

「いつも黒いC&Tよりひろこちゃんも春も焼けてる!」
聖司はケラケラと笑っている。

「どうせ衣装で肌はみせないし、顔は化粧すれば大丈夫だよ」

「まぁそうなんだけどな。」

優しい聖司はそう言うけどアッキーは人一倍俺の日焼けの黒さに大騒ぎをしてどこかへ行ってしまった。

「春、C&Tのchicaくんが電話変わってだって」

優希が自分の携帯を俺に渡してきた。生番組が終わり、chicaはひろこと電話でもしてきたのか?と思い電話にでた。

『春?安藤ひろこちゃんに会ったよ!』

テンション高めのchicaの声。chicaはとりわけ俺とひろこの関係は知らない。ひろこが言ったのか?別に言っても全然構わないが俺は気になった。

「chicaくん生番出てたの今見てたよ」
『見てた?ねーねー春って安藤ひろこと付き合ってるらしいじゃん。うらやましいな。どうやって口説いたんだよ。』

ウワサか。
ウワサじゃなくて本当の事なんだ。俺は堂々とした気持ちになった。

「どこから聞いたの?付き合ってるけど。」
『あーやっぱり付き合ってるのかぁ。あんまりに可愛いからtakuと連絡先聞こうとしたらスタッフが春の女だからやめろって。本当かわいいよね。もう付き合って長いの?』

C&Tもひろこに目をつけていたようだがこっちはひろことのハワイ帰りでまだ愛の余韻に浸っているわけで夢見心地だった。

「けっこうウワサ広まってるらしいな。春とひろこちゃん。バンド業界ではとりわけな」

電話を切ると会話を聞いていただろう聖司が俺に言った。

「あ、俺もmoonのアキトに聞かれたから付き合ってるよって言っちゃった。ごめん。大丈夫だった?」
ケンは申し訳なさそうに言った。

やはりあの新潟あたりだろうか。スタッフでも他のバンドの手伝いもする人もいるしその流れだというのは手にとるように分かった。

「いいよなぁ春は。安藤ひろこちゃんと。これは男たちの反感買うぞ」

「山ちゃん、早い者勝ちだから」

ここにもいる根強いひろこファン山ちゃん。俺はそのウワサは嫌でもなんでもなかった。むしろもっと広まってもいいとさえ思った。

週刊誌に撮られさえしなければ。


「15時に出るねーお土産たこ焼き味のジャガリコでいい?」

五十嵐と優希が2人でリュック背負ってフェスに行くようなファッションで出かけるとスタジオの隅で言っているのが聞こえた。

俺は『たこ焼き味のジャガリコ』というフレーズを聞き逃さなかった。

「優希どこ行くの?」
「大阪だよ。例のベース専門店のプロモーションで。明日の朝帰るけど」

「?!」

そんなうらやましすぎる予定は全く聞いてなかった。
自分の予定は今から朝までレコーディング。空いてる時間はない。が、俺は一緒に行きたくて行きたくて仕方なかった。
アッキーに言ったところでダメだと言われるのは分かってる。
俺は色々考えてアッキーが断れないように言った。

「大阪の大学病院にボイスセンターがあるんだよ。評判良いらしいからそこで一度喉を見てもらいたいから今日優希と五十嵐と一緒に大阪行くよ。」

病院なんて毎月専門医に診てもらってる。不調なんて全くない。なのに、喉が不安だからなんて言って大阪の病院を指名。

もはやひろこと会うためにはなんとしても時間を作るしかなかった。
ツアー中なら多分もっと会えなくなる。ツアーが始まる前にせめて無理をしてでも会おうと思った。


「ほ、本当にボイスセンター?」

五十嵐が隣で苦笑している。
新幹線の3人席に優希と五十嵐の間に座って俺は特上ステーキ弁当を食べながらうなずいた。

「いがちゃんとロイヤル泊まるけどまたひろのマンション泊まるの?」
「うん。連絡しといた。病院終わったらベース専門店も付き合うから。サイン書けばいいよね?朝はロイヤル1F待ち合わせね。」

烏龍茶を一気に飲むと、サイドの2人はやれやれと言う顔をした。

「ベース専門店の店長からしたらなんでHARUまで来たの?ってかんじだよな。まぁサービスだと思ってくれれば全然いいけど。」
五十嵐が左隣でまだ苦笑している。

なんだかんだ、ベース専門店まで俺も一緒に行く事になったけど、それで大阪に行けるのならもうお安い御用だった。

「いいなぁ。ひろに会うんだぁ。朝ご飯、ロイヤルで一緒に4人で食べようよ。誘ってよ。」
「優希!それはダメ。」
「はいはい」

五十嵐にダメと言われて簡単に頷く優希。これは春の邪魔をしちゃダメとかじゃない。写真に撮られるのを警戒しているんだ。それを優希でも肝に命じている。
俺はキャップを深く被りなおした。


「うん。大丈夫。異常は全くないですよ。肺活量もけっこうあるね。肺が強そうだね。強いでしょ?」

大学病院内にあるボイスセンターはアッキーが丁寧にお願いしたからか、19時少し遅れて入ったのに受付けてもらえた。少し小太りな男性医師は穏やかに言った。

「運動してる?売れっ子だから時間ないでしょ?」
「あぁ。はい。たまにスタジオの隅にあるマシーンで筋トレしてます。」

先生は問診票を見ながら俺をチラチラと見る。歳で言うと50くらいなのか。それでも俺が誰か分かるようで何度も俺の顔を見ていた。

「運動はね、しといた方がいいよ。体力ないとライブもキツいでしょ。」

運動ならセックスしてますと言いたいところだが、言える訳ないからただ話を聞いた。

「タバコは吸うの?」
「辞めました。でも吸いたくて、たまに吸ってます。」
「まぁ喉で歌うものじゃないからね。ストレス溜まるなら、たまにならいいよ」

タバコは吸いたい。
でも仕事の為にメジャーデビューした時に辞めた。
あの時俺は「タバコ」って言う彼女と訣別したつもりだった。
でも吸いたいからたまに吸う。

大好きだった「タバコ」
10年付き合った「タバコ」
別れたけど、たまに欲しくなる「タバコ」
本当に本当に大好きだった。

たまに吸って満足できてるけど、そんな「タバコ」よりひろこはたまにじゃダメなんだ。


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