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直樹さん

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CMタイアップの依頼がきた。

「決まりーやったね!」

聖司がVサインをしていてマネージャーやスタッフ総出で万歳をした。

デビュー曲はスポーツ用品のCMソングに、2曲目は深夜音楽番組のテーマソング。
次に出す新曲はそのCMのイメージに合った楽曲を提供するのと同時に1位という席も奪わなきゃならない。
聖司の手腕にかかっていた。

「平松って言って大阪に本社を置く卸販売会社。深夜番組によく流れてるだろう。ファニーダイヤモンドって宝石を外人の女のモデル使ってプロモーションみたいに流すCM。これはいいぞ。なんせあのCMとタイアップして今までオリコン上位に入らなかった曲はないから」

アッキーの説明に鳥肌が立った。

俺は大阪に本社を置くという事は大阪に出張ができてひろこに会えるという事にまず嬉しかった。

「出演する外人の女はまだ決まってないけど女を意識した歌詞がいいね。」

マネージャーの中では飛び抜けてクリエイティブな五十嵐が言った。

今ある何百曲の中から『マリア』というハードなナンバーだけど色っぽい女を歌うその曲が候補に上がった。


『春?元気か?』

レコーディング中にニューヨークに住んでいる直樹さんから連絡があった。

「直樹さんお久しぶりです。」

伝説のカリスマバンドの元メンバーでなんせSOULを見出してくれた神様のような直樹さんの電話に俺はいつも緊張した。

『今日明日、日本にいるんだ。みんな来るとうるさいから春だけちょっと出てこいよ。いつものハイアットな』

俺はレコーディング中のスタジオから一目散にハイアットへタクシーで向かった。
最上階のプール付きのテラスのある部屋で東京タワーの輝く夜景を見ながら直樹さんはひとりワインを飲んでいた。
東京に来るといつもそうだった。

「春ーなんか歌って」

会うなり挨拶もなくいつもそう言う。

メジャーデビューするとき、俺に歌の指導はめちゃくちゃ厳しかった。メンバーみんなが音録りが終わってスタジオのプールで遊んでいるのに、俺だけ何日も歌わされ、拷問かと思ったあの時。

怖かったけど、厳しかったけど、彼の指導は正しかった。
多分日本一のビジュアルバンドの神様とも言える人。
いつ会っても緊張した。

「じゃあ、次リリースの『マリア』歌います。」

俺はベランダに立って美しく色を放ち輝く東京タワーの夜景をバックに直樹さんへアカペラで歌うと、直樹さんはクスリと笑う。
それがなんとも男の俺でもドキっとするくらい雰囲気があった。

「心こもってるじゃん。前より色っぽく歌うようになったな。なんかあった?恋でもしてるのか?」

見透かされてるようで俺はその場に立ち尽くした。

「・・恋はしてます」

「あっはっは。春の声、エロいね!声はでるからね。全然いいね」

ワインをついでくれて2人で乾杯した。

「誰とつきあってんの?アーティスト?」

この人には何もかも隠し事はできなかった。

「遠距離なんですけど、大阪で仕事してるタレントです」
「遠距離?やってらんねーじゃん。会いたいだろ?」
「会いたいですよ」

直樹さんはワイングラス片手にエロいオヤジのように俺の色恋が知りたいらしくワクワクとしている。

「かわいいの?身体がいいの?どっちから好きになったの?聞かせてよ春~」
「僕の、一目惚れなんです。ずっと好きで。やっと。もうどこが好きとか分からなくて、全部好きで。好きすぎて。」

直樹さんはテンション高くテーブルを叩いて笑っていた。

「さては相当ハマってるだろ。歌い方で分かるよ。本当に好きならもう引退させて囲っちゃえば?無理矢理にでも。俺ならそうする。彼女いくつ?」
「ハタチです」
「は?まだハタチ!?春ってロリコンだったっけ?」
「いや、ロリコンではないです。むしろ歳下と付き合ってた事もあるけど、年齢は割と近かったかな。まぁでも7歳年下は初めてです」
「ハタチなんてまだ赤ん坊と同じだよ俺に言わせてみれば。あれ?淫行条例とか大丈夫?春捕まっちゃわない?」

本気で考えてる直樹さんがおかしくて俺は笑ってしまった。

「淫行条例って言っても同意があれば大丈夫なんじゃないんですか?でも成人ですよね?」
「同意?!なんかエロいなぁ~そうか、同意か同意!」

続けて直樹さんも大笑いした。

囲う。

ひろこを引退させて俺の家に住まわせる。家に帰ると毎日ひろこがいてビールを飲めて。結婚なんてしたらひろこと俺の子供ができて、一生ひろこと一緒にいれる。そんな幸せな事は俺にとってこの上ない。
しかしあのひろこが今仕事を辞めるはずがない。

「彼女がやりたい仕事なら認めざるを得ないけどさ、やりたくない仕事やってるなら潔く引き取って結婚しろ。男なら。まぁハタチじゃ話題に事欠かないから25歳くらいになればいいけどな。人気絶頂を迎える前のバンドのボーカルがハタチの小娘と結婚なんてマスコミの格好の餌食だろ。ファンは相当萎えるぞ」

直樹さんのいう事にはいつも理由付けがある。それは分かっている。

「春のセクシーになった歌声の持ち主、ベイビーちゃんに今度会わせてよ。俺もキスしたいから」
「嫌です」
「ウソウソ。春おもしれーの」

直樹さんのついでくれたものすごく高級なワインで酔ったのか、やたらとひろこの顔が浮かんでは消え、あのイルカみたいな笑顔を思い出していた。

俺はハイアットを出てスタジオに戻ってからひろこに電話をした。
直樹さんと話して余計ひろこに会いたくなったんだ。

「何してるの?」
『今帰ってきたところ。』

部屋の中か、バタンと扉を閉める音が聞こえる。

『春こそレコーディングは?』
「レコーディングしてるよ。ひろこがいい子にしてるかな、と思って」
『あたしは真面目です。仕事が終わればすぐ帰宅。もう寝るんだから』

俺はそれを聞いて笑顔になった。

「ねぇ、ひろこは俺の事どう思ってるの?」
『エッチなお兄さん』

ひろこの即答に俺は吹き出した。

「そこじゃなくて。真剣に!教えて。どう思ってるの?」

『突然どおしたの?』

自分でもビックリしてる。なんで彼女にこんな事を言ってるのか。
ひろこに俺だけを見ててほしくて。俺以外考えてほしくなくて。
好きが度を越して、毎日不安でしょうがなかった。恋人でいたくてしょうがなかった。

『好きだよ』

「俺だけ、好き?」

『うん』

また俺はこのひろこの言葉を胸に明日から過ごすんだ。

「ね、約束して。俺だけを好きでいて。」

また約束。
ひろこもこんな俺で疲れるんじゃないかとさえ思った。
でも止まらなかった。


直樹さんの言葉を思い出す。

ひろこが25歳になったら。
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