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爪の跡

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「今日ね、雑誌のカバー撮影があるんだ」

朝方、セックスした余韻でなんとなく起きてひろことベッドの上で話していた。

夜明けなのか外が少し明るくて。

「俺、ひろこが表紙の雑誌全部買ってるよ」
「でも関西版だから今回は東京では買えないよ」
「Amazonがあるよ。」


先週、サンデーの表紙にひろこは水着のグラビアで登場した。

シンプルで装飾のない紺色のビキニ。
それがやたらひろこの顔立ちはもちろんスタイルも男はそそるだろう。

俺はもちろん買ったけど山ちゃんやケンまでもが恒例のごとく買っていて、アッキーも買っていたのを知っていた。

みんなみんなひろこの身体を見る。
仕事だから、俺もそこはわきまえなきゃいけないけど目を瞑るしかないんだろうけど。
だけど本心は世の男達にひろこの水着姿なんて見られたくなかった。

「先週のサンデーも買ったよ。ひろこかわいかったね。」
「見たの?見ないでよ。はづかしい」

ひろこは泣きそうな声をした。

「本当はでたくなかったのに。」
「水着になるのが嫌なの?」
「嫌だよ」
「ミュージックジャーナルは?」
「好き」

事務所にたまには水着になれ、とか言われるんだろう。
これからもっともっと水着の仕事が増えてひろこが嫌がるなら俺はひろこの事務所に乗り込んで水着はやめてくれと直訴までしようと考えていた。

ひろこはワンナイまで出れたのになぜ大阪に住んで大阪の番組に出ているのか本人の口からは言わなかったけどなんでだろうとはずっと思っていた。
東京で適当にグラビアでも出てたらすぐにブレイクしただろう。

だとしてもグラビアには出てもらいたくなかった。
ひろこの身体を世の男たちに見られたくない俺の勝手なワガママなだけだけど。


ひろこにもっと会いたい。
なのに今日東京に戻ったら次いつ会えるのか分からない。
俺は目を瞑りながらひろことなんとか会える日がないか考えていた。

「お正月だから実家戻るの?成人式もあるしな。着物姿見たいな。」

年明けは俺も休みはある。その日はなんとしてでも一緒に過ごそうと思った。なのにひろこは無言になった。

「どうしたの?成人式でないの?着物?買ってあげようか?」

少し黙った後、ひろこはやっと答えた。

「年末は仕事で実家には戻らない。成人式も戻る予定はないかも。お休みは多分1週間くらいは貰えそうだけどね。」

成功してからじゃなきゃ東京に戻りたくないのか。そこまでは分からないが確固たるひろこの気持ちを垣間見た気がした。


「ちょうどいいや。スノボー行かない?毎年メンバーやスタッフと新潟に年明けすぐ1泊で行くんだよ。」 

「・・いいの?」

「ひろこなら大歓迎だよ。俺らは車で行くけど、ひろこは飛行機かな。新潟空港までのチケット送るよ」

半ば断れないように勝手に段取りまでつけてしまったようだったが、ひろこはスノボーはした事があるらしく喜んでいた。
次は年始に会える!
俺は次に繋がったようで嬉しくてたまらなかった。
彼氏なのになんでこんなにまで必死なんだと考えれば考えるほど、ひろこを好きすぎるからって答えしかでてこない。


東京に帰りたくない。

ちょっとお別れのキスなんてしたら連れて帰りたくなった。
ギュッと抱きしめた手でそのまま下着の中に手を入れていた。

「んっ」

感じて一瞬色っぽい顔をする。俺は本当に帰りたくなかった。
名残惜しさがいっぱいの空気の中で、強く抱きしめた。

「まだ一緒にいたいけど。」

「春、行かなきゃ」

俺はひろこにキスをした。


東京に戻ってすぐ俺は新潟行きの航空券を往復で手配してそれをすぐひろこに送るようにアッキーに託した。

「ひろこちゃんも来るのか」
「誘ったの。なんか問題あるの?」

アッキーは反対はしていないけど、俺の熱量にもうやれやれという顔をした。

正月はひろこと一緒。

俺は嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

年始のスノボー旅行が終わった後の成人式はどこかに連れ出そうと一人で考えていた。せっかくだからゆっくり2人きりになれるところがいい。海外で暖かいところ、と考えたらやっぱりハワイに連れて行きたかった。

一生に一度の成人式。普通の子なら同級生と会ってワイワイしたいのに。
大事な成人式までをも出ないひろこはそこまで都落ちした気持ちが強いのだろうか。

アッキーは年明け新潟のスノボーは認めていたけど、成人式あたりの俺の休暇はNGがでた。

「1週間も取れるわけないだろう。よく考えてくれよ」

そこをなんとか、7日を5日にして、5日も無理そうだと言われ4日の旅行になりそうだった。
4日だとハワイは2泊4日。行けない事はない。でもおれは5日で無理矢理お願いした。

そのかわり帰国したら山積みの撮影と収録とレコーディングが待っていた。
バタバタするんだろうけどひろことハワイに行くと心に決めて俺は年末の仕事をこなして寒い新潟へ向かうと決めた。


「背中、爪のあと?」

「わ。すごいぞこれ。」

着替えているとケンがまた俺の背中を見てポツリと言った。
聖司とケンがそのあとをまじまじと見て俺を冷やかした。

合わせ鏡で見ると、背中の真ん中、首のすぐ下の方には爪の引っ掻き傷が無数にあった。
ひろこがセックス中に俺につけた背中の爪の跡だった。

「すごいな。このあと。クッキリ。エロいな」
「エロイエロイ!春やりまくってんだろ?」 

ひろことセックスした跡。夢じゃない。もう一生消えなくていいとさえ思った。

「夢みたいな話だよな。たまたま見た写真1枚で一目惚れして想い続けていざ本物に会えて彼女にできるなんてさ。現実は写真と現物が違くて幻滅!とか会ったらやっぱり思ってた子と違う!とかが普通だぞ。」

俺が丁度シャツに腕を通すと聖司が右手に持つ缶コーヒーを一口飲んでため息をついた。

「本当、そうだよな。普通。」

聖司の話しに同感した。夢みたいな話。ずっと好きで会いたくて、やっと会えて彼女にできて。こんな幸せったら本当にない。現に毎日が幸せすぎて夢のようで未だにフワフワしている自分がいる。

「まぁでもあの実物見たら世間一般嫌いになる男はいないわな。」
「実物はヤバイよな。相当なビジュアルだしな。あの笑顔で好き!とか言われた?したらもう鼻血どころか死んでもいい気持ちになるかも」
「山ちゃんなら即死だろ。」

聖司とケンで盛り上がる横でシャツのボタンを止める手が少し止まった。

勝手に好きになって勝手に連れ出して。無理矢理ホテルに連れ込んで。無理矢理説得して彼女にさせたようなもんだ。
ひろこの口から俺の事が好きなんて言葉は聞いていないんだ。
俺の事、どう思っているんだろうなんてまた気になる事が浮かぶ。

付き合えた、彼女になってくれた!ってあの感動が終われば次はこれ。
欲張りになっていく。
ひろこの全部が俺に向いててほしいって思ってる。


『春おつかれー!今日寒かったね。』

電話越しでは何か食べながら俺に話していた。

「こんな時間に何食べてるの?」

『手羽先。このお店の大好きなの』

俺と手羽先どっちが好き?って言葉が喉まで出かかって止まった。

ひろこの「好き」が欲しいんだ。

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