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32.決着
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四谷は窓の外を見ていた。
車が住宅地に入っていった。広い家が多い。どの家にも玄関や庭に花が咲いている。駐車場に停めてある車も高級車が多い。比較的裕福な層が暮らしている地域のようだ。
午後六時。すでに周囲は薄暗くなっていた。人通りは少ない。
車が速度を落とした。目的の家を探しているのだとわかった。
「このあたりよ」
美登里がスマートフォンの画面を見ながら言った。柏葉がしばらく車を走らせた後、人気のない路地で車を停めた。どうやら、防犯カメラのない場所を探していたらしい。
用心深い男だが、こっちにとっても好都合だ。
「美登里、スマホをつなぎっぱなしにしておけ」
柏葉の指示で美登里が彼と電話をつないだ。柏葉がイヤーフォンを耳に取り付けた。
美登里が車から降りて離れていく。やがて住宅街の闇の中に消えていった。
路肩に停めた車の窓を開け、柏葉がタバコに火をつけた。吐き出したタバコの煙が、車外に漏れ出ていく。
周囲に目を走らせる。人影はない。防犯カメラも見当たらなかった。
眼鏡とかつらをつけただけの変装だが、身元を特定されることはない。今がチャンスだ。
四谷は柏葉に気づかれないようにカバンを開けて短刀を取り出し、シャツの下に隠した。そして、ゆっくりと柏葉の後ろに移動していった。
柏葉が、美登里とつないでいるのとは別のスマートフォンを上着のポケットから取り出した。女の家を特定したから仲間を呼ぶつもりらしい。
「女は拉致しないんじゃなかったのかい? 美登里が怒るよ」
「おめえ、うるせえんだよ」
好きにすればいい。俺には関係ない話だ。
「まあ、後でいいか」といって、彼が取り出したスマートフォンをまた上着のポケットに戻した。
「勇作」
タバコの煙を吐きながら、柏葉が呟くように言った。
「おめえ、いったい誰なんだよ」
「僕が誰だって、どういうこと?」
「おめえ、田中勇作なんて名前じゃねえだろ」
四谷が大きく息を吸った。
「どういうことかな? 僕の本名を知りたいってこと?」
「知りたいねえ」
「四谷寛っていうんだ。証明できるものは学生手帳くらいだけど、今日は持ってきていないんだよ」
柏葉が笑った。
「あの変態代議士が逮捕されてから、石田組の追い込みが始まった。やばいと思ってガラをかわしたら、いきなり橋本の野郎がめった刺しにされた。明らかに警察と石田組に俺を探させるためだと気づいたぜ」
「さすが、スカルのリーダーだけのことはあるよ」
「橋本の野郎を殺ったのはおめえか? 江木と加藤を殺ったのも、おめえだろ? あの二人だけじゃねえ。タイジや棟方もおめえが殺ったんだ」
「そうだよ。よくわかったね」
「江木におめえのことを調べさせていたのは俺だよ。気になってたんだよ、おめえのことが。おめえはよ、目がやばいんだよ。人を何人も殺ってそうな目、してるからよお」
「僕はそんな怖い目、してるのかい? そんなことを言われたのは初めてだよ」
柏葉が笑った。
「死霊の目だな。人に取り憑いて魂を吸い取るような、陰気でどす暗い、不気味な目だ」
「ひどいなあ。じゃあ、どうして僕をスカルに入れたんだい?」
「使える男だと思ったんだ。しかし、おめえが何かを探るためにスカルに潜入したって気づいたんだよ。何が目的だったんだ?」
「聞きたいのかい?」
「喋れよ」
「シンジさんを殺す機会を狙っていたんだ」
柏葉が笑った。
「何で俺を狙ってんだ? 誰かに雇われてんのか?」
「丸山理佳さんのお父さんを殺したのは、シンジさんなんだよね?」
「はあ? 何いってんだ、てめえは」
「あの事件の犯人はスカルに所属していた不良少年で、強盗目的だったってことで決着しているけど、シンジさんも絡んでいたんでしょ? ていうか、斉藤って奴はシンジさんの身代わりで捕まったんでしょ? 斎藤は頑張って、シンジさんのことを黙ってたんだね。ゲロっちゃったら、出てきた後、スカルにどんな目に合わされるか、彼はよく知っているだろうからね」
柏葉が口を噤んだ。
「どうして丸山さんのお父さんを殺したんだい?」
「てめえには関係ねえ」
「僕も、本名とスカルに潜入した理由を教えてあげたじゃないか」
柏葉が、また笑った。
「この俺様に偉そうに説教しやがったからさ。生意気なガキをしめていたら傍に寄ってきて、大勢で一人を囲むのは男のすることじゃないってほざきやがったんだ」
「それで、丸山さんのお父さんに喧嘩を売って、逆にやられちゃったんだ」
「なんだと!」
「たしか、空手の師範だったから」
柏葉が舌打ちした。
「ああ、俺が殺った。家を突き止めて、斎藤と二人で待ち伏せたんだ。帰ってきたところをナイフで腹を抉ってやった。あの時はすかっとしたぜ。どんな手を使ってでも喧嘩に勝つ。どんな手を使ってでも、舐めた真似しやがった奴をぶっ殺す。それがスカルのルールだ。おめえこそ、俺が殺したってどうしてわかったんだ?」
「僕は気がつかなかった。でも、丸山さんの動きを見ていて気づいたんだ。スカルのメンバーに接触し、シンジさんのことを必死で探していた。丸山さんがシンジさんを探す理由なんて、ひとつしかないからね」
「あの女、どうしてわかったんだ?」
「さあ。もしかしたら、父親から街の不良と揉めたことを聞いていたのかも。揉めた相手の特徴を、お父さんから聞いていたんだよ」
「で、それが俺を狙う理由なのか?」
「丸山さんは、僕の初恋の人だったんだ。中学に入る前に引っ越したんだけど、それまで丸山さんの家の近所のアパートに住んでいてね。僕の家は母親しかいなくて、その母親もどうしようもないろくでなしで、今は刑務所に入っているんだ。いつも部屋に男を引き込んでいたので、友達もいなかった僕は一人で外で時間を潰していたんだ」
「おめえは友達ができるタイプじゃねえからな」
「まだ小学生だった。一人で外にいるって、寂しくてつらいんだよ。特に寒い冬の日なんて、心細くなるのを必死で我慢していた。そんな時、丸山さんは温かい飲み物を持ってきてくれた。彼女は、そんな僕にいつも優しくしてくれたんだ」
「小学生の初恋話かよ」
柏葉が派手に笑った。
「丸山さんが旭光学園に入学したって聞いて、僕も必死で勉強して旭光学園に入ったんだ。でも、丸山さんは変わってしまっていた。ベラマチュア尊師を崇拝する会なんかに入る人じゃなかったのに。お父さんを殺した犯人を、よほど憎んでいたんだな」
「そんなに惚れてんのに、自分の女にしないのか?」
「僕にその資格はないよ。シンジさんの言うとおり、僕は人殺しだから」
「男なら、無理やりにでも自分の女にするもんだよ」
「僕はオクテだから」
柏葉が笑った。
「おめえが初めて人を殺したのは、いつだったんだ?」
「中二の夏休みのときだったよ」
「本当かよ」
「いつも二人でつるんでいるどうしようもない不良がいてね。僕はその二人にいじめられていたんだ。でも、それを苦痛に思ったことなんてないんだ。だって、ちょうど獲物を探していた頃だったから。僕はね、ベラマチュア尊師のようになりたかったんだ。生きていても仕方のないゴキブリをこの手で葬る。クールで格好いいじゃないか。だから、あの二人が僕に嫌がらせを始めた時、正直、胸がわくわくしていたんだ」
「ベラマチュアって、四人の中学生の生首を神社に飾った奴のことか?」
「そうだよ。ちょうどお盆休みに入った頃だった。クラスにおとなしい女の子がいたんだけど、夜になったらその子を呼び出して連れて来いって、そいつらが僕に電話をかけてきたんだ。その子に何をする気なのか、想像がついた。それで僕は、学校の傍の倉庫会社に鍵のかかっていないコンテナがあるから、そこなら誰にも気づかれないよって教えてやったんだ。そこに女の子を連れていくから、中に入って待っていてくれってね。実はそのコンテナ、ドアを閉めるとロックがかかってしまうんだ。中から開けられるようになっていたんだけど、その電話の後、僕が壊して開けられないようにしておいたんだ。その日の夜、二人はコンテナに入ってドアを閉めた。罠にかかったかどうか、こっそり確認にいったんだけど、中で大声で喚いていたよ。翌日は雲ひとつない晴天だった。夏の炎天下、灼熱のコンテナの中で誰にも気づかれることなく、二人はもがき苦しみながら死んだんだ」
四谷はシャツの下に、そっと手を差し込んだ。
「グロイな」
「でも、ゴキブリにふさわしい死に方だと思わないかい?」
車の背もたれに短刀を突き立てた。刃が背もたれを貫いたが、一瞬早く、柏葉が体を横に倒して切っ先をかわした。すぐに短刀を抜いて次の一撃を加えようとしたが、柏葉は助手席側のドアを開け、外に飛び出した。
四谷も外に飛び出した。
柏葉がこちらをじろっと見た。身長は百八十センチを超えている、体重は百キロ近い。恰幅のいい男だった。
柏葉がポケットから手を出した。
「おめえのナイフの腕前を見てから、一度本気でやり合ってみたかったんだ」
柏葉が四谷を見下ろしている。
「シンジさん、道具は?」
「おまえなんざ、素手で十分だ」
「体格差があるから、ハンデとしてこれを使わせてもらうよ」四谷が短刀を腰に構えた。
柏葉が踏み込んできた。
四谷が柏葉の懐に踏み込んで短刀を腹に突き刺した。その腕を柏葉がつかんだ。
強烈な蹴りが腹に入る。息が詰まる。たて続けに蹴りが入る。柏葉がつかんだ四谷の腕を振り回した。
手から短刀が離れた。地面を転がる四谷の体に、柏葉が組み付いてきた。伸し掛かってきて顔に拳を食らわせる。すさまじい衝撃に、意識が遠のきそうになった。
左手でポケットからスタンガンを取り出したが、その手を払われた。スタンガンが地面ころがる。
「俺は、喧嘩は素手でやる主義なんだよ」
柏葉が笑った。短刀の刃で斬り割かれたシャツがはだけている。
防刃チョッキを身に着けていた。
柏葉が左手で四谷の胸倉を掴んで引きよせた。右手が、四谷の喉に食い込んだ。四谷が左手で柏葉の手を掴んで防戦する。
「絞め殺してやる。こりゃ、正当防衛だぜ」
周囲に人影はなかった。短刀とスタンガンを払い落し、柏葉は油断している。殺るチャンスだ。チャンスだと思えば、四谷に迷いはなかった。
右手が柏葉の死角に入っている。腰のポケットに手を突っ込み、隠し持っていたバタフライナイフを掴んだ。引き出すと同時に刃を開き、柏葉のズボンのベルト下の、防刃チョッキに守られていない下腹部から斜め上に差し込んだ。
柏葉が驚いて腕を離した。
腹の中をえぐるように手首を捻ってから、腰を捻って柏葉の手から逃れた。素早く立ち上がって構える。腹を割かれ、柏葉が膝をついた。下腹部から腸がはみ出していた。
「くそ……」
やがて地面に倒れた柏葉の身体が、痙攣し始めた。あたりは血の海になっていた。
ズボンに返り血がべっとりついている。
やっと終わった。
大きく息をついて周囲を確認し、四谷はその場を離れた。
車が住宅地に入っていった。広い家が多い。どの家にも玄関や庭に花が咲いている。駐車場に停めてある車も高級車が多い。比較的裕福な層が暮らしている地域のようだ。
午後六時。すでに周囲は薄暗くなっていた。人通りは少ない。
車が速度を落とした。目的の家を探しているのだとわかった。
「このあたりよ」
美登里がスマートフォンの画面を見ながら言った。柏葉がしばらく車を走らせた後、人気のない路地で車を停めた。どうやら、防犯カメラのない場所を探していたらしい。
用心深い男だが、こっちにとっても好都合だ。
「美登里、スマホをつなぎっぱなしにしておけ」
柏葉の指示で美登里が彼と電話をつないだ。柏葉がイヤーフォンを耳に取り付けた。
美登里が車から降りて離れていく。やがて住宅街の闇の中に消えていった。
路肩に停めた車の窓を開け、柏葉がタバコに火をつけた。吐き出したタバコの煙が、車外に漏れ出ていく。
周囲に目を走らせる。人影はない。防犯カメラも見当たらなかった。
眼鏡とかつらをつけただけの変装だが、身元を特定されることはない。今がチャンスだ。
四谷は柏葉に気づかれないようにカバンを開けて短刀を取り出し、シャツの下に隠した。そして、ゆっくりと柏葉の後ろに移動していった。
柏葉が、美登里とつないでいるのとは別のスマートフォンを上着のポケットから取り出した。女の家を特定したから仲間を呼ぶつもりらしい。
「女は拉致しないんじゃなかったのかい? 美登里が怒るよ」
「おめえ、うるせえんだよ」
好きにすればいい。俺には関係ない話だ。
「まあ、後でいいか」といって、彼が取り出したスマートフォンをまた上着のポケットに戻した。
「勇作」
タバコの煙を吐きながら、柏葉が呟くように言った。
「おめえ、いったい誰なんだよ」
「僕が誰だって、どういうこと?」
「おめえ、田中勇作なんて名前じゃねえだろ」
四谷が大きく息を吸った。
「どういうことかな? 僕の本名を知りたいってこと?」
「知りたいねえ」
「四谷寛っていうんだ。証明できるものは学生手帳くらいだけど、今日は持ってきていないんだよ」
柏葉が笑った。
「あの変態代議士が逮捕されてから、石田組の追い込みが始まった。やばいと思ってガラをかわしたら、いきなり橋本の野郎がめった刺しにされた。明らかに警察と石田組に俺を探させるためだと気づいたぜ」
「さすが、スカルのリーダーだけのことはあるよ」
「橋本の野郎を殺ったのはおめえか? 江木と加藤を殺ったのも、おめえだろ? あの二人だけじゃねえ。タイジや棟方もおめえが殺ったんだ」
「そうだよ。よくわかったね」
「江木におめえのことを調べさせていたのは俺だよ。気になってたんだよ、おめえのことが。おめえはよ、目がやばいんだよ。人を何人も殺ってそうな目、してるからよお」
「僕はそんな怖い目、してるのかい? そんなことを言われたのは初めてだよ」
柏葉が笑った。
「死霊の目だな。人に取り憑いて魂を吸い取るような、陰気でどす暗い、不気味な目だ」
「ひどいなあ。じゃあ、どうして僕をスカルに入れたんだい?」
「使える男だと思ったんだ。しかし、おめえが何かを探るためにスカルに潜入したって気づいたんだよ。何が目的だったんだ?」
「聞きたいのかい?」
「喋れよ」
「シンジさんを殺す機会を狙っていたんだ」
柏葉が笑った。
「何で俺を狙ってんだ? 誰かに雇われてんのか?」
「丸山理佳さんのお父さんを殺したのは、シンジさんなんだよね?」
「はあ? 何いってんだ、てめえは」
「あの事件の犯人はスカルに所属していた不良少年で、強盗目的だったってことで決着しているけど、シンジさんも絡んでいたんでしょ? ていうか、斉藤って奴はシンジさんの身代わりで捕まったんでしょ? 斎藤は頑張って、シンジさんのことを黙ってたんだね。ゲロっちゃったら、出てきた後、スカルにどんな目に合わされるか、彼はよく知っているだろうからね」
柏葉が口を噤んだ。
「どうして丸山さんのお父さんを殺したんだい?」
「てめえには関係ねえ」
「僕も、本名とスカルに潜入した理由を教えてあげたじゃないか」
柏葉が、また笑った。
「この俺様に偉そうに説教しやがったからさ。生意気なガキをしめていたら傍に寄ってきて、大勢で一人を囲むのは男のすることじゃないってほざきやがったんだ」
「それで、丸山さんのお父さんに喧嘩を売って、逆にやられちゃったんだ」
「なんだと!」
「たしか、空手の師範だったから」
柏葉が舌打ちした。
「ああ、俺が殺った。家を突き止めて、斎藤と二人で待ち伏せたんだ。帰ってきたところをナイフで腹を抉ってやった。あの時はすかっとしたぜ。どんな手を使ってでも喧嘩に勝つ。どんな手を使ってでも、舐めた真似しやがった奴をぶっ殺す。それがスカルのルールだ。おめえこそ、俺が殺したってどうしてわかったんだ?」
「僕は気がつかなかった。でも、丸山さんの動きを見ていて気づいたんだ。スカルのメンバーに接触し、シンジさんのことを必死で探していた。丸山さんがシンジさんを探す理由なんて、ひとつしかないからね」
「あの女、どうしてわかったんだ?」
「さあ。もしかしたら、父親から街の不良と揉めたことを聞いていたのかも。揉めた相手の特徴を、お父さんから聞いていたんだよ」
「で、それが俺を狙う理由なのか?」
「丸山さんは、僕の初恋の人だったんだ。中学に入る前に引っ越したんだけど、それまで丸山さんの家の近所のアパートに住んでいてね。僕の家は母親しかいなくて、その母親もどうしようもないろくでなしで、今は刑務所に入っているんだ。いつも部屋に男を引き込んでいたので、友達もいなかった僕は一人で外で時間を潰していたんだ」
「おめえは友達ができるタイプじゃねえからな」
「まだ小学生だった。一人で外にいるって、寂しくてつらいんだよ。特に寒い冬の日なんて、心細くなるのを必死で我慢していた。そんな時、丸山さんは温かい飲み物を持ってきてくれた。彼女は、そんな僕にいつも優しくしてくれたんだ」
「小学生の初恋話かよ」
柏葉が派手に笑った。
「丸山さんが旭光学園に入学したって聞いて、僕も必死で勉強して旭光学園に入ったんだ。でも、丸山さんは変わってしまっていた。ベラマチュア尊師を崇拝する会なんかに入る人じゃなかったのに。お父さんを殺した犯人を、よほど憎んでいたんだな」
「そんなに惚れてんのに、自分の女にしないのか?」
「僕にその資格はないよ。シンジさんの言うとおり、僕は人殺しだから」
「男なら、無理やりにでも自分の女にするもんだよ」
「僕はオクテだから」
柏葉が笑った。
「おめえが初めて人を殺したのは、いつだったんだ?」
「中二の夏休みのときだったよ」
「本当かよ」
「いつも二人でつるんでいるどうしようもない不良がいてね。僕はその二人にいじめられていたんだ。でも、それを苦痛に思ったことなんてないんだ。だって、ちょうど獲物を探していた頃だったから。僕はね、ベラマチュア尊師のようになりたかったんだ。生きていても仕方のないゴキブリをこの手で葬る。クールで格好いいじゃないか。だから、あの二人が僕に嫌がらせを始めた時、正直、胸がわくわくしていたんだ」
「ベラマチュアって、四人の中学生の生首を神社に飾った奴のことか?」
「そうだよ。ちょうどお盆休みに入った頃だった。クラスにおとなしい女の子がいたんだけど、夜になったらその子を呼び出して連れて来いって、そいつらが僕に電話をかけてきたんだ。その子に何をする気なのか、想像がついた。それで僕は、学校の傍の倉庫会社に鍵のかかっていないコンテナがあるから、そこなら誰にも気づかれないよって教えてやったんだ。そこに女の子を連れていくから、中に入って待っていてくれってね。実はそのコンテナ、ドアを閉めるとロックがかかってしまうんだ。中から開けられるようになっていたんだけど、その電話の後、僕が壊して開けられないようにしておいたんだ。その日の夜、二人はコンテナに入ってドアを閉めた。罠にかかったかどうか、こっそり確認にいったんだけど、中で大声で喚いていたよ。翌日は雲ひとつない晴天だった。夏の炎天下、灼熱のコンテナの中で誰にも気づかれることなく、二人はもがき苦しみながら死んだんだ」
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「でも、ゴキブリにふさわしい死に方だと思わないかい?」
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四谷も外に飛び出した。
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柏葉がポケットから手を出した。
「おめえのナイフの腕前を見てから、一度本気でやり合ってみたかったんだ」
柏葉が四谷を見下ろしている。
「シンジさん、道具は?」
「おまえなんざ、素手で十分だ」
「体格差があるから、ハンデとしてこれを使わせてもらうよ」四谷が短刀を腰に構えた。
柏葉が踏み込んできた。
四谷が柏葉の懐に踏み込んで短刀を腹に突き刺した。その腕を柏葉がつかんだ。
強烈な蹴りが腹に入る。息が詰まる。たて続けに蹴りが入る。柏葉がつかんだ四谷の腕を振り回した。
手から短刀が離れた。地面を転がる四谷の体に、柏葉が組み付いてきた。伸し掛かってきて顔に拳を食らわせる。すさまじい衝撃に、意識が遠のきそうになった。
左手でポケットからスタンガンを取り出したが、その手を払われた。スタンガンが地面ころがる。
「俺は、喧嘩は素手でやる主義なんだよ」
柏葉が笑った。短刀の刃で斬り割かれたシャツがはだけている。
防刃チョッキを身に着けていた。
柏葉が左手で四谷の胸倉を掴んで引きよせた。右手が、四谷の喉に食い込んだ。四谷が左手で柏葉の手を掴んで防戦する。
「絞め殺してやる。こりゃ、正当防衛だぜ」
周囲に人影はなかった。短刀とスタンガンを払い落し、柏葉は油断している。殺るチャンスだ。チャンスだと思えば、四谷に迷いはなかった。
右手が柏葉の死角に入っている。腰のポケットに手を突っ込み、隠し持っていたバタフライナイフを掴んだ。引き出すと同時に刃を開き、柏葉のズボンのベルト下の、防刃チョッキに守られていない下腹部から斜め上に差し込んだ。
柏葉が驚いて腕を離した。
腹の中をえぐるように手首を捻ってから、腰を捻って柏葉の手から逃れた。素早く立ち上がって構える。腹を割かれ、柏葉が膝をついた。下腹部から腸がはみ出していた。
「くそ……」
やがて地面に倒れた柏葉の身体が、痙攣し始めた。あたりは血の海になっていた。
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