マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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20.放課後のストーカー

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 ホームルームが終わった。生徒たちがばらばらと立ち上がり、教室から出て行く。
 蛇尾沙耶が静かに席を立った。朱里は横目で教室を出て行こうとする彼女を盗み見た。背筋がすっと伸びていて、動きが優雅だ。きっと、育ちのいい女なのだろう。
 今日も学食に行くようだ。隣のクラスの小島和哉や奈緒たちと一緒に何かしているようだが……。
 彼女とは転校してきたその日に口喧嘩になった。理路整然と正論を述べる彼女に、クラスメートの前で完璧に言い負かされてしまった。
 生意気な女。好きになれないタイプ。
 教室を出て隣のクラスを覗いた。菜々美と奈緒が二人だけで喋っている。菜々美が朱里を見つけて手を振った。
「明日の午後、何か予定ある?」
 傍まで来た朱里に、菜々美が綺麗な目を向けてきた。
「あるけど、三人でどこかに行く?」
「ボランティアの話をしていたの。榛原さんがボランティアで通っている施設の話よ。明日施設で夜店を出すんだって。それで、私もお手伝いしたいなって思うんだけど、朱里も一緒にどうなって思って」
 奈緒がボランティア活動に参加していることは、以前から知っていた。朱里はボランティア活動に関心があるわけではなかったが、菜々美と一緒に過ごせるなら、異存はない。それに、奈緒も一緒なら楽しめるだろう。
「いいよ」
「じゃあ、三人で行きましょう」
 菜々美の顔が綻んでいる。朱里がボランティアなんかに関心がないことは、彼女も知っている。朱里からオーケーの返事をもらえたことが嬉しかったのだ。
 菜々美があんなに喜んでくれるなら、どこにでも行くし、何でもする。
 奈緒も明るく笑っている。引き受けてよかった。
「でも、私なんか役に立つかな。菜々美と違って料理もお裁縫もできないし。女子力ゼロだよ」
「でも、家庭科部で一年半がんばってきたから、いろいろできるようになったじゃない」
 たしかに、うまくはないが料理も裁縫もそこそここなせるようになっている。部活は無駄にはなっていない。
「ねえ、奈緒。小島くんや蛇尾さんたちと何をしているのよ」
 奈緒の顔から、微笑が一瞬だけ消えた。
「友達を探してもらってるの」
「友達って?」
「今度行く施設にいた子。同じ歳の塚崎美登里って女の子なんだけど、施設を出てから行方不明になっちゃったの」
「えええっ! それって、大変なことじゃない!」菜々美が目を大きく開いた。
「別に事件とかじゃないよ。彼女が勝手に出て行って、私にそれを知らせていなかっただけなの」
「ふうん」
 菜々美が沈んだ奈緒を気の毒そうに見ている。嘘はついていない。奈緒は嘘をつくのが下手な女の子だ。
「あのふたり、役に立ってんの?」
 朱里の声に、奈緒が顔を上げた。
「まあ、そこそこ」
「私たちも手伝ってあげようか?」
 奈緒の目が泳いだ。
「いいよ。大丈夫」
 拒まれたとわかった。三人だけで動くのがやりやすいのか、それとも、何か理由があって朱里を仲間に入れたくないのか。
 奈緒は顔に曖昧な笑みを浮かべているだけで、口を開こうとしない。これ以上あの二人のことには触れて欲しくないという気持ちが伝わってくる。なんとなく、表情が暗い。
「じゃあね、朱里。椿野さんも、また明日」
 朱里たちと別れて奈緒が早足で学食のほうに向かって歩いていく。
「榛原さん、可哀想……」菜々美の声が沈んでいる。よく気の付く女の子だ。奈緒が無理に空元気を装っていたことに気づいていたようだ。
「きっと、その友達のこと、すごく心配してるんだよ」
「うん……」奈緒の様子からそれはわかる。
「手伝ってあげようか」
「でも、関わって欲しくなさそうな感じだったし」
「そんなことないよ。それに、みんなで一緒に行動していたら、朱里だって蛇尾さんと仲なおりできるかもしれないし」
「別にいいよ。あんな奴とこの先口利かなくても」
「駄目よ。蛇尾さん、いい子だと思うよ。理解しあえると、朱里ともきっといい友達になれるわ」
「菜々美って、私と蛇尾さんを友達にしたいわけ?」
「絶対、気が合うと思うんだけど」
「絶対、無理」
 何か言おうとした菜々美の腕を引いて教室を出た。
 友香がひとりでベラマチュア尊師を崇拝する会のことを調べてくれていると、菜々美に話した。彼女を巻き込んでしまったようだ。篠田たちと絶対揉めないようにと、また菜々美に釘を刺された。
 菜々美の家は学校から歩いて十分ほど。朱里の家までは、さらにそこから五分歩く。彼女とふたりきりで並んで帰るこの時間が、朱里には何よりも貴重だった。
 学校であったなんでもない出来事を、菜々美は楽しそうに喋っている。
「ねえ、今からドーナツ行かない?」
「菜々美、大丈夫? この辺りとか」脇腹を指で突ついてやる。昨日はハンバーガー、その前はパフェ、その前はあんみつ。
 菜々美が悩みながら脇腹に触れている。
「冗談よ。菜々美は大丈夫。ドーナツ行こう」
 突然、あっといって、菜々美が前のほうを指差した。
 コンビニの駐車場で、学校の制服を着た女子が立っていた。そばに、革ジャンを着て髪を金色に染めた男が立っている。
 女子生徒は丸山理佳だった。そして、彼女の腕を掴んでいるのは、先日ハンバーガー店の前で見かけた男だ。丸山理佳が男の腕を振りほどこうとしているが、男は手を離そうとしない。
 やっぱり、あの男に付きまとわれていたのだ。見るからに怪しそうな男。彼女が怯えていたのは、やはりあの男が原因だったのだ。
「ちょっと、ここで待っていて」
 朱里が足を踏み出した。躊躇はなかった。菜々美をその場に残して駆け出した。
「丸山先輩」
 二人が朱里を見た。男の目が鋭い。
「あんた、どうして丸山先輩に付きまとってんのよ」
「はあ?」男が睨んでくる。
「もう、先輩に付きまとわないでくれる? ストーカーは犯罪だって知ってるんでしょ?」
「おまえ、誰?」
「そんなこと、あんたは知らなくていいのよ。明日から先輩に付きまとわない。オーケー?」
「何がオーケー、だ、この野郎」
 威嚇するように、男が朱里を睨めつけながら近寄ってくる。
 逃げるものか。
「おまえ、俺が誰か知ってんのか?」
「知らないわよ。もしかして、有名人気取り? 何かすると、すぐに警察に言うわよ」
「警察なんか当てになるかよ」
「なるわよ。警察は女の子の言うことは何でも信じてくれんの。それに、あんたみたいな男の言うことなんて信じない」
「おまえ、そんなにつっぱってると攫われるぞ」
「そんなことする度胸なんてないくせに」
「この野郎!」
 男が牙を剝いた。
「舐めやがって。女でも手加減しねえぜ」
 男は朱里をにらんだまま地面に唾を吐くと、丸山理佳に何か話して、彼女から離れていった。
「関本さん……」
「誰なんですか、あの男」
 丸山理佳は朱里から目を逸らし、口を噤んだ。
「あいつに付きまとわれているんですよね?」
「関本さんには関係ない」
 丸山理佳が冷たく言い放った。わけありのようだ。
「どうするんです。放っておくとずっと付きまとわれますよ。そのうち、先輩に何かするかもしれません。そうなる前に親に相談した方がいいですよ。できれば警察にも」
「誰も、何もできないわ」
「どうしてです?」
「私の親に、そんな能力はないわ。私ん家、女だけの家族だし。それに、警察だって……。あいつら、やり方が巧みだから」
「あの男を知ってるんですね?」
「関本さんも名前くらい聞いたことあるはずよ。私たち、同じ中学だったから」
「えっ? あの男もですか?」
「加藤弘明」
「加藤弘明……?」
 なんとなく、聞いたことのある名前だ。
「同じ中学の……不良だった人ですよね……」
「そう。私のひとつ上の先輩よ。今、あの男はスカルのメンバーなの」
「スカルって、あの有名な不良グループの、ですか?」
「そう」
「篠田さんに相談したらどうですか。あの人なら何とかしてくれますよ。仲間だっていっぱいいるし」
「あのスカルが関わっているのよ。みんなに迷惑がかかるわ」
「じゃあ、何もせず、じっとしてるだけなんですか?」
「誰も、何もしてくれないのよ」
 彼女ははっきりといった。
「私のお父さんが殺されたの、覚えているでしょ?」
「はい……」
 丸山理佳の父親は、彼女が中学生のときに殺された。犯人は当時十七歳の少年だった。ニュースでも連日大きく取り上げられていた。
 そして、丸山理佳の父親は朱里の通っていた空手道場の師範でもあった。指導は厳しかったが、練習を終えたあとは誰にでも優しく接する心の温かい男性だった。
「お父さんを殺した奴、もう刑務所から出てるんだって。人ひとり殺しておいて四年少年刑務所に入って、それで終わり。誰も何もしてくれないの」
「謝罪とかは?」
「するわけないじゃん。反省なんてしてるわけない」
 丸山理佳が強い視線を向けてきた。
「誰も当てにはできない。だから、自分で何とかするしかないのよ」
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