上 下
15 / 40

15.仄暗い街の底

しおりを挟む
 酔った男女のグループが、歩道を占拠していた。髪を明るく染めた女と目があった。四谷寛は咄嗟に顔を伏せて、その前を通り過ぎた。
 湘南ビルの地下。クラブ・ダイナマイト。不良グループ、スカルのたまり場だ。
 ビルの出入り口の傍に防犯カメラが設置されている。防犯カメラの死角となる場所に腰を下ろした。地面に腰を下ろして話し込んでいる若者がこの辺りには多いので、目立たないだろう。
 石田組の幹部、橋本博文を殺した犯人はスカルの関係者だと、警察は思っているはずだ。しかし、スカルのリーダー、柏葉真治を確保したというニュースはまだ伝わってきていない。
 あれほど街を我が物顔で闊歩していたスカルのメンバーたちが姿を消していた。ぴたりと動きを止めているのだ。どこかに雲隠れしている柏葉が、不良グループに指示を出しているのだ。
 誰か柏葉に連絡を取れる奴がいるはずだ。街では見かけなくなったスカルのメンバーだが、アジトにしているダイナマイトには顔を出す。あの男も今夜来ているはずだ。拷問して吐かせればいい。
 夜の十時を回った。このあたりを巡回している警官に補導されたら面倒なことになる。
 それに、宿題、まだやっていないな。
 ここで見張るのは何回目になるだろう。先日は女を連れていた。後をつけたが、近くのホテルに入っていった。部屋は突きとめてあるが、ここ数日は戻っていないようだ。
 店内に入ってみるか。そう思って腰を上げようとしたとき、ポケットのスマートフォンが鳴った。
 江木からの電話だった。
 無視してばかりもいられないか。
 仕方なく、電話に出た。
「てめえ、すかしてんじゃねえぞ!」
 電話に出るなり、江木が悪態をついてきた。「いつ行ってもマンションにいねえじゃねえか。何やってんだよ!」
「マンション? どうしてわかったんだい?」
「調べたんだよ。スカルを舐めんじゃねえぞ! 家に電話しても誰も出やがらねえし、どうなってんだよ!」
 家の電話番号まで突き止めたのか。意外とやるもんだ。
「ごめん、最近忙しくって」
「掟を忘れたのか。週二回はダイナマイトに顔出せって言ったるだろ!」
「悪かったよ」
「スカルを舐めんじゃねえぞ、勇作。明日絶対にダイナマイトに来い。来なかったらおまえのマンションに追い込みかけるからな」
「わかったよ」
 今、そのダイナマイトの前にいるんだが。
「今日は機嫌が悪いんだね」
「また学校に鬱陶しい連中が乗り込んできやがったんだ。この前来た連中と同じ奴らだった。あいつら、絶対殺してやる」
 篠田率いる旭光学園支部が、今日も江木のもとに抗議に行ったのだろう。
「それより、女の方はどうなってんだよ?」
「まだなんだ」
「岩元さんのお気に入りなんだ。連れてこなかったら、焼き入れるからな。絶対に見つけて連れてこい」
 江木が電話を切った。
 女のほうは、とっくに見つけているよ。
 この男の相手をするのも面倒になってきたな。それに、住所も突き止められてしまった。放っておけばまずいことになる。あの男は処分したほうがいいだろう。
 塚崎美登里が連れてきた女が丸山理佳だと知ったときは驚いた。丸山理佳のほうから美登里に近づいてきたらしい。
 柏葉の指示で、彼女はドールとして石田組の幹部、岩元のところに連れて行かれた。
 丸山理佳を見て、岩元は一目で彼女を気に入ったらしい。大の女子中高生好き。か弱い少女をいたぶることで性的快感を得ようとする筋金入りの変態野郎だ。
 丸山理佳が岩元に連れて行かれたと知り、岩元が少女達の拷問に使っている廃屋に駆けつけた。そして、見張りの組員を殺して監禁場所のドアを開けてやった。彼女は自力で逃げ出したが、その後岩元はスカルに指示して丸山理佳と仲間の組員を殺した犯人を血眼になって探している。
 丸山理佳は自分の正体を隠していたらしく、スカルの連中は丸山理佳を見つけられないでいた。だが、ついに加藤に見つかってしまった。
 柏葉は石田組と揉めている。手土産に丸山を連れて行けば岩元を懐柔できる。加藤は柏葉の命令で丸山を探していたはずだ。しかし、柏葉が丸山に接触してくる気配はない。加藤は柏葉に彼女を見つけたことをまだ報告していないのだ。
 丸山さんに復讐は無理だ。代わりに僕がやってあげるよ。
 ダイナマイトから男が出てくる気配はない。乗り込むより男の部屋で待ち伏せしたほうがいいかもしれない。そう思っていると、男が姿を現した。
 スカルの幹部。顔は知ってるが名前は知らない。奴の住処のアパートも特定しているが、部屋にも郵便受けにも表札がなかった。
 後をつける。今夜は一人のようだ。自分の部屋と反対方向に向かって歩いている。部屋には帰らず、どこかに行く気のようだ。
 通りには人影も多い。店で飲み終わった客が出てくる時間だ。途中、人気のない駐車場を通った。しかし、防犯カメラが目に入った。
 明かりの消えた雑居ビルが見える。たしか、テナントは入っていなかったはずだ。ここでやるしかない。四谷は素早く周囲を見回した。人影はあるものの、だれもこちらを注目していない。
 素早く男の後ろについた。男が気配に気づいて振り向いたところを、首筋にスタンガンの電極を押し当てた。
 歩道に崩れた男を抱きかかえて、雑居ビルに連れ込む。手足に結束バンドをはめると、両脇に手を入れて持ち上げ、地下への階段を連れて降りた。
 目を覚ました男の目の前に、サバイバルナイフを突き付けた。男の体が痙攣する。
「誰だよ、おまえ……」
 声が震えている。悪名高きスカルの幹部とは思えない怯えぶりだ。
「僕の質問に答えてくれたら、何もしない」
「だから、おまえ、誰なんだよ」
「質問は僕がする。あんたは黙って答えればいい」
「くそったれが!」
 男が強がりはじめた。四谷は男の髪を掴んで地面に押し付け、サバイバルナイフで太腿を抉った。男のくぐもった悲鳴が、地下の階段に響いた。
「質問に答えるんだ」
「わ、わかった」ようやく素直になった。
「柏葉真治はどこにいる?」
 男の表情が変わった。
「質問が聞こえたかい?」
「し、知らない」
「知らないはずないだろう。スカルの幹部なんだから」
「本当だ、あいつに連絡できるメンバーは限られている」
「じゃあ、誰が連絡できるんだ?」
「それは……」
 太腿にナイフの刃を押し当てると、男が体を震わせた。
「む、棟方だ」
「スカルのナンバーツーだね? 僕も探しているところなんだけど、どこにいるかわからないんだ。棟方はどこにいる?」
「それを言う前に、手と足を自由にしてくれ」
「それはできない」
「じゃあ、俺だって喋れねえ」
「下手な駆け引きはしないほうがいいよ」
 再び男の髪を掴んで床に押し当て、今度は左の腿を抉った。男が悲鳴を上げる。
「いう気になったかい?」
「島袋町にある、開成マンションってアパートだ。部屋は三〇二号室だ」
 スマートフォンで場所を確認する。たしかに、島袋町に開成マンションというアパートは存在する。
「今から部屋に行くので待っているように、棟方に伝えてくれないかい?」
「へ、部屋にはいねえ」
「そんなはずはない。棟方も石田組に追われているんだ。部屋に隠れて身を潜めているはずだ」
 男の表情が変わった。
「おまえ、石田組か?」
「余計なことは聞くな」男のポケットを探り、スマートフォンを取り出した。
「おまえ、名前は?」
「タ、タイジだ」
「棟方の番号は?」男に棟方の番号を呼び出させる。
「じゃあタイジ。石田組幹部の高田の情報を知っているヒロシという奴をそちらに行かせるから、部屋で待っているように言うんだ。あと、他に誰もいないか確認しろ。うまくやるんだぞ。へまをしてみろ」そういって、ナイフを太腿にあてがった。
 数回の呼び出し音の後、棟方が出た。男は四谷の指示通り棟方に伝えた。棟方は特に疑うこともせず、「早く来させろ」といって、電話を切った。
 十時三十分を回ったところだ。早く片付けて、家に帰って宿題をしなくては。
「なあ、教えてくれ。あんた、石田組に雇われてんのか?」
 男が震えた声で聞いてきた。
「いや」
「じゃあ、どうしてこんなことをするんだよ」
「柏葉真治を殺さなくっちゃ、いけないからだ」
「シンジさんを殺すって、どうして?」
「あの男は生きていてはいけない男なんだよ。だから殺すんだ。僕はね、ベラマチュア尊師の教えを引き継ぐものなんだよ」
「ベラマチュア……?」
「偉大なお方だ。ついでに教えてあげるけど、石田組の幹部、橋本博文を殺したのも僕なんだ。スカルの仕業に見せかけてね」
 男が目を剥いた。
「警察は柏葉を探し出して拘束すると思っていた。柏葉は何もしていないのですぐに釈放されるだろ? その時を狙って殺そうと思っていたんだ。でも、警察もなかなか柏葉を見つけることができないようだし、ただ待ってるのもどうかと思って、こうやって動くことにしたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなこと、どうして俺に喋るんだよ。全部喋ったら、俺を殺すつもりなんだろ?」
 四谷が立ち上がって男を見下ろした。
「た、助けてくれ……」
 四谷は黙って男から離れた。そして男のズボンからベルトを引き抜いて男をうつぶせにすると、その背中に乗り、首にベルトを巻いた。
 必死で抵抗していた男も、ベルトで男の首を締め上げると、すぐに動かなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~

川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。 その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。 彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。 その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。 ――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

Like

重過失
ミステリー
「私も有名になりたい」 密かにそう思っていた主人公、静は友人からの勧めでSNSでの活動を始める。しかし、人間の奥底に眠る憎悪、それが生み出すSNSの闇は、彼女が安易に足を踏み入れるにはあまりにも深く、暗く、重いモノだった。 ─── 著者が自身の感覚に任せ、初めて書いた小説。なのでクオリティは保証出来ませんが、それでもよければ読んでみてください。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

処理中です...