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But Triangle 3
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「塹壕を掘ろう」
タケルが言った。
短期目標を「西方面へ行く」こと、そして長期的な目標であり最終的目標を「家に帰る」ことに定めた三人は、夕日が沈んできた街を出た。
キヌ曰く、町のなかで夜を明かすことはできない、夜半に隠れた物取りや殺人を警戒する住人が夜警をしているからだ。見つかったら問答無用で殺さる、らしい。
げんに、空が橙になったころ合いを見計らって、住民以外の人間……露天商を含めたよそ者は町の外へとノソノソと移動を開始していた。
三人が必要な食料をなんとか確保し、有刺鉄線の柵が守る町から出たころには、太陽は西の大地へと顔を潜らせて初めてところだった。
「すいません、いれてもらえませんか?」
この世界の街道には、自然を利用した旅人用の避難所がいくつもある。
町から草原に伸びる街道にある、高さ5メートル、幅20メートルほどの、枝木がドーム状に伸びて地面スレスレに枝垂れているソコは、ハンガイ山の町に一番近い避難所で露天商と旅人たちの一夜の避難場所だ、
のれんをくぐるように、タケルが枝を掻き分け、顔を突っ込みながら一応ナカに入れるか尋ねてはみたが、返ってきたのは一斉に向けられた銃口と刃物の切っ先。
「ここはもう満杯だ。他を当たれ」
すし詰めに密集している低木の枝の下は、とてもではないがあと3人は入れない。
しっしっと犬を追い払うように銃口が揺れて、タケルはあきらめて樹の下から這い出た。
「やっぱり駄目だった」
「っち」
低木から100メートルほど離れた小岩の近くで待っていたキヌに、タケルは肩を落として首を横に振る。
「くそが、あいつらに何かあっても絶対助けねえぞ」
苛立ちに再度舌打ちをしたキヌはゴーグルを外し、未だ薄暗くなった有刺鉄線の町を振り返り左目を細めた。くゆる深緑が見つめるのは、町ではなく、その向こうにあるハンガイ山。
タケルがキヌの視線の先を追った。
「飛んでるか?」
「さっき一匹山影から出てきた、そろそろヤバいぞ」
「手伝ってくる! サイ どんなん!?」
キヌのすぐ近くで、頭から身体を出来立ての地面の穴に突っ込んでいるサイが、土中から「まだ!」と声を上げた。
サイは右手で驚異的な速度で地面に穴を掘っている。間欠泉のように土砂が穴から吐き出され、黄土色の地面の上に砂を散らしていた。
「なんとか1人とちょっとぶんのスペースは出来た!」
サイの焦る声に応えるようにキヌはライフルの撃鉄を起こした。
「タケル、サイを手伝え。ヤツらダースで巣穴から出やがった」
ライフルの銃口を空に向ける。西の太陽は地平線にゆっくりと隠れ始め、赤い月が色濃く空にかかっていた。
「サイ、俺もやる!」
人1人が通れるほどの大きさの、地中に斜めに伸びる塹壕にタケルは足から飛び込んだ。腰から入ると、中はサイの言った通り、2人で入るには少し狭いぐらいのスペースが出来ていた。
「っんの!」
タケルは、サイが掘り進めた塹壕の底の土を左足で踏みつけた。足が股関節まで埋まる。もう一度、左足で横壁を踏みつけた。
「いいぞタケル! そのまま踏み掘れ!」
「来やがった!」
穴の外からキヌの叫び声が届いた。
地面の底の二人の耳に、銃声が一発響いた。
「キヌ!」
タケルが名前を呼んだ瞬間、もう一発銃声がこだまする。サイが穴の中で怒鳴り声をあげた。
「タケル! もういい、アイツも入れろ!」
穴の広さはギリギリだ。
タケルは這い出るように土をかき分け、地表に顔を出す。穴のすぐそばでは、キヌがライフルを構え、彼女の視線の先、50メートルには、翼を撃ちぬかれた手負いの人食いコウモリが一匹落下し、牙をガチガチと鳴らしていた。
タケルがキヌの足首を掴む。
「サイ、引っ張って!」
合図と共に、タケルの身体がずざざざっと穴のなかへ飲み込まれ、芋づる式にキヌの身体も穴の中へ吸い込まれた。
折り重なるように穴に入った三人は、息をひそめ、空へ向かってジッと目を凝らす。
心臓が口から飛び出しそうなほどがなり立てていた。それがタケル自身のモノなのか、密着する身体から伝わるモノなのか、判別がつかないほどの大きさだった。
ズ、ズ、這いずるような音がした。
穴の向こうに見える小さな空が藍色に暮れていたが、フッと暗くなり、月が現れた。
濁った黄色い、ギョロギョロとした月だ。
穴の中を覗き込み、隠れてしまった活きの良い肉を、牙を鳴らしながら恨めしそうに凝視している
コウモリの目玉が三人をまるっと視界に入れた瞬間、キヌがライフルを突きつけた。
発砲音が穴の中にこだまする。
音の逃げ場のない穴の中、鼓膜をビリビリと痛めつけられながら、ギョロっとした月が弾け飛び、巨体が仰け反り、タケルの頬にペチャっと血が跳ねると、コウモリの身体が倒れこむ振動が伝わってきた。、
穴の向こうに藍色の空が戻る。
キィィィンと耳鳴りがする中で、三人は同時に息を吐いた。
「よく塹壕なんて思いついたなタケル、正直このアイデア無かったら俺達今頃アレの餌だった」
「塹壕ってか、ただの穴になった気がするけど」
斜めの横穴から、ギリギリ3人分の空間を確保したそれが、塹壕とは言い難い。
「じいちゃんが昔、敵の軍隊の攻撃よけるのに塹壕ってのを掘ったって話してくれたからさ」
それはどんな形であるか、何から身を守るのかは忘れてしまったが、少なくともコウモリの爪はここには届かないことが証明された。
「年寄りの話は聞いとけってじいちゃん言ってたけど、まじで聞いといてよかっ……」
タケルが口をつぐんだ。
穴の入り口を凝視する。バサッバササッという少しリズムを欠いた羽の音がした。
生きているのか。あの怪我で。
血の気が引いていく。
身を寄せ合っている塹壕の中なのに、身体がひどく冷える。タケルがぶるりと身をすくませたとき、サイがそっと口を開いた。
「なぁ、キヌ」
「……穴の外のアレが生きてたとしても俺のせいにすんなよ、こちとら目は良く見えても射撃の腕前は素人……」
「タケルのじいちゃんは今年90歳越えてるのに、好物がハンバーガーなんだぜ」
「は?」
「もっと強烈なのが姉ちゃんズだ」
「……ズ?」
ライフルを穴に向けていたキヌは険しい顔を少しだけ緩めた。その気配がタケルにも伝わった。姉たちのことを思い出し、キヌの疑問符にタケルがげんなりと答える。
「俺、上に姉ちゃん3人いるんだよ」
「タケルの姉ちゃんたちすっげー怖いんだよ」
「俺は姉ちゃんたちの奴隷みてぇなもんだ」
「わかる、扱いがヤバイ。ついでに俺のことも奴隷二号ぐらいに思ってそう」
「それはある」
「人権ないよなー」
けらけらとサイが笑った。
穴の中の冷え切っていた空気が、少しだけ柔らかいものに変わっていくことをタケルの肌は感じとった。
「俺、タケルのじいちゃんが大家やってるアパートに住んでるからさ、昔からよく家に遊びにも行ってたんだよ、夕飯とかごちそうになったときとかすごいぜ、マシンガントークが三方向からダダダダダッてくんの。アレどうやって聞き分けてんの?」
「聞いてない、飯食ってる。てか家族八人もいるとおかず取り合いになるから喋ってる暇ねぇよ、サイが来るときは母ちゃんサイの分だけはちゃんと別皿で取り分けてっから被害ねぇだろうけど」
「はち? タケルの家、八人家族?! 現代日本で? サザエさんじゃん!」
驚きの声を上げるキヌにサイはケラケラとわらい、タケルはため息交じりに愚痴をこぼした。
「祖父ちゃん祖母ちゃん、親父、母ちゃん、俺、姉っていう怪獣3匹……俺はこの容赦ない家族ピラミッドの一番下なんさ……」
穴の外から銃声と悲鳴が聞こえてきた。一瞬、三人は言葉をうしなったがサイがソレを許さなかった。静かに、どこか言い聞かせるようなサイの声は、外の世界を気にするなと言っているようだった。
「俺の家は母さんが浮気して出て行ってから父さんと2人暮らし。父さん優しくて仕事は出来るんだけど生活能力がなくてさ、俺がいないと、すーぐ飯抜くし、掃除とか洗濯とか全然気にしないから家の中がすげーことになるんだよ」
「修学旅行から帰ってきたとき、サイの家、腐界に侵食されてたよなぁ」
「困った親父だよ、ホント」
だから絶対に帰らないといけない、言外に滲ませるサイの言葉に相槌をうつようにまた外から銃声が聞こえてきた。低木の下に入れなかった人間が何人もいるようだった。
外の惨事を穴の中から追い払うように、今度はタケルがキヌに尋ねた。
「キヌん家は何人家族?」
「……3人」
ライフルを塹壕の入り口に向けながらキヌは呟いた。
「俺と……ママとパパ」
タケルの糸目が少し見開く。
「ママ」
サイが笑いを堪えた。
「パ、パパ」
ハッとキヌは口元を抑えた。
「違う! いまのは……!」
タケルはなんだか可笑しくなってきた。
「キヌお前、中三にもなってもパパって呼んでんの?」
背中に、笑いを堪えるサイの震えが伝わってきた。
「やめろよ、タケル。それぞれの家庭事情だって。別にパパとママって呼んだっ、て……さあ……く、は、ははははっ」
「うるせぇ! 言い間違えたんだよ!」
「くははは、駄目だ。キヌごめん。笑い止まんない、あははははは」
「わ、笑うなー!」
キヌの怒気のない怒りとサイの笑い声が穴の中を満たしていって、タケルの前身は久しぶりの温かさに包まれていた。穴の中に冷たい空気の居場所はなく、外の恐怖も化け物も入る余地はない。
(なんか……こういうのって)
怒っているキヌと笑っているサイ。
2人に挟まれているタケルの脳裏に、夕日が差し込む教室が浮かび上がった。
放課後の誰もいない教室。
家に帰るのがもったいない、一瞬の時間。
西日が差し込むその場所にいるのは学生服を着たタケルとサイとキヌだ。
命の危険のない、優しい【もしも】
そんな想像がタケルの頭の中に浮かび上がってきた。
穴の外からは、相変わらず悲鳴と銃声、コウモリの羽ばたく音が聞こえてきたが、この塹壕の中だけは違った。
(もとの世界に帰ることができたら……)
そんな【もしも】の未来がやってくるかもしれない。
(そうだったらいい)
そんな未来を掴むことができるなら、他からどれだけ悲鳴があがってもタケルは耐えられる。
タケルが言った。
短期目標を「西方面へ行く」こと、そして長期的な目標であり最終的目標を「家に帰る」ことに定めた三人は、夕日が沈んできた街を出た。
キヌ曰く、町のなかで夜を明かすことはできない、夜半に隠れた物取りや殺人を警戒する住人が夜警をしているからだ。見つかったら問答無用で殺さる、らしい。
げんに、空が橙になったころ合いを見計らって、住民以外の人間……露天商を含めたよそ者は町の外へとノソノソと移動を開始していた。
三人が必要な食料をなんとか確保し、有刺鉄線の柵が守る町から出たころには、太陽は西の大地へと顔を潜らせて初めてところだった。
「すいません、いれてもらえませんか?」
この世界の街道には、自然を利用した旅人用の避難所がいくつもある。
町から草原に伸びる街道にある、高さ5メートル、幅20メートルほどの、枝木がドーム状に伸びて地面スレスレに枝垂れているソコは、ハンガイ山の町に一番近い避難所で露天商と旅人たちの一夜の避難場所だ、
のれんをくぐるように、タケルが枝を掻き分け、顔を突っ込みながら一応ナカに入れるか尋ねてはみたが、返ってきたのは一斉に向けられた銃口と刃物の切っ先。
「ここはもう満杯だ。他を当たれ」
すし詰めに密集している低木の枝の下は、とてもではないがあと3人は入れない。
しっしっと犬を追い払うように銃口が揺れて、タケルはあきらめて樹の下から這い出た。
「やっぱり駄目だった」
「っち」
低木から100メートルほど離れた小岩の近くで待っていたキヌに、タケルは肩を落として首を横に振る。
「くそが、あいつらに何かあっても絶対助けねえぞ」
苛立ちに再度舌打ちをしたキヌはゴーグルを外し、未だ薄暗くなった有刺鉄線の町を振り返り左目を細めた。くゆる深緑が見つめるのは、町ではなく、その向こうにあるハンガイ山。
タケルがキヌの視線の先を追った。
「飛んでるか?」
「さっき一匹山影から出てきた、そろそろヤバいぞ」
「手伝ってくる! サイ どんなん!?」
キヌのすぐ近くで、頭から身体を出来立ての地面の穴に突っ込んでいるサイが、土中から「まだ!」と声を上げた。
サイは右手で驚異的な速度で地面に穴を掘っている。間欠泉のように土砂が穴から吐き出され、黄土色の地面の上に砂を散らしていた。
「なんとか1人とちょっとぶんのスペースは出来た!」
サイの焦る声に応えるようにキヌはライフルの撃鉄を起こした。
「タケル、サイを手伝え。ヤツらダースで巣穴から出やがった」
ライフルの銃口を空に向ける。西の太陽は地平線にゆっくりと隠れ始め、赤い月が色濃く空にかかっていた。
「サイ、俺もやる!」
人1人が通れるほどの大きさの、地中に斜めに伸びる塹壕にタケルは足から飛び込んだ。腰から入ると、中はサイの言った通り、2人で入るには少し狭いぐらいのスペースが出来ていた。
「っんの!」
タケルは、サイが掘り進めた塹壕の底の土を左足で踏みつけた。足が股関節まで埋まる。もう一度、左足で横壁を踏みつけた。
「いいぞタケル! そのまま踏み掘れ!」
「来やがった!」
穴の外からキヌの叫び声が届いた。
地面の底の二人の耳に、銃声が一発響いた。
「キヌ!」
タケルが名前を呼んだ瞬間、もう一発銃声がこだまする。サイが穴の中で怒鳴り声をあげた。
「タケル! もういい、アイツも入れろ!」
穴の広さはギリギリだ。
タケルは這い出るように土をかき分け、地表に顔を出す。穴のすぐそばでは、キヌがライフルを構え、彼女の視線の先、50メートルには、翼を撃ちぬかれた手負いの人食いコウモリが一匹落下し、牙をガチガチと鳴らしていた。
タケルがキヌの足首を掴む。
「サイ、引っ張って!」
合図と共に、タケルの身体がずざざざっと穴のなかへ飲み込まれ、芋づる式にキヌの身体も穴の中へ吸い込まれた。
折り重なるように穴に入った三人は、息をひそめ、空へ向かってジッと目を凝らす。
心臓が口から飛び出しそうなほどがなり立てていた。それがタケル自身のモノなのか、密着する身体から伝わるモノなのか、判別がつかないほどの大きさだった。
ズ、ズ、這いずるような音がした。
穴の向こうに見える小さな空が藍色に暮れていたが、フッと暗くなり、月が現れた。
濁った黄色い、ギョロギョロとした月だ。
穴の中を覗き込み、隠れてしまった活きの良い肉を、牙を鳴らしながら恨めしそうに凝視している
コウモリの目玉が三人をまるっと視界に入れた瞬間、キヌがライフルを突きつけた。
発砲音が穴の中にこだまする。
音の逃げ場のない穴の中、鼓膜をビリビリと痛めつけられながら、ギョロっとした月が弾け飛び、巨体が仰け反り、タケルの頬にペチャっと血が跳ねると、コウモリの身体が倒れこむ振動が伝わってきた。、
穴の向こうに藍色の空が戻る。
キィィィンと耳鳴りがする中で、三人は同時に息を吐いた。
「よく塹壕なんて思いついたなタケル、正直このアイデア無かったら俺達今頃アレの餌だった」
「塹壕ってか、ただの穴になった気がするけど」
斜めの横穴から、ギリギリ3人分の空間を確保したそれが、塹壕とは言い難い。
「じいちゃんが昔、敵の軍隊の攻撃よけるのに塹壕ってのを掘ったって話してくれたからさ」
それはどんな形であるか、何から身を守るのかは忘れてしまったが、少なくともコウモリの爪はここには届かないことが証明された。
「年寄りの話は聞いとけってじいちゃん言ってたけど、まじで聞いといてよかっ……」
タケルが口をつぐんだ。
穴の入り口を凝視する。バサッバササッという少しリズムを欠いた羽の音がした。
生きているのか。あの怪我で。
血の気が引いていく。
身を寄せ合っている塹壕の中なのに、身体がひどく冷える。タケルがぶるりと身をすくませたとき、サイがそっと口を開いた。
「なぁ、キヌ」
「……穴の外のアレが生きてたとしても俺のせいにすんなよ、こちとら目は良く見えても射撃の腕前は素人……」
「タケルのじいちゃんは今年90歳越えてるのに、好物がハンバーガーなんだぜ」
「は?」
「もっと強烈なのが姉ちゃんズだ」
「……ズ?」
ライフルを穴に向けていたキヌは険しい顔を少しだけ緩めた。その気配がタケルにも伝わった。姉たちのことを思い出し、キヌの疑問符にタケルがげんなりと答える。
「俺、上に姉ちゃん3人いるんだよ」
「タケルの姉ちゃんたちすっげー怖いんだよ」
「俺は姉ちゃんたちの奴隷みてぇなもんだ」
「わかる、扱いがヤバイ。ついでに俺のことも奴隷二号ぐらいに思ってそう」
「それはある」
「人権ないよなー」
けらけらとサイが笑った。
穴の中の冷え切っていた空気が、少しだけ柔らかいものに変わっていくことをタケルの肌は感じとった。
「俺、タケルのじいちゃんが大家やってるアパートに住んでるからさ、昔からよく家に遊びにも行ってたんだよ、夕飯とかごちそうになったときとかすごいぜ、マシンガントークが三方向からダダダダダッてくんの。アレどうやって聞き分けてんの?」
「聞いてない、飯食ってる。てか家族八人もいるとおかず取り合いになるから喋ってる暇ねぇよ、サイが来るときは母ちゃんサイの分だけはちゃんと別皿で取り分けてっから被害ねぇだろうけど」
「はち? タケルの家、八人家族?! 現代日本で? サザエさんじゃん!」
驚きの声を上げるキヌにサイはケラケラとわらい、タケルはため息交じりに愚痴をこぼした。
「祖父ちゃん祖母ちゃん、親父、母ちゃん、俺、姉っていう怪獣3匹……俺はこの容赦ない家族ピラミッドの一番下なんさ……」
穴の外から銃声と悲鳴が聞こえてきた。一瞬、三人は言葉をうしなったがサイがソレを許さなかった。静かに、どこか言い聞かせるようなサイの声は、外の世界を気にするなと言っているようだった。
「俺の家は母さんが浮気して出て行ってから父さんと2人暮らし。父さん優しくて仕事は出来るんだけど生活能力がなくてさ、俺がいないと、すーぐ飯抜くし、掃除とか洗濯とか全然気にしないから家の中がすげーことになるんだよ」
「修学旅行から帰ってきたとき、サイの家、腐界に侵食されてたよなぁ」
「困った親父だよ、ホント」
だから絶対に帰らないといけない、言外に滲ませるサイの言葉に相槌をうつようにまた外から銃声が聞こえてきた。低木の下に入れなかった人間が何人もいるようだった。
外の惨事を穴の中から追い払うように、今度はタケルがキヌに尋ねた。
「キヌん家は何人家族?」
「……3人」
ライフルを塹壕の入り口に向けながらキヌは呟いた。
「俺と……ママとパパ」
タケルの糸目が少し見開く。
「ママ」
サイが笑いを堪えた。
「パ、パパ」
ハッとキヌは口元を抑えた。
「違う! いまのは……!」
タケルはなんだか可笑しくなってきた。
「キヌお前、中三にもなってもパパって呼んでんの?」
背中に、笑いを堪えるサイの震えが伝わってきた。
「やめろよ、タケル。それぞれの家庭事情だって。別にパパとママって呼んだっ、て……さあ……く、は、ははははっ」
「うるせぇ! 言い間違えたんだよ!」
「くははは、駄目だ。キヌごめん。笑い止まんない、あははははは」
「わ、笑うなー!」
キヌの怒気のない怒りとサイの笑い声が穴の中を満たしていって、タケルの前身は久しぶりの温かさに包まれていた。穴の中に冷たい空気の居場所はなく、外の恐怖も化け物も入る余地はない。
(なんか……こういうのって)
怒っているキヌと笑っているサイ。
2人に挟まれているタケルの脳裏に、夕日が差し込む教室が浮かび上がった。
放課後の誰もいない教室。
家に帰るのがもったいない、一瞬の時間。
西日が差し込むその場所にいるのは学生服を着たタケルとサイとキヌだ。
命の危険のない、優しい【もしも】
そんな想像がタケルの頭の中に浮かび上がってきた。
穴の外からは、相変わらず悲鳴と銃声、コウモリの羽ばたく音が聞こえてきたが、この塹壕の中だけは違った。
(もとの世界に帰ることができたら……)
そんな【もしも】の未来がやってくるかもしれない。
(そうだったらいい)
そんな未来を掴むことができるなら、他からどれだけ悲鳴があがってもタケルは耐えられる。
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