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Boys Meets Boy 4
しおりを挟むコウモリの飛ぶ夜があけた。
東の地平線から滲むような朝日が顔をだし、太陽とともに人々は動き出す。
有刺鉄線のトンネルが伸びる緩やかな坂道はやがて終わりを告げ、足元が緑色の草で覆われ始める平地になると、それは現れた。
「町だ」
外敵を拒むように張り巡らされた鉄線柵。無秩序に建てられた茶黄色い土壁の家々が並ぶ小さな町が、ハンガイ山から伸びる山道を迎え入れるようにそこにあった。
「こんな近くに人が暮らす場所があったなんて……」
呆けるタケルの横をイグアナが曳く荷台が通り過ぎる。モウセンゴケの触手を乗せた荷台だ。タケルが落ちた、山頂の養殖場からこの町までわずか1日。
キヌが、タケルが1カ月近くあの山にいたことを驚いた理由に、ようやく納得がいった。
町に入ると、道はメインストリートと化して道沿いには露天商がこぞって品物を売っていた。店とも呼べない、地面にじかに品物をおいている露店だったが、タケルにとっては久しぶりの文明だった。
町に入ってすぐの露店に売っていたのは、ほとんどが銃や弾薬、弓矢や剣といった武器だ。
触手狩りに使われていた武器はここから来ていたのだ。
「二手に別れようぜ、俺は弾薬と武器の調達。お前は食料」
「え、一人で?!」
「あのなぁ、俺はお前のナビゲーターじゃねえの。調達が上手く済んだらさっき来た入り口で落ち合おうぜ」
心細く糸目の目じりを下げているタケルに、キヌは呆れて腹もたたないようで、一人さっさと露店の方へと行ってしまった。
タケルは引き止めようと手を伸ばしかけたが、グッと拳をにぎることで思いとどまった。
(そうだよ、キヌは俺の保護者じゃないんだ)
一緒に行く、という約束もしていない。
成り行きでなんとなく一緒にいるだけだ。
(アイツの気が変わんねーように、俺だって頑張んなきゃなんねーよな)
よしっと気合を入れ、タケルはキヌとは正反対の方向へと棍をついて歩く。目標は二人分の食料だ。
松葉杖の要領で右足と棍を交互に出しながら、タケルは町の中を探索していく。メインストリートに広がる露店は、服や荷袋、短刀などの生活用品が多く広がっていたが、食料品らしきものは見当たらなかった。
いくつかの露店を冷かしながら歩いていると、タケルは見つけてしまった。露店の一角、地べたに服が積み上げられているその中にある自分の学生服を。
「俺の制服!」
思わず、飛び掴んだ。
カランっと棍が音を立てて転がる。荷袋を脇におき、両膝を地面につけ、四つん這いのように服を確かめた。
見慣れた金縁ボタンに詰襟。
タケルの中学校の学生服だ。
「あ、あのっ。これ! これ俺の服なんです! 返してください!」
「はあ?」
露店の男は胡散臭さ全開でタケルを一瞥すると、口に咥えていた紙タバコを吹かした。
「そりゃ上物だ。欲しけりゃ持ってるもん全部だしな」
「ちがうんですって! これは、お・れ・の! もともと俺の服だったのを盗られたんですって」
そう、最初の日。
この世界に落ちてすぐ、ぐるぐる巻きの簀巻きで生贄扱いされたとき、ついでとばかりに剥ぎ取られた。
いま着ているのは代わりに与えられたボロのシャツと制服のズボン、そして誕生日に買ってもらったアディダスの靴だけだ。
彼の足に脅威を感じ、有り難いことに下半分は無事で済んでいた。
「そいつはご苦労だな。で、交換できる品はあるのか?」
「ここは盗品を売るんけ!」
「なに言ってんだ坊主、盗品じゃねえ品がどこにあるよ。もとはてめえの持ち物だろうがなんだろうか、今はウチの品だ。欲しけりゃそれ相応のモン持ってこい」
露店の男はこめかみに青筋を浮かべながら、ぷはーっとたばこの煙を吐く。タケルは不愉快に顔をしかめながらも語気を荒げた。
「わかった買うよ! ちょっと待って……」
そう言って、脇に置いた荷袋に手を伸ばした。
つもりだった。
指先が空を切る。
荷物はどこにもなかった。
「えっ」
ない、そこに置いたはずの荷物が――
ない。
忽然と消えてしまった荷袋に急いで周囲を見回すと、タケルの荷袋を持って罪悪感のかけらもなく歩いている男の背中を見つけた。
頭に血が上る。
「まっ……!」
ぐわり、左足に力が走ると視界が流れた。
身体が飛ぶ。
「それはっ」
盗人の頭上をタケルは前方宙がえりで舞う。
鳥のように、少年の影が地面を走った――
「俺の荷物!!」
ズザザザザッと着地の砂埃をあげ、タケルは盗人の前に躍り出る、ヒッと荷物を盗んだ男は悲鳴を上げ、足を止めた。
「かえっ……」
返せ。そう叫びかけ、男に体当たりしようと左足を踏み込んだとき、右側からぬっと手が伸びてきて、胸倉を掴んだ
身体が後ろにひっくり返り、視界いっぱいに空が広がる。
(え?)
タケルの背中に衝撃が走る。息が詰まり、痛みが追ってきた。
荷物を盗んだ男は泡をくって逃げ出した。もちろんタケルの荷物をしっかり抱いたまま。
「待て!」
「やめとけ」
追いかけようと起き上がろうとするタケルを、グッと横から伸びてきた手の主が抑えつける、身体がびくとも動かない。
タケルは息を飲んだ。
目の前の、自分を押さえつけている人間の存在が信じられず、細い糸目を見開く。
『やめろ』と言った声が
ボロの白い外套からのぞける顔が
誰よりも知っているものだった――
「アイツ銃持ってたぜ、前に立ったら撃たれてたぞ」
ようやくタケルの肺は本来の仕事を思い出し、ドッと身体に酸素を供給し始める。喘ぐように、口が彼の名前を形作る。
「サ……サイ?」
親友の名前を呼ぶ。
白い外套を頭からすっぽりかぶったサイは、悪戯が成功したような顔でニッと笑い、片目を瞑った。
「俺に会いたかっただろ?」
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