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4章 退院
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3.
薄暗い部屋の中でふと時計を見ると、要が出かけてから2時間くらいが経過していた。
いつもなら寝ている時間なのだが、こんな状態で悠長に寝てられるほど俺の神経は太くはないらしく、ベッドに横になったものの目は冴えている。
「要…大丈夫かな…」
不安を声に出すと一瞬だけ胸は軽くなるが、余計にその不安を大きくさせた気もした。
眠れないとわかりつつ、不安から逃れようと目をキツく閉じて布団を頭まで被る。そうしていると、突然玄関の方でインターフォンが鳴るのが聞こえて俺はベッドから跳ね起きた。
「要!要かなめかなめ!!」
彼が帰ってきた嬉しさと興奮からかそれ以上の言葉が出てこないまま扉を開けた。
「あれ柊…?なん…か、要!?」
まず目に飛び込んできた柊に俺は困惑の声を漏らしたが、彼に担がれる要の姿を見てそれが困惑から焦りに変わる。
「え、な、何…要?…要どうしたの!?」
要はぐったりと力なく柊に担がれており、だらりと垂れた彼の腕には生気がない。
「あー大丈夫大丈夫。解毒はしたし、怪我も大したことない。死にゃあしねえよ」
淡々と彼はそう言い切り、部屋に上がり込んでソファベッドに要を寝かせる。
「後遺症が残るかどうかは、起きてからじゃねえとわからんけどな」
「後遺症って…要は毒大丈夫なんじゃ…」
「この毒は免疫なかったらしい。まあ、残って精々指先が一部麻痺するとか、舌が痺れるとかそんなんだと思うよ」
そう言うと、柊はさっさと背を向けて玄関へと向かう。
「ちょ!もう帰んの!?」
「帰るよ。目覚めに俺がいて、肉屋が喜ぶわけねーだろ」
玄関で靴を履き、爪先でトントンと床をつついて履き心地を調整する。まるで飯でも食って帰るようなノリで柊は軽く手を上げてドアノブに手をかけた。
「んじゃな。後よろしく」
「いやよろしくってお前…待てって!!」
慌てて柊を追いかけるが、俺の声に彼は振り返りもせずマンションの廊下をすたすたと歩いて去って行った。
「もー…またなー!柊!!ありがと!!」
要を置き去りにするわけにもいかないので俺は柊の背中に手を振って見送って部屋に戻った。
ソファに寝かされた要は穏やかな表情ではあったが顔色が悪かった。
「…要、おかえり。お疲れ様だったな」
まるで作り物みたいな彼の頬に触れると、生き物の肌のぬくもりが彼がなんとか生きて帰ってきたことを俺に実感させてくれた。
柊の話では死にはしないとのことだったが、やはり目を覚ますまで完全に安心は出来そうもない。どんな毒を受けてしまったのか俺には想像もつかないが、後遺症が残らないかも心配だ。
「早く起きろよな」
中性的でいて、でも触れると俺よりも筋肉質な要の身体を確かめるように触れて、華奢で自分より少し大きな彼の指に自分の物を絡めるように手を握る。
そのままソファベッドに突っ伏すようにしゃがみこんで、要が起きるのを待っているうちにうとうとと眠気がやってくるのを感じていた。
数時間ほどそうしていたのか、不意に自分の手を握り返してくる感覚に目を覚ます。目を開けると、ぼんやりと開ききらない目で要がこちらを見ていた。
「…ただいま」
横になったままでまだ眠そうだが、それでも嬉しそうに目を細めて彼が笑う。確かめるように何度も俺の手を握ったり、力を抜いたりを繰り返していた。
「っ…要ぇ!!」
人って本当に感激すると言葉が詰まるんだななんて思いながら、絞り出したような声で彼の名前を呼ぶ。
それに答えるように少し身体を起こした要に俺は思わず飛びついて、彼の首に巻き付くように腕を回していた。
「良かった…マジで良かった…俺めっちゃ心配して…てか怪我は?痛くない?どっか痺れてたり…」
要を抱きしめたまま、何から話したらいいのかわからず思いついた言葉をすべて口に出すような勢いで俺は話しかける。
今まで要と話す時間なんて沢山あったのに、今は一瞬だって黙るのが惜しいような気持ちだ。
「少し指先が痺れているけど、酸欠の時に似ているよ。足を少し怪我しただけだし、痺れもいずれ消えるんじゃないかな」
抱きついた俺の背中に優しく手を回し、要はなだめるように背中を撫でた。どっしりと構えて要を出迎えるつもりだったのに、これじゃあ俺の想像とまるで立場が逆だ。
「怪我やっぱりしてるんだよね…どこ…?」
身体を離して尋ねると、彼は右足を動かしてみせる。ズボンを履いているので患部までは見えなかったが、ズボンのふくらはぎのあたりに焦げ付いた穴がある。下に見えるのは血が滲んだ包帯のようで、柊が手当てしたのだろうと分かった。
「銃で撃たれたけど、弾は貫通していたし、これくらい血が止まってるなら多分柊くんが縫合してくれたんだと思う。すぐ走れるようになるよ」
淡々とした口調だが、安心させようとしてくれているのか要の表情は優しい。
「そうだ、柊!あいつがここまで運んでき…すぐ帰ったんだけどさ。二人が無事ってことは…あいつのとーちゃん…上手くいったの?」
「うん、あまりスマートではなかったけどね」
要は背中を優しく擦りながら俺の体重を預かってソファの背もたれに寄りかかると、詳しく今日あったことを話してくれた。
「そっか…経緯はどうあれさ、これで柊が心置きなく人生を謳歌できるんなら良かったよね。要もありがと、俺のわがままに付き合ってくれて」
要と柊は柊のとーちゃんを殺した。それが最善だったのかは彼等の常識に関してルーキーである俺にはわからない。殺害を「よかった」なんて言葉で済ませていいのか少し引っかかる気持ちはあれど、生きて帰ってきてくれた彼と明るい未来を選ぶ道を得た友人の事を考えれば、見ず知らずの人間の存亡にまで気が回らくとも仕方が無いと思いたかった。
話の間ずっと寄せ合っていた身を離すと、少し彼のぬくもりが恋しくて惜しい気持ちになってしまう。
「要が無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。すげー安心した」
要を完全には離したくなくて、握ったままの手を離さないようにしっかりと握りなおす。
「お試し」なんては言っているが、今現在も俺と要の関係は恋人のはずだ。恋人なら、触れ合っていたいと思ったっておかしくないだろう?
再会の喜びを表して抱き着くのも、彼を祝福するためのキスをしたってなんら問題ないはずだ。
…いやキスは言いすぎた。だけど自分にそんな理由付けてまで、俺は要にキスしたいと思ってる…らしい。
「…黄金くん?」
黙って見つめたままだった俺を、要は不思議そうに首をかしげ、まるで意識を確認するように俺の顔の前で手を行き来させる。
「大丈夫?」
「へっ…?あ、ああうん!平気…」
誤魔化しながらも俺は、どうしようかな…キスしたいって言ってしまおうかな、などと考えてた。
多分要は嫌がらない。思っている以上に要は俺が好きらしい。
でもそれにかこつけて、ただ欲のために彼を弄んだとは思いたくなくて言わずにいた言葉を押し出すように口に出す。
「あの…今からキスしてとか…言ったらヤダ?」
要の顔が見れなくて反らした視線が下へ落ちていく。あ、やっぱ言わなきゃよかったのでは?どうしよう、なんか上手い誤魔化し…何も思いつかねえ…。
要は驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細めて笑った。
「僕は構わないけど…成功祝いかな?」
今まで俺から積極的にいかなかったせいか、要は嬉しそうにしてはいるが、同時に不思議そうに首を傾げている。
「あー…!うん…いや…と言うよりはー…単にしたいだけ…かも?」
要が思っていた通り成功祝いって事にしておけば良かったのだろうに、それを言ってしまうのは卑怯な気がしてそんなことを口走る。
それを聞いた彼はますます不思議そうに首を捻ったが「黄金くんがいいなら」と再び笑顔を見せる。
彼は僕の顔に自分の顔を寄せると、様子を見るように額に唇を優しく触れさせる。そのまま頬へと次のキスの位置を変え、その流れで唇に軽くキスをした。
「こんな感じ?」
俺の額に彼は自分の額をつけて、目を閉じたまま微笑む。
「…もうちょい、舌使って」
今度は俺から要と唇を重ね、舌先でほんの少しだけ彼の唇を舐めた。
要は俺の中途半端な誘いに、優しく答えるようにゆっくりと舌を絡ませてくる。
唾液を混ぜるようなねっとりとした舌使いで少しずつ口内へと侵入してきた。
要とは数回しか舌を使うキスはしたことがないはずなのに、焦るでもないゆっくりとした彼の舌使いは余裕があるように思えて余計にドキドキしてしまう。
俺の息継ぎが下手くそな所為か、単に気分の高揚か…長くキスを続けているうちに暑くなってクラクラと軽い目眩を覚えた。
重みを増す俺の体とそれを支えていた彼は、どちらともなくそのままベッドに倒れ込む。
「かなめ…」
ふわふわとした頭で俺に覆い被さるような体勢の彼を見つめると顔がほんのりと赤くなっていた。
要はしばらく俺を上から見下ろしていたが、困ったように眉を寄せて笑うと、ゆっくりと俺の上に倒れ込んだ。
「…添い寝でもする?」
俺とソファベッドの背もたれの狭いスペースに無理やり身体をねじ込み、要は俺に背中を向かせるように身体を回す。背後から俺の腹に腕を回し、俺のうなじに顔を埋めた。
「後ろから抱きしめられたら、俺が抱き返せないじゃん」
要の腕の中で身をよじらせ、半分ほど体をひねって彼を見る。
赤くなった頬と、息がかかるほどの距離に心臓はバクバクと五月蝿さを増した。
要に体を向けたくて姿勢を変える過程で、自分も要を抱きしめようと自分の足を彼に絡ませる。
彼は一瞬だけそれを拒むように膝を曲げたが、それでもすでに足の間に入ってしまった俺の足を追い出そうとはせず、次第に足から力が抜けていく。
絡めた腿の上に男なら誰でもわかるあの硬いものが当たるのを感じて、俺の耳がカァッと熱くなる。
「…要…期待…してる?」
本当にこんなことをしていいのか迷う気持ちはありながら、俺は要の股間を遠慮がちに撫でた。
「あっ、ちょっと待って…」
横になったまま焦ったように要が飛び退くように後ろへと下がる。ソファベッドの背もたれにこれでもかと身を寄せるが、逃げ場もなく要は気まずそうに目を逸らした。
1度拒んだ身でありながら随分勝手だとは思うが、そんなことを言い続けていては俺も要も一向に前になど進めない。
多少の勝手もわがままも必要な場面というのは必ずあると思いたい。
「俺、男どころか女ともこういう事したことない。だからまあ…期待には添えないかもだけど…それでもいい?」
童貞発言なんて本当は好んでしたくはないけど初めてだから優しくされたい、彼に苦笑いで暴露した。
要は俺の言葉の意味がすぐに理解できなかったのか、訝しげに眉をひそめて俺の目を見つめていた。
「あ…えっと…要には言わなかったけど、ガスマスクだったんなら知ってるよね…ケツのこと…あれはなんか…ノーカンで…」
全く未経験と言えばまあ嘘だよね。でもあれ切れたし痛かったし、同意じゃないからカウントしなくたっていいじゃん。
「俺の事掘りたいんだよね…?なんつか…あれより優しくしてくれるなら、ぜんぜんイける気する」
難しい宿題でも前にしたような顔で俺を見つめたまま黙っている要との間が辛くて口が止まらない。どうしよ、これフられたら結構恥ずかしい。
「…それは喜んでもいいの?」
難しい顔をしたまま、要が首を傾げる。
「恋人ごっこで身体まで差し出さなきゃいけないなんて話はしてないし、前のことで罪悪感を感じているなら無理しなくていいんだよ」
俺の頬に優しく手を添えて、親指で撫でる。彼はまた少し気まずそうに目を逸らしながら小さく笑った。
「僕は君が好きだから嬉しいけどね。でも、生理現象の処理くらいは1人ででも出来るから、気にしないで」
「あ、そうだよね…ごめん、俺だけで完結してた」
考えてる事の過程をすっ飛ばして結論だけを口に出すのは昔からの悪い癖だ。
俺は咳払いをひとつしてから要の目を向かせて彼を見据える。
「もう…ごっこで満足出来ないのは俺の方っぽい…お試しだからってお前を弄ぶような真似した自分に腹が立つくらい、お前に本気になってきてる…みたいなさ…」
我ながら頭の悪い表現しかできなくてもどかしい。俺のスカスカな脳みそで映画でみれるようなオシャレなワンシーンは描けない。
「…要のこと本気になっちゃったから…恋人としてセックスしてえなと思ったの」
オシャレなワンシーンなど描けない俺は、思ったことをそのまま口に出すしか出来なかった。
要は終始驚いたように目を開いて話を聞いていたが、話が終わると次第に口元に笑みが浮かんでくる。ふふっと込み上げた彼の小さな笑い声は、やがて彼が普段話す声量と同じくらいの大きさになる。こんな笑う要初めて見た気がするが、なんだか頑張った告白笑われているような微妙な気持ちに俺は口をとがらせる。
「んだよー笑うとこかよ!」
「ははっ…いや、それって凄くラッキーだなと思って。黄金くんがごっこ遊びに流されてくれないかなって、ずっと期待してたんだ」
俺を本気で好いてる相手に恋人ごっこをさせるのは、虚しい思いをさせそうで心配に思っていたところはあった。
だから要がこのごっこをどう思ってるのか気になるところは多かったけど、まさかそんなワンチャンを狙ったような気持ちだったとは…。
「期待通りになっちゃったな」
「うん、期待してて良かった」
要はまだ小さな声で笑いながらゆっくりと身体を起こした。俺の顔の横に手をついて被さるように上になる。首や頬にキスをして、そのまま耳にも触れるだけのキスをする。慣れない感覚がくすぐったい。
「今日みたいなことが起きたらいいなって期待して、一応少し勉強したんだけど…怪我があるから、勉強の意味がないくらい下手だったらごめんね」
目の前で目を閉じたまま要が呟く。緊張か興奮か、またはその両方かもしれないが、彼の肌はいつもより赤くて熱い。
「あ、そっか怪我…こんなこと聞くのもアレだけど…出来そう?」
「うん、まあ少し痛むけど、任務中に怪我した時とかと比べたら全然大丈夫だと思う。途中でスタミナ切れしても死なないしね」
淡々と当たり前のように要は話すが、初めて出会ったときのあの怪我とか死ぬか死なないかが基準の彼の痛みを図る物差しは、無理やりケツ掘られて痔になってひいひいいってる俺とは全然違う。
「やっぱり怖いとかあったら止めるから言ってね。黄金くんもあまり良い思い出ないだろうし」
「んまあ…無理はしないでおく」
苦笑いで要に答えると彼も柔らかく微笑んだ。
彼の口調は少し心配しているようではあったが、するするとシャツの中に彼の手が入ってくるのが分かった。俺の体温より少し冷たいその手が腹を通過し、胸まで上がってくる。シャツもそれに合わせて勝手に捲り上がる。
要は俺の胸元に唇を落とし、心臓のあたりに耳を当てる。細められた彼の目はいつも以上に嬉しそうだった。
「…ずっと聞きたかった、君の鼓動だ」
鼓動にそんなにうっとりするやつなんて、きっと彼位なものだろう。
心臓の音を聞かれるなんて別に恥ずかしい行為でも何でもないのに、そんな顔をされるとなんだか嫌らしいことをされているようでこっちが恥ずかしくなってくる。
胸に耳を当てたまま、俺の腹の真ん中にある窪みをなぞる指先がくすぐったくて少し笑いそうになった。
その指はそのままゆっくりと俺のズボンへと降りてくる。
俺が女側ということは、俺は何をしたらいいんだろう…なんて考えながら要の行為をされるがままに受け入れていた。
男相手に勃つのか心配だった俺のものは、初めてのいやらしい感覚に性別関係なく反応を見せる童貞丸出しっぷりにほっとしたような呆れるような不思議な気分だ。
要はそれを確認するようにチラッと目線を足側に投げたが、すぐに視線を戻す。何かを言うのは野暮と感じたのかは分からないが、彼は胸元を撫でるように唇で食みながら硬くなったそれに手を添える。片手で優しく掴んでしごかれると他人に触られたことなどないそれは無条件に快感に変わる。
再び要は俺の耳にキスをすると、そのまま小さな声で尋ねてくる。
「耳の中に舌入れてもいい?」
興奮しているのか、彼の息が熱い。
「え、う…うん」
何故耳?と思いながらも要の思うままに答える。
それを聞いた要が耳元で小さく「やった」と喜ぶような声を出した。
なんかわかりやすく「やった」なんて言って喜ぶ要ってレアだなあとか思っていると、彼の舌が俺の耳の縁をなぞってからゆっくりと中へ進んでくる。
ぬるりとした舌の感触と少し荒い彼の息遣いが耳をくすぐり、体が熱くなっていくのを感じる。
「ぁ…ふぅっ…」
くすぐったさからか、また別の何かなのか俺の口からは不意に息と一緒に声が漏れ出した。
奥に進もうとくりくりと耳の穴を探られたり、時折しゃぶるようなリップ音が気はずかしい。
「ぅ…あ…かっ…なめ…」
覆いかぶさった彼の腕に自分の腕を巻き付ける。
布越しに触れ合う互いの股間はすっかり張って熱を持つ。
耳の中を味わうように舐めながら、要は手を添えていた俺のを本格的にしごき始める。
気を抜いたらすぐにでもイってしまいそうな快感の波に、歯を食いしばって絶えた。
いくら童貞だからってこんなにも早くイったら俺は早漏って事になりかねない、できれば俺は早漏にはなりたくないのだ。
「…どこもいい匂いする」
耳元で恍惚と呟く彼の声がくすぐったい。耳から顔を離し、彼は少し後ろに下がって股間に顔を近付ける。長い髪を耳にかけ、ガッチガチに膨れ上がったそれを口に運ぶ。
「うっっ…わ…やべ…それやべ…」
同じ彼の舌なのに耳と局部で這わされた時の衝撃がまるで違う。
手でシコられただけで我慢するほど敏感だった俺のものが限界を訴えるのはその後すぐの事だった。
「あっ…まって要…やば…」
丁寧に吸い上げたり、舌で輪郭をなぞったりしながら、要は空いた手を俺の尻の方へと伸ばしていく。穴のあたりに指を這わせ、痛くないかを確認するように指先でつつく。
ああそうだった、要のがここに入るんだよな。彼の事だしきっと無理くりとか痛くはしないだろう。だからまあその辺に関しては別に心配はしてない。
そんな心配とか一周回って一瞬冷静になった事とかはさておいて、俺の股間はもうそれどころじゃない。
我慢しすぎてさっきから要の口の中でドクドクと脈打つような感覚と一緒にじわじわと汁が漏れ出してるのが自分でもわかる。気持ちよさで揚がってくる膝とか無意識に逃げようとする腰とかを、要が優しく抑えたまま丁寧に舌を動かすのを感じる。
ああやばい、意識したらますます気持ちよさが…。
「むりもう…がまんムリっ…!!イくっ…」
栓を切ったように要の口に精液ぶちまけた感覚と、それによってスーッと熱が下がるような脱力感に俺の体がだらりとソファに垂れる。
要の喉が動いて、俺が出したものを飲み込んでいるのが見ていて分かる。舌で綺麗に舐めとってから口を離すと、彼は俺の唇に自分の唇を軽く重ねた。
「気持ちよかった?まだ続けたいんだけど、黄金くん体力残ってる?」
尋ねる要の言葉は優しいが、尻に添えられた手は依然そのままだ。穴に指先を入れていいものなのか迷っているらしく、入れてくる気配はないものの止める気配はない。
恐らく、なかなかない機会だから逃したくないんだろう。まあ立場が逆だったとしたら俺だってそうなるわ、気持ちはわかるし期待を裏切る気はあんまない。
「もしよかったら指だけでも…できたら舐めてみたい…」
ちょっとだけ気まずそうな要は顔を寄せたまま目を逸らす。
「いいよ。痛くしないんならなんでも、俺はもう腹くくった」
「そう?じゃあ、痛くないように頑張るね」
確認するように彼は痛くないことを復唱する。その表情は表情筋が硬い彼にしては明るく、嬉しそうだ。よほど期待していたのだろう。
さわさわと軽くなでられる手つきがくすぐったくて穴に力が入ったり抜けたりしてしまう。要から見たら誘ってるように見えるのかな…そういう訳じゃないんだけどそれだったらすげー恥ずかしい。
「俺はどうしたらいい?ただ寝てるだけじゃ不平等にならん?」
俺の言葉に要は顔を上げると、少し考えるように視線を逸らした。
「…して欲しいこと?なんだろう…」
そう言いながら、何の脈絡もなく要の指が入り口から入ってくる。
「ぉわっ!?」
急なことで驚いて俺は身を縮ませて反応をしめす。その様子に要も驚いたように肩を跳ねさせてこちらを見た。
「あ、ごめんね。痛かった?」
「いや、びっくりしただけ…」
要の指先が入っているであろうケツの穴には違和感はするものの、痛みは殆どない。そりゃあね…もっとデケェもんをもっといきなりぶっ込まれてるもんね…。
「良かった。ちょっと触れるのが嬉しすぎて、指を止めるって選択肢が消えてたみたい」
安心したように要は息をつくと、再び下の方に視線を投げる。
「ちなみにこのままでいいの俺…?」
「えっ、ああ…うん、そうだなあ…」
余程楽しいのか、要は若干上の空で穴の中を探るように指で中を優しく撫でる。それでも明確に俺の質問で「このままで」と答えないあたり、リクエストしたいことはあるが、それどころではないのかもしれない。要も童貞だって言ってたしな…気持ちはわかるぞ…。
不意に彼の指先が止まり、特定の場所を軽くつつき始める。
「ここが前立腺かな…」
彼は身体を起こして俺の下半身に注視する。なんだこれ、めっちゃ恥ずかしいじゃんこれ。
今まで撫でるように優しい動きだった彼の指にグッと力がこもり、この場所を押し込む。
「っああ!?…な、何いまん…」
一瞬身体が浮いたんじゃねえかってくらい強く跳ねて中に余韻のように残る違和感に俺は目を見開いて要を見る。要も驚いたようにこちらを見ていて目が合った。
「ごめん、強く押しすぎた?大丈夫?」
「なんだろ…痛いとかじゃなかったんだけど…ビクッときたわ…」
俺の言葉に要は目を丸くしたままだったが、徐に視線を下に戻してもう一度同じ場所を押す。
「んん…うー…なんだ…これっ…」
一定のリズムで押したり離したりを繰り返す要の指に腰が勝手に悶えてしまう。
なんか変な感じ…これ気持ちいのか?よく分からん…分からんけどなんか続けられたいような…?
俺の様子を見るように視線だけで要がこちらにチラチラと振り返るが、口元に少し笑みを浮かべて彼はその行為の速度に変化を加えてくる。
入れたままだった指をギリギリまで引き抜いて、少し勢いをつけて押し入れたり、速さに緩急がついてくるといよいよ変な感じが強くなってくる。
指の数がちゃっかり増えていることに気付くのは少し時間がかかった。
「かあっ…かなっ…あっ」
声を出そうと口を開くと、彼の指が押し込まれるのに合わせて意図としない声が飛び出してしまう。
それがたまらなく恥ずかしくて俺は口をぎゅっと噛み締めて声を堪えた。
先程要が前立腺とか言って触っていた部分を押し上げるようにコツコツと指が当たって、その度体をゾクゾクとした不思議な快感が俺を襲う。
「気持ちよくなれてる?」
要が少し楽しそうに目を細めて尋ねてくる。小さく頷いて見せると、彼は「良かった」と呟いて指を入れている場所に顔を寄せる。
入り口を舌が這う感覚がし、俺はハッと足を少しばたつかせて小さく抵抗した。
「ばっ…か、そこは…汚ぇって…」
「汚くないよ」
暴れる足を簡単に片手で受け止めると、彼は再び口をつける。舌先が入り口を撫で、そのまま中へと入り込む。先程からいじられていた部分を重点的に舐め、軽く吸う音が聞こえた。
「んぃっ…や…まってそれ…やばい…」
ケツに性感帯があるってマジだったんか…これ気持ちいやつだ…どうしよう。
いや、痛いよりいいじゃん。いいと思うけど、ケツで感じてるの要にまじまじ見られてんのすげーやばい恥ずかしくてやばい。そして気持ちよさもやばい。
「黄金くんの中身、すごく美味しいね」
一瞬だけ口を離した要が頬を高揚させて、感動したように呟く。入口を指で広げて再び舌をいれる。夢中になって彼が中を舐めるたびに水気のある音がしてクソ恥ずかしい。
「美味しいし、凄く綺麗だ。こんなに美しい人の内臓に生きたまま触れられるなんて…なんて言葉にしたらいいか分からないよ」
あまり喋らない要が饒舌に体内について話す。その表情は恍惚としていて、お世辞やプレイなどではなく、本心であるというのが嫌という程伝わってくる。
「や、やめ…そんな…言わ…なくて…い、からぁっ!!」
彼が声を出す度に混じる吐息が、暖かい舌を引き抜かれた直後の穴にかかるのを敏感に感じる。それに俺の穴が反応するようにヒクヒクと動いてしまうのが自分でもわかる。
そんなエロ漫画みたいなことになって姿を要に見られたくなくて逃げるように腰を浮かせた。
その腰を要は掴んで引き止める。のしかかるようにかぶさってくる彼のイチモツが腰に当たった。その硬さと彼の体勢から察して俺は上がった呼吸を何とか整えながら顔を上げた。
「…い、れるん?」
「いれたいな…」
まだズボンに入ったままのそれを布越しに擦り付けてくる。考えてみれば、随分長いことあのままで俺は手コキのひとつもしてやってない。ちょっと悪いことしたかもとか思いつつ、童貞特権で許されたいなんて思う。
「入れてもいい?」
興奮で熱くなった息を混ぜて要が尋ねてくる。
「…うん」
ついに俺は自分の意思で処女卒業してしまうらしい。異性が好きな多数派だったのに気づけば同性相手に股開いてんの、運命って不思議じゃね?
要は嬉しそうに笑うと、俺の唇に自分の唇を重ねる。口の中に舌が入り込み、俺の舌を絡めとる。
その間に彼がズボンのジッパーを下げる音がした。現場が見えていないので、あまり焦りは感じなかった。
尻の入口に人肌の温もりを持ったそれが宛てがわれる。散々いじられてほぐれた穴は初めての時に比べて簡単に受け入れた。
「…ぁ…来てる…」
来てるって何?何そのエロ漫画みたいなセリフは!!つい口走った言葉に心の中でツッコミを入れたくなるし恥ずかしい。
「うん、入ったね」
口を離した要がちょっと照れくさそうに笑った。
「んも…それ…言わなくていいもん…」
彼の答えにますます恥ずかしさが増して傍らのクッションで顔を下敷きに隠す。すると、要はそれを上から優しく引っ張った。
「キスできないよ」
「うー…わぁってる…」
彼にクッションをパスして顔を見つめ直す。彼はまだ少しはにかんだように笑っていたが、そのまま再び唇を重ねる。
ゆっくりと彼が腰を動かし始める。先程、俺が反応を示したあたりを意識しているのか、先端がちょうどよく擦れたり押されたりする感覚は先程よりも強い快感を俺に与えてくる。
「うぁっ…なに…こんなっ…知ら…」
腕は無意識に捕まるものを求めて先程要に取り払われたクッションに絡めてしがみついてしまう。
「それはなしにしよう」
要は再びそれを取り上げてベッドの端に置き直す。俺の腕を優しく掴むと、それを彼の背中に回させる。
「こっちならいいよ」
少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、要は再び腰を動かし始める。
「やっ…まっ…まって…」
彼の背中に回した腕に力が入りしがみつく形になった。それでも止まる気配のない要に俺の腰はどんどん上に上がってしまう。
浮いた腰をまくるように彼は俺の足を片手で掴んで持ち上げると、先ほどよりも深く押し込んでくる。
「中きついね」
体重をかけてくる彼の声は嬉しそうだ。
「俺っは…ちょっと…苦し…んっ」
荒くなっていく息と腹の中にものを押し込まれた圧迫感に少し苦しさを感じながらも、要のものが動く度に自分のものじゃないみたいな声が漏れる。
「ごめん、大丈夫?」
体重を掛けていたのを緩めるが、要は止まる訳ではなく緩く腰を動かす。
「平気っ…だけど…」
いっそ「待てないのかよ童貞め」と笑ってやりたいがそんな余裕はどこにもなくて、彼の動きに合わせて声が漏れ体はビクビクと痙攣のような動きを繰り返した。
「良かった」
要は笑うと、先ほどと同じように奥へと押し込む。根元まで押し込まれたそれを引き抜き、一番奥までいれるその動作を、指の時と同じように緩急をつけて繰り返す。次第に激しくなっていくと、まるで漫画のように肌がぶつかるパンパンとした音が部屋に響いた。
「はっ…あぁっ…ちょっ…」
今までと違う強さと速度に堪えていた声がどんどん漏れ出す。
頭のどこかでは一周まわって冷静に「これ続けてたらケツでイったりすんのかな…」とか考えながら意識はどんどん快感へ傾いていく。
「…そうだ、これじゃ黄金くんが気持ちよくなれないよね」
のぼせたようなぼやけた瞳で俺の見ていた要が、不意に俺の身体をその場で回してうつ伏せにする。俺の腰を持ち上げると、空いた手を俺の股間に添えた。
「一緒にしたら気持ちよくなるかな…」
再び腰を打ち付け始めると、同時に手の中のものをしごき始める。汗ばんだ俺のうなじに彼の唇が這う感覚に力が抜けるように上体が下に落ちていく。
「あー!やっ…同時っ…ダメだって…!」
股間で停滞していた快感をそこから抜かれていくように気持ちいの波が繋がるのを感じて、俺は今までになく大きな声を上げてしまう。
「でも、多分こっちの方が黄金くんはいいと思う」
まるでやめる気配もなく、緩める気配もなく要はそう断言して行為を続ける。
「いい…けどっ…けどダメなの!…マジこれっ…イくからぁっ!」
迫り上がる強い快感の気配に何とか体を起こそうともがいた。
額をソファに着けて自身の下を覗くような姿勢で後ろを見ると、擦られる俺のものと腰を振る彼の動きがよく見える。
「うっっ…!やべ…バカ俺っ…」
気分の盛り上がりなのか、実感湧いて来たのかわからんけど見たらますます感じてる気がする俺。
もうこれはイッてしまう。俺は今日男にケツ掘られてイくんだ。あの日無理やりヤられた時にはそんなの絶対ねえと思ってたのに、やり方と相手次第でこんなになっちゃうんだね。
「イけそうなら良かった…」
上から聞こえる要の声が少し辛そうに聞こえる。もしかしたら、彼は彼で出すのを我慢しているのかもしれない。
いっそ出したら2人とも幸せじゃんとか思った。でもそんな都合のいい言い訳を思いついた時には既に俺は限界だった。
要がイきたそうだからとか、都合いいからとか抜きにして、俺は要にケツ掘られながらしごかれて気持ちよくなってイった。
「あっ…無理っ…もう出るっ…イくっっ!」
俺の言葉に合わせて要が勢いよく引き抜いて外に吐き出す。要の手の中に放った自分のものも溢れてベッドに滴るのをぼんやりと見ていた。
「…はっ…ゴム、忘れてたね…」
俺の腰に手を回したまま、要が小さく笑った。
「つける…派か…お前」
てっきりゴム嫌いなのかと思った。どうせ妊娠とかしねえし、どっちでもいいと思うけどね。
「黄金くんの内臓は僕も汚したくないからね」
要は着たままの服を直して、ベッドの端に腰掛ける。すっかり汚れてしまったベッドを見ながら、彼は苦笑いしていた。
俺も息を整えながら起き上がって要をまじまじと見つめる。
「汚れたじゃねーか。てか要ばっか服着てて不公平くね?」
いつの間にベッドの下に落ちた下着を拾って足を通す。動くとまだケツに違和感はあるものの、あの時のような痛みとか出血はなくてちょっと安心した。
「僕が脱いでも誰も得しないけど、君の裸は僕が得するから仕方ないね」
さも当然のように要は言ってのける。他にも散らばった俺の服を広い、俺に差し出す。
「…今日は君のベッドで一緒に寝てもいい?汚れてしまったから」
「元々要のベッドじゃん。いいに決まってる…けど、ちゃんと寝る時間あるだろうね?寝かせてくれないとかあったら困るかんな」
ちょっと意地悪くにやけて言うと「今夜は寝かせないって言葉はそういう時に使えばいいんだね」と変な思いつきに手を叩いた。
「じゃあ、いつか寝かせない日にしようか」
「いらんて、俺にはそんなスタミナねえよ…?」
冗談を飛ばし合いながら笑う要は随分と柔らかい笑顔で、彼にもちゃんと表情筋があるんだなぁとか考えていた。
まだ帰ってきたばかりの要は数時間寝たとは言え、起きていきなりヤることヤらせてしまったので眠たいようで、ふわっと欠伸をすると立ち上がった。
「僕はもう少し寝ようと思うんだけど、黄金くんはもう少し起きてる?」
「一緒に寝るよ。俺も全然寝てないし…」
先ほど渡された服を手に彼に続いて立ち上がり、俺はニヤリと笑って要の服に手をかける。
「さっき全然脱がなかったんだから、パンイチでねよーぜ?恋人らしくさあ?」
要は少し首を傾げたが、言われるままに服を脱ぎ出す。色気もへったくれもなくさっさと脱ぐと、散らかったままのソファベッドにそれらを適当に引っ掛ける。
「構わないけど、黄金くんは脱いで寝たらダメだよ」
「なんでだよ!」
「黄金くんの内臓は国宝級に魅力的だから、身体を悪くしたら勿体ない」
たぶんスッゲー褒められてるのに全然ピンとこねえ!…じゃなくて要だけ脱がされて俺が服着るとかどういうことだよ!むしろ要がそれでいいのかよ感すげえよ!!
そう叫びたくなる気持ちをぐっとこらえて、俺は要の背中に触れる。
触ると見かけよりがっしりとした彼の体はその筋肉の所為か、行為の後だからか触れるとほかほかと温かく感じる。
「要がこんなにあったけーし、大丈夫だろ?心配ならお前がしっかり温めてくれ」
冗談交じりに笑うと要は小さく首を傾げてから頷いた。
「分かった。それならいいよ」
ん?あれ?冗談通じたのかな?なんかマジにされたような気がするが?
彼は俺の脇に腕を通して膝をすくい上げて軽々と持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。お姫様抱っこが許されるのはお姫様みたいな女の子と怪我人病人だけだろ。俺みたいなブス寄り男子がお姫様抱っこされるのは絵面的に美しくないし、むしろ惨めにすら思える。
「いっ…いいよ!重いだろ!!」
「大丈夫。君よりも身体の大きい全裸の男性をこれで運んで階段を駆け上がったことあるけど、あれより随分軽いよ」
「へ?何それ、どういう状況…!?」
「内緒」
小さく笑いながら要は俺の部屋に運び込んで、俺の身体をベッドに下ろした。その隣りに一緒に潜り込むと、彼は俺の身体を抱き枕のように抱き込んで、俺の胸に顔を寄せた。
「黄金くんの鼓動を聞きながら眠れるって、どんな子守唄よりも贅沢だね」
口元に笑みを浮かべたまま要が目を閉じる。
俺もほとんど寝てない所にセックスで体力使ったせいか暖かくて暗い環境にすぐに眠気が湧いてでた。
要の頭に顔を寄せるように寝返りをうって、俺もそのまま目を閉じた。
要は寝相がアクロバットなので、腹を蹴られたりするのではと心配していたが、俺が腕の中に収まっていたせいか特別荒れることもなく、身体が半分反対側に落ちる程度で済んでいた。
可哀想だから引き上げてやろうと思って身体を起こしたら、俺が枕にしていた彼の腕から重みがなくなってしまって要が頭から墜落したのは悲しい事件だった。
床に落ちてからようやく目覚めた要は欠伸をしてからベッドの上の俺を見て少し笑った。
「おはよう、どうしても落ちてしまうね」
「あ…おはよう…なんかごめん」
「黄金くんのせいじゃないし、今日はベッドの上で眠れた最長記録だと思うよ」
首を横に小さく振る要を見てたら、なんか可笑しくなってきて俺も小さく笑った。
「ほんと寝相悪いよなお前、敷布団の方がいいんじゃねの?」
「敷布団だと壁際まで転がってしまうから、もう床になってしまうんだよね。寒かった」
要は淡々と答えるが、その淡々とした態度が俺は余計に面白さを加速させる。
ふと、要は思い出したように腕時計を確認する。それに何かを打ち込む動作を見せてから彼は俺に振り返る。
「柊から連絡がきてて、準備が出来たそうだから13時過ぎに一緒にご飯を食べに行こう」
「お、マジ?柊から誘ってくれんの珍しー!てか準備ってなんの?パーティでもすんの?」
要は口元に笑みを浮かべる。
「行ってからのお楽しみ」
顔を洗ったり、髪を整えたりしてから、要はいつものDJみたいなゆるい私服に着替えて、俺はお気に入りのフード付き革ジャンをVネックの上に羽織って出掛ける準備を整える。
久しぶりに出る昼の街に俺はめいいっぱい腕を広げて伸びをした。
「地下つってもやっぱり昼間は明るくていいねー!蛍光灯もまあ悪くないかな」
地上の空を模した天上が恋しい気持ちは無くはないが、住めば都とはよく言ったものだ。
柊に指定されたという店まで歩いて行けるということだったので、彼の隣をついて歩く。到着してみると、そこはいつかの中華料理店で、柊は腕時計をいじりながら壁に寄りかかって待っていた。
「よー!昨日ぶり!」
俺が手を振って声をかけると彼は顔を上げてもう見慣れたあの怒ったような顔を見せた。
「おせー!遅刻!」
「約束の14時から15秒しか過ぎてないよ」
「遅刻は遅刻だ!いつもジャスト狙いやがって!」
相変わらず文句を言う彼は、要のことなど全く心配してなかったようで、ちょっと前に会った時と変わらない。
「じゃ、さっさとVIP席に入りますか。ここじゃ話しずらい」
柊が店に一足先に入る。中の店員は深々と頭を下げ、彼が何も言わずとも奥へと案内する。相変わらずのVIP待遇だなあ…すげえや。
通された席は前と同じ円卓テーブルがある個室で、広々としたその席の奥を柊が陣取った。
「黄金くん、そこは空調が直接くるからこっちおいで」
要が少し端の席に俺を呼ぶ。
「お母さんかよ」
そう言って笑いつつも、気遣い自体は素直に嬉しいので「ありがと」と言って彼の指した席に腰を下ろした。要もその隣りに腰を降ろすと、メニューを広げた。
先にメニューを見ていた柊はもう頼む物が決まったのか、そうそうにメニューを閉じて、背中に背負っていたショルダーバッグから手のひらより少し大きな箱を取り出す。
「…今回はどーも。おかげで無事、俺のクソ養父は死んで、アイツの資産も家も俺の物。俺の人生も俺の物。これは、今回手伝ってもらった報酬だ」
そう言って柊は箱を開ける。その中から出て来たのは、要や柊が付けている腕時計だ。
「クソヤンキーにあげたいって変態さんからのご要望だ。良かったでちゅね~?」
「クソヤンキーじゃなくて、また黄金くんって呼んでもいいんだぞ?…んで要が俺に?」
腕時計を手に取ってクルクルと回してみる。
真新しいツルツルとしたパネルは、何だか新品のスマホを買った時に似た気分にさせられた。
「ありがと、でもいいの?これたけーんだろ?てか簡単に手に入らないんじゃ…?」
「君にあげるためにやったんだ。着けて欲しい」
要がメニューから顔を上げて微笑む。
「俺に上げるために?」
彼の言葉に少し首を傾げるも、期待しているようにも見える表情に俺は手に取った腕時計に腕を通して金具を留める。
どこかにスイッチがあるのかと側面を見たり画面を触ってみるが、充電切れのスマホのように反応はない。
俺が腕時計を注視していると、背後の柊が何の予告もなく俺の首に何かを押し当てて押し込む。針が刺さるような小さな痛みに俺は驚いて体を跳ねさせた。
「あてっ!?なに!?」
彼の手に握られているのは針の付いたスタンプのような何かだ。
「その腕時計を付けるための儀式だ。ほら、画面ついただろ」
腕に付けた腕時計の画面が何もスイッチを押さずとも点灯する。「welcome to underground!」の文字が浮かび、設定画面のようなものに切り替わる。
「これで、黄金くんは晴れて地下の人だよ。もう、何も心配せずに好きなだけ外を歩ける」
隣で腕時計の画面を見ていた要が言う。
「…マジで?もう不法入国者じゃないってこと?じゃあ、買い物とか連絡とかも普通にできるってこと!?」
興奮気味に要と柊を交互に見ながら詰め寄るように喜ぶと、要は小さく頷いて笑った。
「全部、君の自由だ」
「身分証明書はまだ出来てないから、俺の知り合いにまた依頼しないといけねえな。クソヤンキーのプロフィール教えろ」
柊がそう言いながら、俺の腕時計に彼の腕時計をかざす。画面に連絡先のようなものが表示され、高い電子音が鳴った。
「俺の連絡先。これに後で送っとけ」
「おー!マジ?なんか面白い事とか思いついたら無駄に送っとく!」
柊の肩をパンパンと叩くと柊は舌打ちをするが、手を払ったりはしなかった。
「僕は?」
要が自分の手首を振って腕時計をアピールしてくる。
「交換するする!当たり前だろー」
要に腕時計をかざしてもらうと彼の連絡先も俺の腕時計に登録された。要はそれを確認すると、少し嬉しそうに目を細める。
「あ、ところでさ。ここって鍋とかあんの?テーブルの真ん中に意味深なコンロあるじゃん?」
メニューをパラパラと確認するがそれらし物は見当たらない。柊もめんどくさそうにメニューをパラパラと確認するが、すぐにそれを閉じる。
「ねえな。要は鍋食べたい?」
「僕は何でもいいよ」
いつの間にか割と普通に会話するようになっている2人に俺は柊を指さして文句を言った。
「ちょっとまてよなんで要ばっか名前で呼んでんだ!俺も仲良しだろ!仲良し3人組だろ!!」
「はあ~?きもっ!さむ!仲良し3人組とかサブイボすぎる~、はあ~マジむり無視しよ」
柊はひとしきり俺を罵倒してからテーブルに備え付けられた端末を操作する。間もなく店員がドアをノックして入室すると、店員は柊の傍に膝をついた。
「ご注文でよろしいでしょうか?」
「気が変わったんで鍋したい。適当に食材見繕って用意して。あ、肉多めで」
あれっ?ここ中華料理店だよな?なんかコンロあるから鍋かしゃぶしゃぶ的な中華料理でもあんのかと思ったんだけどメニューになかったんだよな?
無いものを注文するとか迷惑過ぎね?てか普通通らねえだろそんな無茶ぶりは…と、思っていると店員はにこやかに頷いて立ち上がる。
「かしこまりました。少々お時間頂戴します」
「かまへんかまへん」
適当に手を振る柊に店員は丁寧に会釈をして立ち去った。
「ええ~今のOKなの!?VIP過ぎんだろ…」
「万年2位の始末屋様のご贔屓店だ、あったりめえだろ。肉屋さんほどじゃないですけどね~」
自慢からの嫌味を混ぜて柊は口を尖らせる。要は特段何かに反応を返すでもなく水を飲んでいた。
「えー2位だってすごくね?だって始末屋っていっぱいいるんだろ?」
「まあ、好成績なのは確かだけど、巨人って始末屋がいた時には3位だった時期もあるぜ。肉屋は不動の1位だ。変態なだけあるよ」
フン、と鼻を鳴らして柊は要を見るが、前ほどの怒りは見えない。要は肩をすくめて「父親がすごかっただけだよ」と首を振った。
「要だってすげー強いよ!組手めっちゃかっこよかったもん。今度俺にもなんか教えて!憧れる!」
「黄金くんに出来るものか…柔道とか?」
「やってみたい!俺、学校でもあんま体育出来なかったし…教えて教えて!」
要の肩に手を置いてワクワクした気持ちにはしゃいでみせると、要は目を細めて柔らかく笑った。
「いいよ。怪我させないように気をつける」
「やった!!ありがと~要!」
俺たちの様子をじっとつまらなそうに見つめていた柊が、フッと口を歪めて苦笑いにも似た渋い顔をする。
「…なに?お前らもしかしてデキてんの?」
「えっ!?な、なんだよ急に!」
柊の突然の発言に俺は持っていたコップを思わず落としそうになって慌ててテーブルに置いた。
「ヤッたの?マジでパンパンされたの?俺、ちょっと冗談のつもりで言ったんだけど…いや、もしかして肉屋がパンパンされた?」
柊の言葉に返事を返さずにチラリと要が俺を見る。
「いやパンパン…えっ…ンー黙秘!!黙秘権使いまーす!!」
「僕は入れられてないよ」
「要!!」
俺の努力虚しく要が横から最小限の言葉で暴露する。柊は何とも言えない引きつった笑顔を浮かべると、俺に親指を立てる。
「彼氏デビュー…おめでと…」
「いいよ!そんな引きつった顔で祝ってくれなくても!!」
顔が熱くなるのを感じながら軽く机を叩いて抗議すると、柊は「あー早く飯こねえかな」と聞こえてないふりをしやがった。
「あまり嬉しくない?」
少し不満そうに首をかしげる要が俺を真っ直ぐに見つめる。
「えっ…や…別にそういう話は…」
「でも、なんか黄金くん機嫌悪そうだなって」
ここで「好きだよ」とか「彼氏デビュー嬉しいよ」とか、二人きりだったら別に言える。言えるけど…!
ちらりと横目で柊を見ると、彼はにやにやとこっちを見ておもしろがってる。
「本当に恋人になって大丈夫だった?」
要があからさまに怪訝な顔で、眉を寄せて俺をじっと見つめる。
「うっ…そりゃ…その…」
「その?」
なおも追撃を止めない要が顔を寄せると、顔に熱が集まるのを感じた。
「いっ…いい、嬉しいからっ!」
要がふっと満足そうに笑うと、彼は静かに座り直す。その傍らで柊は「げー」と舌を出していた。
「はいはい、もう分かったから続きは家でやってくれ。このままだと目の前でおっぱじめられそうで、たまったもんじゃねえや」
「お待たせ致しました」
柊の言葉に続いて部屋にノックが鳴る。先ほどの店員がワゴンに鍋を乗せて部屋へと入ってきた。それらをテーブルの真ん中に丁寧にセッティングをし、有り合わせとは思えない豪華な食材を傍らに添えた。
「私どもがお手伝いすることも出来ますが、いかがなさいますか?」
「セルフサービスで大丈夫。後は楽しくやるよ」
いつものめんどくさそうな口調で柊が答えると、店員は丁寧にお辞儀をして部屋を出た。
要は言われてもいないのに菜箸を誰よりも早く手に取ると、食材を鍋に入れて煮始める。
「俺、鶏肉多めで。野菜いらないから」
「野菜食べなきゃだめだよ」
柊の注文をつっぱねながら、要は肉と野菜をバランスよく入れていく。
「えっじゃあ俺豚肉、あとその肉団子みたいなやつ!」
「黄金くんも野菜食べなきゃだめだよ」
中華料理店には似つかわしくないような、だしのいい匂いがクツクツと煮える。
主に鍋の様子を見るのは要で、柊は横から煮えた肉を選んでさらっていく。
俺も鍋をつつこうと少し前のめりになった所に、トンと静かに野菜から肉までバランスよく盛られた取り皿を置かれた。
「豆腐はまだ煮えてないからもう少し待っててね」
「あ、ありがと…?」
同じように要は柊にもバランスよく食材を盛った皿を置く。柊も肉多めでとごねたが、相変わらず要は妥協を許さない。菜箸を独り占めする要は鍋奉行のようだった。
こうしてガヤガヤと騒ぎながら鍋を囲む友達が出来るなんて、少し前までは想像もつかなかった。
地下にはまだまだわからないことも信じられないこともいっぱいあるけど、やはりそこに友達がいてくれるのは嬉しいし楽しいもんだ。
「俺、ここにこれてよかったよ」
取り皿に野菜を追加しようと攻防する要と柊を見ながらふと呟くと、二人はその手を止めて俺に注目する。
「よかっただぁ?家族に殺しの依頼出されて、わけわかんないとこに連れてこられた上に閉じ込められて、ケツ掘られたあげくに彼氏デビューしたのが?」
「ケツと彼氏は関係ねーだろやめろや!」
憎たらしい顔で悪態をつく柊に指をさして言い返すと、彼は可笑しそうににやにやしたまま肉を口に頬張った。
「でも、連れてきたのも閉じ込めていたのも事実だ」
「まあ事実だけどさあ…俺を思っての事だったじゃん。飯の世話もしてくれたしさ、結果的には丸く収まってるしいいじゃん」
柊の言葉に対して考え込むように目を伏せていた要に笑いかけると、彼も一拍置いて微笑んだ。
「柊っていう友達がいて要っていう家族もいて、こうやって一緒に飯食って馬鹿みたいに笑ってられるんなら場所なんてあんま関係ない。地下も良いとこだよ、俺にとってはさ」
そう言って二人に笑って見せると腕時計がブブッと何かを知らせるような短いバイブ音を放った。
画面に目を向けるとそこには「新着メッセージがあります」の文字。
「あれ、なんだろ?誰かメッセージ送った?」
口をそろえて首を横に振る二人に俺は首をかしげた。
「目の前にいんのにわざわざ送る必要あっかよ」
「僕は何も。柊くんも腕時計を操作した様子はなかったよ」
まだ連絡先はこの二人としか交換していないはず。だとすると宣伝メールかなにかだろうか?さっき電源を付けたばかりだというのにそれもなんだかおかしな話だとは思って、俺は腕時計の液晶パネルに手を触れた。
差出人の欄には名前どころか送金先のアドレスらしきものすら見当たらない。
メッセージの本文にはただ一言「おめでとうございます、貴方を歓迎しますよ」とだけ記されていた。
「なんだこれ、この腕時計の機能?それともなんかの宣伝?」
そう言いながら二人に画面を見せてみると、彼等は不思議そうに目を細めたり首を横に振ったりする。
「こんなの見たことねえよ。だいたいお前のアドレスは新しく用意したもんなんだから宣伝とか来るわけ…」
口に箸を咥えたまま、眉間にしわを寄せて腕を組む柊の横で難しい顔をしていた要がふと口を開く。
「ラプラスのシステムメールかな…?」
「ラプラスから?そんなことあるかぁ?」
盛られた野菜を雑に口にかき込む柊に、要は表情を変えずに首を傾げる。
「僕も家族から聞いた程度だから詳しくは…ラプラスがたまに送ってくる場合があって、エラーか何かだと聞いたような」
俺を置いてけぼりで考えこむ様子の2人に割って入るように俺は手を上げる。
「え、じゃあそれって俺の事バレてたってこと…?ていうか歓迎って…」
ラプラスって確か地下を管理してるすげーコンピューターだかAIだかって言ってたような?
それが俺に「おめでとう」とか「歓迎する」って…俺たちをずっと見ていたかのような、そしてまるでゲームに勝利したご褒美かのように俺の存在を認めるかのような文章だ。
「…いや、バレていたらとっくにSの関係者に捕まっていると思うよ。やっぱり僕の考えすぎで、ただのイタズラかも」
要は少し肩に力を抜いて息を吐く。
「だよなあ…俺みたいに不正に地下に来ちゃうのって、凄い犯罪者みたいなもんなんだろ?そこまですげーコンピュータなら見逃したりしねえか」
俺はイタズラメールを削除してアプリの画面を閉じる。
俺と要が話している間に柊がいい感じに火の通った肉をあらかた回収したようで、鍋の中にはまだ赤みの残る肉と野菜だけが残されていた。
その後も要はめげずに柊が食べた肉の分だけ野菜を食べさせようとしたので、柊の皿は後半ずっと野菜と豆腐だけを食べ続けるはめになっていた。
悪態をつきながら野菜だけを食べ続ける柊と、豆腐も肉もバランスよく盛られた自分の取り皿を見比べて、最初から要の言う通りに野菜も食べててよかったなと思う。
「野菜もうめーよな、柊?」
「うっせ、黙れバーカッ!」
にやにやと柊に話しかけると彼はイライラと顔を歪めながら口の中の野菜を噛み続けていた。
鍋が終わり、会計に店員を呼びながら帰り支度をする。ジャケットを羽織った柊はふと何かを思い出したように要に振り返った。
「あのさあ」
「ん?」
「俺、正直もう花屋とか始末屋とかどうでもいいんだけど、金の稼ぎ方が今までのやり方しか分からないんだよね」
柊はずっと始末屋だと言っていたが、確かに父親に言われてやってきたという話だ。父親がいなくなったなら、始末屋を継ぐ必要もないということなんだろう。
「それなら、花屋として仕事を貰えばいいんじゃないかな」
要は不思議そうに首を傾げながらコートに袖を通す。それを見ながら柊は後ろ頭をポリポリと掻く。視線を落ち着きなく泳がせ、彼は要に背を向ける。
「いや、だからさ…俺たち2人で手を組んだら先代の肉屋すら倒せなかった先代花屋を倒せたわけ。俺たちで手を組んだら天下取れるくね?」
柊の言葉に要は傾げた首をさらにさらに横に倒す。
「…天下を取る気はないけど」
「だー!もう!めんどくせえな!」
要に近付き、柊は手を差し出す。
「タッグ組もうつってんの。その方がお前はど腐れヤンキーとのデートの時間が増えて、俺は楽できて、金は稼げていいことずくめ!だから手が組みたい!組んでくれ!」
柊が要と予想より仲良くなってるのはさっきのやり取りで何となく感じていたが、まさか柊から要を誘うとは。
始末屋の看板事情ってのは俺にはピンと来ないけど、2人が仲良く交流を持ち続けてくれるのは俺も素直に嬉しい。
「いいじゃん?俺もさんせー!てか、なんで俺だけど腐れヤンキーのままなの?いじめ?」
俺は柊の肩をぺちぺち叩きながら笑う。
「じゃあ、ど腐れ黄金」
「ひどい!ど腐れは要らねえだろ!」
めんどくさそうだが、若干名前がランクアップした。そんなやり取りを横目に、要はそっと柊の手を握った。
「いいよ。看板は肉屋のままでいい?」
「あー別にいいよ。肉屋だろうと花が生えた肉屋だろうと、別になんでもいい」
柊の言葉に要は口元に小さく笑みを浮かべる。
「じゃあ、よろしくね。柊くん」
今まであれだけ柊に敵意むき出しだった要が随分柔らかくなったもんだ。2人のタッグ結成が決まったあたりでドアがノックされ、会計に移った。
いつものように要の奢りで会計を済ませ、柊は現地解散でヒラヒラと適当に手だけ振って帰路についた。
2人だけになった帰り道は、要がナチュラルに手を繋いできたので俺はその手をそっと握り返す。
握った手を親指で撫でながら視線を前に向けたまま口を開く。
「柊のこと信じてくれてありがとな」
要も視線を前に向けたままだったが、少し表情が柔らかくなるのが横目に見える。
「別に頼まれたから信じたわけじゃないよ。仕事に関しては信頼できる人だった」
「いや、まあそうじゃなくて…んーと?なんか2人が仲良くなったの嬉しくてさ。新コンビ応援してっから」
彼にニッと笑って、俺は繋いでない方の手で親指を立てて見せた。要はそれをチラリと確認すると、肩を竦める。
「それより、僕と黄金くんの新恋人を祝ってほしいかな。そっちを応援して」
「だって、それは自分のことだし応援ってのはなんか違くない?…いやまあ、応援したくないとかじゃないけど」
「うん、じゃあ応援して」
要は小さく笑って俺額に不意打ちでキスをする。「これからもよろしくね」
頬が赤くなるのを感じながら、彼の唇が触れた場所を手で撫でて俺は隠しきれないにやけたような顔で「…末永くな」と付け足した。
上を見上げれば、そこには空ではなく整然と並んだ蛍光灯が光る無機質な天井だ。
治安は悪いし、シェルターに比べたら空気もどこか重い雰囲気を持つここがこれから俺の生きる場所。
だけど俺にとっては地上のシェルターよりもずっと明るくて楽しくて心地のいい居場所だ。
「要」
「ん?」
「ありがと、ここに俺を連れてきてくれて」
何か答えようと口を開いた要が、言葉を放つより先に彼の手軽く引いて走り出す。
どうにも照れてしまうもんだから、それを隠してやろうと思った。
薄暗い部屋の中でふと時計を見ると、要が出かけてから2時間くらいが経過していた。
いつもなら寝ている時間なのだが、こんな状態で悠長に寝てられるほど俺の神経は太くはないらしく、ベッドに横になったものの目は冴えている。
「要…大丈夫かな…」
不安を声に出すと一瞬だけ胸は軽くなるが、余計にその不安を大きくさせた気もした。
眠れないとわかりつつ、不安から逃れようと目をキツく閉じて布団を頭まで被る。そうしていると、突然玄関の方でインターフォンが鳴るのが聞こえて俺はベッドから跳ね起きた。
「要!要かなめかなめ!!」
彼が帰ってきた嬉しさと興奮からかそれ以上の言葉が出てこないまま扉を開けた。
「あれ柊…?なん…か、要!?」
まず目に飛び込んできた柊に俺は困惑の声を漏らしたが、彼に担がれる要の姿を見てそれが困惑から焦りに変わる。
「え、な、何…要?…要どうしたの!?」
要はぐったりと力なく柊に担がれており、だらりと垂れた彼の腕には生気がない。
「あー大丈夫大丈夫。解毒はしたし、怪我も大したことない。死にゃあしねえよ」
淡々と彼はそう言い切り、部屋に上がり込んでソファベッドに要を寝かせる。
「後遺症が残るかどうかは、起きてからじゃねえとわからんけどな」
「後遺症って…要は毒大丈夫なんじゃ…」
「この毒は免疫なかったらしい。まあ、残って精々指先が一部麻痺するとか、舌が痺れるとかそんなんだと思うよ」
そう言うと、柊はさっさと背を向けて玄関へと向かう。
「ちょ!もう帰んの!?」
「帰るよ。目覚めに俺がいて、肉屋が喜ぶわけねーだろ」
玄関で靴を履き、爪先でトントンと床をつついて履き心地を調整する。まるで飯でも食って帰るようなノリで柊は軽く手を上げてドアノブに手をかけた。
「んじゃな。後よろしく」
「いやよろしくってお前…待てって!!」
慌てて柊を追いかけるが、俺の声に彼は振り返りもせずマンションの廊下をすたすたと歩いて去って行った。
「もー…またなー!柊!!ありがと!!」
要を置き去りにするわけにもいかないので俺は柊の背中に手を振って見送って部屋に戻った。
ソファに寝かされた要は穏やかな表情ではあったが顔色が悪かった。
「…要、おかえり。お疲れ様だったな」
まるで作り物みたいな彼の頬に触れると、生き物の肌のぬくもりが彼がなんとか生きて帰ってきたことを俺に実感させてくれた。
柊の話では死にはしないとのことだったが、やはり目を覚ますまで完全に安心は出来そうもない。どんな毒を受けてしまったのか俺には想像もつかないが、後遺症が残らないかも心配だ。
「早く起きろよな」
中性的でいて、でも触れると俺よりも筋肉質な要の身体を確かめるように触れて、華奢で自分より少し大きな彼の指に自分の物を絡めるように手を握る。
そのままソファベッドに突っ伏すようにしゃがみこんで、要が起きるのを待っているうちにうとうとと眠気がやってくるのを感じていた。
数時間ほどそうしていたのか、不意に自分の手を握り返してくる感覚に目を覚ます。目を開けると、ぼんやりと開ききらない目で要がこちらを見ていた。
「…ただいま」
横になったままでまだ眠そうだが、それでも嬉しそうに目を細めて彼が笑う。確かめるように何度も俺の手を握ったり、力を抜いたりを繰り返していた。
「っ…要ぇ!!」
人って本当に感激すると言葉が詰まるんだななんて思いながら、絞り出したような声で彼の名前を呼ぶ。
それに答えるように少し身体を起こした要に俺は思わず飛びついて、彼の首に巻き付くように腕を回していた。
「良かった…マジで良かった…俺めっちゃ心配して…てか怪我は?痛くない?どっか痺れてたり…」
要を抱きしめたまま、何から話したらいいのかわからず思いついた言葉をすべて口に出すような勢いで俺は話しかける。
今まで要と話す時間なんて沢山あったのに、今は一瞬だって黙るのが惜しいような気持ちだ。
「少し指先が痺れているけど、酸欠の時に似ているよ。足を少し怪我しただけだし、痺れもいずれ消えるんじゃないかな」
抱きついた俺の背中に優しく手を回し、要はなだめるように背中を撫でた。どっしりと構えて要を出迎えるつもりだったのに、これじゃあ俺の想像とまるで立場が逆だ。
「怪我やっぱりしてるんだよね…どこ…?」
身体を離して尋ねると、彼は右足を動かしてみせる。ズボンを履いているので患部までは見えなかったが、ズボンのふくらはぎのあたりに焦げ付いた穴がある。下に見えるのは血が滲んだ包帯のようで、柊が手当てしたのだろうと分かった。
「銃で撃たれたけど、弾は貫通していたし、これくらい血が止まってるなら多分柊くんが縫合してくれたんだと思う。すぐ走れるようになるよ」
淡々とした口調だが、安心させようとしてくれているのか要の表情は優しい。
「そうだ、柊!あいつがここまで運んでき…すぐ帰ったんだけどさ。二人が無事ってことは…あいつのとーちゃん…上手くいったの?」
「うん、あまりスマートではなかったけどね」
要は背中を優しく擦りながら俺の体重を預かってソファの背もたれに寄りかかると、詳しく今日あったことを話してくれた。
「そっか…経緯はどうあれさ、これで柊が心置きなく人生を謳歌できるんなら良かったよね。要もありがと、俺のわがままに付き合ってくれて」
要と柊は柊のとーちゃんを殺した。それが最善だったのかは彼等の常識に関してルーキーである俺にはわからない。殺害を「よかった」なんて言葉で済ませていいのか少し引っかかる気持ちはあれど、生きて帰ってきてくれた彼と明るい未来を選ぶ道を得た友人の事を考えれば、見ず知らずの人間の存亡にまで気が回らくとも仕方が無いと思いたかった。
話の間ずっと寄せ合っていた身を離すと、少し彼のぬくもりが恋しくて惜しい気持ちになってしまう。
「要が無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。すげー安心した」
要を完全には離したくなくて、握ったままの手を離さないようにしっかりと握りなおす。
「お試し」なんては言っているが、今現在も俺と要の関係は恋人のはずだ。恋人なら、触れ合っていたいと思ったっておかしくないだろう?
再会の喜びを表して抱き着くのも、彼を祝福するためのキスをしたってなんら問題ないはずだ。
…いやキスは言いすぎた。だけど自分にそんな理由付けてまで、俺は要にキスしたいと思ってる…らしい。
「…黄金くん?」
黙って見つめたままだった俺を、要は不思議そうに首をかしげ、まるで意識を確認するように俺の顔の前で手を行き来させる。
「大丈夫?」
「へっ…?あ、ああうん!平気…」
誤魔化しながらも俺は、どうしようかな…キスしたいって言ってしまおうかな、などと考えてた。
多分要は嫌がらない。思っている以上に要は俺が好きらしい。
でもそれにかこつけて、ただ欲のために彼を弄んだとは思いたくなくて言わずにいた言葉を押し出すように口に出す。
「あの…今からキスしてとか…言ったらヤダ?」
要の顔が見れなくて反らした視線が下へ落ちていく。あ、やっぱ言わなきゃよかったのでは?どうしよう、なんか上手い誤魔化し…何も思いつかねえ…。
要は驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細めて笑った。
「僕は構わないけど…成功祝いかな?」
今まで俺から積極的にいかなかったせいか、要は嬉しそうにしてはいるが、同時に不思議そうに首を傾げている。
「あー…!うん…いや…と言うよりはー…単にしたいだけ…かも?」
要が思っていた通り成功祝いって事にしておけば良かったのだろうに、それを言ってしまうのは卑怯な気がしてそんなことを口走る。
それを聞いた彼はますます不思議そうに首を捻ったが「黄金くんがいいなら」と再び笑顔を見せる。
彼は僕の顔に自分の顔を寄せると、様子を見るように額に唇を優しく触れさせる。そのまま頬へと次のキスの位置を変え、その流れで唇に軽くキスをした。
「こんな感じ?」
俺の額に彼は自分の額をつけて、目を閉じたまま微笑む。
「…もうちょい、舌使って」
今度は俺から要と唇を重ね、舌先でほんの少しだけ彼の唇を舐めた。
要は俺の中途半端な誘いに、優しく答えるようにゆっくりと舌を絡ませてくる。
唾液を混ぜるようなねっとりとした舌使いで少しずつ口内へと侵入してきた。
要とは数回しか舌を使うキスはしたことがないはずなのに、焦るでもないゆっくりとした彼の舌使いは余裕があるように思えて余計にドキドキしてしまう。
俺の息継ぎが下手くそな所為か、単に気分の高揚か…長くキスを続けているうちに暑くなってクラクラと軽い目眩を覚えた。
重みを増す俺の体とそれを支えていた彼は、どちらともなくそのままベッドに倒れ込む。
「かなめ…」
ふわふわとした頭で俺に覆い被さるような体勢の彼を見つめると顔がほんのりと赤くなっていた。
要はしばらく俺を上から見下ろしていたが、困ったように眉を寄せて笑うと、ゆっくりと俺の上に倒れ込んだ。
「…添い寝でもする?」
俺とソファベッドの背もたれの狭いスペースに無理やり身体をねじ込み、要は俺に背中を向かせるように身体を回す。背後から俺の腹に腕を回し、俺のうなじに顔を埋めた。
「後ろから抱きしめられたら、俺が抱き返せないじゃん」
要の腕の中で身をよじらせ、半分ほど体をひねって彼を見る。
赤くなった頬と、息がかかるほどの距離に心臓はバクバクと五月蝿さを増した。
要に体を向けたくて姿勢を変える過程で、自分も要を抱きしめようと自分の足を彼に絡ませる。
彼は一瞬だけそれを拒むように膝を曲げたが、それでもすでに足の間に入ってしまった俺の足を追い出そうとはせず、次第に足から力が抜けていく。
絡めた腿の上に男なら誰でもわかるあの硬いものが当たるのを感じて、俺の耳がカァッと熱くなる。
「…要…期待…してる?」
本当にこんなことをしていいのか迷う気持ちはありながら、俺は要の股間を遠慮がちに撫でた。
「あっ、ちょっと待って…」
横になったまま焦ったように要が飛び退くように後ろへと下がる。ソファベッドの背もたれにこれでもかと身を寄せるが、逃げ場もなく要は気まずそうに目を逸らした。
1度拒んだ身でありながら随分勝手だとは思うが、そんなことを言い続けていては俺も要も一向に前になど進めない。
多少の勝手もわがままも必要な場面というのは必ずあると思いたい。
「俺、男どころか女ともこういう事したことない。だからまあ…期待には添えないかもだけど…それでもいい?」
童貞発言なんて本当は好んでしたくはないけど初めてだから優しくされたい、彼に苦笑いで暴露した。
要は俺の言葉の意味がすぐに理解できなかったのか、訝しげに眉をひそめて俺の目を見つめていた。
「あ…えっと…要には言わなかったけど、ガスマスクだったんなら知ってるよね…ケツのこと…あれはなんか…ノーカンで…」
全く未経験と言えばまあ嘘だよね。でもあれ切れたし痛かったし、同意じゃないからカウントしなくたっていいじゃん。
「俺の事掘りたいんだよね…?なんつか…あれより優しくしてくれるなら、ぜんぜんイける気する」
難しい宿題でも前にしたような顔で俺を見つめたまま黙っている要との間が辛くて口が止まらない。どうしよ、これフられたら結構恥ずかしい。
「…それは喜んでもいいの?」
難しい顔をしたまま、要が首を傾げる。
「恋人ごっこで身体まで差し出さなきゃいけないなんて話はしてないし、前のことで罪悪感を感じているなら無理しなくていいんだよ」
俺の頬に優しく手を添えて、親指で撫でる。彼はまた少し気まずそうに目を逸らしながら小さく笑った。
「僕は君が好きだから嬉しいけどね。でも、生理現象の処理くらいは1人ででも出来るから、気にしないで」
「あ、そうだよね…ごめん、俺だけで完結してた」
考えてる事の過程をすっ飛ばして結論だけを口に出すのは昔からの悪い癖だ。
俺は咳払いをひとつしてから要の目を向かせて彼を見据える。
「もう…ごっこで満足出来ないのは俺の方っぽい…お試しだからってお前を弄ぶような真似した自分に腹が立つくらい、お前に本気になってきてる…みたいなさ…」
我ながら頭の悪い表現しかできなくてもどかしい。俺のスカスカな脳みそで映画でみれるようなオシャレなワンシーンは描けない。
「…要のこと本気になっちゃったから…恋人としてセックスしてえなと思ったの」
オシャレなワンシーンなど描けない俺は、思ったことをそのまま口に出すしか出来なかった。
要は終始驚いたように目を開いて話を聞いていたが、話が終わると次第に口元に笑みが浮かんでくる。ふふっと込み上げた彼の小さな笑い声は、やがて彼が普段話す声量と同じくらいの大きさになる。こんな笑う要初めて見た気がするが、なんだか頑張った告白笑われているような微妙な気持ちに俺は口をとがらせる。
「んだよー笑うとこかよ!」
「ははっ…いや、それって凄くラッキーだなと思って。黄金くんがごっこ遊びに流されてくれないかなって、ずっと期待してたんだ」
俺を本気で好いてる相手に恋人ごっこをさせるのは、虚しい思いをさせそうで心配に思っていたところはあった。
だから要がこのごっこをどう思ってるのか気になるところは多かったけど、まさかそんなワンチャンを狙ったような気持ちだったとは…。
「期待通りになっちゃったな」
「うん、期待してて良かった」
要はまだ小さな声で笑いながらゆっくりと身体を起こした。俺の顔の横に手をついて被さるように上になる。首や頬にキスをして、そのまま耳にも触れるだけのキスをする。慣れない感覚がくすぐったい。
「今日みたいなことが起きたらいいなって期待して、一応少し勉強したんだけど…怪我があるから、勉強の意味がないくらい下手だったらごめんね」
目の前で目を閉じたまま要が呟く。緊張か興奮か、またはその両方かもしれないが、彼の肌はいつもより赤くて熱い。
「あ、そっか怪我…こんなこと聞くのもアレだけど…出来そう?」
「うん、まあ少し痛むけど、任務中に怪我した時とかと比べたら全然大丈夫だと思う。途中でスタミナ切れしても死なないしね」
淡々と当たり前のように要は話すが、初めて出会ったときのあの怪我とか死ぬか死なないかが基準の彼の痛みを図る物差しは、無理やりケツ掘られて痔になってひいひいいってる俺とは全然違う。
「やっぱり怖いとかあったら止めるから言ってね。黄金くんもあまり良い思い出ないだろうし」
「んまあ…無理はしないでおく」
苦笑いで要に答えると彼も柔らかく微笑んだ。
彼の口調は少し心配しているようではあったが、するするとシャツの中に彼の手が入ってくるのが分かった。俺の体温より少し冷たいその手が腹を通過し、胸まで上がってくる。シャツもそれに合わせて勝手に捲り上がる。
要は俺の胸元に唇を落とし、心臓のあたりに耳を当てる。細められた彼の目はいつも以上に嬉しそうだった。
「…ずっと聞きたかった、君の鼓動だ」
鼓動にそんなにうっとりするやつなんて、きっと彼位なものだろう。
心臓の音を聞かれるなんて別に恥ずかしい行為でも何でもないのに、そんな顔をされるとなんだか嫌らしいことをされているようでこっちが恥ずかしくなってくる。
胸に耳を当てたまま、俺の腹の真ん中にある窪みをなぞる指先がくすぐったくて少し笑いそうになった。
その指はそのままゆっくりと俺のズボンへと降りてくる。
俺が女側ということは、俺は何をしたらいいんだろう…なんて考えながら要の行為をされるがままに受け入れていた。
男相手に勃つのか心配だった俺のものは、初めてのいやらしい感覚に性別関係なく反応を見せる童貞丸出しっぷりにほっとしたような呆れるような不思議な気分だ。
要はそれを確認するようにチラッと目線を足側に投げたが、すぐに視線を戻す。何かを言うのは野暮と感じたのかは分からないが、彼は胸元を撫でるように唇で食みながら硬くなったそれに手を添える。片手で優しく掴んでしごかれると他人に触られたことなどないそれは無条件に快感に変わる。
再び要は俺の耳にキスをすると、そのまま小さな声で尋ねてくる。
「耳の中に舌入れてもいい?」
興奮しているのか、彼の息が熱い。
「え、う…うん」
何故耳?と思いながらも要の思うままに答える。
それを聞いた要が耳元で小さく「やった」と喜ぶような声を出した。
なんかわかりやすく「やった」なんて言って喜ぶ要ってレアだなあとか思っていると、彼の舌が俺の耳の縁をなぞってからゆっくりと中へ進んでくる。
ぬるりとした舌の感触と少し荒い彼の息遣いが耳をくすぐり、体が熱くなっていくのを感じる。
「ぁ…ふぅっ…」
くすぐったさからか、また別の何かなのか俺の口からは不意に息と一緒に声が漏れ出した。
奥に進もうとくりくりと耳の穴を探られたり、時折しゃぶるようなリップ音が気はずかしい。
「ぅ…あ…かっ…なめ…」
覆いかぶさった彼の腕に自分の腕を巻き付ける。
布越しに触れ合う互いの股間はすっかり張って熱を持つ。
耳の中を味わうように舐めながら、要は手を添えていた俺のを本格的にしごき始める。
気を抜いたらすぐにでもイってしまいそうな快感の波に、歯を食いしばって絶えた。
いくら童貞だからってこんなにも早くイったら俺は早漏って事になりかねない、できれば俺は早漏にはなりたくないのだ。
「…どこもいい匂いする」
耳元で恍惚と呟く彼の声がくすぐったい。耳から顔を離し、彼は少し後ろに下がって股間に顔を近付ける。長い髪を耳にかけ、ガッチガチに膨れ上がったそれを口に運ぶ。
「うっっ…わ…やべ…それやべ…」
同じ彼の舌なのに耳と局部で這わされた時の衝撃がまるで違う。
手でシコられただけで我慢するほど敏感だった俺のものが限界を訴えるのはその後すぐの事だった。
「あっ…まって要…やば…」
丁寧に吸い上げたり、舌で輪郭をなぞったりしながら、要は空いた手を俺の尻の方へと伸ばしていく。穴のあたりに指を這わせ、痛くないかを確認するように指先でつつく。
ああそうだった、要のがここに入るんだよな。彼の事だしきっと無理くりとか痛くはしないだろう。だからまあその辺に関しては別に心配はしてない。
そんな心配とか一周回って一瞬冷静になった事とかはさておいて、俺の股間はもうそれどころじゃない。
我慢しすぎてさっきから要の口の中でドクドクと脈打つような感覚と一緒にじわじわと汁が漏れ出してるのが自分でもわかる。気持ちよさで揚がってくる膝とか無意識に逃げようとする腰とかを、要が優しく抑えたまま丁寧に舌を動かすのを感じる。
ああやばい、意識したらますます気持ちよさが…。
「むりもう…がまんムリっ…!!イくっ…」
栓を切ったように要の口に精液ぶちまけた感覚と、それによってスーッと熱が下がるような脱力感に俺の体がだらりとソファに垂れる。
要の喉が動いて、俺が出したものを飲み込んでいるのが見ていて分かる。舌で綺麗に舐めとってから口を離すと、彼は俺の唇に自分の唇を軽く重ねた。
「気持ちよかった?まだ続けたいんだけど、黄金くん体力残ってる?」
尋ねる要の言葉は優しいが、尻に添えられた手は依然そのままだ。穴に指先を入れていいものなのか迷っているらしく、入れてくる気配はないものの止める気配はない。
恐らく、なかなかない機会だから逃したくないんだろう。まあ立場が逆だったとしたら俺だってそうなるわ、気持ちはわかるし期待を裏切る気はあんまない。
「もしよかったら指だけでも…できたら舐めてみたい…」
ちょっとだけ気まずそうな要は顔を寄せたまま目を逸らす。
「いいよ。痛くしないんならなんでも、俺はもう腹くくった」
「そう?じゃあ、痛くないように頑張るね」
確認するように彼は痛くないことを復唱する。その表情は表情筋が硬い彼にしては明るく、嬉しそうだ。よほど期待していたのだろう。
さわさわと軽くなでられる手つきがくすぐったくて穴に力が入ったり抜けたりしてしまう。要から見たら誘ってるように見えるのかな…そういう訳じゃないんだけどそれだったらすげー恥ずかしい。
「俺はどうしたらいい?ただ寝てるだけじゃ不平等にならん?」
俺の言葉に要は顔を上げると、少し考えるように視線を逸らした。
「…して欲しいこと?なんだろう…」
そう言いながら、何の脈絡もなく要の指が入り口から入ってくる。
「ぉわっ!?」
急なことで驚いて俺は身を縮ませて反応をしめす。その様子に要も驚いたように肩を跳ねさせてこちらを見た。
「あ、ごめんね。痛かった?」
「いや、びっくりしただけ…」
要の指先が入っているであろうケツの穴には違和感はするものの、痛みは殆どない。そりゃあね…もっとデケェもんをもっといきなりぶっ込まれてるもんね…。
「良かった。ちょっと触れるのが嬉しすぎて、指を止めるって選択肢が消えてたみたい」
安心したように要は息をつくと、再び下の方に視線を投げる。
「ちなみにこのままでいいの俺…?」
「えっ、ああ…うん、そうだなあ…」
余程楽しいのか、要は若干上の空で穴の中を探るように指で中を優しく撫でる。それでも明確に俺の質問で「このままで」と答えないあたり、リクエストしたいことはあるが、それどころではないのかもしれない。要も童貞だって言ってたしな…気持ちはわかるぞ…。
不意に彼の指先が止まり、特定の場所を軽くつつき始める。
「ここが前立腺かな…」
彼は身体を起こして俺の下半身に注視する。なんだこれ、めっちゃ恥ずかしいじゃんこれ。
今まで撫でるように優しい動きだった彼の指にグッと力がこもり、この場所を押し込む。
「っああ!?…な、何いまん…」
一瞬身体が浮いたんじゃねえかってくらい強く跳ねて中に余韻のように残る違和感に俺は目を見開いて要を見る。要も驚いたようにこちらを見ていて目が合った。
「ごめん、強く押しすぎた?大丈夫?」
「なんだろ…痛いとかじゃなかったんだけど…ビクッときたわ…」
俺の言葉に要は目を丸くしたままだったが、徐に視線を下に戻してもう一度同じ場所を押す。
「んん…うー…なんだ…これっ…」
一定のリズムで押したり離したりを繰り返す要の指に腰が勝手に悶えてしまう。
なんか変な感じ…これ気持ちいのか?よく分からん…分からんけどなんか続けられたいような…?
俺の様子を見るように視線だけで要がこちらにチラチラと振り返るが、口元に少し笑みを浮かべて彼はその行為の速度に変化を加えてくる。
入れたままだった指をギリギリまで引き抜いて、少し勢いをつけて押し入れたり、速さに緩急がついてくるといよいよ変な感じが強くなってくる。
指の数がちゃっかり増えていることに気付くのは少し時間がかかった。
「かあっ…かなっ…あっ」
声を出そうと口を開くと、彼の指が押し込まれるのに合わせて意図としない声が飛び出してしまう。
それがたまらなく恥ずかしくて俺は口をぎゅっと噛み締めて声を堪えた。
先程要が前立腺とか言って触っていた部分を押し上げるようにコツコツと指が当たって、その度体をゾクゾクとした不思議な快感が俺を襲う。
「気持ちよくなれてる?」
要が少し楽しそうに目を細めて尋ねてくる。小さく頷いて見せると、彼は「良かった」と呟いて指を入れている場所に顔を寄せる。
入り口を舌が這う感覚がし、俺はハッと足を少しばたつかせて小さく抵抗した。
「ばっ…か、そこは…汚ぇって…」
「汚くないよ」
暴れる足を簡単に片手で受け止めると、彼は再び口をつける。舌先が入り口を撫で、そのまま中へと入り込む。先程からいじられていた部分を重点的に舐め、軽く吸う音が聞こえた。
「んぃっ…や…まってそれ…やばい…」
ケツに性感帯があるってマジだったんか…これ気持ちいやつだ…どうしよう。
いや、痛いよりいいじゃん。いいと思うけど、ケツで感じてるの要にまじまじ見られてんのすげーやばい恥ずかしくてやばい。そして気持ちよさもやばい。
「黄金くんの中身、すごく美味しいね」
一瞬だけ口を離した要が頬を高揚させて、感動したように呟く。入口を指で広げて再び舌をいれる。夢中になって彼が中を舐めるたびに水気のある音がしてクソ恥ずかしい。
「美味しいし、凄く綺麗だ。こんなに美しい人の内臓に生きたまま触れられるなんて…なんて言葉にしたらいいか分からないよ」
あまり喋らない要が饒舌に体内について話す。その表情は恍惚としていて、お世辞やプレイなどではなく、本心であるというのが嫌という程伝わってくる。
「や、やめ…そんな…言わ…なくて…い、からぁっ!!」
彼が声を出す度に混じる吐息が、暖かい舌を引き抜かれた直後の穴にかかるのを敏感に感じる。それに俺の穴が反応するようにヒクヒクと動いてしまうのが自分でもわかる。
そんなエロ漫画みたいなことになって姿を要に見られたくなくて逃げるように腰を浮かせた。
その腰を要は掴んで引き止める。のしかかるようにかぶさってくる彼のイチモツが腰に当たった。その硬さと彼の体勢から察して俺は上がった呼吸を何とか整えながら顔を上げた。
「…い、れるん?」
「いれたいな…」
まだズボンに入ったままのそれを布越しに擦り付けてくる。考えてみれば、随分長いことあのままで俺は手コキのひとつもしてやってない。ちょっと悪いことしたかもとか思いつつ、童貞特権で許されたいなんて思う。
「入れてもいい?」
興奮で熱くなった息を混ぜて要が尋ねてくる。
「…うん」
ついに俺は自分の意思で処女卒業してしまうらしい。異性が好きな多数派だったのに気づけば同性相手に股開いてんの、運命って不思議じゃね?
要は嬉しそうに笑うと、俺の唇に自分の唇を重ねる。口の中に舌が入り込み、俺の舌を絡めとる。
その間に彼がズボンのジッパーを下げる音がした。現場が見えていないので、あまり焦りは感じなかった。
尻の入口に人肌の温もりを持ったそれが宛てがわれる。散々いじられてほぐれた穴は初めての時に比べて簡単に受け入れた。
「…ぁ…来てる…」
来てるって何?何そのエロ漫画みたいなセリフは!!つい口走った言葉に心の中でツッコミを入れたくなるし恥ずかしい。
「うん、入ったね」
口を離した要がちょっと照れくさそうに笑った。
「んも…それ…言わなくていいもん…」
彼の答えにますます恥ずかしさが増して傍らのクッションで顔を下敷きに隠す。すると、要はそれを上から優しく引っ張った。
「キスできないよ」
「うー…わぁってる…」
彼にクッションをパスして顔を見つめ直す。彼はまだ少しはにかんだように笑っていたが、そのまま再び唇を重ねる。
ゆっくりと彼が腰を動かし始める。先程、俺が反応を示したあたりを意識しているのか、先端がちょうどよく擦れたり押されたりする感覚は先程よりも強い快感を俺に与えてくる。
「うぁっ…なに…こんなっ…知ら…」
腕は無意識に捕まるものを求めて先程要に取り払われたクッションに絡めてしがみついてしまう。
「それはなしにしよう」
要は再びそれを取り上げてベッドの端に置き直す。俺の腕を優しく掴むと、それを彼の背中に回させる。
「こっちならいいよ」
少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、要は再び腰を動かし始める。
「やっ…まっ…まって…」
彼の背中に回した腕に力が入りしがみつく形になった。それでも止まる気配のない要に俺の腰はどんどん上に上がってしまう。
浮いた腰をまくるように彼は俺の足を片手で掴んで持ち上げると、先ほどよりも深く押し込んでくる。
「中きついね」
体重をかけてくる彼の声は嬉しそうだ。
「俺っは…ちょっと…苦し…んっ」
荒くなっていく息と腹の中にものを押し込まれた圧迫感に少し苦しさを感じながらも、要のものが動く度に自分のものじゃないみたいな声が漏れる。
「ごめん、大丈夫?」
体重を掛けていたのを緩めるが、要は止まる訳ではなく緩く腰を動かす。
「平気っ…だけど…」
いっそ「待てないのかよ童貞め」と笑ってやりたいがそんな余裕はどこにもなくて、彼の動きに合わせて声が漏れ体はビクビクと痙攣のような動きを繰り返した。
「良かった」
要は笑うと、先ほどと同じように奥へと押し込む。根元まで押し込まれたそれを引き抜き、一番奥までいれるその動作を、指の時と同じように緩急をつけて繰り返す。次第に激しくなっていくと、まるで漫画のように肌がぶつかるパンパンとした音が部屋に響いた。
「はっ…あぁっ…ちょっ…」
今までと違う強さと速度に堪えていた声がどんどん漏れ出す。
頭のどこかでは一周まわって冷静に「これ続けてたらケツでイったりすんのかな…」とか考えながら意識はどんどん快感へ傾いていく。
「…そうだ、これじゃ黄金くんが気持ちよくなれないよね」
のぼせたようなぼやけた瞳で俺の見ていた要が、不意に俺の身体をその場で回してうつ伏せにする。俺の腰を持ち上げると、空いた手を俺の股間に添えた。
「一緒にしたら気持ちよくなるかな…」
再び腰を打ち付け始めると、同時に手の中のものをしごき始める。汗ばんだ俺のうなじに彼の唇が這う感覚に力が抜けるように上体が下に落ちていく。
「あー!やっ…同時っ…ダメだって…!」
股間で停滞していた快感をそこから抜かれていくように気持ちいの波が繋がるのを感じて、俺は今までになく大きな声を上げてしまう。
「でも、多分こっちの方が黄金くんはいいと思う」
まるでやめる気配もなく、緩める気配もなく要はそう断言して行為を続ける。
「いい…けどっ…けどダメなの!…マジこれっ…イくからぁっ!」
迫り上がる強い快感の気配に何とか体を起こそうともがいた。
額をソファに着けて自身の下を覗くような姿勢で後ろを見ると、擦られる俺のものと腰を振る彼の動きがよく見える。
「うっっ…!やべ…バカ俺っ…」
気分の盛り上がりなのか、実感湧いて来たのかわからんけど見たらますます感じてる気がする俺。
もうこれはイッてしまう。俺は今日男にケツ掘られてイくんだ。あの日無理やりヤられた時にはそんなの絶対ねえと思ってたのに、やり方と相手次第でこんなになっちゃうんだね。
「イけそうなら良かった…」
上から聞こえる要の声が少し辛そうに聞こえる。もしかしたら、彼は彼で出すのを我慢しているのかもしれない。
いっそ出したら2人とも幸せじゃんとか思った。でもそんな都合のいい言い訳を思いついた時には既に俺は限界だった。
要がイきたそうだからとか、都合いいからとか抜きにして、俺は要にケツ掘られながらしごかれて気持ちよくなってイった。
「あっ…無理っ…もう出るっ…イくっっ!」
俺の言葉に合わせて要が勢いよく引き抜いて外に吐き出す。要の手の中に放った自分のものも溢れてベッドに滴るのをぼんやりと見ていた。
「…はっ…ゴム、忘れてたね…」
俺の腰に手を回したまま、要が小さく笑った。
「つける…派か…お前」
てっきりゴム嫌いなのかと思った。どうせ妊娠とかしねえし、どっちでもいいと思うけどね。
「黄金くんの内臓は僕も汚したくないからね」
要は着たままの服を直して、ベッドの端に腰掛ける。すっかり汚れてしまったベッドを見ながら、彼は苦笑いしていた。
俺も息を整えながら起き上がって要をまじまじと見つめる。
「汚れたじゃねーか。てか要ばっか服着てて不公平くね?」
いつの間にベッドの下に落ちた下着を拾って足を通す。動くとまだケツに違和感はあるものの、あの時のような痛みとか出血はなくてちょっと安心した。
「僕が脱いでも誰も得しないけど、君の裸は僕が得するから仕方ないね」
さも当然のように要は言ってのける。他にも散らばった俺の服を広い、俺に差し出す。
「…今日は君のベッドで一緒に寝てもいい?汚れてしまったから」
「元々要のベッドじゃん。いいに決まってる…けど、ちゃんと寝る時間あるだろうね?寝かせてくれないとかあったら困るかんな」
ちょっと意地悪くにやけて言うと「今夜は寝かせないって言葉はそういう時に使えばいいんだね」と変な思いつきに手を叩いた。
「じゃあ、いつか寝かせない日にしようか」
「いらんて、俺にはそんなスタミナねえよ…?」
冗談を飛ばし合いながら笑う要は随分と柔らかい笑顔で、彼にもちゃんと表情筋があるんだなぁとか考えていた。
まだ帰ってきたばかりの要は数時間寝たとは言え、起きていきなりヤることヤらせてしまったので眠たいようで、ふわっと欠伸をすると立ち上がった。
「僕はもう少し寝ようと思うんだけど、黄金くんはもう少し起きてる?」
「一緒に寝るよ。俺も全然寝てないし…」
先ほど渡された服を手に彼に続いて立ち上がり、俺はニヤリと笑って要の服に手をかける。
「さっき全然脱がなかったんだから、パンイチでねよーぜ?恋人らしくさあ?」
要は少し首を傾げたが、言われるままに服を脱ぎ出す。色気もへったくれもなくさっさと脱ぐと、散らかったままのソファベッドにそれらを適当に引っ掛ける。
「構わないけど、黄金くんは脱いで寝たらダメだよ」
「なんでだよ!」
「黄金くんの内臓は国宝級に魅力的だから、身体を悪くしたら勿体ない」
たぶんスッゲー褒められてるのに全然ピンとこねえ!…じゃなくて要だけ脱がされて俺が服着るとかどういうことだよ!むしろ要がそれでいいのかよ感すげえよ!!
そう叫びたくなる気持ちをぐっとこらえて、俺は要の背中に触れる。
触ると見かけよりがっしりとした彼の体はその筋肉の所為か、行為の後だからか触れるとほかほかと温かく感じる。
「要がこんなにあったけーし、大丈夫だろ?心配ならお前がしっかり温めてくれ」
冗談交じりに笑うと要は小さく首を傾げてから頷いた。
「分かった。それならいいよ」
ん?あれ?冗談通じたのかな?なんかマジにされたような気がするが?
彼は俺の脇に腕を通して膝をすくい上げて軽々と持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。お姫様抱っこが許されるのはお姫様みたいな女の子と怪我人病人だけだろ。俺みたいなブス寄り男子がお姫様抱っこされるのは絵面的に美しくないし、むしろ惨めにすら思える。
「いっ…いいよ!重いだろ!!」
「大丈夫。君よりも身体の大きい全裸の男性をこれで運んで階段を駆け上がったことあるけど、あれより随分軽いよ」
「へ?何それ、どういう状況…!?」
「内緒」
小さく笑いながら要は俺の部屋に運び込んで、俺の身体をベッドに下ろした。その隣りに一緒に潜り込むと、彼は俺の身体を抱き枕のように抱き込んで、俺の胸に顔を寄せた。
「黄金くんの鼓動を聞きながら眠れるって、どんな子守唄よりも贅沢だね」
口元に笑みを浮かべたまま要が目を閉じる。
俺もほとんど寝てない所にセックスで体力使ったせいか暖かくて暗い環境にすぐに眠気が湧いてでた。
要の頭に顔を寄せるように寝返りをうって、俺もそのまま目を閉じた。
要は寝相がアクロバットなので、腹を蹴られたりするのではと心配していたが、俺が腕の中に収まっていたせいか特別荒れることもなく、身体が半分反対側に落ちる程度で済んでいた。
可哀想だから引き上げてやろうと思って身体を起こしたら、俺が枕にしていた彼の腕から重みがなくなってしまって要が頭から墜落したのは悲しい事件だった。
床に落ちてからようやく目覚めた要は欠伸をしてからベッドの上の俺を見て少し笑った。
「おはよう、どうしても落ちてしまうね」
「あ…おはよう…なんかごめん」
「黄金くんのせいじゃないし、今日はベッドの上で眠れた最長記録だと思うよ」
首を横に小さく振る要を見てたら、なんか可笑しくなってきて俺も小さく笑った。
「ほんと寝相悪いよなお前、敷布団の方がいいんじゃねの?」
「敷布団だと壁際まで転がってしまうから、もう床になってしまうんだよね。寒かった」
要は淡々と答えるが、その淡々とした態度が俺は余計に面白さを加速させる。
ふと、要は思い出したように腕時計を確認する。それに何かを打ち込む動作を見せてから彼は俺に振り返る。
「柊から連絡がきてて、準備が出来たそうだから13時過ぎに一緒にご飯を食べに行こう」
「お、マジ?柊から誘ってくれんの珍しー!てか準備ってなんの?パーティでもすんの?」
要は口元に笑みを浮かべる。
「行ってからのお楽しみ」
顔を洗ったり、髪を整えたりしてから、要はいつものDJみたいなゆるい私服に着替えて、俺はお気に入りのフード付き革ジャンをVネックの上に羽織って出掛ける準備を整える。
久しぶりに出る昼の街に俺はめいいっぱい腕を広げて伸びをした。
「地下つってもやっぱり昼間は明るくていいねー!蛍光灯もまあ悪くないかな」
地上の空を模した天上が恋しい気持ちは無くはないが、住めば都とはよく言ったものだ。
柊に指定されたという店まで歩いて行けるということだったので、彼の隣をついて歩く。到着してみると、そこはいつかの中華料理店で、柊は腕時計をいじりながら壁に寄りかかって待っていた。
「よー!昨日ぶり!」
俺が手を振って声をかけると彼は顔を上げてもう見慣れたあの怒ったような顔を見せた。
「おせー!遅刻!」
「約束の14時から15秒しか過ぎてないよ」
「遅刻は遅刻だ!いつもジャスト狙いやがって!」
相変わらず文句を言う彼は、要のことなど全く心配してなかったようで、ちょっと前に会った時と変わらない。
「じゃ、さっさとVIP席に入りますか。ここじゃ話しずらい」
柊が店に一足先に入る。中の店員は深々と頭を下げ、彼が何も言わずとも奥へと案内する。相変わらずのVIP待遇だなあ…すげえや。
通された席は前と同じ円卓テーブルがある個室で、広々としたその席の奥を柊が陣取った。
「黄金くん、そこは空調が直接くるからこっちおいで」
要が少し端の席に俺を呼ぶ。
「お母さんかよ」
そう言って笑いつつも、気遣い自体は素直に嬉しいので「ありがと」と言って彼の指した席に腰を下ろした。要もその隣りに腰を降ろすと、メニューを広げた。
先にメニューを見ていた柊はもう頼む物が決まったのか、そうそうにメニューを閉じて、背中に背負っていたショルダーバッグから手のひらより少し大きな箱を取り出す。
「…今回はどーも。おかげで無事、俺のクソ養父は死んで、アイツの資産も家も俺の物。俺の人生も俺の物。これは、今回手伝ってもらった報酬だ」
そう言って柊は箱を開ける。その中から出て来たのは、要や柊が付けている腕時計だ。
「クソヤンキーにあげたいって変態さんからのご要望だ。良かったでちゅね~?」
「クソヤンキーじゃなくて、また黄金くんって呼んでもいいんだぞ?…んで要が俺に?」
腕時計を手に取ってクルクルと回してみる。
真新しいツルツルとしたパネルは、何だか新品のスマホを買った時に似た気分にさせられた。
「ありがと、でもいいの?これたけーんだろ?てか簡単に手に入らないんじゃ…?」
「君にあげるためにやったんだ。着けて欲しい」
要がメニューから顔を上げて微笑む。
「俺に上げるために?」
彼の言葉に少し首を傾げるも、期待しているようにも見える表情に俺は手に取った腕時計に腕を通して金具を留める。
どこかにスイッチがあるのかと側面を見たり画面を触ってみるが、充電切れのスマホのように反応はない。
俺が腕時計を注視していると、背後の柊が何の予告もなく俺の首に何かを押し当てて押し込む。針が刺さるような小さな痛みに俺は驚いて体を跳ねさせた。
「あてっ!?なに!?」
彼の手に握られているのは針の付いたスタンプのような何かだ。
「その腕時計を付けるための儀式だ。ほら、画面ついただろ」
腕に付けた腕時計の画面が何もスイッチを押さずとも点灯する。「welcome to underground!」の文字が浮かび、設定画面のようなものに切り替わる。
「これで、黄金くんは晴れて地下の人だよ。もう、何も心配せずに好きなだけ外を歩ける」
隣で腕時計の画面を見ていた要が言う。
「…マジで?もう不法入国者じゃないってこと?じゃあ、買い物とか連絡とかも普通にできるってこと!?」
興奮気味に要と柊を交互に見ながら詰め寄るように喜ぶと、要は小さく頷いて笑った。
「全部、君の自由だ」
「身分証明書はまだ出来てないから、俺の知り合いにまた依頼しないといけねえな。クソヤンキーのプロフィール教えろ」
柊がそう言いながら、俺の腕時計に彼の腕時計をかざす。画面に連絡先のようなものが表示され、高い電子音が鳴った。
「俺の連絡先。これに後で送っとけ」
「おー!マジ?なんか面白い事とか思いついたら無駄に送っとく!」
柊の肩をパンパンと叩くと柊は舌打ちをするが、手を払ったりはしなかった。
「僕は?」
要が自分の手首を振って腕時計をアピールしてくる。
「交換するする!当たり前だろー」
要に腕時計をかざしてもらうと彼の連絡先も俺の腕時計に登録された。要はそれを確認すると、少し嬉しそうに目を細める。
「あ、ところでさ。ここって鍋とかあんの?テーブルの真ん中に意味深なコンロあるじゃん?」
メニューをパラパラと確認するがそれらし物は見当たらない。柊もめんどくさそうにメニューをパラパラと確認するが、すぐにそれを閉じる。
「ねえな。要は鍋食べたい?」
「僕は何でもいいよ」
いつの間にか割と普通に会話するようになっている2人に俺は柊を指さして文句を言った。
「ちょっとまてよなんで要ばっか名前で呼んでんだ!俺も仲良しだろ!仲良し3人組だろ!!」
「はあ~?きもっ!さむ!仲良し3人組とかサブイボすぎる~、はあ~マジむり無視しよ」
柊はひとしきり俺を罵倒してからテーブルに備え付けられた端末を操作する。間もなく店員がドアをノックして入室すると、店員は柊の傍に膝をついた。
「ご注文でよろしいでしょうか?」
「気が変わったんで鍋したい。適当に食材見繕って用意して。あ、肉多めで」
あれっ?ここ中華料理店だよな?なんかコンロあるから鍋かしゃぶしゃぶ的な中華料理でもあんのかと思ったんだけどメニューになかったんだよな?
無いものを注文するとか迷惑過ぎね?てか普通通らねえだろそんな無茶ぶりは…と、思っていると店員はにこやかに頷いて立ち上がる。
「かしこまりました。少々お時間頂戴します」
「かまへんかまへん」
適当に手を振る柊に店員は丁寧に会釈をして立ち去った。
「ええ~今のOKなの!?VIP過ぎんだろ…」
「万年2位の始末屋様のご贔屓店だ、あったりめえだろ。肉屋さんほどじゃないですけどね~」
自慢からの嫌味を混ぜて柊は口を尖らせる。要は特段何かに反応を返すでもなく水を飲んでいた。
「えー2位だってすごくね?だって始末屋っていっぱいいるんだろ?」
「まあ、好成績なのは確かだけど、巨人って始末屋がいた時には3位だった時期もあるぜ。肉屋は不動の1位だ。変態なだけあるよ」
フン、と鼻を鳴らして柊は要を見るが、前ほどの怒りは見えない。要は肩をすくめて「父親がすごかっただけだよ」と首を振った。
「要だってすげー強いよ!組手めっちゃかっこよかったもん。今度俺にもなんか教えて!憧れる!」
「黄金くんに出来るものか…柔道とか?」
「やってみたい!俺、学校でもあんま体育出来なかったし…教えて教えて!」
要の肩に手を置いてワクワクした気持ちにはしゃいでみせると、要は目を細めて柔らかく笑った。
「いいよ。怪我させないように気をつける」
「やった!!ありがと~要!」
俺たちの様子をじっとつまらなそうに見つめていた柊が、フッと口を歪めて苦笑いにも似た渋い顔をする。
「…なに?お前らもしかしてデキてんの?」
「えっ!?な、なんだよ急に!」
柊の突然の発言に俺は持っていたコップを思わず落としそうになって慌ててテーブルに置いた。
「ヤッたの?マジでパンパンされたの?俺、ちょっと冗談のつもりで言ったんだけど…いや、もしかして肉屋がパンパンされた?」
柊の言葉に返事を返さずにチラリと要が俺を見る。
「いやパンパン…えっ…ンー黙秘!!黙秘権使いまーす!!」
「僕は入れられてないよ」
「要!!」
俺の努力虚しく要が横から最小限の言葉で暴露する。柊は何とも言えない引きつった笑顔を浮かべると、俺に親指を立てる。
「彼氏デビュー…おめでと…」
「いいよ!そんな引きつった顔で祝ってくれなくても!!」
顔が熱くなるのを感じながら軽く机を叩いて抗議すると、柊は「あー早く飯こねえかな」と聞こえてないふりをしやがった。
「あまり嬉しくない?」
少し不満そうに首をかしげる要が俺を真っ直ぐに見つめる。
「えっ…や…別にそういう話は…」
「でも、なんか黄金くん機嫌悪そうだなって」
ここで「好きだよ」とか「彼氏デビュー嬉しいよ」とか、二人きりだったら別に言える。言えるけど…!
ちらりと横目で柊を見ると、彼はにやにやとこっちを見ておもしろがってる。
「本当に恋人になって大丈夫だった?」
要があからさまに怪訝な顔で、眉を寄せて俺をじっと見つめる。
「うっ…そりゃ…その…」
「その?」
なおも追撃を止めない要が顔を寄せると、顔に熱が集まるのを感じた。
「いっ…いい、嬉しいからっ!」
要がふっと満足そうに笑うと、彼は静かに座り直す。その傍らで柊は「げー」と舌を出していた。
「はいはい、もう分かったから続きは家でやってくれ。このままだと目の前でおっぱじめられそうで、たまったもんじゃねえや」
「お待たせ致しました」
柊の言葉に続いて部屋にノックが鳴る。先ほどの店員がワゴンに鍋を乗せて部屋へと入ってきた。それらをテーブルの真ん中に丁寧にセッティングをし、有り合わせとは思えない豪華な食材を傍らに添えた。
「私どもがお手伝いすることも出来ますが、いかがなさいますか?」
「セルフサービスで大丈夫。後は楽しくやるよ」
いつものめんどくさそうな口調で柊が答えると、店員は丁寧にお辞儀をして部屋を出た。
要は言われてもいないのに菜箸を誰よりも早く手に取ると、食材を鍋に入れて煮始める。
「俺、鶏肉多めで。野菜いらないから」
「野菜食べなきゃだめだよ」
柊の注文をつっぱねながら、要は肉と野菜をバランスよく入れていく。
「えっじゃあ俺豚肉、あとその肉団子みたいなやつ!」
「黄金くんも野菜食べなきゃだめだよ」
中華料理店には似つかわしくないような、だしのいい匂いがクツクツと煮える。
主に鍋の様子を見るのは要で、柊は横から煮えた肉を選んでさらっていく。
俺も鍋をつつこうと少し前のめりになった所に、トンと静かに野菜から肉までバランスよく盛られた取り皿を置かれた。
「豆腐はまだ煮えてないからもう少し待っててね」
「あ、ありがと…?」
同じように要は柊にもバランスよく食材を盛った皿を置く。柊も肉多めでとごねたが、相変わらず要は妥協を許さない。菜箸を独り占めする要は鍋奉行のようだった。
こうしてガヤガヤと騒ぎながら鍋を囲む友達が出来るなんて、少し前までは想像もつかなかった。
地下にはまだまだわからないことも信じられないこともいっぱいあるけど、やはりそこに友達がいてくれるのは嬉しいし楽しいもんだ。
「俺、ここにこれてよかったよ」
取り皿に野菜を追加しようと攻防する要と柊を見ながらふと呟くと、二人はその手を止めて俺に注目する。
「よかっただぁ?家族に殺しの依頼出されて、わけわかんないとこに連れてこられた上に閉じ込められて、ケツ掘られたあげくに彼氏デビューしたのが?」
「ケツと彼氏は関係ねーだろやめろや!」
憎たらしい顔で悪態をつく柊に指をさして言い返すと、彼は可笑しそうににやにやしたまま肉を口に頬張った。
「でも、連れてきたのも閉じ込めていたのも事実だ」
「まあ事実だけどさあ…俺を思っての事だったじゃん。飯の世話もしてくれたしさ、結果的には丸く収まってるしいいじゃん」
柊の言葉に対して考え込むように目を伏せていた要に笑いかけると、彼も一拍置いて微笑んだ。
「柊っていう友達がいて要っていう家族もいて、こうやって一緒に飯食って馬鹿みたいに笑ってられるんなら場所なんてあんま関係ない。地下も良いとこだよ、俺にとってはさ」
そう言って二人に笑って見せると腕時計がブブッと何かを知らせるような短いバイブ音を放った。
画面に目を向けるとそこには「新着メッセージがあります」の文字。
「あれ、なんだろ?誰かメッセージ送った?」
口をそろえて首を横に振る二人に俺は首をかしげた。
「目の前にいんのにわざわざ送る必要あっかよ」
「僕は何も。柊くんも腕時計を操作した様子はなかったよ」
まだ連絡先はこの二人としか交換していないはず。だとすると宣伝メールかなにかだろうか?さっき電源を付けたばかりだというのにそれもなんだかおかしな話だとは思って、俺は腕時計の液晶パネルに手を触れた。
差出人の欄には名前どころか送金先のアドレスらしきものすら見当たらない。
メッセージの本文にはただ一言「おめでとうございます、貴方を歓迎しますよ」とだけ記されていた。
「なんだこれ、この腕時計の機能?それともなんかの宣伝?」
そう言いながら二人に画面を見せてみると、彼等は不思議そうに目を細めたり首を横に振ったりする。
「こんなの見たことねえよ。だいたいお前のアドレスは新しく用意したもんなんだから宣伝とか来るわけ…」
口に箸を咥えたまま、眉間にしわを寄せて腕を組む柊の横で難しい顔をしていた要がふと口を開く。
「ラプラスのシステムメールかな…?」
「ラプラスから?そんなことあるかぁ?」
盛られた野菜を雑に口にかき込む柊に、要は表情を変えずに首を傾げる。
「僕も家族から聞いた程度だから詳しくは…ラプラスがたまに送ってくる場合があって、エラーか何かだと聞いたような」
俺を置いてけぼりで考えこむ様子の2人に割って入るように俺は手を上げる。
「え、じゃあそれって俺の事バレてたってこと…?ていうか歓迎って…」
ラプラスって確か地下を管理してるすげーコンピューターだかAIだかって言ってたような?
それが俺に「おめでとう」とか「歓迎する」って…俺たちをずっと見ていたかのような、そしてまるでゲームに勝利したご褒美かのように俺の存在を認めるかのような文章だ。
「…いや、バレていたらとっくにSの関係者に捕まっていると思うよ。やっぱり僕の考えすぎで、ただのイタズラかも」
要は少し肩に力を抜いて息を吐く。
「だよなあ…俺みたいに不正に地下に来ちゃうのって、凄い犯罪者みたいなもんなんだろ?そこまですげーコンピュータなら見逃したりしねえか」
俺はイタズラメールを削除してアプリの画面を閉じる。
俺と要が話している間に柊がいい感じに火の通った肉をあらかた回収したようで、鍋の中にはまだ赤みの残る肉と野菜だけが残されていた。
その後も要はめげずに柊が食べた肉の分だけ野菜を食べさせようとしたので、柊の皿は後半ずっと野菜と豆腐だけを食べ続けるはめになっていた。
悪態をつきながら野菜だけを食べ続ける柊と、豆腐も肉もバランスよく盛られた自分の取り皿を見比べて、最初から要の言う通りに野菜も食べててよかったなと思う。
「野菜もうめーよな、柊?」
「うっせ、黙れバーカッ!」
にやにやと柊に話しかけると彼はイライラと顔を歪めながら口の中の野菜を噛み続けていた。
鍋が終わり、会計に店員を呼びながら帰り支度をする。ジャケットを羽織った柊はふと何かを思い出したように要に振り返った。
「あのさあ」
「ん?」
「俺、正直もう花屋とか始末屋とかどうでもいいんだけど、金の稼ぎ方が今までのやり方しか分からないんだよね」
柊はずっと始末屋だと言っていたが、確かに父親に言われてやってきたという話だ。父親がいなくなったなら、始末屋を継ぐ必要もないということなんだろう。
「それなら、花屋として仕事を貰えばいいんじゃないかな」
要は不思議そうに首を傾げながらコートに袖を通す。それを見ながら柊は後ろ頭をポリポリと掻く。視線を落ち着きなく泳がせ、彼は要に背を向ける。
「いや、だからさ…俺たち2人で手を組んだら先代の肉屋すら倒せなかった先代花屋を倒せたわけ。俺たちで手を組んだら天下取れるくね?」
柊の言葉に要は傾げた首をさらにさらに横に倒す。
「…天下を取る気はないけど」
「だー!もう!めんどくせえな!」
要に近付き、柊は手を差し出す。
「タッグ組もうつってんの。その方がお前はど腐れヤンキーとのデートの時間が増えて、俺は楽できて、金は稼げていいことずくめ!だから手が組みたい!組んでくれ!」
柊が要と予想より仲良くなってるのはさっきのやり取りで何となく感じていたが、まさか柊から要を誘うとは。
始末屋の看板事情ってのは俺にはピンと来ないけど、2人が仲良く交流を持ち続けてくれるのは俺も素直に嬉しい。
「いいじゃん?俺もさんせー!てか、なんで俺だけど腐れヤンキーのままなの?いじめ?」
俺は柊の肩をぺちぺち叩きながら笑う。
「じゃあ、ど腐れ黄金」
「ひどい!ど腐れは要らねえだろ!」
めんどくさそうだが、若干名前がランクアップした。そんなやり取りを横目に、要はそっと柊の手を握った。
「いいよ。看板は肉屋のままでいい?」
「あー別にいいよ。肉屋だろうと花が生えた肉屋だろうと、別になんでもいい」
柊の言葉に要は口元に小さく笑みを浮かべる。
「じゃあ、よろしくね。柊くん」
今まであれだけ柊に敵意むき出しだった要が随分柔らかくなったもんだ。2人のタッグ結成が決まったあたりでドアがノックされ、会計に移った。
いつものように要の奢りで会計を済ませ、柊は現地解散でヒラヒラと適当に手だけ振って帰路についた。
2人だけになった帰り道は、要がナチュラルに手を繋いできたので俺はその手をそっと握り返す。
握った手を親指で撫でながら視線を前に向けたまま口を開く。
「柊のこと信じてくれてありがとな」
要も視線を前に向けたままだったが、少し表情が柔らかくなるのが横目に見える。
「別に頼まれたから信じたわけじゃないよ。仕事に関しては信頼できる人だった」
「いや、まあそうじゃなくて…んーと?なんか2人が仲良くなったの嬉しくてさ。新コンビ応援してっから」
彼にニッと笑って、俺は繋いでない方の手で親指を立てて見せた。要はそれをチラリと確認すると、肩を竦める。
「それより、僕と黄金くんの新恋人を祝ってほしいかな。そっちを応援して」
「だって、それは自分のことだし応援ってのはなんか違くない?…いやまあ、応援したくないとかじゃないけど」
「うん、じゃあ応援して」
要は小さく笑って俺額に不意打ちでキスをする。「これからもよろしくね」
頬が赤くなるのを感じながら、彼の唇が触れた場所を手で撫でて俺は隠しきれないにやけたような顔で「…末永くな」と付け足した。
上を見上げれば、そこには空ではなく整然と並んだ蛍光灯が光る無機質な天井だ。
治安は悪いし、シェルターに比べたら空気もどこか重い雰囲気を持つここがこれから俺の生きる場所。
だけど俺にとっては地上のシェルターよりもずっと明るくて楽しくて心地のいい居場所だ。
「要」
「ん?」
「ありがと、ここに俺を連れてきてくれて」
何か答えようと口を開いた要が、言葉を放つより先に彼の手軽く引いて走り出す。
どうにも照れてしまうもんだから、それを隠してやろうと思った。
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