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3章 術後経過
3
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3.
要と四月一日と3人で飯を食いに行った日から2日がたった。
要は予定通り今日から仕事に復帰だ。
「無茶すんなよー?久しぶりなんだからさ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
玄関に座り、ブーツの紐を結ぶ要の頭をぽんぽんと触りながら声をかけた。
大きなギターケースを背負い直しながら立ち上がる要はどこか嬉しそうに見える。
「じゃあ、行ってくるよ。留守番よろしくね」
「おう、いってらー」
軽く手を振りながら緩い返事を返すと、ドアの取っ手に手をかけた要はそのまま少し振り返り俺をじっと見つめてきた。
「ん?忘れもん?」
「人が訪ねてきても、出なくていいから。柊くんとか…」
「知ってる人ならよくねー?」
表情も口調も変わらないが、要は首をふるふると静かに横に振った。
相変わらず要は四月一日のことを信用していない…のもあるのかもしれないが…。
「楓なら構わないけど、彼は信用できないよ」
「2人だけで出かけたりはしねえって、な?」
「そういう問題ではないんだけど…」
要はそこまで言うが、話しづらいのか目を伏せて黙ってしまった。
疑り深いのがまあ性格だとしてもだ。
俺の事マジで好いてるんだとしたら、そりゃあ面白くないだろうよ。
目の前であんなキスだのハグだのされちゃあな…俺だってびっくりしたわ。
さすがに四月一日は俺に対して恋愛的な感情なんて持ってないんだろうけど。
気分的には、俺は人生最大のモテ期を迎えてしまったかのようだ。
しかしまあ…相手が男ばかりなのがなんとも笑えない。俺は普通に女の子が好きなんだ…。
四月一日はともかく、要いい奴だし友達としては好きだ。だから断るのも心が痛え…告られてもないけどさ。
「っと…そんなことより、ほらぼーっとしてると仕事遅刻しちまうぞ」
頭の中で一人、自問自答をする俺に訝しげな目を向ける要の肩を軽く小突いて声をかける。
「うん、じゃあ行ってくるね。3時には帰って来るよ」
「お前の超特急なのかもしれないけど、3時じゃさすがにもう寝てるっての」
笑いながら手を振ってドアをくぐる彼の背中を見送る。
閉じたドアからガチャリとロックの音がするのを聞いて俺も回れ右をして部屋に向かった。
ちらりと時計に目をやると時刻は11時を少し過ぎた頃だ。地上で高校に行っていたときはそろそろ寝る支度を始めるころだったが今となっては早起きする用事もないし、早く起きたところで夜遅い要は昼近くまで寝ているので彼に合わせて夜型になりつつある。
「まだ寝るにはちょっとはえーしな…映画でも見っか」
ここが地下であることが明かされてから、要は前より沢山の漫画やDVDを持ってきてくれるようになった。地上で流通している創作物に地上の世界観をベースにした作品があるように、地下で流通している創作物には地下の世界観がベースになっているものがある。そこから俺が秘密に気づくことを懸念して避けていたらしい。
「黄金くんの好みに合うものがあれば良いけど」なんて言ってどっさり用意された山から興味を引くものを探す。
地上じゃ聞いたこともないアニメ映画やアクション映画など、幅広いジャンルが取りそろっている。
「こりゃ暫くは暇しなくて済むなあ」
アメコミヒーローを思わせる派手なパッケージのDVDケースを手に取りあらすじに目を通す。
冴えない大学生活をおくる主人公がひょんなことからスーパーパワーを手に入れて、金や権力を欲しいままに地下世界の帝王になりあがる話らしい。
力を手に入れた男が正体を隠して人を助けたり、気になるマドンナと急接近するとかではなく成りあがるというところに既に文化の違いってやつを感じる。
地下では強くて優しい皆のヒーローよりも、弱者を切り捨て他の追随を許さない絶対的な力ってものがウケるようだ。
ケースからDVDを取り出しテレビに入れようと立ち上がった時、ピンポーンとチャイムの音が鳴り響く。
「ん?誰だろ、楓ちゃんかな?」
要には出なくていいとは言われているが、念のためインターホンのモニタを確認してみる。
画面には四月一日が見慣れた笑顔でカメラを覗きこむように、少し身をかがめこちらに手を振っていた。
「まじか…どうしよ」
要からは特に四月一日と二人きりになるなと釘を刺されている。
四月一日に非はないのだが、それはまるで女友達と遊ぶことを嫌がる彼女のように不機嫌そうに…いや彼女も女友達もいたことないからわからないけど例えるならそんな感じだろう。
要を責めるつもりはないのだが、いわば単なる嫉妬であるからして…俺が友情を捨てるだけの理由にはしがたいのが本音だ。
モニターに視線を戻すと四月一日は留守なのかなと不思議がるように首をかしげて応答を待っている。
俺は少し悩んでからインターホンの応答ボタンに手を伸ばした。
「わ、わりトイレいってて…」
「お!黄金くんいて良かった~!誰もいなかったら、ちょっと恥ずかしいと思ってた!」
画面の中で四月一日は照れたように後ろ頭をかく。そこから先の言葉の先は想像通りだった。
「今日は要くんお仕事でしょ?また2人であそぼーよ!」
「あー…まあ仕事ちゃ仕事だけども…」
そこまで言って、俺はふと違和感に気づく。
「あれ?でもそれって要から聞いたの?」
要にしては珍しく顔をしかめるほど四月一日を信用していないだとか言いながら、易々と仕事の予定なんか伝えたりするだろうか?
「うん、メッセージアプリで話したときにそう言ってたよ?要くんいないなら黄金くん暇してるかなーって思って!」
四月一日とやり取りしたなんて一言も言ってなかったのに、いつの間にそんな話してたなんて…なんだかんだ言ってちゃんと友達やってるのでは?
「そっか…んー…じゃあまあ、あがりなよ」
解錠ボタンを押して彼を建物内へと招き入れる。暫くすると部屋の前までついたらしく再度チャイムの音が響いた。
「うい、いらっしゃい」
「おじゃましまーす!」
俺は無邪気にはいってきた四月一日の腕をつかんで呼び止める。
「要が戻るまでに帰るんだぞ、2時までだかんな」
「え、どうして?」
「勝手に部屋あげちゃ駄目だって言われてんだ、アイツ心配性だから…」
要が俺の事好きだからヤキモチ妬いて二人で会うなって言った…とは言いづらいし、要の尊厳にかかわるので適当に濁して伝える。
四月一日は少し考えるように口元に手を当てて、視線だけ上に投げた。
「…もしかして、やっぱり要くんって黄金くんのこと好きなの?」
「は!?えっ!?」
「それとも黄金くんが自分の所有物だから嫌なのかな…ま、とりあえず早めに帰るね!」
ポイポイと靴を脱ぎ捨てると、彼はリビングまで入って行く。
「い、いや俺別に犬ってわけでもないんだけど…」
四月一日の後を追うように俺もリビングに向かいながら訂正を加える。
「え、そうなの?」
「なんか犬でもなければ、人でもなくて…そもそも地下の住民ですらないというか…ってこれよそに言うなよ!?なんか不法入国的な扱いになってるって言ってたから、俺下手したら捕まっちゃうからな!?」
俺の言葉を聞いて四月一日は驚いたように目を見開いたが、彼は沈黙を置いてから微笑んだ。
「そうなんだ~!犬じゃなくて良かったね!今のとこ弊害もないし、大丈夫なんじゃないかな」
「そ、そっか…!」
「今のとこは、ね」
安心しかけた俺に四月一日は意味深に言葉を付け加える。
「あ!ねえねえ!映画見よ!これ!」
どういう意味か聞き返そうとしたが、先に四月一日はリビングのテレビ台の前にしゃがんで収納されたDVDの背表紙に四月一日が黄色い声を上げた。
彼が取り出したDVDのパッケージは、真っ白な床に散らばる潰れたトマトを背景に下を向いて立つ2人組の若い男性。彼らもまた真っ白な服と手袋に身を包んでいて、ジャンルがよく分からないがコメディには見えない。
「ヒラリアスゲーム?あー、なんか聞いた事あるような…」
まじまじとパッケージのタイトルを読み上げて俺は首を傾げた。そういや、ガスマスクと友達になって間もなかった時に好きな映画を聞いたら返ってきたタイトルだったような。確か「ホラーなのにあんまり怖くないのが残念」って言ってた。
え、じゃあなんで好きな映画に入れたんだろ、アイツ。
「サスペンスホラー映画ってやつかな!ちょっと前のやつなんだけど、地上でちょっと流行ってて気になってたんだよねー!黄金くんホラーダメな人?」
床に膝をついたまま四月一日が口元に笑みを称えたまま俺を見上げる。
「いや?そんなに苦手って感じでもないけどー…むしろお前のほうがひっくり返りそうだな?平気かよ」
彼のほわほわとした雰囲気の所為か、血や暴力なんてもの見せようもんなら真っ青になって気絶してしまうんじゃないかとすら思う。俺は四月一日を肘でつつきながらおちょくるような口調で笑って見せると、彼は得意げに人差し指を左右に振った。
「舐めてもらっちゃ困るな~?俺こう見えて映画通だから何でも見るよ。コメディ、ラブロマンス、スプラッタにオカルト何でもござれ!」
意気揚々と彼はそのDVDをパッケージから取り出し、再生機器に差し込む。
まあ、そうは言ってもガスマスクがあまり怖くなかったと肩透かしを食らうような映画だ。それほど怖くないんだろう。
映画が始まると、幸せそうな一家の隣に住む白い服の男性2人が「トマトが足りないから」と一家にトマトを分けてもらいに来る。いかにもサスペンスという感じの始まりだ。
男たちは何度もトマトを貰っては落としてを繰り返し、一家の主人がキレて隣人を殴ってからが正直地獄だった。
「なんで殴っちゃったかなあ…」
始まってから30分も経つと、俺は目を両手で覆って指の隙間から映画を鑑賞していた。
一家の主人が隣人を殴ったことで、隣人も逆ギレしてバットで主人の足の骨がめちゃくちゃになるまで殴りつけて監禁し、一家蹂躙が始まっていた。
隣人たちは家族の前で婦人を性的に陵辱するわ、子供を早々に殺すわのやりたい放題だ。主人に至ってはもう早く殺してやってくれという気持ちになる程の暴力祭り。
何度か逆襲のチャンスはあったのだが、状況が全て隣人に味方する。なんだこれ、理不尽すぎる。
不条理な展開に悲しいんだか腹立つんだかで震えている俺の隣で、四月一日はソファの肘掛けにもたれて映画を見ていた。
「ちょー胸糞展開なんですけどー」
四月一日がダルそうに発した言葉に俺は小刻みに頷く。ホント、こりゃひでえよな?最後の最後にどんでん返しが来てくれるんだろうか…にしても既に子供殺されてるしどう描いてもハッピーエンドは望めそうにないだろうな…。
一家は理不尽な暴力に屈することなく抵抗を続け、ついに婦人が隣人の1人をショットガンで撃ち殺す。やったぜと思わず俺はガッツポーズを決めたが、隣人がリモコンで巻き戻しボタンを押した途端、何故か時間が巻き戻って隣人が蘇る超展開を見せる。は?なにこれ、ファンタジー要素あったの?
結局、一家の抵抗虚しく婦人も再び捕まり、見ていられないような暴力と陵辱の限りを尽くされ、映画の終わりに一家は全滅してしまう。隣人が別の家にまたトマトを貰いに行くシーンで終了。なんの救いもなかった。
「うわー悪趣味。なんでこれ流行ったんだろ」
エンドロールを見ながら四月一日が苦笑いする。
「ほんとなあ…救いも無かったしちょっと映像リアルすぎて怖かったよ」
少しげっそりとした頭を冷やすように飲みかけの麦茶を一気に飲み干す。
最近映画を見ることが増えたせいか、以前よりも制作側のメッセージ性だとか教訓だとかを考えてみるのも楽しいとおもっていたのだが…理不尽と胸糞を詰め込んだようなこの映画の制作意図は俺には理解できなさそうだった。
「この映画の伝えたかったことってアレかな…苛立っても絶対に手を出しちゃいけないとか、暴力はろくでもないとかそういうことなんかね…」
苦笑いを浮かべながら素直な感想を言うと四月一日はエンドロールを眺めながらソファの肘掛けに頬杖をつく。
「どうだろう。でも、地上にも暴力が好きな人は一定数いるから、エンターテインメントなんじゃないかな。地下の人の要くんが持ってるのは、逆に納得かも」
「俺は暴力とか嫌いだけどね!」と彼は付け加えると、俺の方を見て困ったように笑った。
「エンターテイメントにするなら、最後はスッっとする大逆転とかあればいいのになあ…?俺のちょっと変わり者って感じの友達はこの映画好きだって言ってたけど、要もこういうの好きだったりすんのかな…ちょっと意外」
ガスマスクはまあ変わった奴だ。あとサバゲーとか血糊で臨場感出してみちゃうようなやつだし今更驚くことでもないが、要がこういう暴力的で救いのないような話を好むのだろうか。
「そのお友達は分からないけど、要くんは地下の人でしょ?地下の人なら暴力とか抵抗ないだろうし、そういうの見てもなにも感じないんじゃない?」
四月一日はソファの背もたれに寄りかかると、大きな欠伸をする。
地下の人だからってみんながみんなそうだと決めつけるのも理不尽な気がするが…というより四月一日だって本当は地下の人間なんじゃないのか…?
そう突っ込みたい気持ちはあったが、一応俺は彼の嘘に気づいていないことになっているので滅多なことは言えない。
「ま、まあ…人の趣味なんてそれぞれでもいいと思うよ。別に人に迷惑かけるもんでもないし」
俺が少し苦い笑顔で答えると四月一日は眉間にしわを寄せる。
「…無害ならいいけど、そうとも限らないんじゃないかなあ」
彼の視線は流れ続けるスタッフロールに向けられたままだったが、声はいつもより低くて妙に恐怖心を掻き立てられた。
「そうとも限らない…って?」
「人の性癖は分からないよ。地下なら尚更ね」
四月一日はまだ要と知り合って日が浅いだろうに、その口ぶりは確信に近いニュアンスを含んでいるように聞こえた。しかし、もし顔なじみだったのなら要はあんなに警戒する必要もないし、本当にアブナイ奴ならもっとはっきり拒絶するはず。だから恐らくは俺の考えすぎだろう。
「そんななんでもかんでも地下の人だからって危ない奴とは言い切れないだろ?産まれなんて選べるもんでもねえし…要だって四月一日だってこんな俺に親切し…あっ…」
途中まで口を走らせてはっとする。今俺、四月一日のこと地下の人って呼んだくね?え、誤魔化せる?ワンチャン気づいてないとか?
俺は口を手で押さえたままぎこちない動きで首を回して四月一日を見る。
誤魔化せそうならそのままスルーできないかという俺の淡い期待は虚しく、彼は怪訝そうな顔でこちらを見つめている。これ誤魔化したら逆にきな臭くなりそ…。
物言いたげな表情で俺を見つめる彼に俺は恐る恐る言葉を続けた。
「あ…いや、えっと…ごめん…要にお前とどういう友達なのかって聞かれてさ、お前が地上の人だったとか飼い主から脱げてきて頑張ってるやつなんだよって話したんだ。そしたら飼い主から逃げた犬が人としての暮らすのはあり得ない、不可能だって…」
彼はただ黙って、今までに見た事のないような冷たい目で俺を眺めていた。あんなによく喋る彼がこんなにも静かなのが怖い。
「お前になんか嘘つくだけの理由とか事情とかあったのはわかるんだ!だから気づいてないふりしてて…ほんとゴメン!でも嘘つかれてたことは別に怒ってねえし、本当の事追及しようとも思ってないからさ…今まで通りダチでいてくれねえかな…?」
下げた頭の上で手を合わせて頼むと四月一日は小さくため息を吐いた。
「君は、要くんが俺を怪しいと言うのに家にあげたわけ?」
「えっ、だってダチだし…」
「頭お花畑だね~」
四月一日はソファに寄りかかり、失笑する。映画のスタッフロールが終わり、部屋にDVDのキャプチャー画面が映し出された。物々しい音楽が部屋に無限リピートされる。
「そうだよ。俺は地下出身で、地上のことは調べて知ってただけ。要くんは正しいし、君は俺を警戒するべき存在だ」
彼は目を細めて笑う。その笑顔は柔らかいものなのに、瞳に光がなくて少し恐ろしく見えた。
「それでも黄金くんはこれからも俺と友達でいてくれる?君に接触した理由も事情も聞かないで、これからも普通に接してくれるの?」
「ああ。俺から聞き出したりはしねえ、四月一日が話したくなったらでいい。だからこれからも仲良くしてくれよな、柊」
彼を下の名前で呼ぶのは初めてだし、こんな状況で気持ち悪く思われないかちょっと心配だが、俺は思い切って笑顔を作り手を差し出した。
柊はまた怪訝そうに眉をひそめたが、彼は俺の手を取った。
「…君ってお人好しって言われない?地上なら大丈夫だろうけど、その調子で地下の人間と接したら食い物にされるよ?」
「地上ではよく言われてたよ、でも要と柊は優しいだろ?」
柔らかくてふわふわした四月一日から、少し皮肉っぽさのある柊に変わったようなそんな気分だった。それはどちらかというともっと本音で付き合える気さくな友人になったような、そんな安心感を感じさせた。
「これで俺たちアレだな、気の『置けない』友人だな?」
「気の『置ける』じゃねえぞ」と付け加えると柊はフッと鼻で笑ったが、それは俺を馬鹿にしているというよりも、苦笑に近いように見えた。
「まあ、黄金くんがそれでいいなら、それでいいよ。これからも仲良くやろ」
柊はリモコンでテレビ画面を消すと、DVDをテレビ台に収納された再生機から取り出そうとまた四つん這いになる。
「要くんの話だけど、性癖の話は本当だから」
再生機からディスクを取り出し、彼はそれをDVDケースにしまう。
「え、暴力が?てかなんでそんな事知って…」
俺の言葉を遮るように柊は「事情は聞かないんでしょ?」とニヤリと笑った。
「お前秘密が潔いな…でも要がそんな趣味あるなんて…というより性癖が本当だとして俺にはあんま関係ないんじゃ…?」
いやまあ無いとは言い切れないよ?俺見て発情しちゃうような奴だもんね?暴力が性癖なら好きな子のこと殴りたくなっちゃってもおかしくないもんね?
けど柊は要が俺にそんな興味を持ってるだなんて知らないじゃん?男同士だもん予想もしないよね…?…そうでもない??わかんねえ!けど聞けねえ!!!なんだこれ!モヤモヤする!!
乾いた笑いを漏らしながらやんわりと反論する俺に柊は肩を竦めて首を傾げた。
「ま、今のところ大丈夫なんだから、まだ平気なんじゃない?俺も要くんと仲良しってわけじゃないしさ」
そこまで言うと、柊はボソボソと「むしろその真逆か」と呟いた。
「真逆…?」
「んー、なんでもない!今日はそろそろ帰るよ」
柊に言われて時計に目を向けると時刻は二時を少し過ぎたころだった。
「うわっ、いつの間にこんな時間かよ!」
玄関に向かう柊をどたばたと追いかけるように俺もソファから立ち上がる。
「夜遅いから気を付けて帰れよ?地下って殺し屋とかいるんだろ?寄り道しないでまっすぐ帰るんだぞ!!」
「黄金くんより地下には詳しいから大丈夫だよ~。あと、俺こう見えて喧嘩強いしさ」
靴を履いて立ち上がると、彼は細い二の腕を俺に叩いて見せる。とてもじゃないが、あまり強そうには見えなくて逆に心配だ。
「じゃあ、またね~」
柊はひらひらと手を振ってドアを開けると、ドアの向こうから驚いたような女の子の声が聞こえた。
「あれ?楓ちゃん?」
ドアを開けたまま柊が声を上げる。彼が身体を横に寄せると、確かに玄関の前には楓ちゃんが立っていた。
小さく会釈する彼女に柊も簡単に会釈を返し、少し迷うように俺と楓ちゃんを交互に見たが、彼女の脇を通って外へ出た。
「じゃ、また」
「おー…」
柊に手を振り返してなんとなく、彼の姿が見えなくなるまでそのまま立ち尽くしてからゆっくり楓ちゃんに目を向ける。楓ちゃん、前に柊の事家にあげようとしたら反対してたしな…なんか言い訳した方がいいのかなこれ…でも逆に怪しいやつ…。
「えーっと…要いま仕事出てるけど…」
兄の要とよく似て読めない表情が、目が隠れるほどの長い前髪の所為でますますわからない。
ただ、今日の灰色のコルセットがついたワンピース姿がめちゃくちゃ可愛いなってことはわかった。
楓ちゃんは柊の後ろ姿を見ていたのか、遠くに向けていた目を俺に向ける。髪の隙間から要と同じ深い紫の瞳が覗く。
その目はやはり怒りを含んでいるようだった。
「彼を家に上げていたの?」
「うっ…いや、あの…」
「お兄ちゃんが彼を家に上げていいって言うわけないよね。なんでそんなことするの?」
彼女は手に持っていたビニール袋を俺の胸に押し付ける。中から甘い香りがした。
「お兄ちゃんから、変な人が寄り付いていないか様子を見てって言われて来たの。でも、あなたから招き入れちゃうなんて」
「なんでそんな…警戒しすぎだって。アイツは悪い奴なんかじゃ…」
「あの人は危ないの!」
突然、楓ちゃんが声を張り上げた。甲高い彼女の声が空に響く。俺は思わず周囲を見回すが、地上と違って夜中でも賑やかな街の喧騒に彼女の声がかき消されたようで胸を撫で下ろす。
楓ちゃんに視線を戻すと、彼女の肩は小刻みに震えていて、ポタポタと頬を伝う涙が地面に落ちていく。
もしかしなくても泣いておられる…?
異性とまともに関わってこなかった人生の俺。突然の女の子の涙に頭は真っ白で口はあんぐり、目は真ん丸だ。
「えっ!?なっ、なん…ごめん!?」
「お兄ちゃんはあなたを守ろうとしてるのに、なんで言うこと聞いてくれないの…」
震える声でそう言うと、彼女は細い手で涙を拭う。拭っても拭ってもそれは止まらない。本格的に泣かせてしまったようだ。
こういうときって背中とか擦ってあげた方がいいんだろうか…でも泣かせたの絶対俺だしな…第一セクハラになりかねないじゃんねそれ…!
行き場に迷った両手をあわあわと伸ばしたり引っ込めたりしてから俺はあわてて彼女に声をかける。
「え、えっと…とりあえず…俺が言うのもなんだけど…あがって話そう…?ほら、ティッシュとか…いるかなって…な?」
何言ってんだ俺は???でも共用廊下のど真ん中で女の子泣かせ続けてケロッとしてられるほど手慣れてないんだ俺は…許してくれよ…!!
流石に彼女に触れる勇気はなかったので玄関ドアを開いて促すと、楓ちゃんは涙を拭いながら俯いて家にあがった。
リビングのテーブルに楓ちゃんを座らせると、俺も彼女から受け取ったビニール袋をテーブルの上に置いた。
「…ブルーベリーデニッシュ?」
美味しそうな香りだが、前に要がもらって来た菓子パンを食べてぶっ倒れたので、俺が食べれる物ではないだろう。
そう思ったが、俺の正面に座った楓ちゃんが鼻をすすりながら呟く。
「…あなたも食べられるデニッシュだよ」
「えっ」
もしや楓ちゃんのお手製…?俺のために?俺のためになの??
「お兄ちゃんがアレルギー持ちの友達にもあげたいからって…お母さんが作ったけど、あなたのアレルギー物質は入ってないよ」
あっ、そうだよね!要たちのお母さんのだよね!口に出さなくてよかった。
泣かせた上に勘違いヤローとか自分でさえも救いきれねえよ!!
それでも、アレルギーを持った俺のためにわざわざ作ってくれたという事実が嬉しかったし、顔も見たことのない要たちの母親に自分の産みの親の姿をなんとなく重ねてしまう。
ビニール袋から取り出すと、さすがに真夜中なのでデニッシュ自体は冷めているが、いかにも手馴れた人が作ったという感じで売り物のように綺麗だ。要が作るアップルパイもめちゃくちゃ美味かったが、こっちは菓子パンのプロが作ったみたいでますます美味そうだ。
「取り乱してごめんなさい」
少し落ちていてきたのか、楓ちゃんはそう言うと顔を上げる。声色は泣き出す前のものに戻っていた。
「黄金くんだって何も聞いてないんだから、分かるわけないよね」
「あ、いや…ダメだって言われてたのは確かだし…ほんと…スミマセン…」
美味しそうなデニッシュに気を取られていたが、彼女の言葉に自身の置かれた状況を思い出す俺。にしても兄弟そろってなんでそんなに柊の事を嫌うんだろう…。
あいつほんとイイヤツなのにな…。
「黄金くんは地上では死んだことになってるから、お兄ちゃんの家以外に居場所がないから仕方ないって分かってるの」
いやいや、仕方ないとかそういう…は??
「ん、ごめん今なんて?」
俺が?死んだの?いや生きてるけど??地上では死んだってどういうことなの?地下世界はあの世だった…?でもそれだと「ことになってる」って表現はちょっと変だよな?
「もしかして、お兄ちゃんはそんなとこまで秘密にしてるの?」
楓ちゃんは驚いたような呆れたような、どちらとも取れるニュアンスの口調で言う。髪の隙間から覗く彼女の目は珍しく丸くなっていた。
「…もう私から話しちゃうけど、黄金くんは地上で殺されるはずだったの。でも、色々あってあなたは死ななかったからここに来たんだよ」
「殺されるはずだったって…俺そんな人に恨まれたり重要機密握ってる覚えはねえけど…」
たしかに万人に好かれるような人生おくっていた訳じゃないけど、それでも殺されるほどの恨みを作るようなことだってした覚えはない。
「てか…なんでそれで地下に来ることに…?」
「それは…お兄ちゃんがあなたを助けたいって、言うから…」
楓ちゃんは急に歯切れ悪く口ごもる。地下の人たちって話せない話題多すぎない?もうだいぶ慣れたけど。
「あなたは地上では行方不明扱いになっていて、警察は殺人も視野に入れて調査してる。今なら帰れないこともないけど…それはおすすめしない」
「えっ、なんで!事件じゃん!?」
そんな大事になっているなんて露ほどにも思っていなかった。行方不明で捜索されてるんなら早いとこ元気な顔見せに行かないとダメじゃないのか!?
しかし彼女は落ち着いた様子で首を横に振り答えた。
「あなたの死は始末屋に依頼されたものなの。地上に帰れば、あなたを見逃した始末屋の名前に泥を塗るし、あなたの殺害を依頼した人から再び命を狙われるはずだよ」
「始末屋って殺し屋さんだろ?依頼って…誰がそんな…」
自分が命を狙われるなんて、中二の頃自分の事を機密組織から逃げたした能力者だと思っていた時以来だ。…いやまあ実際にはそんな妄想をしたくらいで本当に狙われるだなんてはこれっぽちも思っていなかった。
しかし、俺を殺してほしいって依頼した側のことももちろん気にはなったが、それよりも気がかりな点があった。
どうしてあったこともないはずの要が俺が殺されることを知っていて、なおかつ助けたいだなんて考えたのか。
そして俺を殺すはずだった始末屋が、汚名をかぶるかもしれないリスクを負いながらそれをよしとしたのか…俺が地下に来た理由が一つ明かされたと同時に謎が一気に増えて俺の頭はこんがらがる。
「聞きたいこといろいろあっけど…俺、要が話したくなくて秘密にしてるんなら、話してくれるまで待つって言ったんだ。だから今楓ちゃん通して詮索するのは要に悪いんだ」
俺は困った笑みを浮かべて楓ちゃんに目を向けた。
「でも、話してくれてありがと。柊のこともごめん…でも、こっちに来て出来た本当に大事な友達なんだ。あいつちょっと変わったとこあるみたいだけど、悪い奴じゃないよ」
「それは違う」
急に険しい声を出す彼女に驚いて視線を上げる。彼女は自分の片腕に手を添え、下を向いた。
「彼は…怖い人ってもう裏付けが取れているの。本当は私もお兄ちゃんも彼の正体を話したいけど、ダメなの。地下のルールだから」
柊の正体?本性とかって意味なんだろうか?地下のルールや文化はまだ俺にはよくわからないことだらけで常識さえもあやふやだ。地下の住民である要や楓ちゃんから見たら俺は赤ん坊も同然…いや赤ん坊は言いすぎかもせめて幼稚園児くらいがいいな。ともかく、きっと無知な子供と変わらないんだろう。
「…わかった。柊の事は注意して見るよ。二人きりになるのもなるべくは避けるし、今日の事も含めちゃんと要に伝える。今はそれでもいいか?俺も本当は友達疑うとか、あんましたくねえんだ」
俺の言葉を聞くと、楓ちゃんは黙ってしばらく俺の顔を見つめていた。目元が見えなくて、彼女が今どんな顔をしているのかは分からなかった。
「…分かった。私があとはどうこう言う問題じゃないよね。黄金くんの話を聞いたお兄ちゃんの判断に任せる」
椅子から立ち上がり、彼女は静かに玄関に向かう。
「この鍵、お兄ちゃんのだからもう帰らないと。お兄ちゃんそろそろ鍵を取りに家に寄るだろうから」
「あっ…そっか鍵…!ごめん…」
言われて彼女の鍵をまだ借りっぱなしにしていたことを思い出し慌てて玄関脇のキーホルダーにかかっていた、猫のストラップのついた鍵を掴んで手渡す。
「もう、ひとりで出かけることはしない。だからこれは返すよ、ずっと借りっぱなしでごめんな」
というか要はわざわざ鍵を預けてまで俺の様子を見に行ってもらったのか…要にも楓ちゃんにも面倒ばっかかけて、ただでさえ面倒体質なのに俺というやつは…!!
楓ちゃんは俺が差し出した鍵を見つめると、少し考えるように間を空けて首を横に振った。
「お兄ちゃんがあなたに貸したなら、私が取り上げる必要はないから。持ってて」
そう言うと彼女は玄関でしゃがみ大きなリボンがついた小さなハイヒールのショートブーツを履き、楓ちゃんは玄関の扉を開けた。
「でも、もしあなたがお兄ちゃんに酷いことしたら許さないから」
「と、友達にそんなことするつもり無いけど…肝に銘じます…」
彼女の重みのある声色に萎縮して答えると楓ちゃんはそのまま廊下を控えめにカツカツとヒールの音を鳴らしながら差っていった。
「こ…こえー…」
女の子に泣かれて怒られてという目まぐるしい体験を一度にしてしまった俺はなんだかドッと疲れた気分だった。というか女って怖い、マジで。
説教受けた直後なのもあったが、俺はもやもやといまいち晴れない気分のまま自室のベッドに倒れこんだ。
兄妹そろって「柊はダメだ」「アイツは危ない」って遠ざけようとする。俺が知らない何かをあの二人は知っていて、しかし地下のルールによって俺にそれを明かすことができない。
「いや疑問しか残らないじゃん」
しんと静まった天井に向かって呟く。窓の外は少しずつ明るくなり始めていて、昼に向けて地下全体の天井照明がぽつぽつと点灯し始めている。
結局貫徹してしまった…。だからと言って特に困ることは無いのだが。
もう折角だし要が帰ってくるまで起きていよう。楓ちゃんの口ぶりならきっともうすぐ帰ってくるだろう。
そう考えて俺はベッドの端に伏せておいた漫画の続きを読み始めた。
暫くすると玄関の方か鍵の開く小さな音がしたような気がして、俺は読んでいた漫画から目を離し耳を澄ました。そっとドアを開け閉めする僅かな音に俺は要が帰ってきたことを確信する。俺が寝ていると思って気を使っているのだろうか?俺はベッドから起き上がり廊下へと向かった。
「おかえり」
部屋から廊下を覗くようにして声をかけると、要はちょっと驚いたのかピクリと微かに身体を震わせてからこちらに視線を向けた。
「ただいま。随分と早起きだね」
「んー残念、夜更かしの方なんだなあ」
へらっと笑いながら答えると要は少しだけため息をついて「寝ないとダメだよ」と言った。
地上にいたころ、夜遅くまでガスマスクとガロウズで遊んでた時に、帰りたくねえなあなんて言ったときにも言われたっけ。なんか懐かしいなあ…。
要とよくコミュニケーションを取るようになってから、なんかこうしてガスマスクの事を懐かしがることも増えた気がする。
背格好が似てるからかな。それとも口調や雰囲気?…にしてもしっくりきすぎて、むしろ要がガスマスクだったとしても驚かねえなあなんて思う。
……………ん?もしかしてその可能性もなくはない?なんでいままでその可能性に至らなかったんだろう俺。
ギターケースを片付ける要の姿をじっと注意深く見つめる。そうだとおもって見てみると後ろ姿は完全にガスマスクっぽさがある気がする。
え?マジなの??え、マジだとしたら何で隠すの?これカマかけたらボロ出たりして。
「…ガスマスク元気?」
普通に知り合いの様子聞いたようにも取れる聞き方でそれとなくカマをかける。俺天才かもしれない…。
要はギターケースをウォークインクローゼットに押し込みながらこちらを見ないまま口を開く。
「うん、すっかり元気だよ。仕事に何の差支えも…」
そこまで言うと要の動きが止まる。
一瞬の沈黙が部屋に流れると、要は何も無かったように片付けを再開する。
「って彼が言ってたよ」
「え、なに今の間…」
あれ…?もしかしてマジで引っかかっちゃったんだろうか…。だとしたら頭よさそうに見えて実は抜けてるのか要。
「ねえ、なんで一瞬停止したの?」
平静を装っているのか、淡々と作業を続ける要に間髪いれずに追撃する。ウォークインクローゼットにはなんの箱か分からないが、よく見ると色々詰まっててなかなかギターケースが入らないらしい。こういうのは相手に考える暇を与えちゃいけないってマンガで読んだことある。
「止まってないよ。ギターケースが入らなくて悩んでただけだ」
「えー絶対止まったし視線こっち向いてた、怪しいぞ!隠し事か~?」
俺はさらに揺さぶりをかける。
要はチラとこちらを見て、何か言おうと口を開くが、返答がすぐに出ないのか視線をギターケースに戻す。心做しか泳いで見える彼の視線からは動揺が伺えた。
「そんなことないよ」
そう言いながら手元が狂ったのか、彼の手の中からギターケースが滑り落ちる。ものすごい音を立てて床に倒れた拍子にギターケースの留め具が外れ中身が床にぶちまけられる。
「あーあーこんな早朝からこんな音立てたら下の階の人に怒られ…」
俺は床に散らばった衣服とナイフに見慣れたガスマスクが混ざっていたのを見つけて唖然とする。
要もフリーズしていたがはっと床に伏せてガスマスクを隠した。
「要、それ…ガスマスクのだよね?」
要は俺の方を見ようとしないが、首を縦にも横にも振らない。困っているのがなんとなく伝わる。それはほとんど肯定しているようなものだ。
まさかとは思ったが本当に要がガスマスクだったのか。
「…お前だったの?始末屋に俺をここに連れてくるように頼んだ奴っていうのは」
楓ちゃんの話では俺は本来、地下の始末屋に殺されるはずだった所を要…もといガスマスクの依頼でここに来ることになったらしい。ガスマスクが殺されそうになってた俺を友達だからって助けてくれたと言うならなんもおかしな話ではないし、昔に君に助けられたって言う要の話もあながち嘘にはならない。
「…僕は誰にも頼んでないよ」
ガスマスクを拾い上げ、ナイフと衣服をギターケースの中にしまい込む。その服も、そのナイフもどちらも先日会ったガスマスクが身につけていたものだ。もはや正体について誤魔化すつもりはないようだったが、相変わらず彼の言葉は不明瞭で分かりずらい。
「頼んでない…?で、でも、俺の面倒見てたのも傍に置いておいたのも要がガスマスクだったから…なんだよな?だから俺が殺されないように地上から連れてきてくれたんだろ?」
ガスマスクが…要が頼んでないならなんで俺はここに来ることになったんだ?
たまたま殺されずに、たまたま誰にも見つからずに、たまたま知り合いのガスマスクの正体だった要のもとに連れてこられるなんてのんな偶然あるもんか。
でも、要の落ち着いた要の様子は、ただしらを切っているようにも見えない。
「…まだ話せないことなの?ガスマスク…」
静かな口調で問いかけると彼はこちらを見て小さくため息をつく。
もう一度ギターケースを開くと、要はそこにしまわれたナイフとガスマスクを取り出して立ち上がる。それを俺によく見得るように彼は俺に向き直り、随分と慣れた手つきでナイフを片手でクルクルと回して見せた。
「…もうここまで来たら、君は僕とまるで関係ない人とは言えないよね」
ガスマスクを顔に付ける。記憶の中の彼とぴったりと一致するその姿に喜びやら戸惑いやらの様々な感情に、これだという言葉が出てこない。
「君の殺害を依頼された始末屋は僕、ガスマスクだよ」
聞きなれた機械音声のような声だ。
「お前が…始末屋…?」
要がガスマスクなんじゃないかという事実にももちろん驚いた。しかし少なからず予想はしていただけあって、それよりも彼が始末屋…それも俺の殺しの依頼を受けた始末屋張本人だったという予想外の回答には頭が追い付かない。
「な、なんで…だってお前…始末屋だったら…俺を生かしておいちゃダメなのに…」
「そうだね。君が生きていると知られたら、僕ら一家が営む始末屋の『肉屋』の評判はガタ落ちだ」
そこまで言うと、要は再びガスマスクを外す。顔を上げた彼の表情は困ったようで、それでもどこか清々しさを感じるような、吹っ切れた笑顔だった。
「でも、殺せないんだ。友達だからかな」
要はナイフとガスマスク、床に散らばった衣服をギターケースの中に戻す。もう隠すのをやめたのか、クローゼットにしまわずに床に置いたままクローゼットの戸を閉めた。
「君が始末屋に狙われていたって話は誰から?楓?それとも柊くんかな」
「あ…えっと…楓ちゃん…要が見逃してくれるように始末屋に頼んだんだって聞いたんだけど。頼んだんじゃなくて…お前が見逃してくれたんだな」
「そっか。見逃したって言うほど、高尚なことはしていないけどね」
要はギターケースを床に放置したまま足音も立てずにリビングへと向かう。いつも気配を消すように歩くのは、寝ている俺への配慮なのかと思っていたが、単に彼のクセのようだった。
「…不思議だね。君に教えたくないことと、知られてはいけないことが全てバレてしまったのに、なんだか嬉しいような気すらするんだ」
彼はソファベッドに腰かけて、そのまま後ろへ倒れこむ。肺の中の空気を全て出し切るように深い嘆息をする。
要をすぐ側で見下ろす俺を、彼は口元に微かな笑みを浮かべたまま目線だけで見上げた。
「…友達が始末屋だったなんて、幻滅したかい?」
「ま、まあすげーびっくりしたかな。けど…それより要がガスマスクで要が助けてくれたのがなんだかうれしいかな。ずっとお前に会いたいと思ってたんだ。だから安心した」
眉間にしわを寄せ、困惑したような俺の顔が自然とほぐれて笑顔になるのを感じた。
正直、友達がこえー殺し屋だったなんてイマイチ実感は湧かなかったから、幻滅も恐怖も感じられなかっただけなのかもしれない。それでも、今の俺にとってはダチがすぐそばにいてずっと守っていてくれたってことへの喜びのほうがずっと大きかった。
「ごめんな…守ろうとしてたのに全然気づかないで、勝手に危険な目にあったりして…それと。ありがと、助けてくれて。ガスマ…いや要?この場合どっちのほうがお前は嬉しいのかな」
鳴れ親しんだ二つの呼び名に迷って俺が苦笑いすると、彼は「ガスマスクでも構わないけど、本名の方が嬉しい」と言う。
「じゃ…要」
彼の名前を呼ぶと要は少しだけ嬉しそうに目を細めた。
俺は見上げた彼の目線を外さないまま要を覗き込むようにしゃがんで目線を合わせる。
じっとこちらを見つめる要の顔は作り物みたいに綺麗な所為か、じっと見つめられると少し気恥ずかしいような感じだ。
よくよく考えてみると、要は俺の事好きなのかもしれないくて、要はガスマスクだったんだから、つまりあのガスマスクは俺の事好きかもしれないんだな…ますます人間関係がややこしくなったような、二人だと思っていた人物が一つになってすっきりしたような…いや、やっぱややこしいと思う。
ぼんやり要の顔を見つめたまま考えていると、要が不思議そうに首をかしげていてはっと我に返る。
「っと…そうだ!今日柊にも会ったんだ。家で一緒に映画見た…ごめん。楓ちゃんに柊と会ってるとこ見られちゃって、説教ついでにお前の話も聞いちゃったんだ…話してくれるまで待つって言ってたのに…それもごめん」
口を開けばなんだか俺は要に謝ることばかりで、自分って思ってるより友達不幸なんだなって思う。皆と仲良くなろうとすることがこんなに難しいとは…地上では仲良くなろうとする相手なんてガスマスク…要しかいなかったからわからなかったのかもしれない。
要は俺の言葉をソファベッドに寝転がったまま、考えるように口に手を当てる。
「…柊くんはまだ君に害を与えないんだね」
「まだって…なんでそんな危害を加える前提みたいな言い方…」
流石に柊がそこまで言われちゃ可愛そうだと思い、口を挟もうとするが要は俺の顔をじっと真面目な顔で見つめる。その様子は単なる嫉妬だとか私怨とはほど遠いものだと感じた俺は、言葉を止めて要の話の続きに耳を傾けた。
「柊くんは僕の仕事に関係ある人なんだ。正確には僕も先日、彼が関係者と知ったばかりと言うか。だから彼が君に危害をくわえる気があるのは分かっているし、なんなら君は1度すでに彼に危害を加えられているんだ」
ひっくり返ったまま、淡々と要は話す。
「え…仕事って…始末屋の?でも俺、柊になんかされた記憶ねえけど…え、もしかして俺を殺すように依頼した奴だったり…?それで生きてるのバレて殺しに来たってこと!?」
青い顔で頭を抱える俺に要は下から妙に淡々とした声色で「いや、それは違う」と冷静に言い放つ。ちょっとひとりで盛り上がってしまったような空気がいたたまれないじゃん…。
「黄金くんを殺すように依頼してきたのは君の両親だ。育ての親…って言うべきなのかな」
「えっ、あの二人が!?ただの一般サラリーマンとパート主婦がなんで殺し屋なんて知ってんだ?」
育ての両親と言えば、俺に聞こえるようにため息をついてみたり無視したり、普段から俺を良く思っていないのは知っていた。高い金払ってまで殺すほど邪険にしていたとは驚いたが…それよりも殺し屋に依頼できちゃうような連絡網をもっていたことのほうがびっくりだ。
「どういう経緯だったのか詳しくはわからないけど、人づての紹介だったみたいでね。直接僕の所に依頼がきたんだ。治療費、養育費、薬代…今後かかっていくお金の事を考えればって」
「なーるほど。つまり口減らし的な感じか。俺自身俺にかかってるお金がえげつないことはよーくわかってるつもりだよ。でもだからって殺すか普通!?恐ろしい奴と家族だったな俺は!!」
今こうして要に面倒見てもらっているおかげで、何不自由なくそれにのびのびと暮らしていれている所為か不思議とショックには思わない。むしろ事実を知ってしまえばここは天国だし俺はめちゃくちゃ運がいい。
「じゃあ柊は?もう危害を加えられたって…俺身に覚えがないんだが?つーか俺、柊の事なんか怒らせるようなことしちゃったかな…」
今日はなんだか妙な空気になってしまったが、結果としては友情を深めるいい機会だったと自負しているんだけどなあ…柊が俺に危害を加えようとする理由はいったい何なんだろうか。
「彼については…話したいけど、詳しく話せないんだ。僕ら始末屋でのマナー違反になってしまうからね。でも、恐らく君は柊くんに何もしてないと思うよ」
ムクリと起き上がり、要はベッドの上であぐらをかく。俯いて彼は目を逸らしてから、間を空けてから俺を見上げた。
「柊くんが恨んでいるのは僕だ。僕がそばに居るから君に危害をくわえるだけ。僕自身も逆恨みされているだけなんだけれど…危険な目に遭わせてしまってごめんね」
要の表情に大きな変化はなかったが、いつも囁くような小さな話し声がますます小さくて、彼が申し訳ない気持ちであるのは手に取るように分かった。
「いやあ俺はいいよ。それよりも辛いのは逆恨みされてるお前じゃん。事情も知らないで仲良くしろよなんて言って悪かったな…」
なんであんなに頑なに柊を拒むのかわからなかったとはいえ、そんな因縁つけられてる相手と飯食いに行ったり、留守中に家に上がられたりしたらそりゃあ心配だわな…いってくりゃよかったのに水臭いな。
「あと、なんか誤解あるなら俺が柊にお前は悪い奴じゃねえぞってわからせてやるよ!それに、アイツ根っからの悪い奴って訳じゃなさそうだし…なんか、仲良くなれそうな気がするんだ」
トントンと自分の胸をたたいて二っと笑って見せた。
要は少し眉間にしわを寄せる。その表情はただ嫌がっていると言うより、困惑に近いように見えた。
「にしても、逆恨みとはいえお前何やらかしたんだ?あんな温厚…では無いのかもしれないけど、柊を怒らせたんだろ?」
「いや…僕は何もしていないよ。実際、彼と直にコンタクトをとったのは君を介して食事をしたここ最近の間だけだ」
「ほんとか~?そんなんで逆恨みってさすがにそりゃねえだろ」
「正確に言えば、僕が柊くんに恨まれているのではなくて、柊くんの家系は僕らの家系に恨みがあるらしい。何故かその恨みは柊くんにも引き継がれてしまったみたいなんだ」
あぐらをかいたまま首を捻る要の隣に俺も腰を下ろす。少し話が長くなりそうだ。
要は帰る前に実家で風呂にでも入ったのか、いつもと違う香りがした。さわやかな石鹸みたいな匂いだった。
「何をそんな柊の家は恨んでんの?」
いくら要にとっては逆恨みだったとしても、世代を跨ぐ恨みってやべえだろ…親殺されたとかそういうレベルだったらどうしよう…それはさすがに恨まれても無理ねーよ。
「色恋らしいよ。僕の母を柊くんのお父さんが慕っていたけど、実らなかった」
「…ん?…そんだけ?」
「うん、それだけだよ」
はああああああああ?!それで世代またぐ程恨まれるの!?柊の父親ならまだしも、柊は全く個人的な恨みねえじゃん!
あんぐりと口を開けて驚いていると、要が首を傾げて俺を見る。
「…黄金くん?」
「あっ、わ、わりい…なんつーかあまりにも…恨みのレベルが低くて驚いてしまったっていうか…」
親の恋敵を、世代が変わっても恨み続けるって熱意はすげえけどなあ…要のかーちゃん男をそんなにしちゃうほど美人なのかな…男の要がこんなに綺麗な顔に生まれてきちゃうくらいだもんな…美人なんだろうな…。
「ま、まあでもそういうことなら柊とは多分和解できるんじゃねえ…?だって親の恋愛のいざこざをあいつが背負い続けたってあいつが損するだけじゃね?」
「そう…なのかな。和解できるなら僕もそうしたいけど」
俺の言葉に要はついていないテレビをぼんやりと眺めながら答えた。
「にしても、恋愛ってそんなに人をおかしくされるもんかな?好きで好きでどうしようもなくなる気持ちとか、嫉妬したり独り占めしないと気がすまなかったりとか。そういうふうに感じたことってまだねえや」
好きな女の子がいた事はもちろんあったけど、話しかけるとドキドキしてテンパっちまうとか、バレンタインにチョコ貰えなくてちょっと凹んだりとかそんなもんだった。嫉妬とか独り占めとか考えるほど深い仲になれたわけでもなかったし…。
「彼女とかいた事ねえし」と俺が要に少しおどけたように笑うと要も「僕も」と微かに微笑んで肩を竦めた。
「僕は友達がいなかったし、両親の話を聞いたら恋愛なんて尚更ごめんだと思ってしまって。痴情のもつれで恨まれるなんて、程度の低い話だと感じたよ」
「あ、要もそういうこと思うんだ…なんかちょっと安心したかも」
思わず漏れた本音に要は口元に手を当ててクスクスと笑う。ガスマスクの時は大概表情が見えなくて感情が読み取れなかったし、要として知り合ってからは嘘だらけで機械的に感じていたが、こうして何の壁もなく話すと人間らしいところがちらほらと見えてくる。始末屋やってるとか、地下の人だとか、そんなキーワードばかり聞いていると遠い人のように感じるが、言うて俺と変わらないのだなとしみじみと思う。
「両親の場合は多分、恋愛だけの話ではなかったんだと思うよ」
彼はあぐらをかいたまま背もたれによりかかる。話す順番を考えているのか、視線はテレビにおいたままだ。
「僕の母な優秀な掃除屋でね」
「え、清掃の人?」
「あっ、そうじゃなくて…情報関係者で人の存在を消したり、事件の痕跡を消す人かな。始末屋は肉体的で、掃除屋は社会的な死を運ぶと表現したらいいかな」
社会的な死!?つまり存在を抹消したり、偽装したりってことだ?俺の死を偽装したのもその掃除屋ってやつなんだろうか、よくよく考えてみれば恐ろしい話だ。
「昔の父は腕こそあれど、知名度がなくてね。始末屋なんて聞いたら、君は狭き門のように感じるかもしれないけど、地上の漫画家みたいにたくさんプロがいるけど生計を立てられるのは一握りみたいな世界なんだ。だから、ちゃんと売り込んでセールスする必要もあるんだ」
「地上の漫画家並に殺し屋がいる地下やばくね…?」
「大丈夫だよ、みんな副業みたいな感じで本格的にやる人は少ないから」
いやいやそういう問題じゃねえよ…そんな漫画描くノリで「殺し屋やっちゃおうかな!」ってなる世界がやべえよ。
改めて感じる地下の異世界っぷりに唖然としている俺に気づいた要が話を戻す。
「話が脱線しちゃったね。だから、有名な掃除屋と結婚って形でコネクションを作るのは凄い宣伝材料になるんだ。柊くんの父親も当時は僕の父親と同じで知名度がなかった」
要は両手を出して、それぞれの人差し指を立てる。
「僕の父と彼の父親は幼なじみで、2人とも僕の母が好きだった。どちらも腕の立つ始末屋の男だ。母と結婚するのは、好きな人を手に入れながらにして今後の人生の成功を意味する」
そこまで話すと、要は人差し指同士をくっつける。
「母は父を選んだ」
片手を開き、人差し指だけの手を離すと、要は少し息をついた。
「父には子供が2人生まれ、好きな人も名声も財力も手に入れた。一方で柊くんのお父さんはどうだろう」
痴情のもつれなんて逆恨みも良いところだが、確かに柊の父親からしたら羨ましいことこの上ない話だろう。妬む気持ちはまあわからんでもないが…。
「好きな人もとられて、成功への近道も失った。なんなら友達であったはずの幼なじみさえも。彼は結婚せずに養子を引き取ったそうだ。それから自分1人の力で財力を成したんだ」
「そっか…じゃあ柊のとーちゃんは里親で、母親は居ないのか」
育ててもらった恩とか信頼とかがあるのかないのか…あいつの家庭の事情まではわからないが、恨みを背負わされた柊の事を考えるとなんだか切ない話だ。
「やっぱり、そんな恨みを継がされてんなら何とかしてやりてえな俺。要は?」
要を見つめると、彼はややしばらく間を空けて口を開く。
「…僕に秘密で先に会ったりしない?」
「し、しない!悪かったって!」
俺の返答を聞くと、彼はじっと俺を物言いたげな目で見つめてから深いため息をついた。
「…わかった。君が今日、襲われなかったことを信じて3人で話そう。日時をセッティングするよ」
「まじか!!サンキュー!!やっぱ要はガスマスクでいいやつだ!」
ガスマスク…要とガロウズでよくしていたように、彼の肩を強めにバシバシと叩いた。
その様子に要は少し驚いたように目を丸くしたが、懐かしい気持ちは一緒なのか彼の口元も弧を描いていた。
「今日は仕事上がりで疲れているから日を改めたいな。いつがいいかな」
スケジュールを確認しているのか腕時計に彼は目を落とす。そういや、要って今帰ってきたばっかりだったし俺も徹夜した後だった。
「あ、ああ!そうだよな、ごめんな仕事帰りに」
「大丈夫だよ。今週の金曜日…4日後とかはどうかな」
少し眠そうな要を横目に俺はバッと立ち上がり彼が横になれるスペースを開ける。
「うん!いいよ!俺いつも暇だし…それよりもう休んどけってな!」
要の肩をつかんで押し倒すようにソファベッドに寝かしつける。
されるがままに要は横になるが、離れようとする俺の腕を掴んで離さない。
「ん?どした?」
「いや…その… 」
目元を眠たそうに細め、彼は言葉を探すように沈黙する。
「なんだか寝るのが勿体なくて。眠いし、寝るべきなんだけど…もっと一緒にいたいというか…」
「なんだそりゃ、さびしんぼか?」
それはなんだか夜眠るのを寂しがる子供のようでなんだか少し可愛く見える。
「じゃあ要が寝るまでここにいてやるか、それで寝れそう?」
腕をつかんだままの要の手を取り、握ったままソファベッドの傍らに腰を下ろした。
彼の長く艶のある黒い髪が頭から枕の曲線に沿って流れているのがとても綺麗だなんて思って、俺は思わず空いた方の手で要の髪に触れ、そのまま吸い寄せられるように彼の頭をなぞるように撫でた。
要は静かに目を閉じる。握った要の手が優しく握り返してきた。
「なんだか、ようやくちゃんと君と話せた気がして。でも、もしこれが夢だったりしたらどうしようなんて、柄にもないことを考えると不安になってしまうんだ」
目を閉じた要のまつ毛は少女漫画かよってくらい長くて、一瞬女の子に見えて少し焦るくらいだ。
「本当は君がご家族から命を狙われていた話もしたくなかったし、僕が始末屋だってことも出来れば伏せておきたかったのに、こうやって何も隠さずに黄金くんと話せるのが嬉しくなってしまう。僕は薄情だね」
「そうなん?まあ、両親の事はびっくりしたけどさ。俺は要とますます気の置けない友人になれたのも、親友のガスマスクがこんなに近くにいたことがわかったのもすげー嬉しかったよ」
要がこんなに自分の気持ちや考えていることをペラペラ話すのなんて初めてな気がする。地上で関りがあったころから秘密にしないといけないことが多かったんだろうな。隠さなきゃいけないことが無くなって安心したのか吹っ切れたのか、今の彼は今までで一番人間らしく見えた。
「そう言ってくれると救われるよ」
「へへっ、どーいたしまして」
指通りのいい要の髪をサラサラと撫でているうちに俺のまぶたは段々と重みを増してくる。
そのまましばらく会話もなくただただ彼の頭を撫でていた。ぼんやりする頭でそろそろ俺もベッドに行こうとか、でも立ち上がるのちょっと面倒だなとか思っているうちに俺の意識は、眠りへと向いていった。
要と四月一日と3人で飯を食いに行った日から2日がたった。
要は予定通り今日から仕事に復帰だ。
「無茶すんなよー?久しぶりなんだからさ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
玄関に座り、ブーツの紐を結ぶ要の頭をぽんぽんと触りながら声をかけた。
大きなギターケースを背負い直しながら立ち上がる要はどこか嬉しそうに見える。
「じゃあ、行ってくるよ。留守番よろしくね」
「おう、いってらー」
軽く手を振りながら緩い返事を返すと、ドアの取っ手に手をかけた要はそのまま少し振り返り俺をじっと見つめてきた。
「ん?忘れもん?」
「人が訪ねてきても、出なくていいから。柊くんとか…」
「知ってる人ならよくねー?」
表情も口調も変わらないが、要は首をふるふると静かに横に振った。
相変わらず要は四月一日のことを信用していない…のもあるのかもしれないが…。
「楓なら構わないけど、彼は信用できないよ」
「2人だけで出かけたりはしねえって、な?」
「そういう問題ではないんだけど…」
要はそこまで言うが、話しづらいのか目を伏せて黙ってしまった。
疑り深いのがまあ性格だとしてもだ。
俺の事マジで好いてるんだとしたら、そりゃあ面白くないだろうよ。
目の前であんなキスだのハグだのされちゃあな…俺だってびっくりしたわ。
さすがに四月一日は俺に対して恋愛的な感情なんて持ってないんだろうけど。
気分的には、俺は人生最大のモテ期を迎えてしまったかのようだ。
しかしまあ…相手が男ばかりなのがなんとも笑えない。俺は普通に女の子が好きなんだ…。
四月一日はともかく、要いい奴だし友達としては好きだ。だから断るのも心が痛え…告られてもないけどさ。
「っと…そんなことより、ほらぼーっとしてると仕事遅刻しちまうぞ」
頭の中で一人、自問自答をする俺に訝しげな目を向ける要の肩を軽く小突いて声をかける。
「うん、じゃあ行ってくるね。3時には帰って来るよ」
「お前の超特急なのかもしれないけど、3時じゃさすがにもう寝てるっての」
笑いながら手を振ってドアをくぐる彼の背中を見送る。
閉じたドアからガチャリとロックの音がするのを聞いて俺も回れ右をして部屋に向かった。
ちらりと時計に目をやると時刻は11時を少し過ぎた頃だ。地上で高校に行っていたときはそろそろ寝る支度を始めるころだったが今となっては早起きする用事もないし、早く起きたところで夜遅い要は昼近くまで寝ているので彼に合わせて夜型になりつつある。
「まだ寝るにはちょっとはえーしな…映画でも見っか」
ここが地下であることが明かされてから、要は前より沢山の漫画やDVDを持ってきてくれるようになった。地上で流通している創作物に地上の世界観をベースにした作品があるように、地下で流通している創作物には地下の世界観がベースになっているものがある。そこから俺が秘密に気づくことを懸念して避けていたらしい。
「黄金くんの好みに合うものがあれば良いけど」なんて言ってどっさり用意された山から興味を引くものを探す。
地上じゃ聞いたこともないアニメ映画やアクション映画など、幅広いジャンルが取りそろっている。
「こりゃ暫くは暇しなくて済むなあ」
アメコミヒーローを思わせる派手なパッケージのDVDケースを手に取りあらすじに目を通す。
冴えない大学生活をおくる主人公がひょんなことからスーパーパワーを手に入れて、金や権力を欲しいままに地下世界の帝王になりあがる話らしい。
力を手に入れた男が正体を隠して人を助けたり、気になるマドンナと急接近するとかではなく成りあがるというところに既に文化の違いってやつを感じる。
地下では強くて優しい皆のヒーローよりも、弱者を切り捨て他の追随を許さない絶対的な力ってものがウケるようだ。
ケースからDVDを取り出しテレビに入れようと立ち上がった時、ピンポーンとチャイムの音が鳴り響く。
「ん?誰だろ、楓ちゃんかな?」
要には出なくていいとは言われているが、念のためインターホンのモニタを確認してみる。
画面には四月一日が見慣れた笑顔でカメラを覗きこむように、少し身をかがめこちらに手を振っていた。
「まじか…どうしよ」
要からは特に四月一日と二人きりになるなと釘を刺されている。
四月一日に非はないのだが、それはまるで女友達と遊ぶことを嫌がる彼女のように不機嫌そうに…いや彼女も女友達もいたことないからわからないけど例えるならそんな感じだろう。
要を責めるつもりはないのだが、いわば単なる嫉妬であるからして…俺が友情を捨てるだけの理由にはしがたいのが本音だ。
モニターに視線を戻すと四月一日は留守なのかなと不思議がるように首をかしげて応答を待っている。
俺は少し悩んでからインターホンの応答ボタンに手を伸ばした。
「わ、わりトイレいってて…」
「お!黄金くんいて良かった~!誰もいなかったら、ちょっと恥ずかしいと思ってた!」
画面の中で四月一日は照れたように後ろ頭をかく。そこから先の言葉の先は想像通りだった。
「今日は要くんお仕事でしょ?また2人であそぼーよ!」
「あー…まあ仕事ちゃ仕事だけども…」
そこまで言って、俺はふと違和感に気づく。
「あれ?でもそれって要から聞いたの?」
要にしては珍しく顔をしかめるほど四月一日を信用していないだとか言いながら、易々と仕事の予定なんか伝えたりするだろうか?
「うん、メッセージアプリで話したときにそう言ってたよ?要くんいないなら黄金くん暇してるかなーって思って!」
四月一日とやり取りしたなんて一言も言ってなかったのに、いつの間にそんな話してたなんて…なんだかんだ言ってちゃんと友達やってるのでは?
「そっか…んー…じゃあまあ、あがりなよ」
解錠ボタンを押して彼を建物内へと招き入れる。暫くすると部屋の前までついたらしく再度チャイムの音が響いた。
「うい、いらっしゃい」
「おじゃましまーす!」
俺は無邪気にはいってきた四月一日の腕をつかんで呼び止める。
「要が戻るまでに帰るんだぞ、2時までだかんな」
「え、どうして?」
「勝手に部屋あげちゃ駄目だって言われてんだ、アイツ心配性だから…」
要が俺の事好きだからヤキモチ妬いて二人で会うなって言った…とは言いづらいし、要の尊厳にかかわるので適当に濁して伝える。
四月一日は少し考えるように口元に手を当てて、視線だけ上に投げた。
「…もしかして、やっぱり要くんって黄金くんのこと好きなの?」
「は!?えっ!?」
「それとも黄金くんが自分の所有物だから嫌なのかな…ま、とりあえず早めに帰るね!」
ポイポイと靴を脱ぎ捨てると、彼はリビングまで入って行く。
「い、いや俺別に犬ってわけでもないんだけど…」
四月一日の後を追うように俺もリビングに向かいながら訂正を加える。
「え、そうなの?」
「なんか犬でもなければ、人でもなくて…そもそも地下の住民ですらないというか…ってこれよそに言うなよ!?なんか不法入国的な扱いになってるって言ってたから、俺下手したら捕まっちゃうからな!?」
俺の言葉を聞いて四月一日は驚いたように目を見開いたが、彼は沈黙を置いてから微笑んだ。
「そうなんだ~!犬じゃなくて良かったね!今のとこ弊害もないし、大丈夫なんじゃないかな」
「そ、そっか…!」
「今のとこは、ね」
安心しかけた俺に四月一日は意味深に言葉を付け加える。
「あ!ねえねえ!映画見よ!これ!」
どういう意味か聞き返そうとしたが、先に四月一日はリビングのテレビ台の前にしゃがんで収納されたDVDの背表紙に四月一日が黄色い声を上げた。
彼が取り出したDVDのパッケージは、真っ白な床に散らばる潰れたトマトを背景に下を向いて立つ2人組の若い男性。彼らもまた真っ白な服と手袋に身を包んでいて、ジャンルがよく分からないがコメディには見えない。
「ヒラリアスゲーム?あー、なんか聞いた事あるような…」
まじまじとパッケージのタイトルを読み上げて俺は首を傾げた。そういや、ガスマスクと友達になって間もなかった時に好きな映画を聞いたら返ってきたタイトルだったような。確か「ホラーなのにあんまり怖くないのが残念」って言ってた。
え、じゃあなんで好きな映画に入れたんだろ、アイツ。
「サスペンスホラー映画ってやつかな!ちょっと前のやつなんだけど、地上でちょっと流行ってて気になってたんだよねー!黄金くんホラーダメな人?」
床に膝をついたまま四月一日が口元に笑みを称えたまま俺を見上げる。
「いや?そんなに苦手って感じでもないけどー…むしろお前のほうがひっくり返りそうだな?平気かよ」
彼のほわほわとした雰囲気の所為か、血や暴力なんてもの見せようもんなら真っ青になって気絶してしまうんじゃないかとすら思う。俺は四月一日を肘でつつきながらおちょくるような口調で笑って見せると、彼は得意げに人差し指を左右に振った。
「舐めてもらっちゃ困るな~?俺こう見えて映画通だから何でも見るよ。コメディ、ラブロマンス、スプラッタにオカルト何でもござれ!」
意気揚々と彼はそのDVDをパッケージから取り出し、再生機器に差し込む。
まあ、そうは言ってもガスマスクがあまり怖くなかったと肩透かしを食らうような映画だ。それほど怖くないんだろう。
映画が始まると、幸せそうな一家の隣に住む白い服の男性2人が「トマトが足りないから」と一家にトマトを分けてもらいに来る。いかにもサスペンスという感じの始まりだ。
男たちは何度もトマトを貰っては落としてを繰り返し、一家の主人がキレて隣人を殴ってからが正直地獄だった。
「なんで殴っちゃったかなあ…」
始まってから30分も経つと、俺は目を両手で覆って指の隙間から映画を鑑賞していた。
一家の主人が隣人を殴ったことで、隣人も逆ギレしてバットで主人の足の骨がめちゃくちゃになるまで殴りつけて監禁し、一家蹂躙が始まっていた。
隣人たちは家族の前で婦人を性的に陵辱するわ、子供を早々に殺すわのやりたい放題だ。主人に至ってはもう早く殺してやってくれという気持ちになる程の暴力祭り。
何度か逆襲のチャンスはあったのだが、状況が全て隣人に味方する。なんだこれ、理不尽すぎる。
不条理な展開に悲しいんだか腹立つんだかで震えている俺の隣で、四月一日はソファの肘掛けにもたれて映画を見ていた。
「ちょー胸糞展開なんですけどー」
四月一日がダルそうに発した言葉に俺は小刻みに頷く。ホント、こりゃひでえよな?最後の最後にどんでん返しが来てくれるんだろうか…にしても既に子供殺されてるしどう描いてもハッピーエンドは望めそうにないだろうな…。
一家は理不尽な暴力に屈することなく抵抗を続け、ついに婦人が隣人の1人をショットガンで撃ち殺す。やったぜと思わず俺はガッツポーズを決めたが、隣人がリモコンで巻き戻しボタンを押した途端、何故か時間が巻き戻って隣人が蘇る超展開を見せる。は?なにこれ、ファンタジー要素あったの?
結局、一家の抵抗虚しく婦人も再び捕まり、見ていられないような暴力と陵辱の限りを尽くされ、映画の終わりに一家は全滅してしまう。隣人が別の家にまたトマトを貰いに行くシーンで終了。なんの救いもなかった。
「うわー悪趣味。なんでこれ流行ったんだろ」
エンドロールを見ながら四月一日が苦笑いする。
「ほんとなあ…救いも無かったしちょっと映像リアルすぎて怖かったよ」
少しげっそりとした頭を冷やすように飲みかけの麦茶を一気に飲み干す。
最近映画を見ることが増えたせいか、以前よりも制作側のメッセージ性だとか教訓だとかを考えてみるのも楽しいとおもっていたのだが…理不尽と胸糞を詰め込んだようなこの映画の制作意図は俺には理解できなさそうだった。
「この映画の伝えたかったことってアレかな…苛立っても絶対に手を出しちゃいけないとか、暴力はろくでもないとかそういうことなんかね…」
苦笑いを浮かべながら素直な感想を言うと四月一日はエンドロールを眺めながらソファの肘掛けに頬杖をつく。
「どうだろう。でも、地上にも暴力が好きな人は一定数いるから、エンターテインメントなんじゃないかな。地下の人の要くんが持ってるのは、逆に納得かも」
「俺は暴力とか嫌いだけどね!」と彼は付け加えると、俺の方を見て困ったように笑った。
「エンターテイメントにするなら、最後はスッっとする大逆転とかあればいいのになあ…?俺のちょっと変わり者って感じの友達はこの映画好きだって言ってたけど、要もこういうの好きだったりすんのかな…ちょっと意外」
ガスマスクはまあ変わった奴だ。あとサバゲーとか血糊で臨場感出してみちゃうようなやつだし今更驚くことでもないが、要がこういう暴力的で救いのないような話を好むのだろうか。
「そのお友達は分からないけど、要くんは地下の人でしょ?地下の人なら暴力とか抵抗ないだろうし、そういうの見てもなにも感じないんじゃない?」
四月一日はソファの背もたれに寄りかかると、大きな欠伸をする。
地下の人だからってみんながみんなそうだと決めつけるのも理不尽な気がするが…というより四月一日だって本当は地下の人間なんじゃないのか…?
そう突っ込みたい気持ちはあったが、一応俺は彼の嘘に気づいていないことになっているので滅多なことは言えない。
「ま、まあ…人の趣味なんてそれぞれでもいいと思うよ。別に人に迷惑かけるもんでもないし」
俺が少し苦い笑顔で答えると四月一日は眉間にしわを寄せる。
「…無害ならいいけど、そうとも限らないんじゃないかなあ」
彼の視線は流れ続けるスタッフロールに向けられたままだったが、声はいつもより低くて妙に恐怖心を掻き立てられた。
「そうとも限らない…って?」
「人の性癖は分からないよ。地下なら尚更ね」
四月一日はまだ要と知り合って日が浅いだろうに、その口ぶりは確信に近いニュアンスを含んでいるように聞こえた。しかし、もし顔なじみだったのなら要はあんなに警戒する必要もないし、本当にアブナイ奴ならもっとはっきり拒絶するはず。だから恐らくは俺の考えすぎだろう。
「そんななんでもかんでも地下の人だからって危ない奴とは言い切れないだろ?産まれなんて選べるもんでもねえし…要だって四月一日だってこんな俺に親切し…あっ…」
途中まで口を走らせてはっとする。今俺、四月一日のこと地下の人って呼んだくね?え、誤魔化せる?ワンチャン気づいてないとか?
俺は口を手で押さえたままぎこちない動きで首を回して四月一日を見る。
誤魔化せそうならそのままスルーできないかという俺の淡い期待は虚しく、彼は怪訝そうな顔でこちらを見つめている。これ誤魔化したら逆にきな臭くなりそ…。
物言いたげな表情で俺を見つめる彼に俺は恐る恐る言葉を続けた。
「あ…いや、えっと…ごめん…要にお前とどういう友達なのかって聞かれてさ、お前が地上の人だったとか飼い主から脱げてきて頑張ってるやつなんだよって話したんだ。そしたら飼い主から逃げた犬が人としての暮らすのはあり得ない、不可能だって…」
彼はただ黙って、今までに見た事のないような冷たい目で俺を眺めていた。あんなによく喋る彼がこんなにも静かなのが怖い。
「お前になんか嘘つくだけの理由とか事情とかあったのはわかるんだ!だから気づいてないふりしてて…ほんとゴメン!でも嘘つかれてたことは別に怒ってねえし、本当の事追及しようとも思ってないからさ…今まで通りダチでいてくれねえかな…?」
下げた頭の上で手を合わせて頼むと四月一日は小さくため息を吐いた。
「君は、要くんが俺を怪しいと言うのに家にあげたわけ?」
「えっ、だってダチだし…」
「頭お花畑だね~」
四月一日はソファに寄りかかり、失笑する。映画のスタッフロールが終わり、部屋にDVDのキャプチャー画面が映し出された。物々しい音楽が部屋に無限リピートされる。
「そうだよ。俺は地下出身で、地上のことは調べて知ってただけ。要くんは正しいし、君は俺を警戒するべき存在だ」
彼は目を細めて笑う。その笑顔は柔らかいものなのに、瞳に光がなくて少し恐ろしく見えた。
「それでも黄金くんはこれからも俺と友達でいてくれる?君に接触した理由も事情も聞かないで、これからも普通に接してくれるの?」
「ああ。俺から聞き出したりはしねえ、四月一日が話したくなったらでいい。だからこれからも仲良くしてくれよな、柊」
彼を下の名前で呼ぶのは初めてだし、こんな状況で気持ち悪く思われないかちょっと心配だが、俺は思い切って笑顔を作り手を差し出した。
柊はまた怪訝そうに眉をひそめたが、彼は俺の手を取った。
「…君ってお人好しって言われない?地上なら大丈夫だろうけど、その調子で地下の人間と接したら食い物にされるよ?」
「地上ではよく言われてたよ、でも要と柊は優しいだろ?」
柔らかくてふわふわした四月一日から、少し皮肉っぽさのある柊に変わったようなそんな気分だった。それはどちらかというともっと本音で付き合える気さくな友人になったような、そんな安心感を感じさせた。
「これで俺たちアレだな、気の『置けない』友人だな?」
「気の『置ける』じゃねえぞ」と付け加えると柊はフッと鼻で笑ったが、それは俺を馬鹿にしているというよりも、苦笑に近いように見えた。
「まあ、黄金くんがそれでいいなら、それでいいよ。これからも仲良くやろ」
柊はリモコンでテレビ画面を消すと、DVDをテレビ台に収納された再生機から取り出そうとまた四つん這いになる。
「要くんの話だけど、性癖の話は本当だから」
再生機からディスクを取り出し、彼はそれをDVDケースにしまう。
「え、暴力が?てかなんでそんな事知って…」
俺の言葉を遮るように柊は「事情は聞かないんでしょ?」とニヤリと笑った。
「お前秘密が潔いな…でも要がそんな趣味あるなんて…というより性癖が本当だとして俺にはあんま関係ないんじゃ…?」
いやまあ無いとは言い切れないよ?俺見て発情しちゃうような奴だもんね?暴力が性癖なら好きな子のこと殴りたくなっちゃってもおかしくないもんね?
けど柊は要が俺にそんな興味を持ってるだなんて知らないじゃん?男同士だもん予想もしないよね…?…そうでもない??わかんねえ!けど聞けねえ!!!なんだこれ!モヤモヤする!!
乾いた笑いを漏らしながらやんわりと反論する俺に柊は肩を竦めて首を傾げた。
「ま、今のところ大丈夫なんだから、まだ平気なんじゃない?俺も要くんと仲良しってわけじゃないしさ」
そこまで言うと、柊はボソボソと「むしろその真逆か」と呟いた。
「真逆…?」
「んー、なんでもない!今日はそろそろ帰るよ」
柊に言われて時計に目を向けると時刻は二時を少し過ぎたころだった。
「うわっ、いつの間にこんな時間かよ!」
玄関に向かう柊をどたばたと追いかけるように俺もソファから立ち上がる。
「夜遅いから気を付けて帰れよ?地下って殺し屋とかいるんだろ?寄り道しないでまっすぐ帰るんだぞ!!」
「黄金くんより地下には詳しいから大丈夫だよ~。あと、俺こう見えて喧嘩強いしさ」
靴を履いて立ち上がると、彼は細い二の腕を俺に叩いて見せる。とてもじゃないが、あまり強そうには見えなくて逆に心配だ。
「じゃあ、またね~」
柊はひらひらと手を振ってドアを開けると、ドアの向こうから驚いたような女の子の声が聞こえた。
「あれ?楓ちゃん?」
ドアを開けたまま柊が声を上げる。彼が身体を横に寄せると、確かに玄関の前には楓ちゃんが立っていた。
小さく会釈する彼女に柊も簡単に会釈を返し、少し迷うように俺と楓ちゃんを交互に見たが、彼女の脇を通って外へ出た。
「じゃ、また」
「おー…」
柊に手を振り返してなんとなく、彼の姿が見えなくなるまでそのまま立ち尽くしてからゆっくり楓ちゃんに目を向ける。楓ちゃん、前に柊の事家にあげようとしたら反対してたしな…なんか言い訳した方がいいのかなこれ…でも逆に怪しいやつ…。
「えーっと…要いま仕事出てるけど…」
兄の要とよく似て読めない表情が、目が隠れるほどの長い前髪の所為でますますわからない。
ただ、今日の灰色のコルセットがついたワンピース姿がめちゃくちゃ可愛いなってことはわかった。
楓ちゃんは柊の後ろ姿を見ていたのか、遠くに向けていた目を俺に向ける。髪の隙間から要と同じ深い紫の瞳が覗く。
その目はやはり怒りを含んでいるようだった。
「彼を家に上げていたの?」
「うっ…いや、あの…」
「お兄ちゃんが彼を家に上げていいって言うわけないよね。なんでそんなことするの?」
彼女は手に持っていたビニール袋を俺の胸に押し付ける。中から甘い香りがした。
「お兄ちゃんから、変な人が寄り付いていないか様子を見てって言われて来たの。でも、あなたから招き入れちゃうなんて」
「なんでそんな…警戒しすぎだって。アイツは悪い奴なんかじゃ…」
「あの人は危ないの!」
突然、楓ちゃんが声を張り上げた。甲高い彼女の声が空に響く。俺は思わず周囲を見回すが、地上と違って夜中でも賑やかな街の喧騒に彼女の声がかき消されたようで胸を撫で下ろす。
楓ちゃんに視線を戻すと、彼女の肩は小刻みに震えていて、ポタポタと頬を伝う涙が地面に落ちていく。
もしかしなくても泣いておられる…?
異性とまともに関わってこなかった人生の俺。突然の女の子の涙に頭は真っ白で口はあんぐり、目は真ん丸だ。
「えっ!?なっ、なん…ごめん!?」
「お兄ちゃんはあなたを守ろうとしてるのに、なんで言うこと聞いてくれないの…」
震える声でそう言うと、彼女は細い手で涙を拭う。拭っても拭ってもそれは止まらない。本格的に泣かせてしまったようだ。
こういうときって背中とか擦ってあげた方がいいんだろうか…でも泣かせたの絶対俺だしな…第一セクハラになりかねないじゃんねそれ…!
行き場に迷った両手をあわあわと伸ばしたり引っ込めたりしてから俺はあわてて彼女に声をかける。
「え、えっと…とりあえず…俺が言うのもなんだけど…あがって話そう…?ほら、ティッシュとか…いるかなって…な?」
何言ってんだ俺は???でも共用廊下のど真ん中で女の子泣かせ続けてケロッとしてられるほど手慣れてないんだ俺は…許してくれよ…!!
流石に彼女に触れる勇気はなかったので玄関ドアを開いて促すと、楓ちゃんは涙を拭いながら俯いて家にあがった。
リビングのテーブルに楓ちゃんを座らせると、俺も彼女から受け取ったビニール袋をテーブルの上に置いた。
「…ブルーベリーデニッシュ?」
美味しそうな香りだが、前に要がもらって来た菓子パンを食べてぶっ倒れたので、俺が食べれる物ではないだろう。
そう思ったが、俺の正面に座った楓ちゃんが鼻をすすりながら呟く。
「…あなたも食べられるデニッシュだよ」
「えっ」
もしや楓ちゃんのお手製…?俺のために?俺のためになの??
「お兄ちゃんがアレルギー持ちの友達にもあげたいからって…お母さんが作ったけど、あなたのアレルギー物質は入ってないよ」
あっ、そうだよね!要たちのお母さんのだよね!口に出さなくてよかった。
泣かせた上に勘違いヤローとか自分でさえも救いきれねえよ!!
それでも、アレルギーを持った俺のためにわざわざ作ってくれたという事実が嬉しかったし、顔も見たことのない要たちの母親に自分の産みの親の姿をなんとなく重ねてしまう。
ビニール袋から取り出すと、さすがに真夜中なのでデニッシュ自体は冷めているが、いかにも手馴れた人が作ったという感じで売り物のように綺麗だ。要が作るアップルパイもめちゃくちゃ美味かったが、こっちは菓子パンのプロが作ったみたいでますます美味そうだ。
「取り乱してごめんなさい」
少し落ちていてきたのか、楓ちゃんはそう言うと顔を上げる。声色は泣き出す前のものに戻っていた。
「黄金くんだって何も聞いてないんだから、分かるわけないよね」
「あ、いや…ダメだって言われてたのは確かだし…ほんと…スミマセン…」
美味しそうなデニッシュに気を取られていたが、彼女の言葉に自身の置かれた状況を思い出す俺。にしても兄弟そろってなんでそんなに柊の事を嫌うんだろう…。
あいつほんとイイヤツなのにな…。
「黄金くんは地上では死んだことになってるから、お兄ちゃんの家以外に居場所がないから仕方ないって分かってるの」
いやいや、仕方ないとかそういう…は??
「ん、ごめん今なんて?」
俺が?死んだの?いや生きてるけど??地上では死んだってどういうことなの?地下世界はあの世だった…?でもそれだと「ことになってる」って表現はちょっと変だよな?
「もしかして、お兄ちゃんはそんなとこまで秘密にしてるの?」
楓ちゃんは驚いたような呆れたような、どちらとも取れるニュアンスの口調で言う。髪の隙間から覗く彼女の目は珍しく丸くなっていた。
「…もう私から話しちゃうけど、黄金くんは地上で殺されるはずだったの。でも、色々あってあなたは死ななかったからここに来たんだよ」
「殺されるはずだったって…俺そんな人に恨まれたり重要機密握ってる覚えはねえけど…」
たしかに万人に好かれるような人生おくっていた訳じゃないけど、それでも殺されるほどの恨みを作るようなことだってした覚えはない。
「てか…なんでそれで地下に来ることに…?」
「それは…お兄ちゃんがあなたを助けたいって、言うから…」
楓ちゃんは急に歯切れ悪く口ごもる。地下の人たちって話せない話題多すぎない?もうだいぶ慣れたけど。
「あなたは地上では行方不明扱いになっていて、警察は殺人も視野に入れて調査してる。今なら帰れないこともないけど…それはおすすめしない」
「えっ、なんで!事件じゃん!?」
そんな大事になっているなんて露ほどにも思っていなかった。行方不明で捜索されてるんなら早いとこ元気な顔見せに行かないとダメじゃないのか!?
しかし彼女は落ち着いた様子で首を横に振り答えた。
「あなたの死は始末屋に依頼されたものなの。地上に帰れば、あなたを見逃した始末屋の名前に泥を塗るし、あなたの殺害を依頼した人から再び命を狙われるはずだよ」
「始末屋って殺し屋さんだろ?依頼って…誰がそんな…」
自分が命を狙われるなんて、中二の頃自分の事を機密組織から逃げたした能力者だと思っていた時以来だ。…いやまあ実際にはそんな妄想をしたくらいで本当に狙われるだなんてはこれっぽちも思っていなかった。
しかし、俺を殺してほしいって依頼した側のことももちろん気にはなったが、それよりも気がかりな点があった。
どうしてあったこともないはずの要が俺が殺されることを知っていて、なおかつ助けたいだなんて考えたのか。
そして俺を殺すはずだった始末屋が、汚名をかぶるかもしれないリスクを負いながらそれをよしとしたのか…俺が地下に来た理由が一つ明かされたと同時に謎が一気に増えて俺の頭はこんがらがる。
「聞きたいこといろいろあっけど…俺、要が話したくなくて秘密にしてるんなら、話してくれるまで待つって言ったんだ。だから今楓ちゃん通して詮索するのは要に悪いんだ」
俺は困った笑みを浮かべて楓ちゃんに目を向けた。
「でも、話してくれてありがと。柊のこともごめん…でも、こっちに来て出来た本当に大事な友達なんだ。あいつちょっと変わったとこあるみたいだけど、悪い奴じゃないよ」
「それは違う」
急に険しい声を出す彼女に驚いて視線を上げる。彼女は自分の片腕に手を添え、下を向いた。
「彼は…怖い人ってもう裏付けが取れているの。本当は私もお兄ちゃんも彼の正体を話したいけど、ダメなの。地下のルールだから」
柊の正体?本性とかって意味なんだろうか?地下のルールや文化はまだ俺にはよくわからないことだらけで常識さえもあやふやだ。地下の住民である要や楓ちゃんから見たら俺は赤ん坊も同然…いや赤ん坊は言いすぎかもせめて幼稚園児くらいがいいな。ともかく、きっと無知な子供と変わらないんだろう。
「…わかった。柊の事は注意して見るよ。二人きりになるのもなるべくは避けるし、今日の事も含めちゃんと要に伝える。今はそれでもいいか?俺も本当は友達疑うとか、あんましたくねえんだ」
俺の言葉を聞くと、楓ちゃんは黙ってしばらく俺の顔を見つめていた。目元が見えなくて、彼女が今どんな顔をしているのかは分からなかった。
「…分かった。私があとはどうこう言う問題じゃないよね。黄金くんの話を聞いたお兄ちゃんの判断に任せる」
椅子から立ち上がり、彼女は静かに玄関に向かう。
「この鍵、お兄ちゃんのだからもう帰らないと。お兄ちゃんそろそろ鍵を取りに家に寄るだろうから」
「あっ…そっか鍵…!ごめん…」
言われて彼女の鍵をまだ借りっぱなしにしていたことを思い出し慌てて玄関脇のキーホルダーにかかっていた、猫のストラップのついた鍵を掴んで手渡す。
「もう、ひとりで出かけることはしない。だからこれは返すよ、ずっと借りっぱなしでごめんな」
というか要はわざわざ鍵を預けてまで俺の様子を見に行ってもらったのか…要にも楓ちゃんにも面倒ばっかかけて、ただでさえ面倒体質なのに俺というやつは…!!
楓ちゃんは俺が差し出した鍵を見つめると、少し考えるように間を空けて首を横に振った。
「お兄ちゃんがあなたに貸したなら、私が取り上げる必要はないから。持ってて」
そう言うと彼女は玄関でしゃがみ大きなリボンがついた小さなハイヒールのショートブーツを履き、楓ちゃんは玄関の扉を開けた。
「でも、もしあなたがお兄ちゃんに酷いことしたら許さないから」
「と、友達にそんなことするつもり無いけど…肝に銘じます…」
彼女の重みのある声色に萎縮して答えると楓ちゃんはそのまま廊下を控えめにカツカツとヒールの音を鳴らしながら差っていった。
「こ…こえー…」
女の子に泣かれて怒られてという目まぐるしい体験を一度にしてしまった俺はなんだかドッと疲れた気分だった。というか女って怖い、マジで。
説教受けた直後なのもあったが、俺はもやもやといまいち晴れない気分のまま自室のベッドに倒れこんだ。
兄妹そろって「柊はダメだ」「アイツは危ない」って遠ざけようとする。俺が知らない何かをあの二人は知っていて、しかし地下のルールによって俺にそれを明かすことができない。
「いや疑問しか残らないじゃん」
しんと静まった天井に向かって呟く。窓の外は少しずつ明るくなり始めていて、昼に向けて地下全体の天井照明がぽつぽつと点灯し始めている。
結局貫徹してしまった…。だからと言って特に困ることは無いのだが。
もう折角だし要が帰ってくるまで起きていよう。楓ちゃんの口ぶりならきっともうすぐ帰ってくるだろう。
そう考えて俺はベッドの端に伏せておいた漫画の続きを読み始めた。
暫くすると玄関の方か鍵の開く小さな音がしたような気がして、俺は読んでいた漫画から目を離し耳を澄ました。そっとドアを開け閉めする僅かな音に俺は要が帰ってきたことを確信する。俺が寝ていると思って気を使っているのだろうか?俺はベッドから起き上がり廊下へと向かった。
「おかえり」
部屋から廊下を覗くようにして声をかけると、要はちょっと驚いたのかピクリと微かに身体を震わせてからこちらに視線を向けた。
「ただいま。随分と早起きだね」
「んー残念、夜更かしの方なんだなあ」
へらっと笑いながら答えると要は少しだけため息をついて「寝ないとダメだよ」と言った。
地上にいたころ、夜遅くまでガスマスクとガロウズで遊んでた時に、帰りたくねえなあなんて言ったときにも言われたっけ。なんか懐かしいなあ…。
要とよくコミュニケーションを取るようになってから、なんかこうしてガスマスクの事を懐かしがることも増えた気がする。
背格好が似てるからかな。それとも口調や雰囲気?…にしてもしっくりきすぎて、むしろ要がガスマスクだったとしても驚かねえなあなんて思う。
……………ん?もしかしてその可能性もなくはない?なんでいままでその可能性に至らなかったんだろう俺。
ギターケースを片付ける要の姿をじっと注意深く見つめる。そうだとおもって見てみると後ろ姿は完全にガスマスクっぽさがある気がする。
え?マジなの??え、マジだとしたら何で隠すの?これカマかけたらボロ出たりして。
「…ガスマスク元気?」
普通に知り合いの様子聞いたようにも取れる聞き方でそれとなくカマをかける。俺天才かもしれない…。
要はギターケースをウォークインクローゼットに押し込みながらこちらを見ないまま口を開く。
「うん、すっかり元気だよ。仕事に何の差支えも…」
そこまで言うと要の動きが止まる。
一瞬の沈黙が部屋に流れると、要は何も無かったように片付けを再開する。
「って彼が言ってたよ」
「え、なに今の間…」
あれ…?もしかしてマジで引っかかっちゃったんだろうか…。だとしたら頭よさそうに見えて実は抜けてるのか要。
「ねえ、なんで一瞬停止したの?」
平静を装っているのか、淡々と作業を続ける要に間髪いれずに追撃する。ウォークインクローゼットにはなんの箱か分からないが、よく見ると色々詰まっててなかなかギターケースが入らないらしい。こういうのは相手に考える暇を与えちゃいけないってマンガで読んだことある。
「止まってないよ。ギターケースが入らなくて悩んでただけだ」
「えー絶対止まったし視線こっち向いてた、怪しいぞ!隠し事か~?」
俺はさらに揺さぶりをかける。
要はチラとこちらを見て、何か言おうと口を開くが、返答がすぐに出ないのか視線をギターケースに戻す。心做しか泳いで見える彼の視線からは動揺が伺えた。
「そんなことないよ」
そう言いながら手元が狂ったのか、彼の手の中からギターケースが滑り落ちる。ものすごい音を立てて床に倒れた拍子にギターケースの留め具が外れ中身が床にぶちまけられる。
「あーあーこんな早朝からこんな音立てたら下の階の人に怒られ…」
俺は床に散らばった衣服とナイフに見慣れたガスマスクが混ざっていたのを見つけて唖然とする。
要もフリーズしていたがはっと床に伏せてガスマスクを隠した。
「要、それ…ガスマスクのだよね?」
要は俺の方を見ようとしないが、首を縦にも横にも振らない。困っているのがなんとなく伝わる。それはほとんど肯定しているようなものだ。
まさかとは思ったが本当に要がガスマスクだったのか。
「…お前だったの?始末屋に俺をここに連れてくるように頼んだ奴っていうのは」
楓ちゃんの話では俺は本来、地下の始末屋に殺されるはずだった所を要…もといガスマスクの依頼でここに来ることになったらしい。ガスマスクが殺されそうになってた俺を友達だからって助けてくれたと言うならなんもおかしな話ではないし、昔に君に助けられたって言う要の話もあながち嘘にはならない。
「…僕は誰にも頼んでないよ」
ガスマスクを拾い上げ、ナイフと衣服をギターケースの中にしまい込む。その服も、そのナイフもどちらも先日会ったガスマスクが身につけていたものだ。もはや正体について誤魔化すつもりはないようだったが、相変わらず彼の言葉は不明瞭で分かりずらい。
「頼んでない…?で、でも、俺の面倒見てたのも傍に置いておいたのも要がガスマスクだったから…なんだよな?だから俺が殺されないように地上から連れてきてくれたんだろ?」
ガスマスクが…要が頼んでないならなんで俺はここに来ることになったんだ?
たまたま殺されずに、たまたま誰にも見つからずに、たまたま知り合いのガスマスクの正体だった要のもとに連れてこられるなんてのんな偶然あるもんか。
でも、要の落ち着いた要の様子は、ただしらを切っているようにも見えない。
「…まだ話せないことなの?ガスマスク…」
静かな口調で問いかけると彼はこちらを見て小さくため息をつく。
もう一度ギターケースを開くと、要はそこにしまわれたナイフとガスマスクを取り出して立ち上がる。それを俺によく見得るように彼は俺に向き直り、随分と慣れた手つきでナイフを片手でクルクルと回して見せた。
「…もうここまで来たら、君は僕とまるで関係ない人とは言えないよね」
ガスマスクを顔に付ける。記憶の中の彼とぴったりと一致するその姿に喜びやら戸惑いやらの様々な感情に、これだという言葉が出てこない。
「君の殺害を依頼された始末屋は僕、ガスマスクだよ」
聞きなれた機械音声のような声だ。
「お前が…始末屋…?」
要がガスマスクなんじゃないかという事実にももちろん驚いた。しかし少なからず予想はしていただけあって、それよりも彼が始末屋…それも俺の殺しの依頼を受けた始末屋張本人だったという予想外の回答には頭が追い付かない。
「な、なんで…だってお前…始末屋だったら…俺を生かしておいちゃダメなのに…」
「そうだね。君が生きていると知られたら、僕ら一家が営む始末屋の『肉屋』の評判はガタ落ちだ」
そこまで言うと、要は再びガスマスクを外す。顔を上げた彼の表情は困ったようで、それでもどこか清々しさを感じるような、吹っ切れた笑顔だった。
「でも、殺せないんだ。友達だからかな」
要はナイフとガスマスク、床に散らばった衣服をギターケースの中に戻す。もう隠すのをやめたのか、クローゼットにしまわずに床に置いたままクローゼットの戸を閉めた。
「君が始末屋に狙われていたって話は誰から?楓?それとも柊くんかな」
「あ…えっと…楓ちゃん…要が見逃してくれるように始末屋に頼んだんだって聞いたんだけど。頼んだんじゃなくて…お前が見逃してくれたんだな」
「そっか。見逃したって言うほど、高尚なことはしていないけどね」
要はギターケースを床に放置したまま足音も立てずにリビングへと向かう。いつも気配を消すように歩くのは、寝ている俺への配慮なのかと思っていたが、単に彼のクセのようだった。
「…不思議だね。君に教えたくないことと、知られてはいけないことが全てバレてしまったのに、なんだか嬉しいような気すらするんだ」
彼はソファベッドに腰かけて、そのまま後ろへ倒れこむ。肺の中の空気を全て出し切るように深い嘆息をする。
要をすぐ側で見下ろす俺を、彼は口元に微かな笑みを浮かべたまま目線だけで見上げた。
「…友達が始末屋だったなんて、幻滅したかい?」
「ま、まあすげーびっくりしたかな。けど…それより要がガスマスクで要が助けてくれたのがなんだかうれしいかな。ずっとお前に会いたいと思ってたんだ。だから安心した」
眉間にしわを寄せ、困惑したような俺の顔が自然とほぐれて笑顔になるのを感じた。
正直、友達がこえー殺し屋だったなんてイマイチ実感は湧かなかったから、幻滅も恐怖も感じられなかっただけなのかもしれない。それでも、今の俺にとってはダチがすぐそばにいてずっと守っていてくれたってことへの喜びのほうがずっと大きかった。
「ごめんな…守ろうとしてたのに全然気づかないで、勝手に危険な目にあったりして…それと。ありがと、助けてくれて。ガスマ…いや要?この場合どっちのほうがお前は嬉しいのかな」
鳴れ親しんだ二つの呼び名に迷って俺が苦笑いすると、彼は「ガスマスクでも構わないけど、本名の方が嬉しい」と言う。
「じゃ…要」
彼の名前を呼ぶと要は少しだけ嬉しそうに目を細めた。
俺は見上げた彼の目線を外さないまま要を覗き込むようにしゃがんで目線を合わせる。
じっとこちらを見つめる要の顔は作り物みたいに綺麗な所為か、じっと見つめられると少し気恥ずかしいような感じだ。
よくよく考えてみると、要は俺の事好きなのかもしれないくて、要はガスマスクだったんだから、つまりあのガスマスクは俺の事好きかもしれないんだな…ますます人間関係がややこしくなったような、二人だと思っていた人物が一つになってすっきりしたような…いや、やっぱややこしいと思う。
ぼんやり要の顔を見つめたまま考えていると、要が不思議そうに首をかしげていてはっと我に返る。
「っと…そうだ!今日柊にも会ったんだ。家で一緒に映画見た…ごめん。楓ちゃんに柊と会ってるとこ見られちゃって、説教ついでにお前の話も聞いちゃったんだ…話してくれるまで待つって言ってたのに…それもごめん」
口を開けばなんだか俺は要に謝ることばかりで、自分って思ってるより友達不幸なんだなって思う。皆と仲良くなろうとすることがこんなに難しいとは…地上では仲良くなろうとする相手なんてガスマスク…要しかいなかったからわからなかったのかもしれない。
要は俺の言葉をソファベッドに寝転がったまま、考えるように口に手を当てる。
「…柊くんはまだ君に害を与えないんだね」
「まだって…なんでそんな危害を加える前提みたいな言い方…」
流石に柊がそこまで言われちゃ可愛そうだと思い、口を挟もうとするが要は俺の顔をじっと真面目な顔で見つめる。その様子は単なる嫉妬だとか私怨とはほど遠いものだと感じた俺は、言葉を止めて要の話の続きに耳を傾けた。
「柊くんは僕の仕事に関係ある人なんだ。正確には僕も先日、彼が関係者と知ったばかりと言うか。だから彼が君に危害をくわえる気があるのは分かっているし、なんなら君は1度すでに彼に危害を加えられているんだ」
ひっくり返ったまま、淡々と要は話す。
「え…仕事って…始末屋の?でも俺、柊になんかされた記憶ねえけど…え、もしかして俺を殺すように依頼した奴だったり…?それで生きてるのバレて殺しに来たってこと!?」
青い顔で頭を抱える俺に要は下から妙に淡々とした声色で「いや、それは違う」と冷静に言い放つ。ちょっとひとりで盛り上がってしまったような空気がいたたまれないじゃん…。
「黄金くんを殺すように依頼してきたのは君の両親だ。育ての親…って言うべきなのかな」
「えっ、あの二人が!?ただの一般サラリーマンとパート主婦がなんで殺し屋なんて知ってんだ?」
育ての両親と言えば、俺に聞こえるようにため息をついてみたり無視したり、普段から俺を良く思っていないのは知っていた。高い金払ってまで殺すほど邪険にしていたとは驚いたが…それよりも殺し屋に依頼できちゃうような連絡網をもっていたことのほうがびっくりだ。
「どういう経緯だったのか詳しくはわからないけど、人づての紹介だったみたいでね。直接僕の所に依頼がきたんだ。治療費、養育費、薬代…今後かかっていくお金の事を考えればって」
「なーるほど。つまり口減らし的な感じか。俺自身俺にかかってるお金がえげつないことはよーくわかってるつもりだよ。でもだからって殺すか普通!?恐ろしい奴と家族だったな俺は!!」
今こうして要に面倒見てもらっているおかげで、何不自由なくそれにのびのびと暮らしていれている所為か不思議とショックには思わない。むしろ事実を知ってしまえばここは天国だし俺はめちゃくちゃ運がいい。
「じゃあ柊は?もう危害を加えられたって…俺身に覚えがないんだが?つーか俺、柊の事なんか怒らせるようなことしちゃったかな…」
今日はなんだか妙な空気になってしまったが、結果としては友情を深めるいい機会だったと自負しているんだけどなあ…柊が俺に危害を加えようとする理由はいったい何なんだろうか。
「彼については…話したいけど、詳しく話せないんだ。僕ら始末屋でのマナー違反になってしまうからね。でも、恐らく君は柊くんに何もしてないと思うよ」
ムクリと起き上がり、要はベッドの上であぐらをかく。俯いて彼は目を逸らしてから、間を空けてから俺を見上げた。
「柊くんが恨んでいるのは僕だ。僕がそばに居るから君に危害をくわえるだけ。僕自身も逆恨みされているだけなんだけれど…危険な目に遭わせてしまってごめんね」
要の表情に大きな変化はなかったが、いつも囁くような小さな話し声がますます小さくて、彼が申し訳ない気持ちであるのは手に取るように分かった。
「いやあ俺はいいよ。それよりも辛いのは逆恨みされてるお前じゃん。事情も知らないで仲良くしろよなんて言って悪かったな…」
なんであんなに頑なに柊を拒むのかわからなかったとはいえ、そんな因縁つけられてる相手と飯食いに行ったり、留守中に家に上がられたりしたらそりゃあ心配だわな…いってくりゃよかったのに水臭いな。
「あと、なんか誤解あるなら俺が柊にお前は悪い奴じゃねえぞってわからせてやるよ!それに、アイツ根っからの悪い奴って訳じゃなさそうだし…なんか、仲良くなれそうな気がするんだ」
トントンと自分の胸をたたいて二っと笑って見せた。
要は少し眉間にしわを寄せる。その表情はただ嫌がっていると言うより、困惑に近いように見えた。
「にしても、逆恨みとはいえお前何やらかしたんだ?あんな温厚…では無いのかもしれないけど、柊を怒らせたんだろ?」
「いや…僕は何もしていないよ。実際、彼と直にコンタクトをとったのは君を介して食事をしたここ最近の間だけだ」
「ほんとか~?そんなんで逆恨みってさすがにそりゃねえだろ」
「正確に言えば、僕が柊くんに恨まれているのではなくて、柊くんの家系は僕らの家系に恨みがあるらしい。何故かその恨みは柊くんにも引き継がれてしまったみたいなんだ」
あぐらをかいたまま首を捻る要の隣に俺も腰を下ろす。少し話が長くなりそうだ。
要は帰る前に実家で風呂にでも入ったのか、いつもと違う香りがした。さわやかな石鹸みたいな匂いだった。
「何をそんな柊の家は恨んでんの?」
いくら要にとっては逆恨みだったとしても、世代を跨ぐ恨みってやべえだろ…親殺されたとかそういうレベルだったらどうしよう…それはさすがに恨まれても無理ねーよ。
「色恋らしいよ。僕の母を柊くんのお父さんが慕っていたけど、実らなかった」
「…ん?…そんだけ?」
「うん、それだけだよ」
はああああああああ?!それで世代またぐ程恨まれるの!?柊の父親ならまだしも、柊は全く個人的な恨みねえじゃん!
あんぐりと口を開けて驚いていると、要が首を傾げて俺を見る。
「…黄金くん?」
「あっ、わ、わりい…なんつーかあまりにも…恨みのレベルが低くて驚いてしまったっていうか…」
親の恋敵を、世代が変わっても恨み続けるって熱意はすげえけどなあ…要のかーちゃん男をそんなにしちゃうほど美人なのかな…男の要がこんなに綺麗な顔に生まれてきちゃうくらいだもんな…美人なんだろうな…。
「ま、まあでもそういうことなら柊とは多分和解できるんじゃねえ…?だって親の恋愛のいざこざをあいつが背負い続けたってあいつが損するだけじゃね?」
「そう…なのかな。和解できるなら僕もそうしたいけど」
俺の言葉に要はついていないテレビをぼんやりと眺めながら答えた。
「にしても、恋愛ってそんなに人をおかしくされるもんかな?好きで好きでどうしようもなくなる気持ちとか、嫉妬したり独り占めしないと気がすまなかったりとか。そういうふうに感じたことってまだねえや」
好きな女の子がいた事はもちろんあったけど、話しかけるとドキドキしてテンパっちまうとか、バレンタインにチョコ貰えなくてちょっと凹んだりとかそんなもんだった。嫉妬とか独り占めとか考えるほど深い仲になれたわけでもなかったし…。
「彼女とかいた事ねえし」と俺が要に少しおどけたように笑うと要も「僕も」と微かに微笑んで肩を竦めた。
「僕は友達がいなかったし、両親の話を聞いたら恋愛なんて尚更ごめんだと思ってしまって。痴情のもつれで恨まれるなんて、程度の低い話だと感じたよ」
「あ、要もそういうこと思うんだ…なんかちょっと安心したかも」
思わず漏れた本音に要は口元に手を当ててクスクスと笑う。ガスマスクの時は大概表情が見えなくて感情が読み取れなかったし、要として知り合ってからは嘘だらけで機械的に感じていたが、こうして何の壁もなく話すと人間らしいところがちらほらと見えてくる。始末屋やってるとか、地下の人だとか、そんなキーワードばかり聞いていると遠い人のように感じるが、言うて俺と変わらないのだなとしみじみと思う。
「両親の場合は多分、恋愛だけの話ではなかったんだと思うよ」
彼はあぐらをかいたまま背もたれによりかかる。話す順番を考えているのか、視線はテレビにおいたままだ。
「僕の母な優秀な掃除屋でね」
「え、清掃の人?」
「あっ、そうじゃなくて…情報関係者で人の存在を消したり、事件の痕跡を消す人かな。始末屋は肉体的で、掃除屋は社会的な死を運ぶと表現したらいいかな」
社会的な死!?つまり存在を抹消したり、偽装したりってことだ?俺の死を偽装したのもその掃除屋ってやつなんだろうか、よくよく考えてみれば恐ろしい話だ。
「昔の父は腕こそあれど、知名度がなくてね。始末屋なんて聞いたら、君は狭き門のように感じるかもしれないけど、地上の漫画家みたいにたくさんプロがいるけど生計を立てられるのは一握りみたいな世界なんだ。だから、ちゃんと売り込んでセールスする必要もあるんだ」
「地上の漫画家並に殺し屋がいる地下やばくね…?」
「大丈夫だよ、みんな副業みたいな感じで本格的にやる人は少ないから」
いやいやそういう問題じゃねえよ…そんな漫画描くノリで「殺し屋やっちゃおうかな!」ってなる世界がやべえよ。
改めて感じる地下の異世界っぷりに唖然としている俺に気づいた要が話を戻す。
「話が脱線しちゃったね。だから、有名な掃除屋と結婚って形でコネクションを作るのは凄い宣伝材料になるんだ。柊くんの父親も当時は僕の父親と同じで知名度がなかった」
要は両手を出して、それぞれの人差し指を立てる。
「僕の父と彼の父親は幼なじみで、2人とも僕の母が好きだった。どちらも腕の立つ始末屋の男だ。母と結婚するのは、好きな人を手に入れながらにして今後の人生の成功を意味する」
そこまで話すと、要は人差し指同士をくっつける。
「母は父を選んだ」
片手を開き、人差し指だけの手を離すと、要は少し息をついた。
「父には子供が2人生まれ、好きな人も名声も財力も手に入れた。一方で柊くんのお父さんはどうだろう」
痴情のもつれなんて逆恨みも良いところだが、確かに柊の父親からしたら羨ましいことこの上ない話だろう。妬む気持ちはまあわからんでもないが…。
「好きな人もとられて、成功への近道も失った。なんなら友達であったはずの幼なじみさえも。彼は結婚せずに養子を引き取ったそうだ。それから自分1人の力で財力を成したんだ」
「そっか…じゃあ柊のとーちゃんは里親で、母親は居ないのか」
育ててもらった恩とか信頼とかがあるのかないのか…あいつの家庭の事情まではわからないが、恨みを背負わされた柊の事を考えるとなんだか切ない話だ。
「やっぱり、そんな恨みを継がされてんなら何とかしてやりてえな俺。要は?」
要を見つめると、彼はややしばらく間を空けて口を開く。
「…僕に秘密で先に会ったりしない?」
「し、しない!悪かったって!」
俺の返答を聞くと、彼はじっと俺を物言いたげな目で見つめてから深いため息をついた。
「…わかった。君が今日、襲われなかったことを信じて3人で話そう。日時をセッティングするよ」
「まじか!!サンキュー!!やっぱ要はガスマスクでいいやつだ!」
ガスマスク…要とガロウズでよくしていたように、彼の肩を強めにバシバシと叩いた。
その様子に要は少し驚いたように目を丸くしたが、懐かしい気持ちは一緒なのか彼の口元も弧を描いていた。
「今日は仕事上がりで疲れているから日を改めたいな。いつがいいかな」
スケジュールを確認しているのか腕時計に彼は目を落とす。そういや、要って今帰ってきたばっかりだったし俺も徹夜した後だった。
「あ、ああ!そうだよな、ごめんな仕事帰りに」
「大丈夫だよ。今週の金曜日…4日後とかはどうかな」
少し眠そうな要を横目に俺はバッと立ち上がり彼が横になれるスペースを開ける。
「うん!いいよ!俺いつも暇だし…それよりもう休んどけってな!」
要の肩をつかんで押し倒すようにソファベッドに寝かしつける。
されるがままに要は横になるが、離れようとする俺の腕を掴んで離さない。
「ん?どした?」
「いや…その… 」
目元を眠たそうに細め、彼は言葉を探すように沈黙する。
「なんだか寝るのが勿体なくて。眠いし、寝るべきなんだけど…もっと一緒にいたいというか…」
「なんだそりゃ、さびしんぼか?」
それはなんだか夜眠るのを寂しがる子供のようでなんだか少し可愛く見える。
「じゃあ要が寝るまでここにいてやるか、それで寝れそう?」
腕をつかんだままの要の手を取り、握ったままソファベッドの傍らに腰を下ろした。
彼の長く艶のある黒い髪が頭から枕の曲線に沿って流れているのがとても綺麗だなんて思って、俺は思わず空いた方の手で要の髪に触れ、そのまま吸い寄せられるように彼の頭をなぞるように撫でた。
要は静かに目を閉じる。握った要の手が優しく握り返してきた。
「なんだか、ようやくちゃんと君と話せた気がして。でも、もしこれが夢だったりしたらどうしようなんて、柄にもないことを考えると不安になってしまうんだ」
目を閉じた要のまつ毛は少女漫画かよってくらい長くて、一瞬女の子に見えて少し焦るくらいだ。
「本当は君がご家族から命を狙われていた話もしたくなかったし、僕が始末屋だってことも出来れば伏せておきたかったのに、こうやって何も隠さずに黄金くんと話せるのが嬉しくなってしまう。僕は薄情だね」
「そうなん?まあ、両親の事はびっくりしたけどさ。俺は要とますます気の置けない友人になれたのも、親友のガスマスクがこんなに近くにいたことがわかったのもすげー嬉しかったよ」
要がこんなに自分の気持ちや考えていることをペラペラ話すのなんて初めてな気がする。地上で関りがあったころから秘密にしないといけないことが多かったんだろうな。隠さなきゃいけないことが無くなって安心したのか吹っ切れたのか、今の彼は今までで一番人間らしく見えた。
「そう言ってくれると救われるよ」
「へへっ、どーいたしまして」
指通りのいい要の髪をサラサラと撫でているうちに俺のまぶたは段々と重みを増してくる。
そのまましばらく会話もなくただただ彼の頭を撫でていた。ぼんやりする頭でそろそろ俺もベッドに行こうとか、でも立ち上がるのちょっと面倒だなとか思っているうちに俺の意識は、眠りへと向いていった。
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