天底ノ箱庭 新世界

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4章

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1.
「…お…おはよう…?」
「おはよう、よく眠れた?」
目が覚めると、エリオが僕の目の前に寝転んだままこちらを見ていた。
「えっと…何してたの…?」
起き抜けの頭でも分かるくらい、何かしていたようには見えないが彼の意図が全く読めずに尋ねる。
「ん?シャムの寝顔を見てたよ。起きたなら一緒にシャワーを浴びて、朝ごはんにしよう」
そう言って笑う彼の瞳には生気がなく、まるで死んだ魚のようだ。出会ったばかりの頃の明るくてキラキラしていた赤と青の目はどちらもくすんで濁っている。
「え…う、うん…そうだね…」
僕がそう答えるとエリオは昨日と同じように僕を抱き上げ部屋を連れ出し、シャワーを浴びた。昨日と違うところといえばシャワーを一緒に浴びた事だろうか。
一時は酷く当たり散らしたり、それが急に優しい彼に戻ったと思えばどことなく恐怖を感じさせるような影が残っていたり…その全ての原因が僕にあることは明白だった。
「じ、自分で洗えるよ」
石鹸をつけた手で僕の体を丁寧に洗う彼の手をやんわりと押える。
「…俺に触られるの嫌なの?」
顔を上げずに僕の足を洗っていたエリオが言う。それは感情の読み取れない、抑揚のない声だった。
「嫌とかじゃ…ないよ…」
「じゃあ俺に任せて」
不意に優しい声色に戻ると、彼は僕を見上げて微笑む。
「…うん、ありがとう」
拒否してはいけないと僕の中の危険信号が告げていた。
彼に体の隅々を洗われてお風呂上がりには体は当然のこと、髪の毛先の1本1本まで機嫌良さげに丁寧に拭いてくれる。
それがただの親切とか甘やかしではないことは彼の目付きを見ればすぐにわかった。
シャワーが終わるや否や速攻で部屋に戻された僕はエリオと一緒に朝食の缶詰を食べていた。
「…あのさ。やっぱり指輪…自分でも探したいんだけど…ランタン貸してくれないかな」
僕が生活のほぼ全てを過ごすことになったこの部屋は一切の窓はなく、部屋に唯一備え付けられている電気も、蛍光灯が入っていないためにつけることが出来ない。
昼でも真っ暗のこの部屋では、ランタンのか細いあかりだけが全てだ。
彼はふと何かを思い出したように虚空を見つめ、それから目を伏せて困ったように笑った。
「…多分、見つからないよ」
エリオはランタンを僕に差し出す。
「ありがとう、借りるね」
食べ終わった小さなみかんの缶詰をテーブル代わりのダンボールに置いて、ランタン片手に部屋の隅から丁寧に床を確かめていく。
あまり広さのない部屋の中には革の禿げた古いソファとエリオが運び込んだベッドマットにダンボールが数箱しか置かれていない。
そんな殺風景な部屋で指輪ひとつ見つけるのはさほど難しいことではないと考えていたのだが、どれだけ探しても指輪は見つからなかった。
「ソファの下も壁とベッドマットの隙間にもどこにもない…絶対この部屋の中にあると思うのに…」
「大丈夫だよ、家のどこかにきっとあるから。そのうち、忘れた頃に出てくるよ」
落ち込む僕にエリオが声を掛ける。穏やかだが、寂しそうな声だった。
あの指輪は僕が体を売り続けた2週間、何度も僕の心の支えになっていた大切な指輪だ。
毎日好きでもない人に体を触られて、それに気持ちよくなる僕をあの指輪はギリギリのところで守ってくれていたように思ってた。僕を好きでいてくれる人がいるという証明で、僕の気持ちが彼にあることの証明だったのに呆気なく手放してなくなってしまった。
「また明日、探してみる」
そう言って僕は彼にランタンを返した。
次の日も、そのまた次の日も何度部屋を探してみても、一向に指輪は見つからない。
エリオの言う通りこの数日間、トイレの時とシャワーの時間以外で僕はこの部屋から出ることは一切なくなった。
時々外からノックの音が聞こえると、エリオの目が一層濁る。いつも曇りきったその目で彼は無言で部屋を出ていく。しばらく玄関から怒鳴り合うような声が聞こえたり、時には話しているのかすら分からないほど静かだったりとまちまちではあったが、いつも彼はその足で僕の部屋に戻って床に力なく座る。
外に行った後のエリオは、大体そのまましばらく壁を見つめている。瞬きもせずに、ただただ黙って壁を見つめる彼が怖かった。
「…エリオ?…どうかしたの?」
時計も窓もないこの部屋ではどのくらい彼がそうしていたかはわからなかったが、さすがに心配になった僕は彼の肩に触れて声をかける。
彼は見開いたままの目を僕に向ける。何を言うでもなく、少し開かれたままの口は動かない。
「…外でなにかあった?」
彼の髪に触れて、とかすように撫でながら1番気になっていた事を問いかけた。
「…外?」
僕の質問にエリオは虚ろな目を上に向け、僕に戻し、扉へと投げる。半端に開かれた目がジワジワと大きく見開かれ、その目からボロボロと涙を零しながら頭を抱える。
「あああっ!いやだ!もういやだ!」
頭を掻きむしるように指を立てて頭を左手で擦る。大声で叫ぶようなそれは、助けを求めるような悲愴なものだ。
突然叫び出した彼に驚いて思わず後ずさりしてしまった僕は彼の様子にどうしていいか分からない。
しかしこのまま放っておくことだけは出来ない。頭を掻き毟るような彼の手を掴んで止めて彼の顔を覗き込んだ。
「エ、エリオ?どうしたの?大丈夫だよ?」
僕の言葉にエリオの手が止まる。そのまま僕の目を見て、しゃくりあげるように泣き、頭を守るように抱え込んだ。
「ごめん…ごめん…俺が…俺がいけないんだ…」
ボロボロと止まらない涙が床に落ちていく。
「エリオは何も悪くない、そんなに泣かなくても大丈夫。そんなに自分を責めなくていいんだよ」
しゃくり上げる彼の背中を擦りながら、落ち着くまで隣に座って寄り添った。それが彼にとっていいの事なのかはわからないが、何もしないよりいいと思っていた。
彼は僕に縋るように両腕で僕の身体を抱きしめて、胸に顔を埋めるようにして泣き続けた。頭を撫でていると、そのまま彼は眠りに落ちる。外で何があったのかを一言も話さないまま。
眠ってしまったエリオの隣に座り込んで僕は自分の左薬指をなでる。
辛いときにいつもここにあったはずの指輪はそこには無い。ふと、今ここに指輪があればと考えたその時、腕の中で眠るエリオが寝息を立てながら静かに微笑んだ。
「…シャム…お嫁さんに、なって…」 
その笑顔は彼がおかしくなってしまう前によく見せてくれた幸せそうな笑顔だ。
薄明かりに照らされた彼の笑顔を見て、僕は酷く恥ずかしい気持ちになっていた。
僕は彼の前で指輪指輪と、それを取り戻そうとばかりしてきた。それだけ大切なものだからと、その言動に疑問なんて持たすに。
すぐ目の前に大切な人がいるのに、まるでそれがもう彼ではないと否定するかのように指輪に執着しているのは、きっと彼の目にもあきらかだっただろう。
エリオがこんなに追い詰められた原因は僕にあるのに、どうしてそんな簡単なことを見失っていたのか自分でも不思議だった。
「…ごめん。もう1人にしないよ」
眠る彼の頭を抱き寄せて、起こさないようにそっと呟く。
次の日、珍しくエリオが僕より長く眠っていた。
彼に向かい合うようにベッドマットに横になって、彼の寝顔をじっと眺める。
「…シャム?」
薄らと、開いているかも怪しい目で彼がぼんやりと目を開ける。まるでメガネでも探すように、何かを求めて毛布から手を出した彼を捕まえるように自分の手を重ねた。
「おはよ、エリオ」
彼に微笑みかけると、彼は少し大きく目を開いて笑った。
「…シャムだ」
僕背中に腕を回して彼は僕を抱きしめる。ぎゅうぎゅうと、それでも痛くないくらいの強さで抱きしめながら、彼は僕の頬に自分の頬を擦り合わせた。
「久しぶり」
「…うん、久しぶり」
毎日ずっとそばにいたのに、まるで久しぶりの再会を喜ぶ恋人同士のように笑う彼に僕も同じように微笑んだ。
それだけ彼に酷く寂しい思いをさせていたのだと痛感して、とても胸が痛い。
「もう、どこにも行かないからね」
彼の背中をゆっくりと撫でて呟くとエリオは鼻を鳴らすように笑った。照れくさい時に彼がよくやるやつだ。
それからエリオは前よりよく喋るようになって、一緒に傍にいる間は身を寄せ合って他愛ない話をして過ごした。濁ったあの目も少しずつ元気を取り戻したように光が戻り、冗談や軽口が叩けるくらいに彼は回復したように見えた。
いつものように2人でシャワーを浴びて、2人でご飯を食べて、2人でベッドマットに横になる。
「やったぜ充電タイムだ」
彼が笑いながら僕を抱きしめて、顔を胸にうずめる。すりすりと頭を擦り付けて、エリオは深く深呼吸をした。
「はー、シャムのおっぱいふわふわで揉みたい。揉みしだきたい」
「ふふっ…本当にエリオはそこが好きだね、揉みしだいてもいいんだよ?」
彼の頭をぽんぽんと優しくなでると、何だか大きな赤ちゃんみたいで可愛いなっておもう。
「そんなこと言われると本当に揉むんですが」
顔を上げてエリオが笑う。この部屋で過ごすようになってからどのくらいの時間が過ぎたのか分からないけれど、もうしばらくの間、彼は僕に身体を求めてきたりすることもなく、ハグやキスだけに留めていた。
遠慮がちに彼が僕の胸に手の平を当てて、ふにふにと揉む。その時の彼の照れたようなニヤけた表情は薄暗いこの部屋でもよく見えた。
「僕とエッチするのは嫌じゃない?」
彼の頭を撫でながら小さな声で尋ねる。
今のエリオがどんなに優しくても、この部屋で彼に酷く抱かれた時のことを思うと、誘っていいものかわからなかった。
「嫌じゃないよ。むしろ、したいくらい」
こちらを見て彼は笑うが、気まずそうに目を伏せた。
「あの時の…反省してるんだ。どうしても頭に血が登ってさ。だから、シャムにそういうことするべきじゃないだろうし…」
そこまで話してから、彼はくちごもる。しばらく黙ってから彼は僕をみつめて、僕の胸に耳を当てるように頭を預けて悲しそうに微笑んだ。
「…俺さ、今自分の頭ちょっとおかしいの分かってんだ。だから、今ここでどんなに反省してるって言ってても、またお前に辛く当たらない自信がない。多分…優しくできない」
僕は彼の頭をふんわりと包むように抱きしめて、鬣のようなオレンジ色の髪に顔を寄せる。
「優しくしなくてもいいよ。僕はどんなエリオでも好きだから」
僕の言葉にエリオの瞳が揺らぐ。困惑しているような、喜んでいるような、不安の入り交じったその目で彼が笑って僕の口に唇を触れさせる。
「俺もシャムが好きだよ、会った時からずっと」
再度唇を重ねた彼の舌が僕の唇を控えめに舐める。唇に隙間を開けると彼の舌がゆっくりと入ってくる。舌を絡ませてキスをすると、彼は前によくやっていたように僕の口を食べるように何度も食んで味わった。
舌でエリオのキスに答えながら、彼のロングTシャツを捲り腹筋や胸筋をサラサラと撫でる。僕がシャツを捲った手を胸まで運ぶと、彼は笑みを浮かべたまま頭を下げてシャツをくぐった。
「シャムに脱がせてもらうの久しぶりで興奮すんね」
喉を鳴らして小さく笑いながら彼も僕のワイシャツのボタンを開けていく。開かれた胸元にエリオが顔を寄せて鎖骨に唇を這わす。肌を吸い上げて赤くなる前に離し、それを徐々に胸へと近付けていく。
「…僕も…エリオにこうされるの久しぶりで…興奮する」
ゾクゾクとまだ弱い快感が既に息を荒くさせるほど体が求めているのを感じる。
彼が左手で優しく僕の胸を揉む。先端を親指の腹で押しつぶすように捏ねて、優しくつまんで指先で転がす。反対側に口を付けると、彼は嬉しそうに目を閉じて吸った。夢中で僕の胸を舌で潰したり吸い上げる姿に、なぜだか言いようのない愛おしさを感じて彼を抱き上げるように腕を回す。
ちゅっちゅと音を立てて吸って、口を離した彼の顔は高揚していて赤くなっている。恍惚とした表情で僕の胸を見つめ、もう一度口をつける。
「っあ…エリオ…っ」
随分と久しぶりに味わった気がするそのヌルヌルとした舌は、あっという間に僕を快楽へと連れていく。
もっと欲しいと言わんばかりに彼を抱きしめる手に力がはいり、股間が熱を持ち始めたのを感じる。
「はっ…ああ…胸…きもちっ…もっとして…」
体を売り続けていた頃は、たとえ無理やりだったとしてもよがってもっともっとと強請ることを強要する相手が多かった。そのせいか僕はすぐに強請ることを覚えてしまったようで、思わず口から出た言葉に自分でも驚いてしまう。
彼は一瞬、僕の言葉に顔を上げて何か考えるように首を傾げたが、すぐに笑顔に戻り、僕の胸に口をつけて吸う。
僕が気持ちよくなることをよく知っている彼の舌使いが快感と一緒に懐かしいような心地良さを運んできた。
僕の胸を指先で遊んでいた彼の左手が僕のズボンへと移る。ゆっくりと片手で器用に下げると、僕のお尻の入口を指先でトントンとつつく。
「ん…」
もう既に中が恋しくてむずむずしているようなその場所は、軽く触れられただけで僕をその気にさせる。
「…はぁ、シャム…」
熱に浮かされたようなぼんやりとした顔でエリオが呟く。僕の乳首を優しく歯で咥えて引っ張り、離したそれが震えるのを見つめている。
男のものと思えない程大きくなってしまった僕の恥ずかしい所を、じっと見つめられていると考えるだけでゾクゾクしてしまう。
指先が僕の中へと入ってくる。
こういうことをするのは数日ぶりなのにそこは毎日触られた名残なのか、そういう体に作り替えられてしまったのか、ほぐさずともスルスルと彼の指を受け入れる。
エリオはそれでも様子を見るように指をゆっくり出し入れしながら、丁寧に中を解し、少しずつ指を増やす。
「っあ…んん…はぁ…あっ」
ちょっとずつ激しくなっていく指の動きに、我慢できずに声が漏れる。久々に感じるゾクゾクとした快感に体が震え、腰が勝手に動いてしまう。
クチュクチュと小さな水音が僕にはやけに大きく聞こえて、嫌で嫌で仕方がなかった快感がエリオによって運ばれてると自覚した瞬間ビクリと僕の体が大きく跳ねた。
「ぁああッ!!」
全身に電気が走ったような快感と腹部にトロトロとした暖かい液体が垂れる感覚に、僕が果てたことをぼんやりと理解する。
まだ指で浅い所をグリグリされていただけなのに簡単にイってしまった。
いつも僕が失禁するまでイかせ続ける男は、初めて僕を抱いた時「お尻でイきまくれる体にしてやる」と囁いていたが…。本当に体を作り替えられてしまったのかと、イったばかりのふわふわとした思考で考えていた。
僕の中を弄る彼の指が止まる。彼はまた僕を見下ろして不思議そうに首を傾げていた。
「シャム…?」
名前を呼ぶ彼の目が少しずつ濁る。
胸がギリギリと痛むような感覚がする。彼にこんな目をさせたくて僕はしたかった訳じゃないのに。
中に入れられた手が再び動き出す。気持ちよくなる場所を的確に、激しく責め立ててくるその手つきは先ほどよりも少し荒っぽく怖いのに体は確実に快感を貪り始める。
「あっ…うっそ…こ…だめイっちゃ…!」
イっちゃダメだと頭ではわかってるのに体はそんなのお構い無しに精液を撒き散らす。
「俺の知ってるシャムじゃない…」
徐々にその濁った目に怒りの色が宿っていく。眉間にしわを寄せて僕を睨む彼は果てたばかりの僕が落ち着くのを待たずにまた酷く中を掻き回す。
「お前は俺のシャムじゃない!なんでこんなによがるんだよ!恥ずかしげもなく強請ったりしないし、中を触っただけですぐにイッたりしない!」
声を荒らげて彼は怒っているのに押し寄せる快感に溶けてしまいそうなほど体が暑くなる。
繰り返し精液を吐き散らしながら顔が緩んでしまうのをどこか冷静な頭でいけないと感じているのに、それをどうすることも出来ない。
「誰だよ…誰が俺のシャムをこんなにしたんだよ…」
イき続ける僕を見下ろしながらエリオは呟く。手を休めずに彼は右手のバレルで僕の胸を引っ張る。
僕だって男だから前を触らないとイけなかったのに、穴と胸をいじられただけで馬鹿になってしまったように惜しみなく精液を吐き続ける僕の姿に彼の髪が怒りで逆立っていく。
「気持ちよくなるのにこれだけでいいのか?俺が初めて抱いた時はそうじゃなかっただろ!いつも…いつもお前がよくなれるように考えて…」
彼の語尾が小さくなって震え、彼の目に涙が浮かぶ。
僕がこんなだから彼は悲しむ。我慢しなきゃと性器を手で押さえ込んでいるのにどうしても出すことが我慢できずに刺激される傍からイってしまう。
それを見ていた彼は目を閉じて瞼に涙をしまいこむと、唾を飲み込んでまたその悲しそうな目で睨んだ。
「どうせ俺よりもっと身体の相性のいいやつがいたんだろ。こんな低身長に抱かれるより、そりゃよっぽどいいよな」
中から指を引き抜き、横向きに転がすとエリオは僕の片足を持ち上げて抱き抱えるようにして反対の足に跨る。
すっかり緩くなった入口に自分のものを押し当てると、それを乱暴に奥へ押し込んで1番狭い場所を貫いた。
「っ!!ああっ!!」
また僕のものから暖かい液体が飛び出す。
僕が出す度彼はますます怒りを含んだ目を鋭くさせる気がした。
「他のやつにはどんな顔して喘いでたんだよ!穴でイけるように開発してくれって頼んだのか!?俺じゃなくて、違うやつに!」
パンパンと身体を打ち付ける音が薄明かりの部屋に響く。痛いくらいの力で押し付けられても、僕の好きな場所を知っている彼はより強い快感を狙い済ましたように運んでくる。
「ひぁ…!ひゃにょんにぇ…!なひ…んっ!!」
体が熱くなって快感以外のことが分からなくなっていく。
ビクビクと痙攣を続ける下半身からは吹き出すよりも漏らすと表現した方が正しいほどに、トロトロと精液が溢れ続ける。
「何言ってんのか分かんねえよ!早く答えろ!」
エリオが怒鳴り散らす。それでも中を突き上げることを彼はやめてくれず、中をぐちゃぐちゃにかき乱す。
「あ"っ…あっ…やぁんっ!いぎ…い"っぢゃっ…ぎもぢいの"っ…でる"ッ!!」
一瞬失禁してしまったかと思うくらい頭が真っ白になって、床に透明の液体を吹き出す僕の性器が目の端に映っていた。
体を売り続けた2週間の間でもこんなこと1度もなかったのに、エリオにぐちゃぐちゃに抱かれると射精とも失禁とも違うこの現象に襲われるようになった。
「質問に答えろっつってんだろ!潮まで吹けるように誰に開発されたんだよ!」
僕を買った人間の名前なんて覚えていないし、エリオが言うような僕が開発を頼んだ人なんか存在しない。それでも彼は僕の言葉に納得できないようで、腰を打ち付けることをやめない。僕が気持ちよくなると分かっていて、そこに強く押し付けながら、彼は僕の胸の先を指で弾く。
「…てない…かいひゃちゅ…しゃれてな」
必死で答えようとすると、ボロボロと涙が溢れて僕の頬を濡らした。快感が強すぎるせいなのか、彼に対する恐怖があるのか自分でもわからない。
それを見つめるエリオの目が何かに気付いたようにゆっくりと見開かれる。濁った目に生気がもどり、彼は青い顔で僕の身体を抱き起こす。
「ごめん…!ごめん!なんでまた…ああ、もう…」
言葉の先が出ないまま、彼は僕を抱きしめる。ぐったりした僕の頭を優しく左手で撫で、汗で顔に張り付いた僕の前髪を掻き分ける。
「シャムは何も悪くないって、頭では分かってるのに…本当にごめん…」
彼の目からまたポロポロと涙が零れる。エリオが望んで僕に辛く当たっているわけじゃないことは、僕も分かっていた。
「…大丈夫。わかってる」
エリオの頭をふわふわと軽くなでる。こんな時でも、彼に抱きしめられていると暖かくて心地が良くてとても安心できた。
「ありがとう。僕を抱いてくれて」
泣きじゃくる彼に微笑むと彼は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「やっぱり優しくできない、ごめん…こんなにシャムが、好きなのに…」
「僕も好きだよ。どんなエリオでもいいから、そばにいて」
彼の額に自分の額を重ねて彼が泣き止むまでそうしていた。
エリオはあれからまたいつも通りに戻って、軽いスキンシップやキスはするものの、胸やお尻などに触れるのはやめた。
「…もう僕のことは抱けない?」
数日僕を求めてこない彼に、寝際にそう囁くと彼は困ったように笑った。
「抱きたいよ。でも、また酷いことするかもしれない」
「優しくしなくていいから、抱いてくれる?」
指輪が無くなってから彼の愛を確かめたいと言いたげに、僕が1人興奮することが多くなっていた。
エリオを傷つけると分かっていながら、僕が彼を求めることを辞められない。
彼は決まって僕を抱き始める時は、恋人らしく優しく僕の身体に触れて、いたわるように扱って愛してくれる。それでも、僕が昔と違うよがり方をすると、目を濁らせて怒鳴り散らす。僕を酷くなじって、試すように何度も何度も休む間もなくイかされ続ける。
そして最後は泣きじゃくる彼を慰めるように抱き合って眠りにつく。ごめんごめんと、何度も何度も謝って、自分は最低だと言い続ける姿がいつも僕の胸をしめつける。
それでも僕が彼を求めることをやめないと知ってか、彼も次第に「抱いていいか」と恐る恐る尋ねてくるようになった。行為中の彼はは相変わらず情緒不安定で、いつ怒るとも泣くとも分からない状態だったがそれすらも僕を必要としているようで嬉しかった。
正確な日数は分からないが、そんな日がしばらく続いた。また2人で目が覚めたタイミングでシャワーを浴びに部屋を出る。彼に抱かれて浴室へ向かう途中、玄関のすりガラスに赤い液体が外から付着しているように見えた。
「あれ、なんだろう?ねえ、エリオあれって…」
ふと尋ねながら彼の方を見ると、彼は僕の指す方向なんて見もしないで笑った。
「何もないよ、ここはもう俺とシャムしかいないし」
そういえば、エリオは未だにしつこく聞こえるノックで外に行っては、そこで何を話したのかとかは何も教えてくれない。
きっと僕を求めてきた人間なのだと思ってあまり深入りせずにはいたものの、玄関先で追い返すだけにしてはえらく時間がかかる時もあるし、決まって彼の右手が水で濡れているのが気になっていた。
僕を浴室に運ぶ彼の目が、また少しずつ濁る。彼の赤い瞳は、まるであの液体の付着したすりガラスのようだ。
赤い液体といつも濡れている彼の右手…僕の中で信じたくない答えが繋がろうとしているのを感じる。
「…ねえ、エリオ…あれを僕に見せて」
「ダメだよ、シャムに外は危ない」
「ここには僕とエリオしか居ないんでしょう?あれを確認させて」
僕は抱き上げられた彼の腕から抜け出そうと体を捩らせた。
「ダメだって!シャムが見ても何も楽しくない!」
腕から抜け出して玄関に向かう僕の手首を掴んでエリオが声を張り上げた。その濁った目は狼狽したように揺れていて、助けを求めるように彼は僕を見つめる。
頼むから行かないでくれと、言われなくても彼の瞳にはそう書いてあった。
「それは…この先が僕にとって危険だから?それとも…見て欲しくないものがあるから?」
彼に玄関の内鍵に片手を添えたまま、反対の手首を掴んだエリオに静かに問いかける。
「それは…き、危険だから…」
目を泳がせ、彼は話しながら自分の発した言葉に首を傾げる。
「いや、危険…?シャムは俺が守るから…」
混乱したように彼は僕の手首からゆっくりと手を離す。自分の頭を片手で抱え、彼は視線を床に投げる。
もう、何となくわかっている。
開けてはいけないパンドラの箱のように、この扉を開けばきっとエリオと僕の関係が大きく捻れて壊れてしまうかもしれないことも。彼がこの先に何を隠しているのかも。
わかっている。わかっているのに信じたくないないのは僕のワガママだ。
彼に人殺しなんてして欲しくないから耐えてきたものが、ただ僕の無意味なひとりよがりになるんだろうか。
ただ僕と彼に溝を作っただけの出来事になるんだろうか。
この扉の先に何も無ければ、僕も彼も報われる。その可能性が少しでも残っているなら、希望が入っている箱なら…。
「開けるよ、エリオ」
「シャム!」
エリオの声を聞きながら、内鍵を外し玄関扉を押し開いた。
外の庭はほとんど枯れてはいたが、緑の残る普通のそれだったはずだ。なのに、目の前に広がる庭は半分以上が赤色に染まっていて、赤茶色の肉片が散らばり、家の脇には肉のくすぶる悪臭を放つ黒い塊が積み上げられていた。
玄関の壁には争ったような銃痕が沢山残されていて、それが血痕ではないのがエリオが撃ったものではないと証明しているが、庭の地面に飛び散った血痕つきの銃痕はそれに応戦したようにしか見えなかった。
現実離れしすぎた目の前の光景に、一瞬吐き気すらも忘れて目を見開いた。
「エリオ…これ…ねえ…なんで…?」
込み上げる胃酸は堪えても、涙はボロボロと流れ出る。
「僕が言ったこと忘れちゃったの?その腕はこんなことするために…ちがうのに…僕はエリオにこんなことして欲しくないから…今まで…なのになんで!!」
震える膝は僕を支えきれずにその場に座り込む。
「…みんながシャムを傷つけるんだ」
背後から聞こえたエリオの低い声は酷く震えていて、それなのに何故か笑っているように聞こえた。
「みんながシャムを汚して、それに飽き足らずまたよこせって言うんだ!毎日毎日毎日毎日!最初返金して、追い返して、見逃してやったのに、凝りもせずお前を傷つけようとやって来る!だから殺した!死んだらお前を傷付けに来ることないだろ!だから…だからみんな死んで当然だ!」
振り返るとエリオが顔を歪めて笑っていた。悲しいとも辛いともとれる泣き出しそうな表情で、喉を鳴らして笑う。
「俺はシャムを守っただけだ…こんな汚い世界から守るのなんてこれしかない。俺は殺人兵器だ。ちょうどいい、お似合いだ。お前が俺に秘密で身体を売ったのと何が違うんだ…俺もお前が守りたかっただけだよ!」
「同じ…?これが僕のしたことと同じ…エリオには…こんな風に見えたんだね…」
目の前の残虐な光景を見つめると吐きそうになるがそれでも受け止めなければならない光景を目に焼きつける。
「……ごめん…僕のせいで…エリオを殺人兵器にしたのは僕だ…この僕だ…」
「…元々殺人兵器だって言ってただろ」
俯いてただ泣くことしかできない僕に、エリオが小さく呟いた。
「お前が好きな俺は、どうせもういないんだろ。終わりだ。全部おしまい」
フラフラとした足取りで、エリオが庭先に出ていく。
「まって…エリオ、どこ行くの?」
彼は小さく僕に振り返ると、小さく口元に笑みを作る。久しぶりに明るい場所で見た彼の顔は、驚くほどやつれていて、目には濃いクマがくっきりと浮かび上がっていた。
「お別れしよう。俺たち多分、出会わない方が良かったんだ」
「エリオっ…!」
彼は僕に背を向けて走り出す。僕に振り返ることなく、その姿は街のどこかへと消えていく。
彼の背中に手を伸ばしたが「行かないで」と言うことが出来なかった。
僕と出会わない方が良かったと、エリオは
言った。
呼び止めて、そばにいてくれと懇願して、それでは僕らはお互い…いいや、エリオは苦しいだけなんだ。僕はここに来ては行けなかった。来ては行けない場所に来てしまった僕は、もうどこへ行けばいいのか分からなくてただ呆然とここに座り込んでいるしか出来なかった。
「よーーーやく1人になってくれたじゃん」
そう言いながら近くの物陰から出てきたのは、以前もここにやってきたあの金髪の男だった。彼の背後には火傷跡の男と刺青の男がついている。
「ったくひっでーありさまだこと。何度報告しても手を出さず監視を続けろってしか言わねえし、俺らのボスってば何考えてんのかわかんねえ」
大きなため息をつく彼をぼんやりと見上げると、男は少し意外そうに首をかしげる。
「あれ、泣いたり怯えたりしないの?どしたよ、そんな悲しそうな顔してさ」
「なあ、早く連れてってアジトに帰ろう。もう3日もシャワー浴びてなくてキレそう」
座り込んだ僕の目の前に屈んだ金髪の男の後ろで、機嫌の悪そうな刺青の男が急かす。
「ちゃんと連れてくからぁ、ちょっと待っててよ~。今いいとこなん…」
困ったように笑って答えた彼は僕の背中を優しい手つきで撫でた。
「リーサル…じゃなくてエリオってやつに置いてかれちゃったん?これからどうするか宛はあるかないよなぁ…ずっとあいつが面倒見ててさぁー、それでいきなり投げ出されちゃ行く宛ても生き方も分からなくて途方に暮れるよなぁ?」
僕と金髪の男の様子を他のふたりは黙って見守っている。
「まーなんだ…行くあてないなら俺らとバビロンに来なよ。飯は出るし毎日シャワーも浴びれるし、案外快適に過ごせるからさ。ツケのことなら心配すんな。足りねえ分は俺らで何とかしてやるからさ」
僕は彼の言葉を嘘とも本当とも受け止めることが出来なかった。
きっともうどちらでもいいと思っていたんだろう。結局、塔には帰れないしエリオにももう会えない。今ここで彼らに殺されたって、連れていかれた先で殺されたって些細な変化だ。
この最下層にもう僕を好きでいてくれる人はいなくなった。
僕がどうなっても、何をやっても、誰にも関係ないと思えば選択することは何も難しいことではない。
「とりあえず俺らと行こ?これからのことはそれから考えたらいいよ。な?」
金髪の男に手を引かれるままに立ち上がり、彼らが乗ってきたらしい黒いワゴンに招かれる。
「はー、やっと帰れる。3食缶詰生活はもう飽き飽きだよ」
「俺は早くシャワー浴びてえ、報告は2人に任せる」
運転席に乗り込んだ火傷跡の男と、最後尾にふてぶてしく足を広げて座る刺青の男と一緒に、真ん中の列に金髪の彼と一緒に座った。
「じゃ、帰るか」
火傷跡の男が車を走らせると、エリオとすごした家がどんどん遠ざかっていく。
僕はいつの間にかに癖になってた左薬指を触りながら、その景色をじっと見つめていた。
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家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
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小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
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「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
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小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

泣くなといい聞かせて

mahiro
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付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

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