天底ノ箱庭 新世界

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3章

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2.
引っ越ししてから1週間。
エリオは本当にずっと家にいてくれて、僕と家の片付けをしたり他愛のない話をしたりとのんびりと過ごした。
のんびりと…というと少しだけ語弊があるかもしれない。二人でいるといつもどちらからともなく体を触れ合わせて、程なくしてベッドに倒れ込むようにして絡み合う。
恋人同士になった嬉しさとくすぐったいような恥ずかしさがあって、愛していると囁かれながらする行為は快感以上の心地良さがあって僕は本当に幸せな気持ちになってしまう。
1週間前の酷い出来事を思い出す暇も無いくらい愛してくれる彼と過ごす時間は本当に楽しかった。
エリオは「ここにいる間」恋人で居てと僕に告白してくれたが、僕はもし塔に帰っても彼との関係を続けていくつもりだった。
僕がこの最下層に落ちてきてもう2週間くらいになる。
簡単に帰ることが出来ないということは受け入れつつはあったが、まだ諦めきることは出来ずにいた。…彼と一緒二塔に帰りたい。それが僕の今の願いだった。
「エリオ、お洗濯終わったよ。他になにかすることある?」
随分手馴れた手洗いでの洗濯を終えて、タオルで手を拭きながらダイニングにいるであろう彼に声をかけた。
「…あれ?エリオ…?」
いつも元気すぎるくらい元気な声で返事をする彼の声が聞こえず身を乗り出してダイニングを覗くと、さっきまで居たはずの彼の姿が見当たらない。
「エリオー?」
さすがに黙って出かけたりはしないだろう。そう考えると2階の片付けでもしているのかと思い、僕は階段を登りながら彼を探す。
「あっ!なにー?ちょっと待ってー!」
階段を上がりながら名前を呼ぶと、漸く返事が返ってきた。2階の物置部屋から何か金属がぶつかるようなカンカンという鈍い音がする。
「なにしてるの?」
「あー!待って!!開けないで!見ないで!」
物置のドアを小さく開けると、エリオが慌てたように声を上げる。
「えー何隠してるのー?」
慌てる彼の声が既に可愛くてちょっと意地悪したくなってしまう。
中を覗くと、エリオが何を工具で摘んでハンマーで叩いている。近くにはバーナーが転がっていて、工具でつまんだそれが赤く光ってるのが熱された金属であることが分かった。
「あー!!なんで!!なんで来ちゃうんだよ!!」
笑いながら文句を言う彼は、それでも熱したそれを熱いうちに叩きたくてか一心不乱にハンマーを振っている。
輪状になったその小さな金属を水に沈めて冷ますと、彼はようやく僕に振り向いて困ったように笑った。
「もー、なんで開けちゃう?」
「ふふっ、エリオが困るかなって思って!…なにか作ってたの?」
彼の手元を覗き込むように屈むと、彼は水に沈ませたそれをつまんで見せる。
それは叩かれた跡が沢山残る金属製のリングだった。頑張って熱して曲げられたそれは歪で、一応は頭とお尻を溶接されて1本の輪にはなっている。
「…ゴミ。作りたい物はあったけど、ちょっと俺には無理だった。鍛治は学んだことあるから、出来るかなーって思ったんだけど」
そう言うと彼はちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。
「ゴミ?…なんか指輪みたいだね?でも溶接とか鍛冶とか出来ちゃうんだ、凄いね!」
彼が本当は何を作りたかったのか気になるが何となく感じた感想を僕はそのまま口にした。
彼は僕の言葉に顔を上げて、目を開いた。
「…指輪に見える?」
「うん!個性的で素敵だと思う!」
塔にあったパンク系のお店でこんな感じのブレスレットを見たことある気がするし、きっと流行りのデザインなんだろうな。
指輪を差して僕が笑顔で答えると彼はそれを手に取ってもじもじと表面を撫でた。
「これ…本当はシャムに指輪作ってあげたくて…でも、あんま綺麗にならなくてさ…」
「え、僕にくれるの?ほんとに?」
思いもよらぬ話に僕は首を傾げ見せる。
「い、いる…?こんなゴミみたいなの…」
「ううん嬉しい!手作りの指輪なんてなかなか貰えるものじゃないもん!でも急にどうして?」
「えっ、うーん…」
彼はまた手元の指輪に目を落とす。まだ少しくすみの残ったそれを拭うようにゴシゴシと擦ると、彼は照れたように頬を赤くして顔を上げた。
「…恋人できたら指輪贈りたいって、地上にいた時ずっと思ってたから…こんな街でもシャムに贈れないかなって。汚いやつしか作れなかったけど」
彼はくすみが取り切れないその指輪をタオルで拭くと、僕の前に膝をついて差し出す。それはドラマとかで見るプロポーズの姿にも似ていた。
「ロマンチストすぎてキモいかも!ごめん!でも、シャムがいいならもらってくれる?」
浅黒い頬を赤く染めながらこちらの瞳を見て、精一杯笑う彼は少し緊張しているのか声が上ずっていた。
「…うん、喜んで」
僕がそう答えるとエリオは左手をとって、まるで結婚式の指輪の交換のように優しく薬指に指輪をはめてくれた。
「あっ!待ってこれ結婚指輪の位置じゃん!」
あわあわと慌てて彼は僕の指にはめたそれを抜こうとする。
「いいの!もう貰ったんだからつける指は僕が決めるもん」
彼の手からするりと逃げ出して、左手にはめられたそれをまじまじと見つめる。
指輪は僕の指にほとんどピッタリで、多少の歪みから隙間もあったが、きちんと鋭角が出来ないよう処理されたそれは付けていても不快感はない。
「へへ…すごいねエリオ!ほらぴったり!!やっぱりこれはこの指につけておくべきだよ」
彼に同意を促すように「ね?」と首をかしげると彼は困ったように笑う。
「でも、そこだと何か俺もうシャムをお嫁さんに貰ったような気になっちゃうんだけど…」
「あれ…お嫁さんにもらってはくれないの?」
「いや、お嫁さんに欲しいから調子乗っちゃうんだけど」
僕の薬指に彼は手を添えると、眉を八の字にしたまま僕に微笑む。
「じゃあ…次はもっと綺麗なヤツ、またサプライズでこっそり用意するから、それまではこれで」
「ふふっ…じゃあ楽しみにしてるよ」
なんだかこそばゆいような嬉しさで、僕はつい何度も自分の手を見てはにやけてしまう。
「僕も塔に帰ったらエリオに似合う指輪をプレゼントするね!」
「え!?俺にも!?」
目を開いて彼は口元に笑みを作る。髪が少し膨らむそれはやっぱりライオンみたいだ。
「ペアリング夢なんだ。もし…もし、またシャムが塔に帰った後も会えるなら」
言葉は嬉しそうだが、語尾が少しずつ小さくなっていく。
エリオはずっとここで暮らしてきたから、僕よりも沢山地下に帰ろうと努力しただろう。それでも叶わなかったから少し弱気になっているのかもしれない。
「大丈夫。きっと帰れるよ!」
「…ありがとう、そうだな」
彼の左手に自分の手を重ねて微笑みかけると、彼は少し寂しそうに僕の手を握り返した。
「でも本当にすごいよね!昔にやったことがあるの?」
興味本位で尋ねて見るとエリオは少し得意げに鼻の下を人差し指でこすった。
「前の飼い主に武器の手入れや部品整備は自分でやれって言われてて、鍛治は独学だけど場所もあったから勉強したんだ!腕がこうなる前は手作りでちょっとした武器を作ったりしたよ」
そこまで言ってから、彼は足元に散らばった工具に目をやり、肩を竦めた。
「この家、結構いい感じの工具あったからワンチャン指輪…って思ったけど、指輪は彫金だからこの道具でゴリ押しは無理だったわ」
「そうなんだ!じゃあ次に作る時はちゃんとした彫金道具で、僕も一緒に作りたい!それで出来た指輪を交換したら、きっと楽しいもん!」
彼が見開いた目に映る自分は、ここ最近で1番嬉しそうな気の抜けた笑顔をしていた。こんなに嬉しくて楽しい気持ち、顔に出さない方が無理というものな気がする。
彼は僕の顔を見つめてから、にやけた笑みを浮かべて目をそらす。赤い頬を指先でかいてから、僕の口に不意打ちでキスをしてくる。
「可愛い!無理!解散!」
ばっと僕を抱きしめてから、また勢いよく離れて彼は使った道具を持って1階へと向かった。
「ええ!?待って!解散しないでよぉ!」
「今すぐ解散しないと一日中ヤりまくる未来しかないので解散します!お疲れ様でした!」
笑いながら彼は工具を持って洗面所へと入って行った。どうやら道具を洗いに行ったようだった。
僕から逃げていく彼が珍しくて、からかうように後を追いかけて軽くセクハラをしてみると、結局彼の言う通り一日中セックス…とまでは行かずともベッドで触れ合ってイチャイチャと過ごしてしまった。もちろん、する事もしたのだけど…!
この一週間特に変わったことは起こらず安全と判断したエリオは、次の日から物資の調達やバッテリーの充電のため外に出かけることになった。
「なるべく早く帰るけど、暗号絶対に忘れんなよ!絶対絶対ぜーったい俺以外に会ったりしちゃだめ!わかった?」
エリオは玄関で僕の手をぎゅっと握って僕の顔を見つめる。眉を吊り上げた彼はとても心配しているようだ。
「うん!絶対絶対ぜーったいね!」
彼に小指を出して笑うと彼も自分の小指を絡めて切り、僕の口に触れるだけのキスをした。
「じゃあね、また後で!」
笑顔で手を振って彼は玄関をくぐった。
彼を見送った後は、いつものように洗濯をして彼が右手で破いてしまった服やもうボロボロになった衣類を直したり繋ぎ合わせて再利用できるようにリメイクしたりと僕にできる仕事をこなす。
ソファで裁縫に夢中になっているとトントンとエリオと決めた暗号のノックが聞こえた。
なるべく早く帰ると言っていたしもう帰ってきたのかと思い、言われた通り忍び足で玄関に向かう。ドアの隙間から彼の指が差し込まれるのを待っていると、指の代わりに差し込まれたのは1枚の紙切れだった。
手に取るかどうか迷いつつも、それを拾って広げてみる。
「ツケを徴収しに来た。出てこないとこの写真を街にばら撒き、リーサルウェポンにも対価を要求する」
そう書かれた紙切れにはあの時僕を襲ってきた3人組にポラロイドカメラで撮影された僕の写真のコピーが添えられていた。
力なく投げ出された手足に、やり尽くしてドロドロの性器やいじり回されて膨れ上がった乳首が丸見えになっている。それには高揚しているかのようにも見える、引きつった僕の笑顔がハッキリと写されている。
ゾッとするような手紙に手から力が抜け、それは足元に落ちた。ちゃんと息をしているはずなのに呼吸がどんどん苦しくなって、目の前が暗くなっていくような感覚に陥る。
僕が居ながら出てこないことを見抜いているのか、「ドンドン」と催促するような強めのノックが扉を揺らす。
ああ…早く出ないと…じゃないとこれがばら撒かれる。きっとエリオの目にも届くし、なんなら直接晒されるかもしれない。
こんな写真を見たら、彼は僕が少しでもよがっていたことに気づいてしまうかもしれないと思った。嬉しそうに指輪を送ってくれた事も、無かったことにされてしまう気がして…僕は気づけば大量の内鍵を1つづつ解錠していた。
ゆっくりと扉を開くと、そこには見覚えのある男が2人。
派手な金髪の男と火傷跡の大きな男だ。
「やーーーっと出てきたよ!ったくほんっとさー面倒かけないでよねぇ」
怠そうにため息をつく金髪の男は僕が逃げられないようにすぐさま手首を掴んできた。
「やっ、いや!!やめて!!もうやだ!!」
全身に鳥肌が立つような感覚に暴れる僕の髪を火傷跡の男が掴んで玄関の中へと押し入った。
「郊外だからってあんま騒がれるとやりづらい。静かにしろ」
低い声で唸る火傷の男の背後で金髪の彼が玄関扉を閉める。
「今日はヤりにきたんじゃねーよ。お前がちゃーんとツケを払えるように仕事持ってきてやったんだよ。感謝しろ~?」
ニヤニヤと目を細める彼にいい予感は全くもってしない。
「明日からあんたに相手してもらいたい奴がここを訪ねてくる。あんたはそいつらをしっかり満足させる。簡単な仕事だろ?」
「奴らにはなるべくリーサルウェポンのいないタイミングに行ってもらうから余計な心配はしなくていい。客にはお前の四肢を捥いだりしないようにきちんとつたえるから、死ぬ心配もないだろ」
金髪の男につづいて火傷痕の男が腕を組んで、鼻を鳴らした。
どうやらあの刺青の男は今日は居ないようだが二人に挟まれるように体を掴まれた僕は、恐怖もあって身動きがとれない。
「嫌だったらリーサルウェポンに助けを求めてもいいんだぜ?あいつが代わりに働いてくれるんなら俺らもうお前に手出さないってヤクソクしてやるよ。あいつ優しいんだろ?絶対お前の代わりに体張って働いてくれるに決まってるぜ?」
感じの悪い笑みを浮かべる彼は、僕が決してそれが出来ないことを見透かしているようだった。
「客を無視したり拒んだりしたらどうなるか分かるよな?自分が作ったツケの分しっかり働けよ」
そう言って火傷跡の男は僕の写真のコピーをペラペラと振って見せた。
「んじゃ帰るわ。明日からよろしく~」
金髪の男はわざとらしくウインクをすると、火傷跡の男と一緒に玄関から出ていく。
僕は残された手紙と写真を拾い上げクシャクシャに丸めてその場に蹲った。
男たちがいなくなった1時間後くらいにエリオが帰ってきた。何も知らない彼は「誰も来なかった?」と心配そうに尋ねたが、僕は「誰も来なかったよ」と必死で平静を装って答えるしかない。
ばれたらきっと彼に嫌われる。いや、嫌われるだけならマシかもしれない。彼が僕の為に彼らの言いなりに人を傷つけ、殺す方がもっともっと辛い。
「じゃあ、何とか逃げ切れてるのかな…地上のヤクザみたいな情報網持ってたらどうしようって思ってたから、安心した」
僕の頭を撫でながら、彼は嬉しそうに笑う。僕はそんなエリオの笑顔を直視することが出来ずに視線だけを下に落とした。
その次の日、約束通りに1人の男が尋ねてきた。
「3時間買わせてもらったんだ。缶詰1つで君みたいな可愛い子を抱けるなんて破格だね」
あまり身なりのよくない男からはすえた臭いがした。
それでも彼を拒めば、すぐにでも彼らに話が伝わって…エリオの元にも届くだろう。
彼に貰ったお気に入りのケーブルニットを脱いで、ソファに座らせていた兎のぬいぐるみの視界を塞ぐように被せた。
ただのぬいぐるみだと分かっているはずなのに、なんだか彼に見られているようで辛くなる。
「…よろしくお願いします」
素肌にシャツだけ羽織った僕を、男はにやけた顔をで見つめていた。
「この街には女の子が全然いなくて溜まりがちだけど、君はほとんど女の子みたいだ。胸もこんなに膨らんでて…どうやったらこんな身体になるんだい?」
彼は僕の腰に腕を回して僕をベッドに誘導すると、僕のキスをせがむように唇を近づけてくる。無精髭がちくちくと肌にあたり、魚の缶詰のような臭いがした。
エリオに体を褒められるのは照れくさくてそれでも本当は嬉しいなんて思ってて、いつの間にか女の子みたいになってしまった自分の体に、ほんの少しだけいい気になってた。それ知りもしない相手であると、見られるのも褒められるのも気持ちのいいものではない。
男の唇に自分の唇を押し当てると、悪寒のようなゾクゾクが体を走って鳥肌が立った。
そのまま男は本当に3時間いっぱい僕の身体に触れて楽しんだ。幸いそこまで怖い人ではなく、僕を可愛い可愛いと褒めて、満足そうに服を着込んだ。
「また来るね。君みたいな子をなかなか抱く機会もないし、予約できるうちはたくさん通うよ」
玄関口で彼はそう笑って去っていた。
一日目はその人だけだったが、そのうち一日に訪れる人数がまた1人、また1人と増えて、たまに複数人で来る場合もあり、日によっては多いと10人を一日で相手しないといけない日もあった。
僕に設けられた規約を訪れた人から聞く機会があり、内容を尋ねたら随分と簡素なものだった。
僕の顔を傷つけること、再生不可能な傷をつけること、死なせること以外は全て均一料金で可能とされていると彼は言った。
それらの少ない規約も、僕が「商品」としての価値を失わないようにするためだけのものである事は明確だ。
訪れた人たちはその規約に則ってか、怖くない人から恋人のように接してほしい人、暴力的な人や、酷いと僕が失禁するまで犯し続ける人もいた。そういう人は必ず僕を嘲笑って酷くなじる。
相手がどんな人間であろうと、肌を重ねるのは嫌だった。エリオを裏切っていると嫌なほど分かっているはずなのに、相手が誰であろうとどんなに酷く扱われようと彼と同じように反応する体が許せなかった。
どんなに気持ち悪くても、快感を得ようとする体が嫌だった。
身体にはどんどん痣や肌を吸われた赤い痕が増え、乳首に外せるタイプのピアスを無理やり付けられたこともあった。
僕がツケのためにこんな風になってから、彼に体を触られることに酷い罪悪感が生まれるようになってから口と手だけで答える日が増え、調子が悪いと言って触れ合うことを避け、彼の前で一切服が脱げなくなった。
「…ねえ、シャムはもしかして俺を嫌いになった?」
同じ食卓で夕食を食べていると、ふとエリオが悲しそうな笑みを口元に浮かべたまま小さく呟いた。
「俺、別にシャムとヤりたいだけってわけじゃなくて、もっと普通に触れ合いたいだけなんだけど…それも気持ち悪いのかな」
彼の悲しそうな声色が胸にジクジクと鈍い痛みを与える。
「気持ち悪いとかじゃないよ。少し調子悪くて…病気とかだったら困るから…」
顔を伏せたまま、適当な嘘を必死で並べた。彼はそれでも目を伏せたまま、小さく首を横に振った。
「毎日寝ててって言ってるけど、良くなる様子もない。それ、もしかして俺と暮らしてるのが原因だったら…そばにいて大丈夫なのかなってさ」
彼は何も知らされてない。それにとても安心すると同時に、なんだか酷く心が痛かった。
「違うってば。もう何回も話したでしょ、ちょっと体調悪いだけ…エリオは関係ないの」
何も詮索されたくなくて、心配されたくなくて僕の語尾が少し強まる。
「…恋人なのに、俺は全部無関係なの?」
僕の言葉にエリオが顔を上げる。眉間によせられたしわは深く、目には不安の色が見えた。
「体調悪いにも色々あるじゃん。熱を測ってもないから、何か身体に異変はないかって聞いても教えてくれない。何もしないって言っても、身体を見せてくれさえしない。そんなの、心配になる…色んな意味で」
彼の悲しげな声を聞くと、全部話してしまいそうになる。辛い、助けて、こんなこともうやりたくないと。
いえば彼はきっと助けてくれてしまう。
僕のためにたくさんの人を傷つけて、殺す兵器になってしまう。
ああ、ダメだ。ダメだダメだダメだ!!
ガシャンと食べかけの缶詰とフォークを机に置いて僕は立ち上がる。
「今日は2階のソファで寝るね、おやすみ」
何か言いかけた彼に背を向けて、僕は足早に2階の空き部屋に駆け込んだ。
「…もう…やだ…」
我慢していた涙をボロボロ流しながら革の禿げたソファに蹲った。
「シャム」
階段の方からエリオの声がする。彼は僕を気遣ってか部屋には入ってこなかったが、部屋のドアのすぐそばにいたようだった。
「もし、俺のことが嫌いになったんじゃなくて、また変なことに巻き込まれてるなら、絶対に助けるから教えて」
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その日を境に僕らは何となく別々で寝るようになって、エリオは時折心配そうに調子を尋ねてくるもののそれ以上僕に踏み込むことをしないでいてくれた。
彼が出かけている間殆ど出来ない洗濯や掃除を、まだ彼が寝ている早朝に片付ける。
エリオは「家事をしてくれるのはありがたいけど、調子が悪いなら無理しなくても…」といつも心配そうにお礼を言って外に出かけて行った。
「シャムくん…本当にえっちな体で…はぁいい匂いだ…」
僕はベッド仰向けになった男に跨り、四つん這いにさせられていた。
着て見せてくれと言われるままに身につけた、布面積なんて殆どないような女性用の下着。ブラジャーに付けられた切れ目からふっくらと乳首が覗き、殆ど紐のパンツからは勃起した僕の性器がはみ出しそれぞれ下着の意味などなしていない。
彼はそんな僕の姿をじっくりと観察するように撫でて、熱心に舐め回したり穴に指を沈めて中をゆっくりかき回す。
「ふぅっ…ん…」
「ああわかっているよ。ここが好きなんだろう?いつも可愛らしい声が漏れるからすぐにわかるさ」
穴の中の一点をコリコリと押しつぶされては舌で乳首を弾かれる。下着からはみ出した僕の性器の先端からだらしない汁が滴って、男の腹部と透明の糸で繋がっていた。
「さ、もっと腰を落としてシャムくんの可愛いちんぽをおじさんにすりすりしてご覧。上手に出来たらもっとここを舐めてあげるからね」
「あっ…ふ…ううっ…」
両手で僕の乳首をクイクイと引っ張られると体がゾクゾクと快感を貪る。
僕は彼に言われた通り腰を落として、だらしなく汁を垂らした自分のものを男の腹部にヌルヌルと擦り付けた。
こういう要望にはしっかり答えないと後で「苦情が来た」と金髪の男や火傷跡の男が僕を脅しにここに来るから、大人しくしていないといけない。
「お尻を振っておじさんにお強請りしてるのかい?可愛いねえ。ほら、これが欲しいのかな」
今日も彼の前に2人分使われて緩みきった僕の穴に、男の性器があてがわれヌルヌルと表面をこすりつける。
「あれ?シャム?」
突然、玄関が開く音がした。いつも内鍵をかけているはずなのに、何故か開いているその扉を開けて足音が中へ入って来る。
熱に侵されぼんやりしていた頭の芯が急激に冷えるのを感じた。こちらに近づいてくる声と足音は間違いなくエリオのものだ。まさか予定より早く帰ってきてしまったのだろうか。
何故、玄関の戸が空いているのかと寒くなった頭で男性の顔を見ると、彼は何かを企むように笑った。
「見つかりそうなシュチュエーション、1回してみたかったんだ」
そんな事のために彼はわざわざ僕が念入りに閉めた内鍵を全部開けて置いたのか。
怒りやら悲しいやら焦りやら様々な感情が一度に湧いてくるが、それよりもだんだん近づいてくるエリオの足音に対処しなければならない。
僕は反射的に自分の下に横になった男ごと自身を隠すように毛布を被った。
「シャム、寝てるの?外鍵開いてたよ。誰か来たの?」
部屋に入ってきたエリオが訝しげな顔で僕を見る。彼は僕のすぐ隣にしゃがむと、僕の顔を覗き込む。
「顔赤い…体調悪いの?」
「お、おかえり…大丈夫…早かったんだ…今日…。さっき出掛けた時に鍵閉め忘れたのかも…?」
全身から嫌な汗が吹き出すのを感じる。
僕の下に寝る男も、こんな下着を身につけた姿も絶対に見られる訳にはいかない。
「熱ありそう、大丈夫?」
ベッドに近づいてくるエリオに僕は男を何とか隠そうと自分の体を強く押しつぶすくらい密着させるが、胸の先端に男の呼吸がかかってゾクゾクしてしまう。
「っう…」
「どうしたシャム…?苦しい?」
エリオは上着を脱ぎながら心配そうに僕を見つめるが、毛布の中では男が僕の乳首を舌先で続いたり撫で回しちゅっちゅと吸い上げる。
こんな状況だと言うのに、彼は楽しむことを辞める気は無いようだった。
「だ…い…じょぶ…寝てれば…よくっ…」
変な声を出さないように必死で堪えながら何とか彼の言葉に答えようとするが、僕が頑張れば頑張るほど男は激しく舌で乳首を弾いて歯を立てる。
彼は心配そうに僕の布団に手をかける。めくられるかと思ったその手は僕の首元まで埋めるように優しく布団を引っ張りあげただけだった。
「震えてるってことは悪寒する?まだ悪化するかな…」
「本当に…なんでもな…」
僕の下で男が微かにモゾモゾと動く。
エリオに変に思われないように自分で動いてるフリをしながら誤魔化していると、ずっとあてがわれたままだった男の性器が僕の中に入ろうとしているのに気づいた。
「やっぱり何か薬買ってくる。とりあえず風邪薬…」
「…やっ…そんな…いい…」
すっかり緩くなった僕の穴はそれを拒んでくれるはずもなく受け入れて、僕の意思とに反して勝手に気持ちよくなろうとする。
「いや、いってくる。効果なくても、解熱効果くらいあるかもしれないし」
エリオはゆっくりとピストンされながら胸をしゃぶられている僕の傍らから立ち上がり、空の鞄を手に取る。
鞄に薬と交換するための食べものの缶詰をいくつか放り込んで、エリオは足早に家を出ていく。
「鍵閉めるけど、外鍵だけだと安心できないから可能だったら内鍵もお願いね!」
エリオの声とともに玄関が閉まり、鍵のかかる音がした。足音が少しずつ遠ざかる。
「ああ驚いちゃったね。でもこれでまだもう少し楽しめそうだ」
「うっ…やぁっ…」
エリオの姿が無くなると男は僕の腰を抱き込んで強く腰を突き上げる。
パンパンと肌を撃ち合う音と生々しい水音が彼の居なくなった部屋に響き渡る。
「もっともっと、彼に甘えるくらいおじさんのことも愛してごらん。ほら、これ彼の匂いだろう?」
男はそう言って、ベッドの脇に置き去りになっていた彼が脱いだばかりの上着を僕の鼻に押し当ててきた。
随分久々に嗅いだような気がする彼の匂いに、肺が満たされ頭がふわっと軽くなるような感覚に陥る。
「んっ…んっ…ふぅっ…」
「っ…急に締め付けが強くなった。そんなに彼が好きなんだね。それなのにおじさん相手にそんなによがっていけない子だ」
男はそのまま僕を転がして下に組み、敷きより激しく腰を叩きつけながら乳首を舐め回す。
「ん"っ…んん"っ…んい"…ぐっ…!」
男に組み敷かれたまま、エリオのコートにしがみ着くように鼻を押し当てた。
一瞬、ずっと触れていなかった彼に触れたような心地良さが僕の体をビクリと跳ねさせた。
「はぁっはぁ…あんまり気持ちよくて中に出しちゃった…シャムくんも一緒にイってくれておじさん嬉しいな」
僕の腹部に吐き出された生暖かい白濁液を、塗り伸ばすように撫でながら男は満足そうに微笑む。
「じゃあ、急いで帰るとしよう。その下着はキミにあげるから、次はそれを着て待っているんだよ。また遊ぼうねシャムくん」
男は喋りながら服を直し足早に家を去っていった。
エリオが戻る前に手早く布団を直し体を洗い下着を隠し、何事も無かったかのようにベッドに入る頃に薬の瓶を持ってエリオが帰ってきた。
彼は僕の体調が悪いからと薬を飲ませようとしたので「もう大丈夫だから」と断ったが、それでも心配なようで薬をベッドの脇に置いて、ずっと傍で床に膝をついて僕を見守っていた。
「…今日は傍にいてもいい?」
いつからか、一緒に寝ないことが当たり前になってしまったせいか、申し訳なさそうな小さい声で彼が言った。
「…うん」
消えそうなほど小さな本音を彼は聞き逃すことなく、ホッとしたような顔で僕の手を握った。
「…本当は添い寝したい」
小さい声でエリオはそう呟くと、僕の手を握ったままベッドに突っ伏した。
そのまま目を閉じた彼の顔は久しぶりに見る穏やかな笑顔だった。
「…僕も」
そう答えてしまった。
こんな汚い体で彼の隣で寝るなんて本当は許せないはずなのに、どうしても彼の匂いと体温が恋しくて我慢できなかった。
いつまで続くかも分からない地獄のような日々を一瞬でも忘れたい。
エリオは僕の答えに本当に…本当に穏やかな微笑みで返し、僕の横に寝転がり朝になるまでずっと僕の手を握ってくれていた。
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