天底ノ箱庭 新世界

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2章

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2.
缶がぶつかるようなカラカラという小さな音にぼんやりとした頭が目を覚ます。
体を起こすとはらりと毛布が肩から滑り落ち、自身が何も服を着ていないことを思い出した。
裸でに毛布をまとったままの状態でベッドの上に座り込み、食品棚の傍に置かれたダンボールを覗き込む彼に声をかけた。
「…おはよう…エリオ」
もう朝のシャワーを浴びた後なのか、濡れた髪にタオルを引っ掛けて彼が振り向く。缶詰を手に彼は歯を見せてニッと笑う。
「おはよ!」
僕の隣に戻ると、彼は僕の頬に触れるだけのキスをする。
「ちょっと恥ずかしいな」
「えー?昨日もっと凄いことしたじゃん」
ふふっと笑い声を漏らすと彼はニヤニヤと笑う。
「そういうことは言わないの」
戯れ合うように彼から逃げてベッドから立ち上がり散らばってい服を拾う。
「僕もシャワー浴びていい?」
「あいよ、ごゆっくり」
笑顔のまま彼が手を振る。拾った服を身につけずシャワールームに持っていく。
塔にもうけられていた自室のシャワールームは最新型で、天上含めた四方向からお湯が出るし、温度調節や身体を洗うためのソープもシステムがすべて自動でやってくれるのが当たり前だった。
自分でノズルをひねって温度や水量を調節する旧式のシャワーは初めて触ったものだから、使うのに少し手間取ったもののなんとか肌に浴びるのにちょうどいい温度のお湯を出せた。
なんだかこうしてゆっくりシャワーを浴びるのは久しぶりなような気がしてホッと胸が落ち着く。
最下層と呼ばれるこの地に来てからもう4日。僕が行方知れずになったのはきっともうみんな気づいているはずなのに、いつまでも迎えらしい話や捜索されているような気配は感じられなかった。
腕時計は壊れてしまったが、首に埋め込まれたICチップがラプラスに僕の居場所を教えてくれるはずなのだが…何か不具合でも起こしているのだろうか。
エリオはここをゴミ溜めだと呼んでいた。物も人も不要なものはみんなここに捨てられる、ラプラスにすら忘れられた場所なのだと。
僕がここに来てしまったのは僕の不注意がうんだ事故みたいなもののはずだった。でも、それはきっかけで本当に自分は捨てられてしまったのではないかと僕はかすかに思い始めていた。
塔の中で生きる人間や犬は外に出ることは許されない。意図的ではないとはいえ僕はこうして塔の外に出てしまったのだ。そんな僕をラプラスは見限ったのかも知れなかった。
「僕、どーなっちゃうんだろ…」
幸いエリオが僕の面倒を見てくれて、危ないところも何度も助けてくれたおかげで大きな怪我もなく過ごせているが、やはり不安なものは不安だった。
備え付けの棚に置かれていたシャンプーを手に取り濡れ髪に馴染ませ泡立てる。
本当はちょっと苦手な行きつけの美容師さんの勧めるままに染めたメッシュと整えた髪型。周りの評判とは裏腹に、僕には最高に似合っていないと思うがいつも人の意見に流されてしまう僕は長らくこの髪型で過ごしている。
泡を洗い流しシャワーのノズルをひねってお湯を止め、扉を開けた。
「あっ…そういえば拭くものなかった…」
近くを見回すもタオルらしき物は見当たらない。僕は濡れたまま脱衣場の扉を少しだけ開いてそこに居るであろう彼に声をかける。
「ごめん、タオル借りてもいい?見当たらなくって…」
傍のダイニングテーブルでジャーキーの入った瓶を指先で揺らして遊んでいたエリオくんが僕の声に顔を上げる。
「タオル?あっ、さっき俺が使ったやつが最後だっけ!」
エリオが立ち上がってベッド脇のタンスを漁る。中からバスタオルを手に取ると、それを広げて小走りで近寄ってくる。彼は側まで来ると、僕の身体を包むようにそれを巻き付けた。
「ふふっ、ありがと」
彼にお礼を言って脱衣場の扉を閉めた。
汗を流してさっぱりした体を拭いて、ジャケットに袖を通す。下に着ていたシャツはいつの間にか無くしてしまったので、素肌に直接ジャケットを羽織ると少しムズムズとした違和感がくすぐったい。膝のすり向けたスキニーを履いていてここに来た日に擦りむいた膝のカサブタを撫でる。
塔の中で暮らしていると殆ど怪我をすることもないし、怪我をしても最新技術によって進化した治療法が気軽に受けられるのでこうしたカサブタさえ体に残っているのは僕にとっては珍しい光景だ。
痛いような痒いような不思議な凹凸を少し観察してから彼がいたリビングへと戻った。
彼は相変わらずダイニングテーブルに頬杖をついて座っている。また右手の切っ先でジャーキーの瓶をいじっていた彼は、僕に手を振る。
「おかえり、ジャーキー食べる?これちょっと古いから、そろそろ食べきらないといけないんだ」
「いいの?じゃあ、貰おうかな」
彼の向かいの席に腰を下ろすと僕にジャーキーを3枚差し出す。ちょうど6枚あったので、半分こするのだろう。
「さすがに1年以上置いといたからパサパサしてきちゃってさ…そろそろまた調達できるから、全部食べちゃって」
彼は眉を寄せて笑うと、ジャーキーを口に運んでワイルドに噛みちぎる。
僕も彼の真似をしてジャーキーにかじりついて何とか噛みちぎりもぐもぐと口の中で肉々しくほんのり塩味のそれは、塔で食べるような肉とは全然違う味がした。
「不思議な味だね、でも美味しい」
ジャーキーを齧りながら目の前の彼をじっとみつめる。
なんだふわふわとした曖昧な記憶ではあるが、昨日は彼と少し刺激の強い晩を過ごしてしまった。
エリオの事は何となくただ親切な人だとばかり考えていたから、こんなことになるなんて少しも思ってはいなかった。
3日前に新入り狩りだと言う男性らに嫌な薬臭さのある甘い液体を飲まされてからの記憶が断片的で、酷く恥をかいたことととても気持ちよかったことをふんわりと覚えている。
そこで彼と何があったかというのはそんな曖昧な記憶でも何となく察しは付くもので、最初はどうするべきかとても悩んだ。
予想外にも彼は僕にとても好意的で、そんな彼の好意を悪く思っていないのも本音ではある。なにより1人でするよりも何十倍も強い快感を前にしてしまうと、流されてしまうというのはあるのかもしれないのだけど…。
「あ、洗濯物やる?」
「ん、洗濯?」
「シャムが寝てる間に、昨日お前にまとめてもらった食料は車に詰んじゃったんだ。あとそんなに沢山は食料残ってないし、洗濯物溜まってるから、また俺が外いるうにちお願いしよっかなって」
彼は向かいの席に座ったまま微笑む。よく見ると、シャワールームの脇に衣服がまとめられたカゴがある。あれを言うんだろう。
「洗濯機使えないから、手洗いで大変なんだけど…いける?」
「えっと…やったことないけど…何とかしてみる!」
塔では洗濯から乾燥までボタンひとつで済んでしまうのが当たり前だから、手洗いなんて知識程度にしか知らないが…多分そんなに難しいことではないだろう。
「じゃ、これ報酬前払いね。溜めちゃっててかなり量あるから…これくらいかな」
エリオが立ち上がり、食品棚から缶詰を5つ取り出して僕の前に詰んだ。
「いいの、こんなに?」
「沢山一気にやると、手が痛くなるだろ?それを考えたら妥当だよ」
遠い昔は洗濯は全て手作業だったと聞いたことがあるがそんなに大変なのだろうか?
なんだか美味い話に乗せられてしまったかのような妙な疑問を感じつつ、缶詰を受け取る。
「ありがとう。報酬に見合う働きをしないとね!」
僕の顔を見てエリオは目を細めて笑って立ちあがり、風呂上がりで裸のままの上半身に身につけるシャツをタンスから探し始める。
「…ねえ、ずっと気になってたんだけど、エリオの体…触ってみたい…だめ?」
エリオがシャツを片手に振り返る。何故か目を丸くして照れたように鼻の下を指で擦る。
「え?い、いいけど…」
どうしたらいいのか分からないのか、彼はその場に立ったままモジモジと目線を泳がす。
「ベッドに横になってくれるかな、その方が触りやすそうだから」
「え!?えっ、うん…い、いいよ…」
彼はもごもごと返事をしながらベッドに腰をかけて、丸くした瞳で僕を見上げる。
「あ、仰向け…?」
「うん、お願い」
彼の隣りに寄り添うように腰を下ろすと、エリオは何故か口元に笑みをつくったり、下唇を噛んだりを繰り返しながら僕を視線で追う。
彼に被さるように身を寄せると、彼の鼻息が荒くなる。
「…本当に大丈夫?嫌だったら無理しなくてもいいんだよ?」
「嫌じゃないです!大歓迎です!!」
彼の答えにホッと安心して、ずっと気になっていた箇所に手を触れ、表面を確かめるように撫でた。
何故かワクワクとした表情を浮かべていたエリオの顔が真顔に戻っていき、僕の手元を見て「…ああ」と小さく呟いて大の字に倒れた。
「えっ…ごめんね、やっぱり嫌だった?」
彼の脇腹についているディスプレイの真っ暗な画面から手を離し僕は焦って体を起こす。
「あっ、嫌じゃないよ!スイッチ入れないと起動しないから、待ってて」
僕の顔を見て微笑むと、彼は右腕にある小さなボタンを長押しする。彼の脇腹についたディスプレイと、右腕の模様に光が点る。肩から伸びるチューブに赤い液体が走り、エリオが少し眉をしかめた。
点灯したディスプレイをもう一度確認してみると画面には何やら3つほどメーターがあり、その内の1つがもう底を着きそうだ。
バヨネットモードとかかれた文字の下に著しく破損していると出ており、警告を知らせる赤いマークが点滅している。
もう1つのボウガンモードはまだメーターはほとんど削れておらず、エクスキューズアクスは半分ほど削れているがまだ警告は出ていない。
もう1つクエッションマークが並んだメーターがあるが、タップすると警告ウィンドウが開く。確認を押すとプロンプトが開かれ、その場所はヴォイドを示した。
ヴォイドは何も代入されていない状態を指すプログラム言語だ。つまり、どこからか数値を入れるスペースは用意されているのかもしれなかった。
僕の得意分野はもっぱらサーバー管理に関したことばかりでメカニックやそれを動かすプログラムに関しては、趣味で機械仕掛けの簡単な便利グッズを作ってみる程度のものだ。
そんなプチ素人の僕がみても、ボロボロの錆と多数の傷は明らかにメンテナンス不足によるものだと踏んでいたが、これは想像以上に深刻かもしれない。
「前の飼い主がよくこのへんいじっててさ。俺にはよくわからんけど、よく右腕が変形したりするんだ。俺には操作出来なくて、かれこれ3年以上はこの腕をのままなんだけど」
大の字に寝転んだままのエリオが天井を眺めたまま話す。
「操作かあ…僕コンピュータとかプログラムのことなら少しはわかるけど兵器関係は本当に初心者だからなあ…」
ひとまず、警告が出ている現在のモードは切り替えるか修理する必要があるとだろう。機材も技術も乏しい中で修理は現実的ではないだろうと考え、なんとかモードを変更出来ないかと僕はディスプレイにかかれたボウガンのメーターに触れてみる。
確認を促すウインドウに丸とバツのマークが表示されたので丸をタッチしてみると急にエリオくんの右腕が大きな音を立てて肘までの物が折りたたまれて変形を始める。ガチャガチャと金属をすり合わせながら変形するそれは、巨大な弓のような形に変わった。
エリオくんは驚いたように目を見開いていたが、変形したそれを見て笑顔を浮かべた。
「おー、なつかしー」
使っている部品が違うのが、軋まなくなったそれを動かし、まじまじと観察した。
「う、うわあ凄い…!」
その操作をしたのはきっと僕なのだが、多分僕が1番驚いている。
「そそ、これ一撃必殺系の武器で、当てれば大体瞬殺できるけど使い勝手悪いんだよなあ」
「えっと…じゃあこっちは?」
先程ボウガンに変更した要領で今度はエクスキューズアクスを選択してみる。再び彼の腕が折りたたまれ、続いて彼の腕に翼のような巨大な刃を形成する。
「ああ、処刑斧!この斧は少ない血液で刃を振動させられるから、当たれば殺傷力が高いんだけどリーチが短い。あとデカくて邪魔」
懐かしむように左手で巨大な右手の刃をなぞり、困ったように笑う。
「えっとね…エリオくんの腕を変形させるとディスプレイにしつこいくらい表示されてた警告が消えるんだ。多分、銃剣はもう活動限界か故障かで使うことが出来ないみたいで、さっきのボウガンかこの斧のままにしといた方がいいみたいなんだけど…ちょっと大きすぎるよね?」
どちらも銃剣と比べると大きくて私生活をおくるにはどうにも適していないように思う。
「普通の腕には出来ないのかな…?」
僕の言葉に、彼は珍しく表情を曇らせた。背を向けていたのをこちらに向き直り、彼はディスプレイがある右の脇腹を左手でトントンとつついてみせる。
「普通の腕になったら、戦えなくなっちゃうから厳しいかな。見ての通り俺左手が義手だから、皮膚を認知するこのディスプレイは俺を認識してくれなくて、自分1人じゃ変形できない」
巨大な斧の刃を手で撫で、彼は目を伏せる。
「そもそも、死ぬ予定だった闘犬に遊び半分で付けられた装甲だ。私生活を考えた作りにはなってない。普通の腕に戻す方法は多分ないだろうなあ…」
「…そう…なんだ…ごめん…無神経だったね」
なんだか申し訳ないことをしてしまったような気持ちになって、僕は手を引っ込めて肩をすくめる。そんな僕の様子に彼は何か感じたのか、困ったように眉を寄せて笑った。
「銃剣でいいよ、大丈夫」
「えっ…でも…銃剣は警告が…」
「なんとかなるよ。酷使しなけりゃいいんだろ?つつましやかに暮らすよ。色々考えてくれて、ありがとう」
冗談っぽく彼は微笑むが、その表情は少し残念そうでもあった。
「けど…」
こんな素人目にもお粗末な作りの彼の腕は、破損に備えた緊急の流血防止設計も、被害を最小限に留めるための着脱可能な連結部分も見当たらない。破損すればただでは済まないだろう。
何とかならないものかと考えていると、ふとあのヴォイドが目に入る。無意味なプログラムには思えないが、まだどうにかする手立てがない。腕に戻せなくとも、もう少し扱いやすい小型の武器にならないかともう一度それを開いて調べてみる。
ヴォイドには何か数値の代入を求められているようだが、定義が分からない。他のモードに何が代入されているのかを調べると、いくつかの式があり、それぞれに数値が定義されているのが分かった。
刃物や銃などの武器のパーツが数値によって定義されている。どうやら、彼の右腕の中には多数の部品が詰め込まれており、このヴォイドに数値を入れることで武器を好きにカスタマイズできる仕組みのようだった。
「…ん?なしたの?」
いつまでもディスプレイとにらめっこをしている僕を急かすようにエリオくんが首だけ持ち上げて僕を見る。
「…ごめん、もう少しだけ調べてもいい?」
「おー?いいよ…?」
不思議そうな声を出しつつ、彼は再び身体から力を抜いてベッドに寝直す。
パーツの配列を数値としてデータ化するだけなら機械に疎い僕でも何とかなりそうに思えた。
試しにいくつか適当に数値を入力してみると選んだパーツのプレビューが予想図を組んでいく。
配列さえ綺麗に揃えればその関節部や接合に使われる部品はある程度自動で選ばれるようで、細かな部品がプレビューに映し出されたパーツとパーツの隙間を埋めてくれた。
始めると思っていたより親切設計だ、まるでプログラムの基礎をかじった素人が操作することを想定されて作られている。
組み上げた数値を保存すると最後にモードの表示名を求められた。
「名前か…」
塔では僕はネーミングセンスがないことに定評があったらしい。塔の保護施設で生まれた赤ちゃんパンダにパンダくんと名前を提案した時にブーイングを食らったのは記憶に新しい。
まあ…多分…これは僕しか見ないだろうからと、表示名に「シャムより」と入力して生成を選択する。
ガチャガチャと音を立てて組み上がっていく彼の右腕に、祈るような気持ちで目を向けた。
銃剣に戻ると思っていたのか、全く違う形に組み上がっていく右腕を見た彼は目を見開く。
音が止み組み上がった右腕は僕が想定した通りの形…シザーハンズに変わってくれた。
人差し指と中指には大きな刃のパーツを使い、薬指と小指に当たる部分には細めのバレルを埋め込んだ。親指は小さな刃物で作った。
パーツの大きさの関係上、人の手よりふた周りほど大きくなってしまったがボウガンや処刑斧よりはコンパクトだし許されたい気がする。
「えっと………」
ムクリとベッドから起き上がったエリオは驚いたような表情でその手の指を握ったり開いたりして確認している。僕の声を聞いてこちらを見ると、何も言わずに見つめてくる。
真顔とも言える表情の読めないその眼差しが緊張感を漂わせた。
「ほ、ほら…これなら手みたいだし、武器もついてるから使いやすいかなーって…だめ?」
「シャムがやったの?マジで?」
表情を変えずに彼は質問を重ねる。
「簡単なカスタム機能があって…それで、一応エリオの用途に沿うようにはしたんだけど…」
自分の作品を他人に紹介のはいつだって恥ずかしい気持ちになる。
しかもそれは彼の右手として長い付き合いになるかもしれないものだ。
「や、やっぱり銃剣にもどす?ごめんね勝手にいじって!」
あわあわと彼のディスプレイに手を伸ばすが、彼が左手でそれを止める。みるみる大きな口で笑顔を作り、歯を見せてエリオは満面の笑みを浮かべた。
「なんでだよ!戻さないよ!すげえ!シャムすげえよ!これ超カッコイイ!絶対便利だもん!」
「ほ、ほんと…?気に入ってくれた?」
彼が喜んでくれているのが嬉しくて僕も自然と笑みがこぼれる。
「気に入った気に入った!もうこれ9割型手だもん!はあ~生活楽になるう~!」
刃になった右手をわちゃわちゃと開け閉めして、彼は感嘆のため息を吐く。
「ありがとう!感謝してもしきれない!シャム、ホントに地獄に落ちてきた仏様!大好き!」
あぐらをかいたまま、彼は深々と頭を下げ、まるで崇めるように手を合わせた。
「ふふっ、それはちょっと大袈裟すぎると思うけど…役に立てたのなら良かった」
「いや、お前がいなかったらこうはならなかったよ!お礼する!いや、させて!何でもする!」
顔を上げてエリオがニコニコと僕を見る。
「えっ?むしろ僕がお礼したいくらいなんだけど…そうだなぁ…」
彼から目を逸らして僕はダメもとで呟く。
「じゃあ、新しい服が欲しいな。僕でも着れそうなデザインの」
「服?」
不思議そうに僕の言葉を復唱すると、彼は笑って胸を叩いた。
「分かった。じゃあ、せっかくだからとびきりシャムに似合いそうなの調達してくんね!任せろ!」
ベッドから跳ねるように飛び起きると、エリオはシャツを着て、ジャケットを羽織る。リュックの中にまだ詰め終わってなかった棚の食料を全て詰め込み、彼は足取り軽く玄関へ向かった。
「じゃあ、新居の調査とお洋服調達してくるから、暗号忘れんでね!お外に1人で出歩く、ダメ絶対!」
僕をビシッと指さしてまるで決めポーズのように睨みを効かせる。
「わかってるよ、洗濯しながら待ってる。エリオも気をつけてね」
「この右腕なら百人力!また夜にね!」
ニシシと笑って彼は外へ出ていった。
5つの内鍵を閉めて僕は洗濯をするためにシャワールームへと向かう。
大きなタライに水を張り洗剤を混ぜる。
砂や埃で汚れた衣類を水に沈めて丁寧に揉み洗い、汚れの酷いところはよく擦って綺麗にする。
簡単な作業の繰り返しだがずっとしゃがんでいなきゃいけなかったり、汚れがなかなか落ちなくて擦っていると手が疲れたりで思っていたよりも大変な作業だった。
ボタンひとつで済む世の中に感謝をしつつ何とか洗濯を終えるころには疲れてヘトヘトになっていた。
「はー、洗濯って思っていたより大変なんだな…これは溜めずに少しずつやった方が良さそう」
ベッドに横たわっていると「トントントン」と聞き覚えのあるリズムのノックに僕は体を起こした。
エリオは確か「また夜に」と言っていたけど時計はまだ夕方の4時くらいだ。いくらここがあっという間に暗くなると言えど、夜と言うにはまだ早い気がする。
ノックは3セット繰り返されるとしんと音が鳴り止んだ。
エリオと決めた暗号通りのノックに、彼が早めに帰宅したのだろうと思って扉に向かった。
「今開けるからちょっと待っててね」
5つの内鍵順番に開けて扉を開く。
「おかえり!早かっ…た…ね?」
目の前にたっていたのはエリオには似ても似つかぬ長身の男。ボロボロのタンクトップに肩からびっしりと腕を覆いつくす派手な刺青と唇に開いたピアスが印象的の「いかにも怖い人」というやつだ。
直感的に「やばい」と感じて慌てて扉を閉めようとするが、ガンと鈍い音を立てて玄関扉を蹴り開かれる。
「な、な…何ですか…?」
部屋の中にズカズカと入り込む刺青の男から逃げるように奥へと逃げると、彼の後ろから顔に火傷痕のある体の大きな男と、長い金髪の派手な男が後に続いて上がり込んできた。
「ひゃー話に聞いてた通りのかわい子ちゃん♪四肢のある女なんてすげー久しぶりに見たわ」
「いや男だろ」
腰を抜かして部屋の隅に座り込んだままの僕を見下ろす三つの視線にすっかり萎縮してしまった僕は、口をパクパクとさせながら声にならない言葉を必死に考えていた。
「ど、どなたですか…」
「お前が喧嘩を売った新入り狩りに頼まれて、対価を徴収しに来た」
刺青の男性は脅すような低い声をだして、怖い顔で僕を睨みつける。そんな彼と僕の間に金髪の男性が機嫌良さそうに割り込んできた。
「まあまあ、コイツ別にここで悪さしてたわけじゃねえっしょ?そんな怖がらせなくたっていいじゃん、な?」
彼は屈んで僕と目を合わせるとニッコリと笑う。
「君もそんな怖がんなくっていいからね、俺ら怖いの顔だけだからさ!ほら~笑って笑って!」
「へっ…あ、いやそんな…怖いとかは…」
肩を抱くように組んで髪に鼻を押し当てる彼は少しスキンシップが過剰なように思うが、僕には苦笑いを返すので手一杯だ。
「俺たちさあ、バビロンって組織の人なの。知ってる?この街で一番大きくて!強くて!たーくさん人がいる、こわーい組織。新入り狩りはバビロンに属してるから、君に仕事を邪魔されたし逃げられたって激おこなんだよね~」
バビロンという名前に聞き覚えはなかったが、おそらくエリオの言っていた新入り狩りと繋がっているという怖い組織のことで間違いないだろう。
動けない僕に寄り添う金髪の彼は髪からどんどん首元へと顔を滑らせる。
「でも、俺たちやさしーからさ!君が喜んで身体明け渡してくれるってんなら、可愛い可愛い君をたくさん愛して優しく対価を支払わせてあげる!良かったね~、可愛くて!」
「や…嫌です…僕はそんな対価を払わなきゃいけないことは何も…」
僕は金髪の男から逃れるように身をそらす。
「じゃあ、リーサルウェポンに払ってもらおうか?ツケを徴収しないと俺たちが怒られちゃう。彼には沢山の人間を攫ってもらって、オナホ大量生産機になってもらお!」
「そ、それはダメです!彼には何もしないで…!」
立ち去ろうとする金髪の男の足を掴んで僕は震える声を何とか絞り出す。
「やりぃ決まりね!」
そう言うと金髪の彼は僕を引っ張り上げると、僕の肩を抱いてベッドに向かう。
「ちょっ…離してください!」
「えー?ツケは自分で払うんでしょ?溜まってるんだよ~、君が飲み逃げした水代と、捕まえ損ねた新入り3人、リーサルウェポンを誘惑する仕事の放棄…うわ、いくらになっちゃうかな?」
彼は肩と手首をがっちりと掴んで、抵抗する僕を引きずるように連れていく。
「や、やめて!いや!」
彼は暴れる僕をベッドに向かって突き飛ばす。弾力のある柔らかいマットの上に倒れ込むと、キシキシとスプリングの軋む音がやけに大きく聞こえた。
金髪の男性が僕を抑え込むようにして跨ると、舌なめずりをしながら僕のジャケットに手を伸ばす。
「へへっこんな可愛い女の子ひっさびさじゃん」
「だから男だって」
彼の隣で僕を覗きこんでいるのは火傷跡男性。少し離れたテーブルで、僕が貯蓄していた缶詰の蓋を刺青の男性が開けている。
「は、離して!!やめてよ!!」
「騒がせんな」
「ほら大人しくしろ」
機嫌悪そうにため息を着く刺青の男性に言われて、火傷跡の男性がタオルのようなものを僕に噛ませる。
口を塞がれ呻くことしか出来なくなった僕のジャケットのファスナーを一気に下まで引き下ろす。
「ほらー女の子!ちょっとおっぱいちっちぇーけど」
「あれ…っかしなー、絶対男だと思ったんだけど…」
笑う金髪の隣から覗き込む火傷痕の男が、自分の顎を触りながら首を傾げた。
「んんー!んー!」
暴れる僕の腕を火傷痕の男が捕まえて頭の上に束ねて押し付けられる。
腰に跨った金髪の男が僕の髪や首元に顔を埋めて、スースーと荒く息を吸い込む。
「っはー!やっぱ女はいいねえ!甘い匂いだ、こりゃ誘ってる、けしからんねえ~!」
しゃぶりつくように鎖骨や首すじをべちゃべちゃと舐めまわしてそのまま僕の胸へと舌を動かす。
ヌルヌルと舌先で転がすように先端をいじられて口いっぱいに頬張るように強く吸い上げられる。
片手でもう片方をクリクリと押し潰して引っ張られると、嫌なのに体が熱くなっていく感覚が抑えられない。
「やっべもうこんなコリッコリだよ?こりゃそーとーいじってるなぁ…そんなに乳首好きなの?」
金髪の男は心底楽しそうに先端をこね回す。ジュルジュルと音を立てながら吸い付いて、時折歯を立ててるのかチクリとした痛みが僕の先端をどんどん敏感にさせていくのがわかった。
「んん…!ふぅ…ん…!!」
「気持ちいいねえ、そうだよねえ?そろそろおマンコ寂しくなっちゃった?おにーさんがこっちも可愛がってあげるからね~」
子供をあやすようなその喋り方は、なんだか馬鹿にされているようなかんじもする。
金髪の男はそのまま僕のスキニーに手をかけて下着ごと一気に引きずり下ろす…と同時に、顔を真っ青にして悲鳴をあげた。
「うるせーな!」
「いやだって!!こいつ、こいつ男…男…!!」
「ほらな?道理で幼女みたいに胸が小さすぎだと思ったんだよ」
吹き出す火傷痕の男に、僕に跨ったままの金髪の彼はうなだれるように「男…男かよ…」と呟く。
そこまでショックを受けられると何だか僕が悪い事をしたみたいだが、そんなに女っぽく見えるだろうか…そう考えているといきなり腹部に物凄い衝撃を受けた。
胃の中のものが飛び出そうな嗚咽と、一瞬目の前が真っ暗になる感覚に僕は声も出せなかった。
「騙しやがって!」
突然腹部に飛んできたその衝撃が金髪の男性に殴られたことによるものだったと理解するのに、少し時間を要する。
「優しくして損したわ!男ならさっさとぶん殴って引きずってヤっちまえば早かったのによンだよ!!」
「うっせーな勝手にキレるな」
腕を押さえていた火傷跡の男性は溜息をつきながら、前を全開にされていたジャケットを少し乱暴に腕から引き抜いて投げ捨てた。
「まじ俺の純情踏みにじられてクッソ腹立つ…男ってわかってても顔かわいいもん…やばー…ほんと許せん」
「んん゛っ!!」
怒り任せに僕の腹に何度か拳を沈めると、急に優しげな声で咳き込む僕の顔を舐めまわしてはキスをする。
それが気持ち悪くて顔を逸らすも抑え込まれて執拗に傷口や唇を好き勝手に舐め回されていく。
「ん~!!いやでもこの唇の味は女の子だもん!これは女!!間違いねえよ…」
「ほんとにうっせえお前」
何故が急に機嫌が良くなった金髪の男性は僕の内腿に舌を這わせ、縮み上がった性器を口に含みジュルジュルと大量の唾液に絡ませて舐めまわす。
「んん!んー!!」
手足をばたつかせ身をよじさせて抵抗するも、自分より体格のいい男性に2人がかりで抑え込まれた僕は殆ど身動きが取れない。
「嫌がってる?嫌だよなあ知らねえ男とヤるなんてよぉ」
金髪の男性が唾液でヌルヌルになった僕のものを擦りながら笑う。
彼の言うとおりこんなのは嫌に決まっている。だと言うのに荒っぽくしごかれるそれが段々と硬さを増していくのが次第に焦りに変わっていく。
「嫌そうな割にこっちはすぐ固くなんのか。それとも嫌なのはフリだけか?」
金髪の男性は僕の両足首を掴んで火傷跡の男性に「抑えといて」と手渡す。
火傷跡の男性は足で僕の腕を抑えると、そのまま両足首を持って捲るように足を自分に引き寄せる。
「おーいいねえ、丸見えだ」
顕になった穴を撫でながら金髪の男性はじっくりとそれを見つめて笑う。
動けない僕に見せつけるかのように舌を這わせ時折吸い上げたり、舌先を侵入させてほぐすように中を念入りに舐め回す。
「んうう…!んんん!!」
気持ち悪いとそれを拒む僕の声は、口に詰め込まれたタオルに吸い込まれるように消えていく。
「あーやっぱり処女じゃねえかあ…まあこの顔リーサルウェポンも食うに決まってる。マーキングされてないだけマシだわな」
彼は指を突っ込んで中を確かめるようにほじったり広げたりしながら残念そうに呟いた。
「なんならツケの支払い済んだら、上に相談して俺たちのに出来るか聞くか?ピアスか刺青でもいれてよ。これだけ仕事したなら貰えるだろ」
火傷跡の男性は鼻で笑って金髪の彼を茶化すが、それはあまり冗談に聞こえない。
「やるなら穴の具合確かめてからだわ、ゆるゆるとか不感は勘弁だ」
金髪の男性が指を引き抜きズボンの前を開ける。
「んん!んー!!」
「だーもう暴れんなっての!!」
火傷跡の男性により強く足を抑えられ、金髪の男性は僕の腰を捕まえた。
ヌルヌルになった穴に彼の膨張した熱いものをあてがわれ僕は悲鳴をあげる。
「うわ、もう穴ひくついてるな。イヤイヤ言って結構好きなんじゃね?」
視界に火傷跡の男性のニヤニヤしたした顔が覆い被さる。彼にべろりと唇を舐められて顔を背けることに気を取られていると、ずぶっと穴から金髪の男性が侵入してきた。
「おっほ…これすっげーいいかも」
「んぅ…ふぅ…」
中側から押し進められる生々しい感触に鳥肌が立ち、涙が溢れる。抵抗しようにも体中を押さえつけられ暴れるほどに鮮明に感じる、中のもの感触が嫌で僕は抵抗すらままならなくなっていく。
「大人しくなったな、諦めたのか?」
「よがってんじゃない?」
ズプズプと音を立てながら徐々に速度を上げていく金髪の男性のものが、中から僕を蝕むように押し寄せる。
「んうっ…んんっ…」
頭の中で気持ち悪い、やめて欲しいと叫んでいるのに体が上手く反応しない。
僕が抵抗しないと見た火傷跡の男性は片手で履いていたジャージをずらし、蒸れて汗っぽくなった男性器を僕の顔の上におとす。火傷跡の男性が先程舐められてヌルヌルとした僕の口周りに擦り付けるように腰を揺らすと、彼の先端から滲む体液が顔に塗りたくられるようで吐きそうになる。
「あーっ。もう出そ…」
「まだ中に出すなよ、汚ねぇから」
金髪の男性は勢いを付けて複数回腰を打ち付けると、一気に引き抜き僕の胸元に生臭い精液をぶちまけた。
ねっとりと胸を伝う暖かいそれにゾワゾワとした不快感が背をくすぐる。
「あ゛ー最後中出しもしてえからちょっと休憩」
達したばかりのそれをブラブラと丸出しのままダイニングテーブルの椅子に座り込む彼を見て、火傷跡の男性がため息を着く。
「おいおい俺のは手伝わねーのかよ」
「てめぇ力あんだろー?」
金髪の男性は椅子にだらりと寄りかかってだるそうな声を出す。その彼に食べかけの缶詰を手渡すと、刺青の男が入れ替わりに立ち上がる。
「俺が押さえててやる。そこの飯食ってチャージしとけ」
さっきまで見てるだけだった刺青の男性が僕を見下ろしながら呟いた。
「お前が混ざりたがるなんて珍しいな、そんな好み?」
「いーだろ別に、ヤりてぇ気分なだけだ」
ずっと僕を押さえ込んでいた火傷をした彼が僕の両手を束ねたまま刺青の男に手渡す。なんとか抜け出せないかと暴れるが、もちろんビクともせず火傷の男が僕の下半身の方へと回った。
「俺はバックがいい。男だと突っ込む穴が後ろすぎてヤりずれえ」
僕の身体を持ち上げ、無理やり四つん這いにさせる。抵抗するが火傷跡の男性に背後からガッチリと腰を掴まれ、穴に男性器を宛てがわれる感覚がした。それは今までに経験したことのない大きさで僕の恐怖心をますます煽る。
男は穴をほぐそうとする様子もなく、無理やり僕の中へと入ろうと押し付けてくる。メリメリと入口を無理やり押し開き、強引に奥へ進んでくるそれは痛みと共に未知の感覚に僕を追いやろうとする。
「んんんー!んんー!」
後ろ足で火傷跡の男性を押し返そうと足をばたつかせるが、体幹の強い彼はビクともしてくれない。
「うるせえな、お前の穴に用事があんだから静かにしてろや」
背後から首に手を回され、器官を力強く締めあげられる。急激に薄くなる酸素に目の前が暗くなりかけるが、途中で手を離されてなんとか意識を保つ。
「ちゃんと大人しくするな?」
髪を掴みあげ、背後から被さるように火傷跡のある男が僕の顔を覗き込む。
「んん…」
大人しくしていないと殺されるという恐怖心に僕は彼の言うことに首を縦に振ることしか出来ない。
「聞き分けいい穴は好きだぜ」
彼は機嫌よさそうに笑うと、再び腰を両手でつかみ直す。
「おー、大体みんなキツいけどコイツのは格別だな。悪くねえや」
中を広げながら無遠慮に彼は1番奥へと突き上げる。一気に叩き込まれたそれは奥の壁を突き破るように突破し、一番奥へと凄まじい勢いで飛び込んできた。
「んっ…う゛…」
それまで感じていた痛みが一瞬飛んだなよような感覚に体が大きく痙攣する。
吐きそうなほど奥へと押し込まれたそれは不気味な程に痛みを感じず、ゾクゾクとした言いようのない感覚が身体中を駆け巡った。
「…これ結腸入ったろ。多分もう抵抗できねえわ」
僕の腕を押さえていた刺青の男性は僕を冷たく見下ろして呟く。
火傷跡の男性が腰を打ち付ける度に走る感覚は、まるで僕の思考と体を切り離していくように抵抗する力を奪うようだった。
それを見透かしたような刺青の彼は僕の口に押し込まれていたタオルを引きずり出す。
「あっ…ふぁ…やあっ…」
「なんだ、こんなよがってたのかよ」
塞がれていた口から漏れた僕の叫び声は、甘い媚びるような声だった。
「やっ…ちが…ああっ」
「何が違ぇんだ」
火傷跡の男性は僕を嘲笑うように腰を叩き付ける。
僕のことなど性欲処理の道具としてしか見ていないようで、自分本意に激しく打ち付けられるそれはとにかく痛く、腰が砕けそうなほど力任せのそれに耐える膝が辛い。
「いい表情だなあ、口開いたから俺も参加すっか」
僕の両手首に手を添える程度に抑えていた刺青の男がズボンの前を開ける。それを僕の頬に擦りつけ、唇をつついた。
「はい、口アーンしよっか?」
「あぅ…んむっ…」
顎の力まで抜けてしまったように僕は彼のものをあっけなく口に招き入れる。
歯を立てて抵抗しようとしてるのに、首を絞められた恐怖心と体中を支配しているゾクゾクがその判断をくださせない。
お腹の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されるようなひどい感覚に、ふとエリオの顔が思い浮かんだ。
彼の優しい手つきも体温もどこにもなくて、かけられる言葉には思いやりの欠片も感じない。
甘くて心地よかったそれとは全く違う行為が辛くて気持ち悪いのに、無条件に熱くなるからだが僕の思考を奪っていくようで恐ろしかった。
好き勝手に僕の中を蹂躙すると、彼の呼吸が荒くなっていく。
「出そうだ…まだ外にするんだったよな…」
奥まで届いていたそれが勢い良く引き抜かれ、僕の背中に生暖かい液体がかかる。大量に吐き出されたそれは見なくとも、酷い粘り気を持っているのが肌で分かった。
「はー、スッキリした」
「な?すごいだろ?リーサルウェポンもこんなん独り占めするとかマジでズリーよな!」
火傷跡の男が金髪の男の傍へズボンを上げながら戻っていく。
「でも1回あんなデカいの入れちゃったら、リーサルウェポンになんてもう抱かれてもイけねえだろ!アイツちょーチビじゃん!絶対粗チン確定!俺たちのオナホになった方が幸せじゃなーい?」
金髪の男が僕の缶詰を食べながら、わざと大きな声で話す。
彼らの笑い声に何とか立ち上がろうと、手足に力を入れる。
エリオの方がずっと優しくて貴方たちよりもずっと気持ちがいいと言ってやりたいのに体がずっしりと重くて立ち上がれない。
ベッドに沈むように倒れる僕に今度は刺青の男が背後に回って被さってきた。
「それじゃ、俺の番だな」
僕の腰を無理やり持ち上げると、先ほどまで僕の口に入っていた性器を僕の下半身へと沈める。
先程のものよりも圧迫感の弱いそれはいくらか苦しさがない。
「おい、キツいって聞いて期待してたのに、思ってたよりキツくねえぞ。デカいの突っ込んで緩んだかよ」
背後の彼は急に機嫌悪そうに声を荒らげ、彼は僕の尻を平手で力いっぱい叩く。
「ひぁっ…!」
突然の痛みに身体中の筋肉が緊張するのを感じた。
「ちゃんと締めろ!ちゃんと立て!」
バシンバシンと大きな音を立てて何度も僕の尻を叩き続ける。
「あっ…やあっ…」
震える足で何とか腰を立たせるが、立て続けに襲いかかる中に押し込まれる感覚にまたバランスを失って僕の足がよろける。
「言ってる意味がわかんねえのか!しっかり立てって言ってんだよ!お前が立てるようになるまでやめねえからな!」
痛みが麻痺しそうなほど繰り返し彼は僕の尻を叩き続ける。肌が赤く腫れ上がり、熱を持つ頃になると、彼が腰を打ち付ける衝撃どころか、風が肌を撫でるだけで酷く痛んだ。次第に痛みに慣れてきたのか、麻痺したようにジワジワとした熱っぽさだけが残りようやく自身の体を支えることが出来た。
「やっと立てたな、偉いぞ」
背後から彼が僕の耳元で囁き、耳をべろりと舐める。それは僕の耳の奥へと入り込み、ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い音を立てた。
「可愛い顔してんだから、もっと笑えよ。犯して下さいって強請って媚びてみろよ」
男の手が僕の胸にのびる。それは胸先端を摘み、グリグリと潰していく。
「んぅっ…やめ…ぇ…」
人には絶対に言えない性癖、昔から1人でいじるのが常習化していたせいなのかこんな時でもそれは僕に快感を運ぼうとする。
「そうそう、そういう反応が見たかったんだよ」
胸を潰して引っ張り、指で弾く。諭されまいと必死でマットにしがみつく僕の心を見透かしたように彼は更に腰を打ち付けて責め立てる。
胸の快感と中からせり上がる熱い波のような違和感、お尻に走るジワジワとした熱っぽさで頭の中が飽和したようにぼんやりしてきた。
彼は僕の中に入ったまま不意に僕を持ち上げて回す。仰向けに寝転ばせると、嫌な笑みを浮かべる。
「犯してくださいって言ってみ?ケツマンコ気持ちよくしてって可愛くさ」
彼は僕の胸をいじり続けながら僕の口に自分の口を押し当てる。中を舐め回すように舌で僕の舌を無理やり絡める。
「ほら、早く言えって」
「い…やっ…」
彼の息がかかる唇を背けて必死で顔を横に振る。
「は?俺の言葉ちゃんと聞いてた?」
顔を離すと、彼は恐ろしい表情で僕を見下ろす。僕の胸に添えていた手で再び乳首を摘むと、今度は力任せにギリギリと引っ張った。
「いっ…や!痛っ」
「俺の言うこと聞けって言ってんだよ!!いいから強請れ!!ケツまんこ、おちんぽで気持ちよくして下さいって媚びて見せろって言ってんだ!!それも理解できねえのか!?」
痛みと恐怖でどんどん支配される体は、ついに乳首の痛みすら奪い始める。
ただただ目の前の彼の顔が恐ろしくて涙が溢れた。
「け…けつまんこ…おちんぽでっ…気持ちよくしっ…してくだひゃ…」
震える声を何とか絞り出す。言葉の意味を感じないように彼の言うことだけを繰り返すように口からこぼす。
「噛んでんじゃねえよ!!」
彼が再び僕の胸をギリギリと引っ張る。
無くしかけていた痛みは僕を半端に呼び起こす。
「もう一度、噛まずに言え。可愛いく強請れ、泣いたら許さねえ」
「ひっ…けっ…けつマンコおちんぽでっ…よくっ…気持ちよく…してっ…ください!お願いっお願いじますっ」
泣いたら許さないと睨むよう彼に必死で口を釣り上げて笑顔を作る。
「んだよ、出来んじゃねえか」
彼は再び機嫌よさそうに笑うと、僕の顔に自分の顔を近付けてくる。
「じゃあ、リーサルウェポンより俺とヤる方が好きだよな?おちんぽ強請るくらい好きなんだろ?」
「やっ…やだっ…エリオ…エリオぉ…」
ボロボロと溢れる涙に助けを乞うように彼の名前を呼んだ。
「はあ?俺の方が好きだって言えっつってんだよ!!」
彼は僕の性器を握りしめ、ギリギリと力を込める。
「い"っ…や"…やめ"っ…!」
「今は俺とヤってんだ!俺を一番にしろ!!アイツより俺がいいって言え!誰のおちんぽが一番だ!?あ"ぁっ!?」
恐ろしい表情で刺青の男が怒鳴り散らす。その後ろで金髪の男と火傷痕の男が身をすくめていた。
「うわぁ出たよ。ほんとヤってる時のアイツってこえーなぁ」
「ほんと…恋人プレイ過激派だもんな」
背後から「殺すなよ~」と朗らかに笑う金髪男の声が聞こえる。
ああ…従わないと殺される。どこか冷静にすらなりつつある頭の中でぼんやりとした危機感が警告を鳴らした。
「あ、あなたのっ…おちんぽ…いちばん"っ…しゅきっ"…!」
ギリギリとした痛みが少しずつ和らぐのと反比例するように、胸の奥にジクジクとした気持ち悪い痛みが広がるのを感じた。
それは涙になって僕の目の端からポロポロとこぼれ落ちる。
男は僕の言葉にようやく満足そうな笑みを浮かべて、僕の性器から手を離した。
「よし…じゃあお前が愛する俺に甘いキスするんだ。やってみろ」
タバコのヤニ臭さが漂う彼の口元がキスを求めるように僕の唇へと寄る。
「んぅ…ふぁ…」
ぼんやりした頭で舌を出し彼の口を少しだけ舐めとる。それに合わせて彼も舌を出すと、僕の舌に絡める。頭のどこかで気持ち悪いと思っているのに、体が彼を拒んではくれない。
僕が気持ちよくなるとでも思っているのか、彼は散々引っ張って痛くなった僕の胸を執拗にいじってくる。ピリピリと小さな針で刺されるような感覚が、痛みなのか快感なのかわからなくなってきた。
僕の胸も腫れ上がり、それは変な膨らみと熱を持っていた。
「ねえ、長くね?」
「あとちょっと待ってくれ」
金髪の男に言われ、彼は笑いながら答える。スパートをかけるように腰を打ち付け、僕の膨らんだ胸に口をつける。乳首に歯を立てて引っ張りながら彼が強く奥を突き上げる。
「っ…んあっ…」
善がるような声を漏らす僕は、自分から見ても気持ちよがっているようにしか見えなかった。本当のところを判断する脳はもう残っていない。
限界を迎えた彼のものを引き抜き、外に再び暖かい液体が吐き出される。お尻にドロドロとしたものがかかり、暖かいそれとは裏腹に体の芯が冷えていくような感覚に陥っていく。
感覚の無くなった四肢を投げ出したままぼんやりと刺青の男性を見上げる。
「はあ…俺、結構好きだわコイツ。うちのにするの賛成…」
刺青の男が話している途中で、開いたままの玄関からカランという何が落ちる音がした。彼らが一斉に後ろを振り返り、火傷跡の男が走り出す。
「誰だ!待て!」
「すみません!すみません!」
遠くから聞こえる謝罪の言葉は聞き覚えがあった。火傷跡の男が連れて戻ってきたのは、昨日僕が缶詰をあげたやせ細った男性だった。
「お願いします…缶詰だけはどうか…もうこれしか…」
「なに?文無しなのに覗き?サイテー」
金髪が声を上げて笑うが、ふと思い出したように痩せた男性の肩に腕を回した。
「そうだ、俺たち今めっちゃ楽しいことしてんだ。良かったら混ざる?君の頑張り次第では缶詰見逃してあげるし、気持ちよくなれるよ~?」
肩を組んだまま、金髪の男が僕の前まで痩せた彼を連れてくる。おどおどと怯えたような彼は僕を見下ろし、驚いたように目を見開いた。
「あ、あなたは…」
「ゃ…もう…やめ…助け…て」
痩せた彼と目が合った僕は力を振り絞ってゆっくりと首を横に振る。
「あっれ?もしかして知り合いだ?」
金髪の男は僕と彼を交互に見てから悪い笑みを浮かべる。
「なんだ、騙し討ちしてお前もオナホとしてバビロンに貢いでやろうかと思ってたけど、ちょっと面白くなってきたじゃん」
「ひっ、ば、バビロン…!?」
彼は金髪の男の言葉に怯えて逃げ出すが、彼の背後に回り込んでいた火傷跡の男の胸にぶつかって尻もちをついた。
それに合わせて金髪の男が彼の前にしゃがむ。
「なんか知らないけどお友達なんだよね?あれを酷く犯してくれたら、本当の本当に見逃してやるよ。俺たちの仕事、あの子をいたぶることなんだ」
痩せた彼の顎を掴み、僕の方へと向かせる。涙を浮かべた彼の瞳には恐怖と不安と迷いが混ざっていた。
「ほーら、可愛い。俺が純情捧げそうになるくらい可愛い。あんな子犯して、缶詰も免除。ラッキーくない?今は中出ししたら殺すけど」
恐ろしくて泣き出しそうな彼は昨日あんなに泣いて喜んでくれた。そんな彼なら僕を助けてくれるんじゃないかと心のどこかで期待して、軋むような腕を彼に伸ばして必死に助けをもとめる。
彼は僕を黙って見つめていたが、震える口をゆっくりと開いた。
「…本当に見逃してくれるんですか?」
彼の言葉に指先が冷えていくのを感じる。そんな…そんなことは無い。彼はなにか…考えがあってあんなことを言っただけだと、寒くなっていく頭に言い聞かせる。
「見逃してくれるんですよね!?缶詰も、僕の命も全部!」
「もちのろんだよ。だから心置きなくヤっちゃって!」
金髪の男は僕の顔をみてほくそ笑む。
「可愛い子の泣き顔ってサイコーだもんね」
やせ細った彼が僕に近づいてくる。動こうにも、体が鉛のように重い。
「手始めに彼の腹を殴ってみる?グーパンで!それが終わったら罵ってよ」
金髪の男の言葉を背中に浴びながら、痩せた彼は僕の前に膝をつく。そのまま拳を振り上げ、迷いなく僕の腹部に打ち込んだ。
「うっ…なん…で…」
現実味が湧かないせいか、既に十分すぎるほど痛みつけられたあとだからか、不思議と腹部の痛みは殆ど感じなかった。
彼はそのまま僕の髪を掴みあげ、怯えた瞳で見下ろした。
「こ、この…淫乱…いやらしい大声、あげやがって…」
震える声で彼はそう言うと、僕の足を持ち上げ、自分のズボンから性器を取り出す。それは恐怖しているとは思えないほど硬くなっており、僕の穴にあてがわれるとすぐに中へと入り込む。
「や…あっ…」
こんなに痛みつけられて、好き勝手されて、まだ甘い声を漏らす自分が信じられなかった。ぼんやりした思考はゾワゾワと体をかけ抜けるそれが快感であるとようやく理解したようだ。
「きっ、気持ちよさそう…そっか…そっか…」
僕の声を聞いた彼の表情が次第に歪な笑顔へと変わっていく。ひきつったそれは高揚しているようにも見えた。
「このアバズレ!売女!ははっ!なんだ!俺は悪くない!」
次第に彼の行為が激しくなる。
「あんっ…あっ…んん…」
涙と唾液でぐしゃぐしゃの頬に新しい涙がこぼれる。どんなに泣いても快感は僕を逃してはくれずに深いところまで支配していくようだった。
歪んだ笑みで僕の唇をついばむ痩せた彼の背後に見える天井は、つい昨日エリオの肩越しに見えたあの天井だ。
「うっ…!出るっ」
ぽたぽたと体に吐き出された精液の温度…嫌に火照る体にそれがやけに冷たく感じた。
いつの間に僕を犯す男は4人に増えていた。痩せた彼は金髪の男性と気が合うらしく、仲間として受け入れられたようだった。
途中から金髪の男性と刺青の男性が何度か僕の中に出したせいで緩んだ穴から冷えた精液がドロドロと流れ出す感覚がある。
僕とエリオが暮らしていた家が気付いたらぐちゃぐちゃだった。タンスから取り出された服は彼らが性器を拭くタオル代わりに使われ、僕が貯めた缶詰は彼らの休憩時に少しずつ食い荒らされる。
飲み物を飲んだコップはボールのように壁に投げ捨てて、割れた破片が床に散った。
「じゃ、新しいダチと未来の俺らの専用オナホへお祝いだ」
刺青の男性が管のようなものを片手に、ニヤニヤと背筋の凍るような笑顔で僕を見下ろした。
それを見た金髪の男性と火傷跡の男性は僕の体を今までよりもしっかりと抑え込む。
「しっかり抑えとけよ。大事な印なんだからな」
刺青の男性が僕の性器を優しく手に取る。
彼の持っていた透明の管が先端からズルズルと差し込まれる違和感に体を捩らせようとするが、がっちりと抑え込まれた体はピクリとも動かせない。
今度は何をするのかと半ば放棄した思考で考えたその時何かを突き刺したような酷い痛みが性器の先のあたりから電気のように体中に走った。
「あ゛ぎっ…!?いっ…ぎぁ…!」
自分でも驚く程の悲鳴に傍らにいた痩せた男は驚いたような顔を青くさせていた。
「暴れさせんなよ」
刺青の男性の声が僕の悲鳴の中にかすかに聞こえる。
「おーいいねえ。かわいいじゃん」
金髪の男は機嫌良さそうに口笛を吹いた。
「う゛っ…はっ…はっあ…」
痛みに慣れたのか痛みが引いたのか、何とかまともな呼吸ができる頃になると、僕を押さえ込んでいた2人が僕のから離れる。
刺青の男性が僕を抱くように体を起こさせて、優しく耳元で囁く。
「ほら見えるか?これでお前は一生俺らのもんだ。ブッ壊れるほど可愛がってやるからな」
愛おしげな手つきで僕の髪を撫でる彼を横目に、自身の体に目を向けた。
まるで女性の小さな乳房のように腫れて膨らんだ胸。乳首はいじり回されて赤くなり、噛まれた場所には血が滲んでいる。身体はあちこち殴られたり蹴られたりした痣で肌が変色し、その上には黄ばんだ汚らしい精液が全身に散らかされて嫌な臭いを放っていた。
先程酷い痛みを感じた性器の先には、見慣れない金色の大きなピアスがはめられていた。
「これ着いてるとめっちゃ挿入しずれえし、当分フェラも痛いだろね~。もう君は死ぬまでバリネコの死ぬまでオナホ!かわいいね~?良かったね~?」
金髪の男が手を叩いて笑う。
「ちょっとやそっとじゃ取れねえバビロン製だぜ?嬉しいだろ?」
耳元で囁かれるそれは「喜べ」と僕に言っている。
「う…れし…」
僕はそう返すしかない。
首元に添えられた彼の手がそう答えないと殺すと囁いているようで恐ろしかった。
「はーい笑って笑って~」
金髪の男の声にぼんやりと視線を投げると、レトロなポラロイドカメラを覗いて僕を写している。
「しっかり笑えよ。貴重なカメラだから1枚しか許可されてない」
首に添えた手に少し力を入れながら微笑みかけた刺青の男に怯えて、僕は金髪の彼が向けたカメラに引きつった笑顔を向けた。
「はいチーズ!」
パチリという音の後カメラの下の口から写真が出てくる。それを僕の目の前にヒラヒラと振りながら刺青の男も一緒になって覗き込む。
「おーいいじゃん。セックス大好きですって顔してら」
刺青の彼が鼻で笑うと金髪の男も得意げにニヤニヤと笑った。
「とりま指示された仕事は全部終わったな。どする?もうちょいヤってく?めっちゃいい穴だし」
そう笑う彼の背後で不意にゴトンと何かが落ちる音がした。その場にいた男たちが全員後ろを振り向く。
「なん…で…」
聞き慣れた声。それはこの街に来てから1日も聞かなかった日はない。
「えり…お…」
彼の姿に僕は喘ぎ疲れて掠れた声とベタベタの腕を必死に伸ばして助けを求めた。
持って帰ってきた荷物を全て床に落とし、放心したように目を見開いていた彼は、みるみる怒りに顔を歪め、髪を逆立てる。
「ってめえ!!殺す!!」
右腕のスイッチを入れ、彼がそれを男たちに構える。銃口から銃弾が発射される。
マシンガンのような小さい弾が細かい破裂音と共に男たちへと飛んでいく。壁に見慣れない赤い銃痕が道を作る。
「あぶねえ!伏せろ!」
火傷痕の男の声で男たちが頭を庇うように床に伏せる。彼らが床に伏せたのを見て、エリオが部屋の中へ駆け込み、金髪の男を左手で掴んで壁に投げ飛ばした。
「うぎっ…!」
壁にバウンドして金髪の男が床に倒れ、背中を丸めて咳き込む。そのまま彼の上に猫のように飛び乗り、エリオが彼に向けて右手を振り上げる。
「やめろ!」
エリオに刺青の男が組み付く。彼の右手の銃口から弾が発射されるが、刺青の男が彼の右手を天井に向けているせいでそれらは上へと飛んでいく。エリオは左手で男の顔面を殴り飛ばし、追撃をかけるように右手の銃口を向けた。
「ばっ、バビロンから徴収にきた!」
まだ床に四つん這いになったままの火傷痕の男が声をあげると、ピクリとエリオが動きを止める。
「これが証拠だ。お、俺たちに危害を加えたらどうなるか、わっ、分かるだろ!」
上ずった声で彼が差し出した紙には何か判子のようなものが着いており、そこには何か文字が書かれている。
鼻の頭にシワを寄せ、怒りの収まらない表情を浮かべたままエリオが火傷痕の男に向き直る。
「バビロンから徴収…シャムが何をした。シャムを連れ去ったのはお前らで、俺はシャムを取り返しただけだ。徴収されるものなんてない!」
荒い足音を立てながら近付くエリオに、火傷痕の男は床に座ったまま後ずさる。
「お前じゃない!徴収するのはこの…ベッドにいる方だ!水代と新入り狩りの業務妨害、お前の協力を仰げという依頼の拒否をした!だからコイツには対価を…逃がした新入り3人分以上の対価を払う義務がある!」
エリオは表情を変えずに火傷痕の男に差し出された紙を乱暴に奪い取る。紙に目を通し、舌打ちすると男を睨んだ。
「…何を対価に要求する?」
「その質問…待ってました…」
床に頭を打ち付けた反動で鼻血を流した金髪の男が顔をあげる。
「リーサルウェポンなら生涯バビロンに忠誠誓って、戦力を提供してくれんなら…いいよって…優しくね?」
笑う彼にエリオは悔しそうに左手で拳を作る。少しの沈黙の後に、彼は顔をあげる。
「わかった、俺が…」
「やだ…やめて…エリオ…お願い…」
優しい彼にそんなことして欲しくない。こうなったのはどれもこれも僕のせいだった。エリオは僕を助けてしまったから、僕の自業自得に巻き込まれてしまっただけなんだ。
僕の言葉がなんとか届いたのか、彼は僕に振り返って目を見開く。眉を寄せたその目は今にも泣きそうで、同時にやり切れない悔しさが滲んでいた。
「まあ、すぐにじゃなくていいってボスからのお達しだから待つけど…俺たちどこまでも追いかけるし、リーサルウェポンが払ってくれるまでその可愛い子ちゃんに嫌がらせを約束しちゃうんだな~」
起き上がった金髪がパンパンと服を叩いて整える。続々と立ち上がる男たちにエリオは歯を食いしばって睨んでいる。
「くそっ!」
ぞろぞろと玄関から出ていく彼らを見送ることしか出来ないのが悔しくて、エリオは壁に拳を叩きつけて悪態を吐く。
「じゃあ、また会おうぜ」
刺青の男が去り際に僕に笑う。
再会を心待ちにしているかのようなその様子に全身の血が凍るような悪寒を覚えた。
一番最後に痩せた男が出て行こうとしたのを、エリオが背後からシャツを引っ張って引き止める。
彼の顔をジロジロと眺め、エリオは片目だけ細めて訝しむ。
「…お前、昨日の物乞いだよな?なんでここにいる?」
「ひっ…」
怯えたような声を上げた彼をエリオは部屋の壁に投げ飛ばす。
「お前はバビロンじゃねえだろ!?シャムに何をした!缶詰恵んでもらった礼がそれか!?ふざけんなゴミクズ!許さねえ!!」
壁に打ち付けられて転がる男に、エリオは詰め寄って腹部に強烈な蹴りを入れた。
「恩を返すどころか、シャムを…シャムをこんなにしやがって!!殺す…殺す!」
続けざまに蹴りが何度も入る。
「エリオっ…だめ…やめて…」
ふらつく足を何とか立たせて彼の背中にしがみつく。
「殺す…なんて…言わないで…」
優しい彼がこんなに怒り狂うのを見ているのは辛かった。それが僕のせいで、僕のためであることが尚更じくじくと心を痛ませる。
僕はエリオがそうやって怒り散らして守る価値のある人ではないのだから。
僕の体温を背中で感じたのか、彼は蹴りあげようとしていた足を静かに床に下ろす。そのまま彼はその場に膝をついて座り込んだ。
痩せた男はエリオの様子を見て、おずおずと立ち上がると、急いで玄関から逃げて行った。
彼らに好き放題荒らされた部屋で座り込んだ彼の目に涙が滲む。僕の身体を優しく抱き寄せ、彼は僕の首に顔を埋めた。
「ごめん…ごめん…なんでシャムを置いてったりしたんだろ…。なんで…」
震えるその声はどう聞いても泣いていて、彼の温かい涙が僕の肩に落ちて胸を伝った。
「…ごめんね…全部僕せいだ。エリオは何も…悪くない」
たてがみのような彼の髪を撫でようと手をあげるが、腕にべっとりと撒き散らされた冷えた精液を思い出してその手をだらりと下に下ろした。
「違う、シャムは悪くない…この街が変なんだ。もっとちゃんと守れば良かった…」
僕の身体を労わるように両腕で優しく抱きしめる。無機質な金属製の義手と右腕は肌に触れるとひんやりとしているが、その両腕には確かに彼の温もりがあるような気がした。
ぐすぐすとしばらく彼は僕を抱きしめて鼻をすすっていたが、ひとしきり泣くと彼は静かに顔を離す。彼の涙で張り付いた前髪を汚さないように、指先だけでかき分けた。
「…ごめん、シャムまだ裸なのに…。お風呂入りたいよな。今日は湯船浸かってゆっくりしよ」
泣いたことが恥ずかしいのか、それとも僕に気を遣わせないためか、彼はまだ涙の引かない顔で無理やり笑うと、僕を両腕で抱き上げてシャワールームへと運ぶ。
性器に付けられてしまった金色のピアスを見られたくなくて、僕はそれを彼から見えないように手で押さえるように隠した。彼も僕が単純に恥ずかしがっていると思ったのか、特に理由を聞かれることはなかった。
普段まるで使わないユニットバスに僕を寝かせ、彼はシャワーで温度を調整してから浴槽に湯を注ぐ。
「動ける?痛いことされただろ…手伝おうか?」
「…傍にいてくれる?」
彼から離れるのが怖かった。また誰かが遅いに来るんじゃないかという恐怖ももちろんだったが…なにより彼の目から離れたら直ぐにでも泣き出しそうで、泣きだしたらもう2度と泣きやめなそうで怖くて、僕は無理やり笑顔を作って彼を見る。
彼は眉尻を下げて笑うと、僕の頬に左手を添えて微笑んだ。
「無理して笑わなくていいよ…大変な思いさせてごめん。ずっと傍にいるから、大丈夫だよ」
汚れた僕の顔を嫌な顔1つせずに撫でて、付着した液体を拭う。いたわるような優しいその触り方が、たった数時間空いただけなのに酷く懐かしい。
彼の微笑みに思わず我慢していた涙がポロリと零れた。それは堰を切ったように次々と溢れ出して止まらなくなる。
「っ…ごめん…こんな…こんなはず…」
これは僕の責任なのに、そんな彼が自分を責めるような涙を流しちゃいけない。止めなきゃ止めなきゃ…そう思ってるのに涙はどんどん溢れて止まってくれない。
「俺が先に泣いたりしてごめんな。頑張って生きててくれて、待っててくれてありがとう」
溢れる涙を指で何度も拭いながら、彼が僕の額に触れるだけのキスをする。
そのやわらかい唇は僕の涙を拭うように目尻に落とされ、頬へゆき、そのまま僕の唇に重ねた。
唇を離して僕の顔を見ると、彼は困ったように笑った。
「これ、慰めになってなかったらごめんだな」
泣きすぎて上手く言葉にできない気持ちを頑張って伝えたくて、僕は何度も首を横に振る。
「…う。あり…がとう…」
エリオが僕を洗ってくれている間も、僕はずっと彼の右手を握ったままだった。
身体が綺麗になった僕をタオルで包んで彼はダイニングの椅子に座らせる。
「ああ、いかん!開けっ放しだった!」
エリオは開かれたままの玄関に散らかった物資を拾い集め、急いで戸を閉めると内鍵を手際よく閉めた。
彼の手の中のダンボールには新しい服と何故かぬいぐるみが入っている。
「これ…さっき落としちゃったんだけど、シャムの新しい服」
ダンボールをテーブルに置いて彼がはにかんだように笑う。
僕がダンボールに目を向けている間に彼は荒れたタンスの中を確認し、安心したようなため息をついて別の物を手に帰ってくる。
彼の手の中には中身がスカスカの救急箱だ。
「持ってかれてなくて良かった。怪我治そうぜ、痛いとこ教えて」
僕の目の前に跪くと、左手で僕の手を取る。
「えっと…一番痛いのはお腹かな…あと膝と口…」
「わかった」
彼は僕の手を指で撫でながら頷くと、救急箱から使いかけのシップ薬や絆創膏を取り出して僕の身体に貼っていく。
元々少なかったその中身は、僕の手当が終わる頃にはほとんどなくなってしまった。
「ごめんね…いっぱい使っちゃって…」
殆ど空っぽになった救急箱を覗き込んで僕が肩をすくめると、エリオは僕の肩を撫でて微笑む。
「いいの!シャムがまだそばにいてくれるだけで嬉しいし!ほら、服着ないと風邪ひくから、着替えよ!」
彼は先ほど運んできた段ボールの中から服を取り出して僕に順番に手渡す。
最初に手渡されたワイシャツに袖を通し次に渡されたのはふわふわの白い手編みのケーブルニット。少し大きめサイズのそれを着てみるとお尻のあたりまで隠れてまるでスカートのようだが、温かくて気持ちがいい。
「あの、なんか俺が選んだとか申し訳ないんだけど…」
少し気まずそうに笑いながら彼が差し出されたのは数枚の新しいボクサーパンツだ。
「ありがとう、下着の替えがなくて、どうしようかなって思ってたんだ」
最後に渡された黒いスキニーに足を通す。少し太ももの部分に布が余る感覚があるが、試着もなしに買ってきてくれてこの程度のサイズミスで済むのはむしろ凄い事だと思う。
「…どうかな?似合う?」
彼の前でくるりと一周、新しい服を回って見せる。
「んー!!天使!!」
彼は笑って僕の太ももに両腕を回し、持ち上げる。抱き上げたまま彼もぐるぐる回ると、僕の腹部に頭を擦り付けた。
「…ちゃんと引越し先見つかったから、明日の朝すぐに引っ越そうな。今日は休もう」
下に見えるエリオは穏やかな表情を浮かべているが、やはりどこか切なそうにも見える。
「お腹減った?」
「うん、ぺこぺこ!」
少しでも彼を安心させたくて彼の頭をきゅっと抱きしめながら、明るい声で答えた。
僕をまた椅子にゆっくり下ろすと、彼は食品棚を覗きに行き、めちゃくちゃになったそれを見て引き返した。
「やば、みんな車の中だ。取りに行くけど…一緒に来る?」
途中まで笑顔だった彼が、心配そうに僕を見て眉を寄せた。
「…うん、いっしょに行こう」
ここに少し残してあった食料のほとんどは、さっきの男たちに食べられてしまって僅かに残っていたものも痩せた男が去り際に持ち去ってしまったようだ。
彼の右手の刃の部分に触れないように彼の手を握った。
「うん、絶対手離したりすんなよ」
冗談っぽく笑いながら、彼はバレルになっている右手の薬指と小指で僕の手を控えめに握り返す。鍵を開けて外に出ると、彼はアパートの階段を降りて外に出た。
「…そう言えば…さ」
会話の途切れた一時の沈黙を割るように僕は彼に声をかける。
「部屋が…嫌に血塗れだったけど、エリオは怪我とかしなかった…?」
血まみれになっている部分は、エリオが銃弾を打ち込んだ壁一帯だが、男たちは致命傷を負っていたようには見えなかった。
「ん、ああ!ちょっとキモいよね、ごめん。俺が右手から出す銃弾は俺の血から精製してるんだ。だから銃痕がどうしても血まみれになっちゃってさ」
エリオは何故か気まずそうに笑って頬をかいた。
「それじゃあ…あれ全部エリオの…?」
僕が眉尻を下げて首を傾げると彼は小さく頷いた。
「闘犬やってたから、飼い主が低コストで済むようになってんだ。銃弾も燃料も俺の血だから、自家生産みたいな?」
「そうだったんだ…」
粗末なつくりの義手や武装もきっと同じ理由なのだろう。
僕は冷たいバレルで作られた彼の指をきゅっと強めに握りなおす。
「あんまり沢山戦わないで…失血死しちゃう…」
僕の言葉にエリオは振り返ると、彼は目を細めて嬉しそうに笑った。
「俺に戦うなって言うやつ、初めてだ。なんか嬉しいね」
手を繋いだ彼は先程より足取り軽く歩き出した。
しばらく人気のない路地を進むと、錆び付いたワゴンが隠すように駐車されていた。ワゴンに掛けたブルーシートをめくり、トランクを鍵で開けた。
「…そういやシャムは上の階層で何してたの?」
中のダンボールから缶詰を4つ取り出して、エリオがトランクの戸を肩で閉めた。
「僕はラプラスの塔でサーバーエンジニアってのやってたんだ。データを記録するサーバーを管理したり増やしたり…不具合起こしたときにデータを復旧させたり…そういうお仕事」
「へえ!どーりで俺の腕をいじれちゃうわけだ!機械つえーのすげーな!」
そんなに凄いことなのかはイマイチわからなかったが、エリオに褒められるとなんだか誇らしくなってしまう。
「エンジニアとメカニックってのはちょっと違うんだけどね、エリオの腕をいじるのに必要なのはどちらかというとプログラミングの知識かな。僕、そっちは趣味程度なんだけど結構簡単にいじれるアシスト機能があったから何とか助かったというか…多分エリオの腕のシステムとか構造自体を作った人はなかなかの知識があったんだろうなって思うよ。飼い主さんが作ったというよりは依頼して作られたものって雰囲気を感じたかな」
「お、おお…?な、なんか…えっと…すげーな?」
夢中になって話をしていると、気づけばエリオは半笑いできょとんと僕を見つめていた。
「あっ、ご、ごめん!僕好きなことの話になるとつい…」
よくそれで周りを困らせてしまうからいつもは気を付けているはずなのに、エリオの前だとうっかり心置きなく話してしまう。
「いや、話してるシャム凄く楽しそうだから、見てて楽しいよ。気の利いた相槌は…返せないけど」
エリオは眉を寄せて笑う。左腕に缶詰を抱えて、また来た道を引き返し始めた。
「そ、そう…?ありがとう、僕の話でよければ…いつでも聞いて」
彼のそんな笑顔が可愛らしくて、興味を持たれていることがちょっぴりうれしかった。
エリオはそれに頷くと、ふと思い出したように左手の人差し指を立てた。
「あとあれ!ラプラスの塔で暮らすってどんな感じなの?ほら、塔に人が住んでるとかあまり聞かないし、住んでる人にも会う機会ないじゃん?」
「えーっと、他に比べる対象がないからってのはあるかもしれないけど…凄く平和でいい所だよ。人も犬も沢山住んでるんだけどそれによる差別も殆どないし、皆が毎日ベッドで眠れて皆がちゃんとご飯を食べられるから」
塔で暮らしていた頃を思い出しながら話すと、なんだかそれが酷く懐かしい光景のように思える。
「そんなにあの塔には人が住んでんのか?あまりそんなイメージないけど…」
「それは塔で生まれた人間や、塔で働くことになった犬は塔の外に出てはいけないっていう決まりがあるせいかな」
彼の疑問に答えるとエリオは驚いたような顔をして口をあんぐりと開けた。
「ええ、そしたら中に変なやついたら地獄じゃん。バビロンみたいな下から何かを搾取するやつがいたり、親が最悪だったとか…あとは悪い女に貢がされたりとか!逃げ場ないじゃん!」
「ラプラスの塔にそんな人は居ないよ?みんな親切だし助け合ってるし、個人を尊重しあって暮らしてるもの」
エリオは不思議そうに眉を寄せて、首を傾げた。
「…そんなの理想郷じゃね?ちょっと信じられない…宗教とかでなく?大体からして、そんな狭かったら退屈しそう」
「塔の中にはいろんな施設やお店があって1つの街のようになってるんだ。僕達は塔の中で働いて塔の中で作られたものを糧に暮らしてるんだ。でも外の人たちはそれを知らないってのは聞いたことはあるから信じ難いのは仕方がないよ」
「ほえー」
間の抜けた声で彼は目を丸くする。相変わらず信じられないという雰囲気ではあるが、興味はあるようで、茶化したりする様子はなかった。
「初めてここに来た時に持っていたあのドーナツもそうだけど、クレープやハンバーガーとか色んな食べ物があるんだよ。食べ物だけじゃなくて水族館とか動物園、カラオケやゲームセンターみたいな娯楽施設も沢山あるから毎日たのしいよ」
本当は僕はあんまりそういう施設に出かけたりしないのだけど、彼が興味を持ちそうな物をズラズラと並べて塔の魅力を伝える。
彼は僕の話に目を細めると、楽しそうに笑った。
「カラオケやゲーセンかあ…1回行ってみたかったなあ…」
「…いこうよ。ここから帰って、そしたら絶対エリオを誘うから」
「うーん」
僕の言葉にエリオは首を斜めにして、目を伏せて笑った。
「…実現したらな」
「うん!きっと実現するよ!」
エリオとご飯を食べながら僕はずっと塔の話していた。
塔の中で暴力や強姦なんてものは起こらないとか、どうして犬と人間が対等に暮らしているのかとか、エリオにそんな話を聞かせると彼は「いい所なんだな」と笑って聞いてくれた。
「天使はそういう環境で育つんだなあ」
食べ終わった缶詰をまとめてゴミ箱に捨てるエリオが悪戯っぽく笑った。
「天使なんて凄いものじゃないよ?」
「俺からしたら天使なの」
エリオは笑ってベッドに向かうと、ピタッと足を止めてそれを見つめる。
乾いてパリパリになった大量の白濁液や、僕のものではない他人の体毛、少量の血染みが着いたシーツを見つめる彼の表情は口元に笑みを貼り付けてはいるものの、目が曇っていた。
彼はシーツを手に取ってぐしゃぐしゃと丸める。そのまま丸めたシーツをゴミ箱に投げ捨てて、タンスから新しいシーツを取り出そうと探る。
それでも荒らされたそのタンスの中も酷く汚されていたようで、彼は何も取り出さずに引き出しを閉じた。
「…今日はシーツなしでもいい?明日また買ってこよ」
笑みを浮かべてはいるが、寂しそうだ。
「えっと…ごめん…大丈夫だよ」
ベッドだけでは無い。壁に打ち込まれた血痕や割れたガラスに適当に捨てられた空き缶から零れた食べ物のソースやお酒が床に染み付いて、見回してみれば部屋中酷い有様だ。
「なんでシャムが謝るんだよ!何も悪くないって!」
エリオは慌てて首を振ると、シーツのないベッドに腰を下ろした。
「…どうしよう、シャムはここで休まる?やっぱり先に引っ越したほうがいいかな…でも、多分移動して食料移動してライフライン整えたら昼までかかるだろうし…」
ブツブツと呟きながら彼は自分の膝に肘を置いて、自分の右手の刃裏を指で撫でた。
「大丈夫。隣にエリオがいてくれるでしょ?」
エリオの左手に自分の手を添えると、彼は顔を上げて僕を見る。
彼は少し不安そうな目で僕を見つめると、ゆっくりと顔を近付けてくる。
「キスしていいの?」
少し笑い声を含んだ声色で彼の頬に手を触れると、彼は眉尻を下げて微笑む。
「…むしろ、したいかな」
僕の額に自分の額を当てて、鼻と鼻を擦り合わせる。
「だから、キスしていい?」
「…もちろん」
身体中をぐちゃぐちゃにされてしまって、それを彼も見たはずなのにそれでもこうしてキスしてくれることが泣きそうなほど嬉しかった。
目を閉じて、彼の唇に優しく触れるようなキスをする。それに合わせて彼は僕の唇を食べるように唇を押し付け返す。
まるでさっきの出来事なんかなかったように、昨日と変わらず舌を絡めて長い長いキスをする。角度を変えたり、息継ぎを交えて何度も繰り返し、口を離したかと思うと、彼は僕の身体を両腕で抱き寄せる。
「…ごめん、こんなことあって、今こんなこと言うべきじゃないんだろうけど…」
歯切れ悪く視線を落とす彼に抱かれた体がやけに暖かく感じる。
「…なあに?」
「さっきのやつ、自分で上書きしたいって言ったら…やっぱ嫌かな…?」
視線だけ上げて、彼は困ったように眉を寄せた。
「さっき酷い目にあって、身体もしんどいのに、その日のうちにこんなこと言うの最低だよな…」
「…ううん」
僕は彼の背中に腕回して力強く抱き返す。
ああもう、さっきあんなに泣いたのに、また涙が出そうになってしまう。
「こんな僕でいい?」
「俺はシャムがいい」
エリオは僕の首元に顔を埋めて、愛おしそうに頬を擦り付けた。
「シャムが好きだから、シャムがいいなら上書きさせて欲しい」
「うん…うん…僕もエリオがいい」
嬉しいのに泣くのを我慢してる僕の声は、なんだか震えててちょっと変な声みたいだった。
エリオは抱きしめた腕を緩めて僕の顔にまた唇を寄せる。優しく顔のあちこちにキスを降らせながら、僕の服にそっと手をかける。セーターをめくり、それに僕の頭をくぐらせて脱がせると、ワイシャツのボタンをプチプチと丁寧に脱がせていく。前を開けて、それを優しく肩から滑らせるように腕を抜く。
僕の首に口をつけて、キスをするように食んで軽く吸う。右手を僕の腰に回したまま、左手の親指で僕の胸を触る。
「…あったかい。それに優しいね」
彼の無機質な手に体温はない。それでも彼の左手に自分の手を重ねると、不思議と暖かく感じる。
「…嘘だ、俺の手は冷たいでしょ」
小さく笑いながら彼が僕に口付ける。
「ううん。暖かくてひんやりしてる」
彼につられて僕も小さく笑った。彼は笑顔のまま首を傾げたが、少し照れたように目を伏せる。
「ねえ、俺の服も脱がして」
僕の胸を触りながら、彼は反対側にキスをする。口先で乳首の先を食んで、舌で押し込んだ。
「ん…わか…った」
エリオに好きなところを触られてぴくぴくと反応を見せたがる体で、彼のコートを右手で傷つけないようにそっと脱がす。
コートの下から現れた右袖がざっくり切られたロングTシャツをゆっくりたくし上げながら、断たれた袖口を指でなぞる。
「ここは?」
「邪魔だからちぎっちゃった。袖みんな切れちゃうんだもん」
小さく笑いながら彼は腕を上げて脱がしてもらう体勢に入る。
彼の腕からロングTシャツを抜き去りながら、肌を重ねベッドへと倒れ込む。
2人で向かい合うように転がり、彼はまた僕の胸に顔を押し当てる。散々歯を立てられて噛み跡や血が滲んだ痕の残った腫れの引かない僕の胸を、彼の右手の刃裏が優しくなぞる。
「痛くない?染みたりしたら言って」
乳首の周りに彼が舌を這わす。まだ様子を見ているのか、昨日よりも吸ったりするのを控えているようだった。
「ん…ぁり…がと…」
あんなことがあったばかりなのに…むしろあんなことがあったばかりだからなのか、彼の舌使いがいつもよりも鮮明に伝わってくる気がする。
いつもよりも優しくて弱い刺激に、いつも以上に感じてしまっている気がしていた。
僕の言葉に安心したのか、彼は胸を口に含んでちゅっちゅっと音を立てていつもよりも弱い力で吸う。キスの延長線のようなそれは性的な気持ちよさとはまた違う心地良さがあった。
「あっ…はぁっ…ん…」
「…シャムが悦んでくれるから、胸吸うの好きになっちゃったんだけど」
口を離した合間にエリオがニヤニヤと笑いながら彼が呟く。再び口をつけると、唾液を絡ませて舌でなぞり、柔らかく弾いた。
空いた左手で、彼が僕の前をズボン越しに撫でる。
「うっ…」
小さな痛みにビクリと体を縮こませて、思わず顔を歪ませてしまった。僕の反応にエリオも驚いたのか、慌てて手を引っ込める。不安そうに目を開き、彼は僕の顔を覗き込んだ。
「ご、ごめん…!なんか嫌だった…?」
「あ…う、ううん…そんなことなくて…ただその…」
ピアスを開けたせいで痛むなんては言えずに、僕はそのまま黙り込んでしまう。
彼は心配そうに僕を見つめ、優しく頭を撫でてくれた。
「触らない方がいい?」
「さ、触って…ほしい…けど…」
刺青の男が簡単には取れないと言っていたあたり、きっと普通のピアスという訳では無いのだろう。今誤魔化して後で隠れて取るということも多分できない。
「シャム…?」
「嫌いにならないで…」
黙り込んでしまった僕を心配そうに見つめる彼に、僕は泣きそうになりながら呟いた。
エリオは眉をひそめて険しい顔をするが、相変わらず左手で優しく僕の頭を撫でる。
「嫌いにならないよ。何されたの?」
「その…僕…」
どうしても言い出せなくて、なんて言ったらいいのかわからなくて口ごもる僕を見てエリオは困ったように笑みを浮かべた。
「大丈夫、心配しないで。シャムが嫌じゃないなら、俺が脱がせてもいい?」
ズボンに手を添えた彼の質問に少し腰を浮かせて答える。
先程のことがあったので痛くないように気をつけているのか、彼は終始ズボンやパンツの隙間を広げるように右手のバレルで引っ張りながら下ろしていく。
全て取り去った後に彼は僕の下半身を見て、悲しそうに眉尻を下げた。
「ごめん…」
彼の顔を見ていられなくて両腕で自分の視界を覆った。彼の答えが怖くて声が微かに震えてしまう。
「シャムは悪くないよ」
彼の声はいつもと変わらない優しい声で、彼は僕の腕を取って視界に入り込んでくる。眉を下げたままではあったが、微笑んでいてくれた。
「痛かったな、触っちゃってごめん」
僕の顔にキスを降らし、彼は身体を起こす。
僕の下半身の方へ回り込むと、ピアスの着いたそれの根元をそっと撫でる。ピアスに触れないよう根元から上へと指でなぞり、僕の様子を伺うようにこちらを見つめた。
「どこまでなら痛くない?」
「エリオになら…痛くされてもいい」
体の隅々に残る彼らに与えられた快感も、痛みも全部消してほしくて僕は口走る。
視界がゆらゆらと揺れる程、瞳に溜まった涙が今にも零れそうだ。
エリオは僕の顔を驚いたように見つめると、浅黒い肌をじわじわと赤くして口を手で押さえて目を逸らした。
「…それ、マジで?」
「…上書き…してくれるでしょ?」
彼はもう一度僕の方を見ると、眉を寄せたまま歯を見せて笑った。
「じゃあ、覚悟してて」
僕の性器に顔を近づけると、左手を添えてゆっくりと口に含む。
「…ぅ…はあっ…」
ピアスを避けようという意思はあるのか、ピアスのない場所を舌でなぞるも、唾液がピアスホールに染み込んでズキズキとした痛みを発する。
左手の親指で根元をなぞりながら、彼は口の中のものを丁寧に吸い、唇でしごいた。
「あっ…はあっ…ひぅっ!」
気持ちよさに息を荒らげると、快感に混じってズキリとした痛みが刺激として加わる。
最初は辛かったそれがだんだんひとつの快感に纏まって、痛みが走る度に興奮してしまう。
「はっ…あっ…」
「…思ってたより気持ちよさそう、安心した」
口を離したエリオが小さく笑う。再び口をつけて扱きだすと、彼は僕のお尻へと手を這わす。
僕の入口を彼の無機質な指が撫で、ゆっくりと指先を押し込む。指が差し込まれ広がったその隙間からドロドロと今までに経験したことの無い量の精液が僕のおしりから漏れだした。
エリオに中出しされた時も同じような経験はしたこたがあったが、今回のそれは今までの比にならない。
「…っ!?あっやだっ…!」
ビクリと飛ぶように体を起こす。彼も驚いたように僕の下半身から顔をあげる。
「えっ、ごめ…」
そこまで言った彼の目が僕のおしりへと向かう。彼は自分の指先を見つめて、眉をしかめた。
「…ぁぁ…見な…で…っ」
足を丸めて、穴を隠すように手をだした。エリオはその手を取り払うと、僕の足を持ち上げて自身の肩に引っ掛けた。
「…大丈夫、全部出そう」
指を入れて、中を掻き回すように入れられた精液を外へと丁寧に追い出して行く。僕の体内が傷つかないように優しい手つきで、指を少しずつ増やしながら流れ出るそれらを掻き出した。
「あっ…ひゃ…はっ…」
エリオはただ僕の中を綺麗にしようとしてるだけなのに、気持ちよくなる自分が許せない。
「気持ちいい?」
エリオが僕の様子に目を細める。掻き出していた指を抜くと、彼は僕の足を肩に掛けたままお尻をめくるように上に被さった。
「これで俺やつたくさん入るから、いっぱい俺が中に注いだら勝ちじゃんね」
冗談っぽく笑いながら、彼は僕の口にキスをする。好物の果実を味わうように僕の舌を彼の舌が絡めとり、混ざり合う唾液をすする。
キスを楽しみながら、エリオは僕の入口に自身のをあてがって押し込んだ。
ゆっくりと奥へと入り込むそれをさっきまで弄ばれていた僕の身体が拒むわけがなく、奥の狭い場所へと簡単に到達する。
「っはぁ…俺、シャムのここ、めっちゃ好き…」
一番狭いそれをエリオが強く押し上げる。じわじわと道を開くそれを、一度腰を引いてから力強く一気に最奥まで叩き込まれた。
「あう…はっ…えり…ぉ…」
「ねえ、何回上書きしよう?人数分かな。シャムの中、俺でいっぱいにしないとだよな」
長いキスの後で彼と僕の唇の間で透明な糸がひく。エリオの悪戯を考える子供のような笑みを浮かべて話す言葉は、僕を軽蔑したりするでもなく、純粋に行為を楽しもうと僕を誘うような響きがあった。
「いっぱいに…して…」
身体の外も身体の中も、他の人に触れられた場所全部を彼が塗りなおしていくようになぞって満たしていくのが心地いい。
彼の首に巻き付くように腕をまわした。
快感とは別に与えられるこの心地よさが彼への気持ちだとなんとなく察している。
それを口にしても良いのか、求めていいのか悩んだ末に止められないという結論にたどり着く。
「…え…りお…すき…」
小さく呟くと、エリオは僕を見て驚いたような顔をしたが、とても嬉しそうに歯を見せて笑った。
「俺はもっと好き!」
僕の首に口を落としてキスをして、鎖骨へと移動させていく。鎖骨を彼が少し強く吸い上げると、チリチリとするような微かな痛みと共に肌に赤い痕が残った。
「…俺のって書いとかなきゃ」
悪戯っぽく笑うと、彼は繋がったまま僕を暖かくて冷たい無機物の腕で優しく抱きしめた。
彼はそれから本当に全部上書きするように僕を抱いてくれた。いつもより身体をいたわるようなゆっくりとしたものだったが逆にそれが気持ちよかった。
噛まれて痕になってしまった部分をあえて上から優しく歯を立てて噛み直したり、彼が腰をうちつけた時に叩かれて腫れてしまったお尻が痛んだら、撫でてキスをしてくれた。
殴られすぎて変色したお腹を何度も何度も撫でて、頬ずりをする彼の顔はとても温かかった。
彼は今まで1度だけ僕の中に出せばやめたのに、今日は宣言通りに何度も中に出してくれる。
時間も忘れてしまうほど優しい彼との甘い行為を楽しんでいた僕は、気づけばくたくたになっていた。
それが僕の全てを洗い流し、新たに満たしてくれるみたいで嬉しい。
僕のお腹の中がエリオのでいっぱいになる頃になって、彼は繋がったまま僕を抱きしめて横になった。
「…ずっとそばに居るから」
小さく呟くように言うと、彼は口元に笑みを浮かべて目を閉じた。
「嬉しい…」
彼の右手を優しく撫でながら僕も一緒に目を閉じる。
今日は幸せな夢が見られるような、そんな気がした。
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