21 / 24
4章 ジャグラック デリュージョン!
【第21話】偽物の7月8日 3時30分
しおりを挟む
7月8日、3時30分。俺はエデンではなく、現実で朝食代わりの深夜の食卓を火継と囲んでいた。
俺はすこぶる機嫌が悪い。口を曲げたまま、黙って火継が作った鮭の塩焼きを口に運ぶ。目の前の火継はいつもと同じ涼しい顔でひじき煮を箸でつついていた。
「痛かっただろう?もう懲りたらエデンには行かないでくれよ」
俺を見るでもなく、火継は笑顔のままで言う。
確かに火継にコテンパンにやられたせいか、全身の疲労感も凄い。どうやら、エデンで戦って負けても死にはしないようだが、食らったダメージ分の疲労は蓄積するようだ。
先の戦いで人生で経験したこともないような壮絶な痛みも味わった。能力の相性的にも到底、火継には勝てないほど分が悪いことも理解できたように思う。
「いや、行くし」
それでも、エデンを諦める理由にはならん。俺は鮭と一緒に白米を口に運ぶ。
しょっぱい。マリアが作ったの方が飯が美味い。
「咲凪」
「なんでお前は好きな女とエデンを行ったり来たりして良くて、俺はダメなんだよ。俺だってマリアと一緒にデートしたいし、会話したいし、遊びてえよ」
「金成さんは死んだんだよ。現実は受け入れなきゃ」
文句を並べ立てるが、火継は相変わらず聞く耳を持とうとしない。俺は盛大な溜息を吐いて、軽く机に頭を叩きつける。
ガツンという音と共に食器がちゃぶ台の上で跳ねた。その様子に火継は困ったように肩を竦めた。
「エデンは赤糸組が管理している。僕はいわゆるあの世界の管理人になるんだ。赤糸組が絡んでいるということは、まっとうな世界じゃない。咲凪が来るような場所じゃないんだよ」
「まっとう、まっとう、まっとうってお前ずーっと言ってるけど、それお前の中の基準の話だろ?俺にとっては現実もエデンもどっちもどっちなんだが?」
暴力団が世間一般のまっとうから外れていることはさすがに分かりはするが、俺は別にそこに加担したいわけでも、ちょっかいをかけたいわけでもない。ただ部屋に引きこもってマリアとイチャイチャできれば、それだけでいいまである。
あのマリアのワンルームだけでいい。好きな女と一緒に過ごせる時間が欲しい。それの何がまっとうじゃないってんだ。みんな持ってる希望だろ。
「あの世界は薬物中毒者たちがいる場所だ。関わらずに済むなら、関わらない方がいいんだよ。俺が生きられなかった普通をお前に楽しんで欲しい」
「俺の人生は兄貴のもんじゃねえ」
普通なんか楽しくない。いい子でなんていられるか。俺はそんなガラじゃない。
「そんなのいらねえし、兄貴にマリアが見えなくても俺にはエデンでマリアの姿が見えるんだよ。俺はマリアに会いたいだけだ。それの何が悪いんだ」
「最初は飽きて出ていくだろうと思って見守ってた僕が悪かったか…。咲凪はどうしてこんな物分かりが悪くなってしまったんだろうね」
俺の言葉に火継は溜息を吐いて肩を落した。それはこっちの台詞なのだが。
「もういい。ごちそーさん」
箸をちゃぶ台に叩きつけるようにして返却すると、俺はそのままベッドに横になった。火継はちゃぶ台の皿を回収し、シンクへと運んだ。
「僕はこの後、結の様子を見に出掛けて来るよ。現実でも傍にいてあげないと、まだ不安定なんだ」
「へーへー、現実で好きぴに会える兄貴はいいよなー」
俺は火継に背をむけて壁を見つめる。背後から火継の溜息が聞こえた。
火継は宣言通り、皿を洗って片づけるとそそくさと家を後にする。俺のことを大事だの何だのと言ってはいるが、最優先は結なのだろう。
俺も大概マリアにゾッコンだが、火継も結に夢中すぎる。血は争えないもんだ。
俺はベッドに大の字で寝転がる。見慣れた薄汚い木製の天井が目の前に広がっている。マリアの部屋の天井だと、ちょっと甘酸っぱい気持ちになれるのだが、こんな天井じゃ感慨もへったくれもない。
もう寝ようかと目を閉じて、ふと俺は思いつく。火継は今、現実の結の元へ行ったんだよな?つまり、肉体はしばらく現実にある。今ならエデンに行ってマリアに会ったってバレないんじゃないか?
急に沸き立つ心にウキウキと俺は目を開く。エデンで火継と戦ったせいで疲労感が凄まじいが、あんな苦しそうなマリアの悲鳴を聞いた後じゃ悪夢を見そうだ。俺の一部ならマリアも死ぬことはないだろうが、一刻も早く会いに行って話したい。
俺の能力ならエデンにいつでも出入りできるはずだ。会いに行こう。今行くぜマイハニー!
そう思いながら、俺は目を閉じてエデンに行きたいと念じる。次第に意識が暗闇に吸い込まれていく。ぼんやりとした心地よさに気が遠くなっていった。
次に目を開くと、部屋が明るかった。俺は身体を起こし、周囲を見回した。
「マリア!」
エデンならいつでも傍にいるはずのマリアの名前を呼ぶ。しかし、マリアの姿はない。
「…マリアー?」
名前を呼びながらベッドに座る。それでもマリアは姿を見せない。恥ずかしがり屋さんか?
枕元に置いてあったスマホを確認する。7月8日、ぎりぎり朝の11時。そこで俺は気が付く。
普通に寝てんじゃねえか!ここエデンじゃねえ!ただの現実の朝だわ!スマホをベッドに投げつけると、バウンドして床に落ちた。
俺は再びベッドに横になって思案する。やり方が悪かったのか?それとも疲労が強すぎるとエデンには行けないのか?さっきのは即落ち2コマレベルで爆睡だったと思う。おかげで疲れは大分減って、身体も軽いには軽い。
「…どーする?」
姿の見えないマリアに尋ねる。勿論、返事などない。もう昼になるところだが、今から家を出ればギリギリ学校には間に合うだろう。
ここにいたって何も楽しいことなどないし、やることもない。バイトもやめてしまった…いや、こっちでは辞めてないのか。どのみち今日はバイトはないが。
それなら、久しぶりに現実の様子でも見に行ってやろうかとも思える。マリアも見たいかもしれないし。
俺は足をまくり上げて背中で寝ころんでから、勢いをつけて一気に床に立ち上がる。全教科が詰まったままの鞄を持ち上げ、誰も見送る人のいない家を飛び出した。
2時間以上かけて登校すると、ちょうど五時限目の直前くらいに学校に到着する。俺の姿を見たクラスメイトたちが手を振った。
「おい、藤村~!昨日は急に休んじゃってどうしたんだよ!今日も重役出勤しちゃってさあ」
「いやー、ちょっとやりたいこと出来ちゃってさー。サボりサボり」
群がるクラスメイトたちの間を抜け、俺は自分の席につく。クラスメイトの数人がそのまま俺の席までついてきて、呆れたように肩を竦めたり、笑っていた。
「てかさ、金成も昨日から来ないよな。なんかあったのか?」
「あー…」
来るだろうと思っていた質問だ。エデンでは行方不明のニュースが流れたのは一か月くらい先だったが、現実でもまだ捜索願いが出ていないのかもしれない。俺は少し悩んで首を傾げた。
「金成は元気してるよ。一緒に遊んでた」
「マジか?やっぱお前ら付き合ってんじゃねーの?」
「少なくとも金成は藤村のことめっちゃ好きだもんなー」
クラスメイトたちが囃し立てる。普段ならここで「ちげーし」とか「んなわけあるか」って返すのが恒例行事なのだが、今はそんなことを言う気持ちにはなれない。
「んー、まあ付き合うし」
「はあ!?」
俺の言葉にクラスメイトが驚いた声を上げる。同時に授業のチャイムが鳴った。
「ちょ、くそ、タイミング悪いな!後で詳しく!」
悔しそうに立ち去っていくクラスメイトに俺は笑う。
まあ、嘘は言っていない。もうお付き合い申してる。マリアの肉体は死んでしまっていて、そんなマリアが死んだタイミングで付き合うと言った俺は完全に狂人枠。オカルト話にもなりそうだ。
でも、別にいい。エデンにマリアはいるし、ずっと傍で見ているらしい。今日は見えないマリアとデートしてるくらいな気持ちでいる。
授業を終え、放課後になるとクラスメイトから根掘り葉掘り色々と聞かれたが、適当に話を濁してマリアの話は切り上げた。本当はちょっといい雰囲気だった話とか、中身がめちゃくちゃ乙女やってて可愛いとか、話したいことは沢山あったが教えてやらない。あれは俺だけが知っているマリアってことで、俺の中で独り占めするつもりだ。
「んじゃ、また明日なー」
まだ詳しくマリアについて聞きたそうにするクラスメイトたちを煙巻いて、俺は鞄を肩に引っかけてクラスを後にした。
マリアがいない学校は静かだ。廊下で待ち合わせてくれる人もいないし、餌付けしてくれる人も、放課後にどっかに出掛けることも出来ない。いくら傍でマリアが見ていると言っていたとして、やっぱり実態がそこにないのは寂しかった。
下駄箱まで行くと、俺の下駄箱の傍に一人の女子が立っていた。彼女の顔を俺は全く覚えていないが、彼女は何故か俺の姿を見ると顔を赤らめて姿勢を正した。
赤茶色のワンピースに、胸元には薄くて細い生地を結んだだけのリボン。袖口と裾にはフリルがあしらわれ、短い靴下にはレースがついている。
スカートから覗く白い足を一瞬見てから彼女の顔を見た。
絵に描いたようなふわふわヒラヒラの女の子だ。どこかで会ったっけか。
「ふ、藤村くん…今、大丈夫かな?」
「おー?」
えっ、名前なんで知ってんの?自己紹介したっけ?俺、覚えてない。やべえな。
そんなことを考えていると、彼女はもじもじと指先を合わせ、赤い顔で俺を見上げる。その表情に俺は悟る。
あ、やっぱり俺モテ期きてるわ。
「あの、私…実はずっと藤村くんのこ…」
「あー!ごめん!今、彼女とデートの約束してて急いでんだ!声掛けてくれたのに超ごめん!また機会あったら話そうぜー!」
皆まで言わせてたまるか。マリア相手に駆使し続けた俺の超秘儀、知らんぷりで声を被せて両手を合わせる。呆気に取られている彼女に俺は大きく手を振って校庭へと走った。
やっぱり俺にはマリアがいないとダメだ。隣にいてくれたら、いくらでも恋人ですって自慢出来たし、ああいうのも傍に来なかったのに。
マリアが生きているうちに、全部やっとけば良かったなあ。
俺はすこぶる機嫌が悪い。口を曲げたまま、黙って火継が作った鮭の塩焼きを口に運ぶ。目の前の火継はいつもと同じ涼しい顔でひじき煮を箸でつついていた。
「痛かっただろう?もう懲りたらエデンには行かないでくれよ」
俺を見るでもなく、火継は笑顔のままで言う。
確かに火継にコテンパンにやられたせいか、全身の疲労感も凄い。どうやら、エデンで戦って負けても死にはしないようだが、食らったダメージ分の疲労は蓄積するようだ。
先の戦いで人生で経験したこともないような壮絶な痛みも味わった。能力の相性的にも到底、火継には勝てないほど分が悪いことも理解できたように思う。
「いや、行くし」
それでも、エデンを諦める理由にはならん。俺は鮭と一緒に白米を口に運ぶ。
しょっぱい。マリアが作ったの方が飯が美味い。
「咲凪」
「なんでお前は好きな女とエデンを行ったり来たりして良くて、俺はダメなんだよ。俺だってマリアと一緒にデートしたいし、会話したいし、遊びてえよ」
「金成さんは死んだんだよ。現実は受け入れなきゃ」
文句を並べ立てるが、火継は相変わらず聞く耳を持とうとしない。俺は盛大な溜息を吐いて、軽く机に頭を叩きつける。
ガツンという音と共に食器がちゃぶ台の上で跳ねた。その様子に火継は困ったように肩を竦めた。
「エデンは赤糸組が管理している。僕はいわゆるあの世界の管理人になるんだ。赤糸組が絡んでいるということは、まっとうな世界じゃない。咲凪が来るような場所じゃないんだよ」
「まっとう、まっとう、まっとうってお前ずーっと言ってるけど、それお前の中の基準の話だろ?俺にとっては現実もエデンもどっちもどっちなんだが?」
暴力団が世間一般のまっとうから外れていることはさすがに分かりはするが、俺は別にそこに加担したいわけでも、ちょっかいをかけたいわけでもない。ただ部屋に引きこもってマリアとイチャイチャできれば、それだけでいいまである。
あのマリアのワンルームだけでいい。好きな女と一緒に過ごせる時間が欲しい。それの何がまっとうじゃないってんだ。みんな持ってる希望だろ。
「あの世界は薬物中毒者たちがいる場所だ。関わらずに済むなら、関わらない方がいいんだよ。俺が生きられなかった普通をお前に楽しんで欲しい」
「俺の人生は兄貴のもんじゃねえ」
普通なんか楽しくない。いい子でなんていられるか。俺はそんなガラじゃない。
「そんなのいらねえし、兄貴にマリアが見えなくても俺にはエデンでマリアの姿が見えるんだよ。俺はマリアに会いたいだけだ。それの何が悪いんだ」
「最初は飽きて出ていくだろうと思って見守ってた僕が悪かったか…。咲凪はどうしてこんな物分かりが悪くなってしまったんだろうね」
俺の言葉に火継は溜息を吐いて肩を落した。それはこっちの台詞なのだが。
「もういい。ごちそーさん」
箸をちゃぶ台に叩きつけるようにして返却すると、俺はそのままベッドに横になった。火継はちゃぶ台の皿を回収し、シンクへと運んだ。
「僕はこの後、結の様子を見に出掛けて来るよ。現実でも傍にいてあげないと、まだ不安定なんだ」
「へーへー、現実で好きぴに会える兄貴はいいよなー」
俺は火継に背をむけて壁を見つめる。背後から火継の溜息が聞こえた。
火継は宣言通り、皿を洗って片づけるとそそくさと家を後にする。俺のことを大事だの何だのと言ってはいるが、最優先は結なのだろう。
俺も大概マリアにゾッコンだが、火継も結に夢中すぎる。血は争えないもんだ。
俺はベッドに大の字で寝転がる。見慣れた薄汚い木製の天井が目の前に広がっている。マリアの部屋の天井だと、ちょっと甘酸っぱい気持ちになれるのだが、こんな天井じゃ感慨もへったくれもない。
もう寝ようかと目を閉じて、ふと俺は思いつく。火継は今、現実の結の元へ行ったんだよな?つまり、肉体はしばらく現実にある。今ならエデンに行ってマリアに会ったってバレないんじゃないか?
急に沸き立つ心にウキウキと俺は目を開く。エデンで火継と戦ったせいで疲労感が凄まじいが、あんな苦しそうなマリアの悲鳴を聞いた後じゃ悪夢を見そうだ。俺の一部ならマリアも死ぬことはないだろうが、一刻も早く会いに行って話したい。
俺の能力ならエデンにいつでも出入りできるはずだ。会いに行こう。今行くぜマイハニー!
そう思いながら、俺は目を閉じてエデンに行きたいと念じる。次第に意識が暗闇に吸い込まれていく。ぼんやりとした心地よさに気が遠くなっていった。
次に目を開くと、部屋が明るかった。俺は身体を起こし、周囲を見回した。
「マリア!」
エデンならいつでも傍にいるはずのマリアの名前を呼ぶ。しかし、マリアの姿はない。
「…マリアー?」
名前を呼びながらベッドに座る。それでもマリアは姿を見せない。恥ずかしがり屋さんか?
枕元に置いてあったスマホを確認する。7月8日、ぎりぎり朝の11時。そこで俺は気が付く。
普通に寝てんじゃねえか!ここエデンじゃねえ!ただの現実の朝だわ!スマホをベッドに投げつけると、バウンドして床に落ちた。
俺は再びベッドに横になって思案する。やり方が悪かったのか?それとも疲労が強すぎるとエデンには行けないのか?さっきのは即落ち2コマレベルで爆睡だったと思う。おかげで疲れは大分減って、身体も軽いには軽い。
「…どーする?」
姿の見えないマリアに尋ねる。勿論、返事などない。もう昼になるところだが、今から家を出ればギリギリ学校には間に合うだろう。
ここにいたって何も楽しいことなどないし、やることもない。バイトもやめてしまった…いや、こっちでは辞めてないのか。どのみち今日はバイトはないが。
それなら、久しぶりに現実の様子でも見に行ってやろうかとも思える。マリアも見たいかもしれないし。
俺は足をまくり上げて背中で寝ころんでから、勢いをつけて一気に床に立ち上がる。全教科が詰まったままの鞄を持ち上げ、誰も見送る人のいない家を飛び出した。
2時間以上かけて登校すると、ちょうど五時限目の直前くらいに学校に到着する。俺の姿を見たクラスメイトたちが手を振った。
「おい、藤村~!昨日は急に休んじゃってどうしたんだよ!今日も重役出勤しちゃってさあ」
「いやー、ちょっとやりたいこと出来ちゃってさー。サボりサボり」
群がるクラスメイトたちの間を抜け、俺は自分の席につく。クラスメイトの数人がそのまま俺の席までついてきて、呆れたように肩を竦めたり、笑っていた。
「てかさ、金成も昨日から来ないよな。なんかあったのか?」
「あー…」
来るだろうと思っていた質問だ。エデンでは行方不明のニュースが流れたのは一か月くらい先だったが、現実でもまだ捜索願いが出ていないのかもしれない。俺は少し悩んで首を傾げた。
「金成は元気してるよ。一緒に遊んでた」
「マジか?やっぱお前ら付き合ってんじゃねーの?」
「少なくとも金成は藤村のことめっちゃ好きだもんなー」
クラスメイトたちが囃し立てる。普段ならここで「ちげーし」とか「んなわけあるか」って返すのが恒例行事なのだが、今はそんなことを言う気持ちにはなれない。
「んー、まあ付き合うし」
「はあ!?」
俺の言葉にクラスメイトが驚いた声を上げる。同時に授業のチャイムが鳴った。
「ちょ、くそ、タイミング悪いな!後で詳しく!」
悔しそうに立ち去っていくクラスメイトに俺は笑う。
まあ、嘘は言っていない。もうお付き合い申してる。マリアの肉体は死んでしまっていて、そんなマリアが死んだタイミングで付き合うと言った俺は完全に狂人枠。オカルト話にもなりそうだ。
でも、別にいい。エデンにマリアはいるし、ずっと傍で見ているらしい。今日は見えないマリアとデートしてるくらいな気持ちでいる。
授業を終え、放課後になるとクラスメイトから根掘り葉掘り色々と聞かれたが、適当に話を濁してマリアの話は切り上げた。本当はちょっといい雰囲気だった話とか、中身がめちゃくちゃ乙女やってて可愛いとか、話したいことは沢山あったが教えてやらない。あれは俺だけが知っているマリアってことで、俺の中で独り占めするつもりだ。
「んじゃ、また明日なー」
まだ詳しくマリアについて聞きたそうにするクラスメイトたちを煙巻いて、俺は鞄を肩に引っかけてクラスを後にした。
マリアがいない学校は静かだ。廊下で待ち合わせてくれる人もいないし、餌付けしてくれる人も、放課後にどっかに出掛けることも出来ない。いくら傍でマリアが見ていると言っていたとして、やっぱり実態がそこにないのは寂しかった。
下駄箱まで行くと、俺の下駄箱の傍に一人の女子が立っていた。彼女の顔を俺は全く覚えていないが、彼女は何故か俺の姿を見ると顔を赤らめて姿勢を正した。
赤茶色のワンピースに、胸元には薄くて細い生地を結んだだけのリボン。袖口と裾にはフリルがあしらわれ、短い靴下にはレースがついている。
スカートから覗く白い足を一瞬見てから彼女の顔を見た。
絵に描いたようなふわふわヒラヒラの女の子だ。どこかで会ったっけか。
「ふ、藤村くん…今、大丈夫かな?」
「おー?」
えっ、名前なんで知ってんの?自己紹介したっけ?俺、覚えてない。やべえな。
そんなことを考えていると、彼女はもじもじと指先を合わせ、赤い顔で俺を見上げる。その表情に俺は悟る。
あ、やっぱり俺モテ期きてるわ。
「あの、私…実はずっと藤村くんのこ…」
「あー!ごめん!今、彼女とデートの約束してて急いでんだ!声掛けてくれたのに超ごめん!また機会あったら話そうぜー!」
皆まで言わせてたまるか。マリア相手に駆使し続けた俺の超秘儀、知らんぷりで声を被せて両手を合わせる。呆気に取られている彼女に俺は大きく手を振って校庭へと走った。
やっぱり俺にはマリアがいないとダメだ。隣にいてくれたら、いくらでも恋人ですって自慢出来たし、ああいうのも傍に来なかったのに。
マリアが生きているうちに、全部やっとけば良かったなあ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
燦歌を乗せて
河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。
久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。
第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
絢と僕の留メ具の掛け違い・・
すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です
絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。 …
神絵師、青春を履修する
exa
青春
「はやく二次元に帰りたい」
そうぼやく上江史郎は、高校生でありながらイラストを描いてお金をもらっている絵師だ。二次元でそこそこの評価を得ている彼は過去のトラウマからクラスどころか学校の誰ともかかわらずに日々を過ごしていた。
そんなある日、クラスメイトのお気楽ギャル猿渡楓花が急接近し、史郎の平穏な隠れ絵師生活は一転する。
二次元に引きこもりたい高校生絵師と押しの強い女子高生の青春ラブコメディ!
小説家になろうにも投稿しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
「史上まれにみる美少女の日常」
綾羽 ミカ
青春
鹿取莉菜子17歳 まさに絵にかいたような美少女、街を歩けば一日に20人以上ナンパやスカウトに声を掛けられる少女。家は団地暮らしで母子家庭の生活保護一歩手前という貧乏。性格は非常に悪く、ひがみっぽく、ねたみやすく過激だが、そんなことは一切表に出しません。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる