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4章 ジャグラック デリュージョン!
【第18話】どれが本当の日時だ
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ふわふわとした頭で目を開ける。目の前にはデニム生地のホットパンツ。パーカーを着た金成が俺の顔を何か期待したような笑みで覗き込んでいた。
なんかめちゃくちゃデジャブだ。これ、金成と心中した時と同じなんじゃねえのか…。
俺はバッと身体を起こすと、座ったまま後ずさる。
金成は呑気に笑いながら膝をついてハイハイで俺を追いかけてきた。
「ちょ、なんで逃げんのさ」
「あーあー!もう騙されねえぞ!!お前、俺が頭の中で作った偽物なんだ!俺は知ってんだぞ!自分が金成の死が受け入れられなさすぎて現実逃避するくらいメンタルくそ弱大魔神だってな!!」
俺は耳を塞いで金成の声をシャットアウトする。
またこんなロクでもない夢みてるあたり、また俺は死に損ねたのか?いい加減、自分のとどめくらいきちんと打ってほしい。
「偽物じゃないし!あ、いや…もう生身の人間ではないけどさ…私と咲凪の体液が混ざっただろ?」
耳を塞いでいた俺の手を引きはがして金成が顔を近づけてくる。
「たっ、体液がまざ…っ!おまっ、なんつー…大胆な…」
それってつまり、俺と金成が心中した時のアレだよな?俺があんまり覚えてなくて、今ではちょっと損した気持ちになるアレだろ?顔がブワッと熱くなる感じがして、俺は言葉を濁す。
金成は一瞬不思議そうに首をかしげたが、すぐに顔を真っ赤にして慌てたように俺の胸倉を捕まえて身体を揺すった。
「大胆って…ばっ!何考えてんだよ!!血の話だろうが!」
「えー?血…?」
すっかり頭の中で思い描いていた話と違うワードが出てきて、俺は胸倉を掴まれたまま目を丸くする。
「あーまあ?全身ドロドロではあったが…俺は死に損なったから対して出血してないんじゃねえの?」
俺の能力が能力で、治癒能力が凄まじいから正確には分からないが、死ねなかった程度には浅い傷だったんじゃないかと思う。
「バーカ!結構な出血量だったし、普通なら危ないとこだわ!でもあの蛾の力で再生する時に、私の血を大量に取り込んだんだと思う…輸血みたいな感じで咲凪は無事だったんだよ」
「まー?だとしても、お前がここにいる理由にはならんよなあ?やっぱり偽物なんだろ?もう期待して違うのは勘弁して欲しい」
夢に夢を重ねて、一体どこが現実で夢なのか分かりづらすぎる。恐らく、俺の現実は誕生日から一日しか経話いない。金成と心中して、俺だけが生きている。
一人で勝手に金成に謝罪したり、恋人ごっこで盛り上がったりするのは痛々しいからやめたい。そりゃ火継も痛々しいって言うわ。
「確かに私は死んだけど…さっきも言った通り咲凪が復活するときに私の血も大量に混ざったみたいだから、気付いたら私は咲凪と一心同体と言うか…半分くらい咲凪の中で生きてるというか…」
金成も説明しつつ時々首を傾げたり疑問系で話すあたり、この話は俺が馬鹿すぎて分からないゆえに捻りだした自己解釈なのかもしれない。
「なんかめちゃくちゃ都合良くない?輸血ってお前の血液型なんだよ!血液型が違うと輸血できねえんだぞ!ちなみに俺B型!」
「そういう問題じゃない!博識ぶってんじゃねえぞ!あと私はO型な」
「えーだって信じられねえんだもん。微妙に輸血できるラインナップをチョイスしてくるしさあ」
本当に金成ってO型だったっけ。これも俺の記憶で捏造してるんじゃなかろうか。何もかも疑心暗鬼だ。あんな痛い一人芝居の果てに、本人に会えるなんてどこまでも夢見がちで、さらに痛い気持ちになる。
「じゃあ、どうやったら信じるんだよー」
金成は少し不貞腐れたように膝を丸めてしゃがんだまま膝に頬杖をついた。
ちょっと前までの金成よりも機嫌がきちんと悪くなるあたり、リアリティが増してはいるが、これも俺が学習して編み出したことなんじゃなかろうか。
「信じれるとしたら…お前が俺の考えを見抜けなかったら信じれる…?」
条件を口に出しながら、俺は頭を捻る。
今までの俺の考えは口に出さなくても金成に伝わっていた。なら、俺の考えていることと全然違うことを金成がやったら、少しは信じられるんじゃないだろうか。
「同じカードを引き当てるエスパークイズみたいなやつのこと?」
「それの逆バージョンっていうか?俺の考えが当てられなかったら合格」
「お前分かりやすいから逆に難しいし」
金成は困ったように笑いながら俺の顔をじっと見つめるが、考えているのか徐々に彼女の顔つきが真剣になっていく。
ほら、偽物なんだろ?そうやって考えているフリしたって、俺の考えなんて最初からお見通しなんだ。
どうせ俺の頭から出てくる想像の金成なら、下着の一枚や二枚また見せてくれたっていいんだぜ。今度は有難くじっくり眺めるしさ!
「んー…なんかエロいこと考えてる?」
「んっ!」
バレバレかよ。俺は思わず言葉に詰まる。
「あーほら、やっぱエロいことだ」
「でもこれでハッキリしたな!お前、偽者だろ!!」
「だって咲凪すぐにここに出るし。わかるよ」
犯人を見抜いた名探偵のように金成を指さす俺に、彼女はケラケラと笑いながら俺の頬を指でつついた。
そんなことをされると、割と満更でもない自分がいる。想像の産物だっていうのに、こんなのに喜ぶ俺は最高に虚しいことをしているのかもしれない。だってこれ、オナニーみたいなもんだろ?自分の妄想に、自分で恋してるんだ。
もし、ここに本物の金成がいたら、どうするのかな。どんな会話をしたんだろう。
「…駅ビルでさ」
偽者が答えをくれないと分かった上で俺は口を開く。
どうせ虚しい自慰行為なら、慰めてくれよ。あの時ああしなきゃ良かったって、今更考えたって無駄な後悔をもうしないで済むように。
「お前が怒って帰ったのは…何でだったんだ?」
本当はもうとうに答えは知っている。だから、また「忘れちゃった」って誤魔化して嘲笑ってくれよ。そしたら俺ももう忘れるからさ。
金成はまた気まずそうに視線を落とす。それからもごもごと恥ずかしそうに口を開いた。
「…可愛いって言われたかったのに、咲凪がデカい声で笑うんだもん。腹立ったし、恥ずかしくてさ…ごめんな?」
思っていた答えと違う答えに俺は驚いて顔を上げる。バツが悪そうに眉を寄せて、少し照れているのかほんのり耳が赤くなっていた金成と目が合う。
そこにいるのは、本物の金成な気がした。
「いや…」
ごめんは俺の方だった。金成に言わせる言葉じゃない。きっと俺なら、俺が頭の中で作った金成なら、事実を話させたところで俺に謝らせる。なのに、金成から謝るのだ。
俺は首を横に振る。思わず金成の手を握ると、今までとは少し違う温もりがあった。金成の指先は、想像より少し冷たい。
「お前が謝ることじゃねえよ。俺が悪かったんだ。もっと最初から素直に言えば良かった」
金成は少し驚いたような顔で真っ直ぐ俺を見つめる。握った手の平の中で、彼女の手がじわじわと熱を持っていった。
「ずっと男扱いしてごめん。いっぱい酷いこと言って、傷つけたのに知らん顔して本当にごめん。喧嘩した時にすぐ謝らなくてごめん。お前を殺したのも、燃やしたのも、俺が…何もしなかったから…」
今更どうしようもない後悔が口から溢れだす。言いたかった謝罪という謝罪が次から次へと出てきて、手と声が震えた。
「許してくれなんて、言ってもしゃーないの分かってるんだけど…都合良くて、腰抜けで、どうしようもないけど、それでもお前と一緒にいたいのを許して欲しい」
「許すも何も…私も一緒にいたいから死んで身体を無くしてなお、こうしてお前にしがみついてんだけど?」
金成はそう言って俺の頭をくしゃくしゃとかき回すように撫でた。
撫でられていると涙がこみ上げてきて、耐えたら鼻水が先に出てきた。俺は鼻をすすりながら、泣きそうなのがバレないようにそのまま勢いよく金成を抱きしめる。力いっぱい抱きしめたら、彼女は優しく抱き返して子供をあやすみたいに背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「今更でごめんなんだけど、めっちゃ好き」
「うんうん」
「控え目に言ってもう添い遂げたい」
「死が二人を分かっても、私が地獄に行こうが、天国へ行こうが…でしょ?」
「えっ、なんで知ってんの?」
バッと金成の肩を掴んで顔を見ると、金成は赤い頬のまま吹き出すように笑う。
「だってさっき言ってたもん。体の一部なんだから見てたよ」
「まー?」
片目から出てくる涙を拭いながら俺は思わず声をあげて笑う。
「ってことは、俺の一人芝居をお前は全部見てたの?くっそ恥ずかしくね?」
「うーん…途中まですごく眠くて断片的だったけど意識がはっきりしてきたのは、ホテルで火継さんに燃やされたあたりかな?」
燃やされたとかパワーワード過ぎるが、当の本人はあっけらかんと話す。
理由は分からないが、俺が金成の死を受け入れるまで金成自身の記憶が曖昧になっているらしかった。あの時、ホテルで俺に火継が金成の死を受け入れるように現実を突きつけたのをトリガーに、彼女の記憶と意識がはっきりしてきているようだった。
俺からすれば金成との心中からの、目の前で兄に燃やされ、さらに死体の始末までを一気に連続で見ているわけなので、軽くトラウマにもなりそうだが、ある意味あれは火継に感謝するべきだったのかもしれない。
「じゃあ、結果的にここは…えーっと、エデンってとこだ?」
火継に言われた話と、金成の話を繋ぎ合わせて俺は尋ねる。
エデンに自由に出入りできる存在が赤糸家の血筋と、それに交わった者たち。俺が絶望していた世界線を現実として捉えるならば、こっちがエデンって世界線の話になるはずだ。
俺の質問に金成は頷く。
「私も拉致された時の記憶と火継さんの話しか知らないけど、多分そういうことなんだと思う。あとは薬を使用した人が片道切符でこっちにいるんだと思うよ。薬を使った人たちはみんな廃人になってしまうみたいだから…」
火継と俺に関しては、赤糸家と交わった能力者に分類されるので、薬を使用せずとも現実とエデンを行き来できるらしい。その間、現実にいる俺たちの存在は消える。現実の時間の流れは自体はこちらと同じなのだが、あの時に取り込んだマリアの血液には薬が混ざっていた。俺はその影響で一時的に薬物中毒者と同じ状態で、エデンでも独自の時間の流れで動いていた…夢を見ている感覚という認識であまり間違いないらしい。
マリアに寄れば、今の俺の身体からは微量に入っていた薬は抜けているので、時間の流れは現実と統一されており、今も刻々と現実の時間は進んでいるとのことだ。
ちなみに、赤糸家に無関係で薬を常用している人間たちは肉体を現実に置いてこないと来れない。だから意識だけがエデンに来ることによって肉体は廃人になる、というシステムらしかった。
「私は残念だけど、もう肉体がないから現実にはいられない。気持ち的にはずっと咲凪の傍にいるし、見ているんだけどさ…話せるのはこっちだけみたいだ」
「えー、そんなら俺こっちで永住ルートで構わんのだけど」
金成がいない世界なんかいらないって心に決めて、金成がいる世界を同時に提示されたら当たり前だが、金成がいる世界を俺は選択する。なんで好き好んで辛い道を行く必要がある。俺は楽して面白おかしく生きたいのだ。いばらの道は避けてしかるべきだろう。
「えー、それでいいのかよ」
金成は困ったような顔をしていたが、内心嬉しいのか笑っていた。
「だって、こっちにいたら現実で出来ないこと全部出来るんだろ?やり残したことしかねーよ!ほら、初夜もほとんど覚えてないわけですし。気付いたら俺もう童貞じゃないとか、心は童貞のままなんだが?」
「初夜て…!てか…咲凪は覚えてないのかよ」
冗談を交えて思っていたことを口に出すと少し複雑そうに眉をしかめて目をそらす。あんまり意識して見たことなかったが、金成はどうやら照れると俺の目が見られないらしい。
乙女か。可愛いな。
「えっ、金成は覚えてんの?」
「えっ………いや…まあ…」
「ほおー、詳しく聞かせて欲しいなそれ。非常に興味あるなあ~?」
ニヤニヤしながら俺は自分の顎を撫でる。そんな楽しい話があるなら、是非とも今後のオカズとして提供して貰いたいものだ。
「わ、忘れるほうがわりいんだよバーカ!」
「んっ!」
金成はそう言って俺の脇腹に強めのチョップをくらわせる。軽めでも結構痛いのに、強めに来たら一瞬呼吸が飛んだ。
かくして、俺の怒涛の誕生日からの親友と身内ロストは終わった…かと思ったのだが、エデンは俺が思うほど楽園ではなかったことを程なくして俺は痛感することになる。
なんかめちゃくちゃデジャブだ。これ、金成と心中した時と同じなんじゃねえのか…。
俺はバッと身体を起こすと、座ったまま後ずさる。
金成は呑気に笑いながら膝をついてハイハイで俺を追いかけてきた。
「ちょ、なんで逃げんのさ」
「あーあー!もう騙されねえぞ!!お前、俺が頭の中で作った偽物なんだ!俺は知ってんだぞ!自分が金成の死が受け入れられなさすぎて現実逃避するくらいメンタルくそ弱大魔神だってな!!」
俺は耳を塞いで金成の声をシャットアウトする。
またこんなロクでもない夢みてるあたり、また俺は死に損ねたのか?いい加減、自分のとどめくらいきちんと打ってほしい。
「偽物じゃないし!あ、いや…もう生身の人間ではないけどさ…私と咲凪の体液が混ざっただろ?」
耳を塞いでいた俺の手を引きはがして金成が顔を近づけてくる。
「たっ、体液がまざ…っ!おまっ、なんつー…大胆な…」
それってつまり、俺と金成が心中した時のアレだよな?俺があんまり覚えてなくて、今ではちょっと損した気持ちになるアレだろ?顔がブワッと熱くなる感じがして、俺は言葉を濁す。
金成は一瞬不思議そうに首をかしげたが、すぐに顔を真っ赤にして慌てたように俺の胸倉を捕まえて身体を揺すった。
「大胆って…ばっ!何考えてんだよ!!血の話だろうが!」
「えー?血…?」
すっかり頭の中で思い描いていた話と違うワードが出てきて、俺は胸倉を掴まれたまま目を丸くする。
「あーまあ?全身ドロドロではあったが…俺は死に損なったから対して出血してないんじゃねえの?」
俺の能力が能力で、治癒能力が凄まじいから正確には分からないが、死ねなかった程度には浅い傷だったんじゃないかと思う。
「バーカ!結構な出血量だったし、普通なら危ないとこだわ!でもあの蛾の力で再生する時に、私の血を大量に取り込んだんだと思う…輸血みたいな感じで咲凪は無事だったんだよ」
「まー?だとしても、お前がここにいる理由にはならんよなあ?やっぱり偽物なんだろ?もう期待して違うのは勘弁して欲しい」
夢に夢を重ねて、一体どこが現実で夢なのか分かりづらすぎる。恐らく、俺の現実は誕生日から一日しか経話いない。金成と心中して、俺だけが生きている。
一人で勝手に金成に謝罪したり、恋人ごっこで盛り上がったりするのは痛々しいからやめたい。そりゃ火継も痛々しいって言うわ。
「確かに私は死んだけど…さっきも言った通り咲凪が復活するときに私の血も大量に混ざったみたいだから、気付いたら私は咲凪と一心同体と言うか…半分くらい咲凪の中で生きてるというか…」
金成も説明しつつ時々首を傾げたり疑問系で話すあたり、この話は俺が馬鹿すぎて分からないゆえに捻りだした自己解釈なのかもしれない。
「なんかめちゃくちゃ都合良くない?輸血ってお前の血液型なんだよ!血液型が違うと輸血できねえんだぞ!ちなみに俺B型!」
「そういう問題じゃない!博識ぶってんじゃねえぞ!あと私はO型な」
「えーだって信じられねえんだもん。微妙に輸血できるラインナップをチョイスしてくるしさあ」
本当に金成ってO型だったっけ。これも俺の記憶で捏造してるんじゃなかろうか。何もかも疑心暗鬼だ。あんな痛い一人芝居の果てに、本人に会えるなんてどこまでも夢見がちで、さらに痛い気持ちになる。
「じゃあ、どうやったら信じるんだよー」
金成は少し不貞腐れたように膝を丸めてしゃがんだまま膝に頬杖をついた。
ちょっと前までの金成よりも機嫌がきちんと悪くなるあたり、リアリティが増してはいるが、これも俺が学習して編み出したことなんじゃなかろうか。
「信じれるとしたら…お前が俺の考えを見抜けなかったら信じれる…?」
条件を口に出しながら、俺は頭を捻る。
今までの俺の考えは口に出さなくても金成に伝わっていた。なら、俺の考えていることと全然違うことを金成がやったら、少しは信じられるんじゃないだろうか。
「同じカードを引き当てるエスパークイズみたいなやつのこと?」
「それの逆バージョンっていうか?俺の考えが当てられなかったら合格」
「お前分かりやすいから逆に難しいし」
金成は困ったように笑いながら俺の顔をじっと見つめるが、考えているのか徐々に彼女の顔つきが真剣になっていく。
ほら、偽物なんだろ?そうやって考えているフリしたって、俺の考えなんて最初からお見通しなんだ。
どうせ俺の頭から出てくる想像の金成なら、下着の一枚や二枚また見せてくれたっていいんだぜ。今度は有難くじっくり眺めるしさ!
「んー…なんかエロいこと考えてる?」
「んっ!」
バレバレかよ。俺は思わず言葉に詰まる。
「あーほら、やっぱエロいことだ」
「でもこれでハッキリしたな!お前、偽者だろ!!」
「だって咲凪すぐにここに出るし。わかるよ」
犯人を見抜いた名探偵のように金成を指さす俺に、彼女はケラケラと笑いながら俺の頬を指でつついた。
そんなことをされると、割と満更でもない自分がいる。想像の産物だっていうのに、こんなのに喜ぶ俺は最高に虚しいことをしているのかもしれない。だってこれ、オナニーみたいなもんだろ?自分の妄想に、自分で恋してるんだ。
もし、ここに本物の金成がいたら、どうするのかな。どんな会話をしたんだろう。
「…駅ビルでさ」
偽者が答えをくれないと分かった上で俺は口を開く。
どうせ虚しい自慰行為なら、慰めてくれよ。あの時ああしなきゃ良かったって、今更考えたって無駄な後悔をもうしないで済むように。
「お前が怒って帰ったのは…何でだったんだ?」
本当はもうとうに答えは知っている。だから、また「忘れちゃった」って誤魔化して嘲笑ってくれよ。そしたら俺ももう忘れるからさ。
金成はまた気まずそうに視線を落とす。それからもごもごと恥ずかしそうに口を開いた。
「…可愛いって言われたかったのに、咲凪がデカい声で笑うんだもん。腹立ったし、恥ずかしくてさ…ごめんな?」
思っていた答えと違う答えに俺は驚いて顔を上げる。バツが悪そうに眉を寄せて、少し照れているのかほんのり耳が赤くなっていた金成と目が合う。
そこにいるのは、本物の金成な気がした。
「いや…」
ごめんは俺の方だった。金成に言わせる言葉じゃない。きっと俺なら、俺が頭の中で作った金成なら、事実を話させたところで俺に謝らせる。なのに、金成から謝るのだ。
俺は首を横に振る。思わず金成の手を握ると、今までとは少し違う温もりがあった。金成の指先は、想像より少し冷たい。
「お前が謝ることじゃねえよ。俺が悪かったんだ。もっと最初から素直に言えば良かった」
金成は少し驚いたような顔で真っ直ぐ俺を見つめる。握った手の平の中で、彼女の手がじわじわと熱を持っていった。
「ずっと男扱いしてごめん。いっぱい酷いこと言って、傷つけたのに知らん顔して本当にごめん。喧嘩した時にすぐ謝らなくてごめん。お前を殺したのも、燃やしたのも、俺が…何もしなかったから…」
今更どうしようもない後悔が口から溢れだす。言いたかった謝罪という謝罪が次から次へと出てきて、手と声が震えた。
「許してくれなんて、言ってもしゃーないの分かってるんだけど…都合良くて、腰抜けで、どうしようもないけど、それでもお前と一緒にいたいのを許して欲しい」
「許すも何も…私も一緒にいたいから死んで身体を無くしてなお、こうしてお前にしがみついてんだけど?」
金成はそう言って俺の頭をくしゃくしゃとかき回すように撫でた。
撫でられていると涙がこみ上げてきて、耐えたら鼻水が先に出てきた。俺は鼻をすすりながら、泣きそうなのがバレないようにそのまま勢いよく金成を抱きしめる。力いっぱい抱きしめたら、彼女は優しく抱き返して子供をあやすみたいに背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「今更でごめんなんだけど、めっちゃ好き」
「うんうん」
「控え目に言ってもう添い遂げたい」
「死が二人を分かっても、私が地獄に行こうが、天国へ行こうが…でしょ?」
「えっ、なんで知ってんの?」
バッと金成の肩を掴んで顔を見ると、金成は赤い頬のまま吹き出すように笑う。
「だってさっき言ってたもん。体の一部なんだから見てたよ」
「まー?」
片目から出てくる涙を拭いながら俺は思わず声をあげて笑う。
「ってことは、俺の一人芝居をお前は全部見てたの?くっそ恥ずかしくね?」
「うーん…途中まですごく眠くて断片的だったけど意識がはっきりしてきたのは、ホテルで火継さんに燃やされたあたりかな?」
燃やされたとかパワーワード過ぎるが、当の本人はあっけらかんと話す。
理由は分からないが、俺が金成の死を受け入れるまで金成自身の記憶が曖昧になっているらしかった。あの時、ホテルで俺に火継が金成の死を受け入れるように現実を突きつけたのをトリガーに、彼女の記憶と意識がはっきりしてきているようだった。
俺からすれば金成との心中からの、目の前で兄に燃やされ、さらに死体の始末までを一気に連続で見ているわけなので、軽くトラウマにもなりそうだが、ある意味あれは火継に感謝するべきだったのかもしれない。
「じゃあ、結果的にここは…えーっと、エデンってとこだ?」
火継に言われた話と、金成の話を繋ぎ合わせて俺は尋ねる。
エデンに自由に出入りできる存在が赤糸家の血筋と、それに交わった者たち。俺が絶望していた世界線を現実として捉えるならば、こっちがエデンって世界線の話になるはずだ。
俺の質問に金成は頷く。
「私も拉致された時の記憶と火継さんの話しか知らないけど、多分そういうことなんだと思う。あとは薬を使用した人が片道切符でこっちにいるんだと思うよ。薬を使った人たちはみんな廃人になってしまうみたいだから…」
火継と俺に関しては、赤糸家と交わった能力者に分類されるので、薬を使用せずとも現実とエデンを行き来できるらしい。その間、現実にいる俺たちの存在は消える。現実の時間の流れは自体はこちらと同じなのだが、あの時に取り込んだマリアの血液には薬が混ざっていた。俺はその影響で一時的に薬物中毒者と同じ状態で、エデンでも独自の時間の流れで動いていた…夢を見ている感覚という認識であまり間違いないらしい。
マリアに寄れば、今の俺の身体からは微量に入っていた薬は抜けているので、時間の流れは現実と統一されており、今も刻々と現実の時間は進んでいるとのことだ。
ちなみに、赤糸家に無関係で薬を常用している人間たちは肉体を現実に置いてこないと来れない。だから意識だけがエデンに来ることによって肉体は廃人になる、というシステムらしかった。
「私は残念だけど、もう肉体がないから現実にはいられない。気持ち的にはずっと咲凪の傍にいるし、見ているんだけどさ…話せるのはこっちだけみたいだ」
「えー、そんなら俺こっちで永住ルートで構わんのだけど」
金成がいない世界なんかいらないって心に決めて、金成がいる世界を同時に提示されたら当たり前だが、金成がいる世界を俺は選択する。なんで好き好んで辛い道を行く必要がある。俺は楽して面白おかしく生きたいのだ。いばらの道は避けてしかるべきだろう。
「えー、それでいいのかよ」
金成は困ったような顔をしていたが、内心嬉しいのか笑っていた。
「だって、こっちにいたら現実で出来ないこと全部出来るんだろ?やり残したことしかねーよ!ほら、初夜もほとんど覚えてないわけですし。気付いたら俺もう童貞じゃないとか、心は童貞のままなんだが?」
「初夜て…!てか…咲凪は覚えてないのかよ」
冗談を交えて思っていたことを口に出すと少し複雑そうに眉をしかめて目をそらす。あんまり意識して見たことなかったが、金成はどうやら照れると俺の目が見られないらしい。
乙女か。可愛いな。
「えっ、金成は覚えてんの?」
「えっ………いや…まあ…」
「ほおー、詳しく聞かせて欲しいなそれ。非常に興味あるなあ~?」
ニヤニヤしながら俺は自分の顎を撫でる。そんな楽しい話があるなら、是非とも今後のオカズとして提供して貰いたいものだ。
「わ、忘れるほうがわりいんだよバーカ!」
「んっ!」
金成はそう言って俺の脇腹に強めのチョップをくらわせる。軽めでも結構痛いのに、強めに来たら一瞬呼吸が飛んだ。
かくして、俺の怒涛の誕生日からの親友と身内ロストは終わった…かと思ったのだが、エデンは俺が思うほど楽園ではなかったことを程なくして俺は痛感することになる。
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