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3章 二回目のハッピーバースデー
【第17話】7月7日 16時30分
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夕暮れに差し掛かる頃になって、俺は貰った合鍵で金成の部屋へに上がりこんでいた。
金成がここに引っ越してきてから、本当によく遊びに来た。遊びに来たものの、俺が予告なしで突然足が向いて来たりするから、金成が留守で中に入れずに部屋の前で座って待つことも多かった。それを見兼ねた金成が合鍵を渡してくれたのだ。
いつもと何も変わらない日常がそこには存在しているように見えた。金成がこれから帰ってくるのを待っているような感覚。ベッドに横になって、俺は窓から差し込む斜陽を眺めていた。
ベッドからは金成の匂いがした。特別女の子らしい甘い香りではないが、爽やかな石鹸の香り。持ち主を失ったこのベッドの香りも、いずれは薄れて消えていくのだろう。
夢の中で出会った金成は、本物ではなかった。俺が自分の能力で作った架空の金成。急に足を出してみたり、俺の気持ちを言葉も交わさずに金成が全部察せたのも、全部俺が考えた一人芝居だったからだろう。
俺はベッドの毛布に顔を埋める。火継に言われて、金成と心中した日のことをよく思い出す努力をした。当時は心のどこかで思い出したくないと思って蓋をしていたのか分からないが、自分でその蓋を開く気になれば、断片的にではあるがそれなりに思い出せるものだった。
金成の身体は温かくて、柔らかかった。お互いに血まみれで、そこには確かに痛みもあったはずだが、そんな痛みがどうでも良くなるくらい気持ち良くて、興奮していたと思う。
金成を組み敷いて、ガラス片を突き立てた時の感覚は食事に似ていた。どうしようもなく俺は腹が減っていて、ご馳走を目の前にした時みたいに飢えて飢えて仕方がなかった。
金成が嬉しそうに笑ったり、色んな声を上げるたびにその飢えがどんどん加速して、やめられなくなった。やめられなくなっていく自分がヤバいって頭のどっかで思っていたのに、金成の体液と自分の体液が混ざってぐちゃぐちゃになっていくと、嬉しくて楽しくて、全てがどうでもいいような気がした。
俺が望んでいたのは、金成との一生変わらない関係性だったはずだ。それを望んでいたから、俺はずっと金成の気持ちに気付かないふりをしてきたのに、こんなことをしてしまった事実を受け入れるのは、正直しんどい。しんどいから、なかったことにしたかったんだろう。
俺はベッドから起き上がる。今はもう、なかったことにしようが事実を認めようが何も変わらない。金成はもういないのだ。俺が望んでいた「一生変わらない金成との関係」なんて、金成がいなくちゃ始まりすらしないのだから。
俺は金成の机の前に行くと、その引き出しを開く。そこに入っていたのは古い写真だ。
小学校の時に一緒に遠足に行った時に先生が撮ったんだろう。歯を見せて満面の笑みを浮かべている金成の隣で、俺は口の端を指で引っ張って舌を出したアホ面晒して写っている。
こんな写真、ずっと大事にとっておいたのか。よく見ると、その写真の中の俺と金成は手をつないでいる。小学校の規則で、無理やり手を繋がされた時だっけ。
口先だけで俺は「こんなゴリラと手を繋ぎたくない」って言った記憶がある。本当は手なんていくらでも繋いだっていいと思っていたけど、周囲が女子と手を繋ぐと囃し立てるから、めんどくさくてポーズでそう言った。
金成はその時、どう思ったんだろうな。こんな写真を大事にとっておくくらいだから、そんなこと言われてても嬉しかったのかな。
写真の下からは分厚い本が一冊。日記帳だ。俺はそれを手にとってパラパラとめくった。
中には日付とその日の出来事がつづられている。俺と一緒に見に行った映画とか野球のチケットの半券とか後生大事に貼ってあって、そんなに俺のことが好きだったのかと思わず笑う。
「4月25日。今日は休みだけど午前中に部活があって、帰ったら咲凪が来てた。差し入れだなんていってエナドリ買ってきて冷蔵庫に入れててくれた。あいつ、いつも金がないって言ってるのに、そういうとこ優しいよなあ…昔から変わんない。咲凪はずっとそういう奴な気がする」
目に留まる内容だけ流し読みする。日記の大半は俺の話で埋まっていた。俺と過ごす時間が圧倒的に長いからだろうが、それにしても多い。それが何だか嬉しくて、口元がニヤけた。
「6月15日。学校帰りに咲凪と秋葉に行った。あいつ、めんどいとかなんとか文句言うけど、なんだかんだ言って私の誘い断ったことないんだよな…電車でいつも壁際とか席とか優先してくれるし、あれでいて男らしいとこ多くて、時々ドキっとする。あーあーモテそうで腹立つ。一生彼女作んないでほしい!」
俺、金成の誘いを断ったことなかったっけ。一回拒絶しておくのは様式美だと思っていたが、最終的には毎回付き合っていたのか。まあ、断ったって金成と一緒に過ごす以上に楽しいことなんかない。断らないのは当たり前だったのかもしれない。
「7月3日。クラスの女の子に咲凪と付き合ってるのかって聞かれた。『そうだ』って言いたかったけど、嘘は付けないから『そんなんじゃないよ』って言った。あの子、咲凪のこと好きなのかな…咲凪はあの子みたいなふわふわしててリボンとかフリルが似合う可愛い女の子が好みみたいだし、告白されたら付き合っちゃうのかなー…なんか嫌だな。私が告ったところで無駄だろうし、きっと笑うんだろうなあ」
ここまで読むと、口元に浮かんでいた笑みが引きつる感じがした。
ずっと変わらない。ずっと変わりたくない。日記を読んで、初めて気づいた。金成だって俺と同じだ。俺とずっと変わらずに二人で一緒にいたかっただけなんだ。違うのは見ている方向だけだ。
友達のまま続けるか、恋人として一緒にいるか。俺は友達のままでいようとした。変わるのが怖い腰抜けだから、些細な変化も怖かった。
昔のまま、金成があの時の状態のままであって欲しいと、男役でいることを強いて来た。カチューシャを付ける金成を笑った。彼女に贈れなんて言った。もっと色んな言葉があったはずなのに、金成が傷ついている瞬間を何度も肌で感じていたはずなのに、見て見ぬふりで言葉を選ぶことをしなかった。
日記を閉じて、俺はベッドに座り込む。日が暮れる。電気を付けていないこの部屋はどんどんと薄暗くなっていく。
ベッドに大の字になったまま目を閉じると、教室の喧噪が聞こえて来た。
斜陽が差し込む教室で、クラスメイトたちが俺に手を振っている。
「藤村ー、デート楽しんでこいよー」
「ちげーわ。金成とデートするくらいなら、動物園のメスゴリラとデートするわ」
クラスの扉をくぐろうとする俺に、クラスメイトが指笛を鳴らしたりして囃し立てる。それをいつものお約束で一笑し、廊下の方を見ると、そこにはすでに金成が鞄を肩にかけて待っていた。
金成と駅ビルに行く前、目が合った時に金成が一瞬だけ赤い瞳を大きくしていた。その瞳が何を意味しているのか、今の俺には分かる。
「あっ、ちが…ごめん!」
金成の目を真っすぐ見たまま、俺は慌てて謝罪する。彼女は丸くしていた目を柔らかく細めると、慌てた俺を茶化すように笑った。
「へー?ほんとにそう思ってるの?」
「思ってる。なんつーか…ちょっとさすがに言い過ぎだわ」
どんな顔をしたらいいのか分からなくて、俺は苦笑いしながら頭を搔いて俯く。金成はにやけた様な含み笑いで俺を一瞥してから「よろしい!」なんて調子よく笑った。
「で、今日はどこ行く?またプラモデル見に電気屋行くんか?」
金成を先導して歩き出すと、金成はまた犬のように軽い足取りで後ろをついてきた。
「ほれ」
後ろから付いてくる彼女に俺は手を差し出す。
「ん、え?」
きょとんと差し出された俺の手と顔を交互に見ている金成の手を、俺はそのまま強引に取って歩き出す。
「えっ…な、なんだよ急に…」
「いいから」
俺の後ろで手を引かれながら歩く金成の顔は見えないが、照れたように黙った。それは気まずい沈黙というわけでなく、なんだかムズムズするようなくすぐったい沈黙だった。
手を繋いだまま校庭を抜ける。少し人通りがないところまで来ると、一歩後ろをついてくる金成に振り返る。金成の顔は今にも爆発しそうなほど真っ赤になっていて、ずっと下を見ている金成の目が狼狽えているせいか、いつもより潤んで見えてすごく可愛いと思った。
「お前、俺のこと好きだろ」
笑いながら言うと、金成は困ったように視線をあちこちに泳がせてから俺の目を見つめる。
「昔っからね」
「だよなー」
俺が笑うと、金成も釣られるように笑った。
「本当は知ってた。ずっと知らん顔しててごめん」
「知ってたのを知ってた。別にいいよ」
「お前って寛大だよな」
顔は赤いまま、金成は少し残念そうに俯いた。金成は俺が握っている手を引っ込めようとするが、俺はそれをもう一度強く握り返す。
「そんなお前に朗報なんだけど、俺もお前のこと好きって言ったらどうする?」
「え…え!?」
金成は少しだけ赤みが引きかけていた顔を再び真っ赤にして、今度は正真正銘の驚いた顔を浮かべた。
「え…だ、だって咲凪は…もっと女の子らしい子の方が…」
「俺はああいうのケバくてダメだ。ふわふわもヒラヒラもいらん。そのまんまの金成がいい。あーでも、お前めっちゃ足綺麗だから、足は見えると嬉しいけど」
ずっとずっと、ちゃんと頭の中で考えて言葉にしてこなかったことを伝える。
俺はきっとずっと、金成のことが好きだった。変わるのが怖くて蓋していただけ。知らぬ存ぜぬを自分の感情にもやってきた。
そんなの何の意味があるんだよ。結果的に俺たちずっと両想いだったのに。金成が笑ってくれんなら、ちょっとした変化くらいやってみたら良かった。
「それとも、金成がもう受付終了してる感じだ?」
茶化して笑うと、金成も顔を赤くしたまま釣られるように笑う。
「まさか、咲凪ならいつでも迎え入れてやるし…」
「んじゃ、決まりね。俺たちこれから恋人だからよろしく!」
拍車を掛けて赤い金成の頬に手を添える。その頬は笑えるくらい熱かった。ずっと視線を泳がせたまま俺の顔を見ようとしない金成の顔を無理やりこっちに向かせると、顔の向きだけ俺を見たまま視線を意地でも合わせない。
「なんでこっち見ないんだよ!」
「見たら照れるからだよ!!」
「しゃーねえなあ…」
いつも見れないような金成の様子が新鮮すぎて面白い。ケラケラと声を上げて笑いながら、俺は言葉を続ける。
「じゃあ、これから健やかなる時も病める時もだな」
「展開早くない?結婚式のやつだよそれ」
「いーから聞いとけ」
照れたり笑ったりとコロコロ表情を変える金成のツッコミに俺は言葉を被せるように続ける。
「これを愛し、これを敬い…?なんだっけ?詳しくは忘れたけど二人が死を分かつ時までずっと一緒だ。もう二度と離れない」
金成の手を握りしめる。ドクドクと脈打つように熱いそれは、金成の身体から出てきた刺と同じだ。
「死が二人を分かっても、お前が地獄に行こうが、天国へ行こうが」
目を開く。そこにあるのは、金成の部屋の天井だ。
「どこまでも一緒に行くからな!」
ここに金成はいない。振りかざした鋭い刺を両手で握りなおすと、勢いよく自分の胸へと突き刺した。血しぶきが上がり、部屋の白い壁が赤く染まる。
傾いた日差しが窓から消える。暗闇の中で、俺は一人で小さく笑った。
これは全部全部、俺の一人芝居。頭の中じゃ何とでも謝れる。やり直せる。だけど、そんなの金成には伝わらない。
伝わらないなら、やっぱり物理的に会いに行かなきゃな。
金成がここに引っ越してきてから、本当によく遊びに来た。遊びに来たものの、俺が予告なしで突然足が向いて来たりするから、金成が留守で中に入れずに部屋の前で座って待つことも多かった。それを見兼ねた金成が合鍵を渡してくれたのだ。
いつもと何も変わらない日常がそこには存在しているように見えた。金成がこれから帰ってくるのを待っているような感覚。ベッドに横になって、俺は窓から差し込む斜陽を眺めていた。
ベッドからは金成の匂いがした。特別女の子らしい甘い香りではないが、爽やかな石鹸の香り。持ち主を失ったこのベッドの香りも、いずれは薄れて消えていくのだろう。
夢の中で出会った金成は、本物ではなかった。俺が自分の能力で作った架空の金成。急に足を出してみたり、俺の気持ちを言葉も交わさずに金成が全部察せたのも、全部俺が考えた一人芝居だったからだろう。
俺はベッドの毛布に顔を埋める。火継に言われて、金成と心中した日のことをよく思い出す努力をした。当時は心のどこかで思い出したくないと思って蓋をしていたのか分からないが、自分でその蓋を開く気になれば、断片的にではあるがそれなりに思い出せるものだった。
金成の身体は温かくて、柔らかかった。お互いに血まみれで、そこには確かに痛みもあったはずだが、そんな痛みがどうでも良くなるくらい気持ち良くて、興奮していたと思う。
金成を組み敷いて、ガラス片を突き立てた時の感覚は食事に似ていた。どうしようもなく俺は腹が減っていて、ご馳走を目の前にした時みたいに飢えて飢えて仕方がなかった。
金成が嬉しそうに笑ったり、色んな声を上げるたびにその飢えがどんどん加速して、やめられなくなった。やめられなくなっていく自分がヤバいって頭のどっかで思っていたのに、金成の体液と自分の体液が混ざってぐちゃぐちゃになっていくと、嬉しくて楽しくて、全てがどうでもいいような気がした。
俺が望んでいたのは、金成との一生変わらない関係性だったはずだ。それを望んでいたから、俺はずっと金成の気持ちに気付かないふりをしてきたのに、こんなことをしてしまった事実を受け入れるのは、正直しんどい。しんどいから、なかったことにしたかったんだろう。
俺はベッドから起き上がる。今はもう、なかったことにしようが事実を認めようが何も変わらない。金成はもういないのだ。俺が望んでいた「一生変わらない金成との関係」なんて、金成がいなくちゃ始まりすらしないのだから。
俺は金成の机の前に行くと、その引き出しを開く。そこに入っていたのは古い写真だ。
小学校の時に一緒に遠足に行った時に先生が撮ったんだろう。歯を見せて満面の笑みを浮かべている金成の隣で、俺は口の端を指で引っ張って舌を出したアホ面晒して写っている。
こんな写真、ずっと大事にとっておいたのか。よく見ると、その写真の中の俺と金成は手をつないでいる。小学校の規則で、無理やり手を繋がされた時だっけ。
口先だけで俺は「こんなゴリラと手を繋ぎたくない」って言った記憶がある。本当は手なんていくらでも繋いだっていいと思っていたけど、周囲が女子と手を繋ぐと囃し立てるから、めんどくさくてポーズでそう言った。
金成はその時、どう思ったんだろうな。こんな写真を大事にとっておくくらいだから、そんなこと言われてても嬉しかったのかな。
写真の下からは分厚い本が一冊。日記帳だ。俺はそれを手にとってパラパラとめくった。
中には日付とその日の出来事がつづられている。俺と一緒に見に行った映画とか野球のチケットの半券とか後生大事に貼ってあって、そんなに俺のことが好きだったのかと思わず笑う。
「4月25日。今日は休みだけど午前中に部活があって、帰ったら咲凪が来てた。差し入れだなんていってエナドリ買ってきて冷蔵庫に入れててくれた。あいつ、いつも金がないって言ってるのに、そういうとこ優しいよなあ…昔から変わんない。咲凪はずっとそういう奴な気がする」
目に留まる内容だけ流し読みする。日記の大半は俺の話で埋まっていた。俺と過ごす時間が圧倒的に長いからだろうが、それにしても多い。それが何だか嬉しくて、口元がニヤけた。
「6月15日。学校帰りに咲凪と秋葉に行った。あいつ、めんどいとかなんとか文句言うけど、なんだかんだ言って私の誘い断ったことないんだよな…電車でいつも壁際とか席とか優先してくれるし、あれでいて男らしいとこ多くて、時々ドキっとする。あーあーモテそうで腹立つ。一生彼女作んないでほしい!」
俺、金成の誘いを断ったことなかったっけ。一回拒絶しておくのは様式美だと思っていたが、最終的には毎回付き合っていたのか。まあ、断ったって金成と一緒に過ごす以上に楽しいことなんかない。断らないのは当たり前だったのかもしれない。
「7月3日。クラスの女の子に咲凪と付き合ってるのかって聞かれた。『そうだ』って言いたかったけど、嘘は付けないから『そんなんじゃないよ』って言った。あの子、咲凪のこと好きなのかな…咲凪はあの子みたいなふわふわしててリボンとかフリルが似合う可愛い女の子が好みみたいだし、告白されたら付き合っちゃうのかなー…なんか嫌だな。私が告ったところで無駄だろうし、きっと笑うんだろうなあ」
ここまで読むと、口元に浮かんでいた笑みが引きつる感じがした。
ずっと変わらない。ずっと変わりたくない。日記を読んで、初めて気づいた。金成だって俺と同じだ。俺とずっと変わらずに二人で一緒にいたかっただけなんだ。違うのは見ている方向だけだ。
友達のまま続けるか、恋人として一緒にいるか。俺は友達のままでいようとした。変わるのが怖い腰抜けだから、些細な変化も怖かった。
昔のまま、金成があの時の状態のままであって欲しいと、男役でいることを強いて来た。カチューシャを付ける金成を笑った。彼女に贈れなんて言った。もっと色んな言葉があったはずなのに、金成が傷ついている瞬間を何度も肌で感じていたはずなのに、見て見ぬふりで言葉を選ぶことをしなかった。
日記を閉じて、俺はベッドに座り込む。日が暮れる。電気を付けていないこの部屋はどんどんと薄暗くなっていく。
ベッドに大の字になったまま目を閉じると、教室の喧噪が聞こえて来た。
斜陽が差し込む教室で、クラスメイトたちが俺に手を振っている。
「藤村ー、デート楽しんでこいよー」
「ちげーわ。金成とデートするくらいなら、動物園のメスゴリラとデートするわ」
クラスの扉をくぐろうとする俺に、クラスメイトが指笛を鳴らしたりして囃し立てる。それをいつものお約束で一笑し、廊下の方を見ると、そこにはすでに金成が鞄を肩にかけて待っていた。
金成と駅ビルに行く前、目が合った時に金成が一瞬だけ赤い瞳を大きくしていた。その瞳が何を意味しているのか、今の俺には分かる。
「あっ、ちが…ごめん!」
金成の目を真っすぐ見たまま、俺は慌てて謝罪する。彼女は丸くしていた目を柔らかく細めると、慌てた俺を茶化すように笑った。
「へー?ほんとにそう思ってるの?」
「思ってる。なんつーか…ちょっとさすがに言い過ぎだわ」
どんな顔をしたらいいのか分からなくて、俺は苦笑いしながら頭を搔いて俯く。金成はにやけた様な含み笑いで俺を一瞥してから「よろしい!」なんて調子よく笑った。
「で、今日はどこ行く?またプラモデル見に電気屋行くんか?」
金成を先導して歩き出すと、金成はまた犬のように軽い足取りで後ろをついてきた。
「ほれ」
後ろから付いてくる彼女に俺は手を差し出す。
「ん、え?」
きょとんと差し出された俺の手と顔を交互に見ている金成の手を、俺はそのまま強引に取って歩き出す。
「えっ…な、なんだよ急に…」
「いいから」
俺の後ろで手を引かれながら歩く金成の顔は見えないが、照れたように黙った。それは気まずい沈黙というわけでなく、なんだかムズムズするようなくすぐったい沈黙だった。
手を繋いだまま校庭を抜ける。少し人通りがないところまで来ると、一歩後ろをついてくる金成に振り返る。金成の顔は今にも爆発しそうなほど真っ赤になっていて、ずっと下を見ている金成の目が狼狽えているせいか、いつもより潤んで見えてすごく可愛いと思った。
「お前、俺のこと好きだろ」
笑いながら言うと、金成は困ったように視線をあちこちに泳がせてから俺の目を見つめる。
「昔っからね」
「だよなー」
俺が笑うと、金成も釣られるように笑った。
「本当は知ってた。ずっと知らん顔しててごめん」
「知ってたのを知ってた。別にいいよ」
「お前って寛大だよな」
顔は赤いまま、金成は少し残念そうに俯いた。金成は俺が握っている手を引っ込めようとするが、俺はそれをもう一度強く握り返す。
「そんなお前に朗報なんだけど、俺もお前のこと好きって言ったらどうする?」
「え…え!?」
金成は少しだけ赤みが引きかけていた顔を再び真っ赤にして、今度は正真正銘の驚いた顔を浮かべた。
「え…だ、だって咲凪は…もっと女の子らしい子の方が…」
「俺はああいうのケバくてダメだ。ふわふわもヒラヒラもいらん。そのまんまの金成がいい。あーでも、お前めっちゃ足綺麗だから、足は見えると嬉しいけど」
ずっとずっと、ちゃんと頭の中で考えて言葉にしてこなかったことを伝える。
俺はきっとずっと、金成のことが好きだった。変わるのが怖くて蓋していただけ。知らぬ存ぜぬを自分の感情にもやってきた。
そんなの何の意味があるんだよ。結果的に俺たちずっと両想いだったのに。金成が笑ってくれんなら、ちょっとした変化くらいやってみたら良かった。
「それとも、金成がもう受付終了してる感じだ?」
茶化して笑うと、金成も顔を赤くしたまま釣られるように笑う。
「まさか、咲凪ならいつでも迎え入れてやるし…」
「んじゃ、決まりね。俺たちこれから恋人だからよろしく!」
拍車を掛けて赤い金成の頬に手を添える。その頬は笑えるくらい熱かった。ずっと視線を泳がせたまま俺の顔を見ようとしない金成の顔を無理やりこっちに向かせると、顔の向きだけ俺を見たまま視線を意地でも合わせない。
「なんでこっち見ないんだよ!」
「見たら照れるからだよ!!」
「しゃーねえなあ…」
いつも見れないような金成の様子が新鮮すぎて面白い。ケラケラと声を上げて笑いながら、俺は言葉を続ける。
「じゃあ、これから健やかなる時も病める時もだな」
「展開早くない?結婚式のやつだよそれ」
「いーから聞いとけ」
照れたり笑ったりとコロコロ表情を変える金成のツッコミに俺は言葉を被せるように続ける。
「これを愛し、これを敬い…?なんだっけ?詳しくは忘れたけど二人が死を分かつ時までずっと一緒だ。もう二度と離れない」
金成の手を握りしめる。ドクドクと脈打つように熱いそれは、金成の身体から出てきた刺と同じだ。
「死が二人を分かっても、お前が地獄に行こうが、天国へ行こうが」
目を開く。そこにあるのは、金成の部屋の天井だ。
「どこまでも一緒に行くからな!」
ここに金成はいない。振りかざした鋭い刺を両手で握りなおすと、勢いよく自分の胸へと突き刺した。血しぶきが上がり、部屋の白い壁が赤く染まる。
傾いた日差しが窓から消える。暗闇の中で、俺は一人で小さく笑った。
これは全部全部、俺の一人芝居。頭の中じゃ何とでも謝れる。やり直せる。だけど、そんなの金成には伝わらない。
伝わらないなら、やっぱり物理的に会いに行かなきゃな。
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