ジャグラック デリュージョン!

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3章 二回目のハッピーバースデー

【第16話】同日同刻

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赤糸なんて多い名前じゃない。結はそんな稀有な苗字を持った裏社会で活躍する頭領の一人娘として生まれてきてしまったそうだ。

結は才色兼備で非の打ち所がなかった。性格は朗らかで優しく、明るい人だった。名前の偏見から彼女を嫌煙する者も勿論いたが、俺のようにニュースに無頓着な人間とかは暴力団の名前だと気付くことすらない。彼女はいつも人から意味もなく嫌われるか、意味もなく好かれるか、その両極端の中で生きていた。

火継は赤糸という名前がどこから来ているのかもよく理解していたし、その上で彼女とは対等な立場で話していたそうだ。

「お金とか、名前とか、容姿とか色々あるけど、結は結でしかないから話すなら対等が良かっただけ。当時の僕は彼女に好かれるほどのスペックなんて持っていなかったし、好かれようとも思っていなかったけど、逆にそれが良かったのかもね」

火継はそう言って少し照れたように眉を寄せて笑った。

結は自分の中身を見てくれる火継を気に入ったらしく、彼らが出会ってから数年後に交際が始まった。その時に、火継は赤糸組の手伝いをするようになったらしい。

内容は主にドラッグの売買だ。組が仕入れているものを一般人に売るバイヤーをやっている。違法であることは勿論分かっていたが、俺を養えると思えば抵抗はなかったらしい。

「薬の主成分は赤糸家の血液だ。それに色々な薬を混ぜて使用する。明確に理由は分からないけれど、血中にそれを投与した者は気持ちが明るくなり、何でもできるような万能感に支配されると言う。僕は自分に打ったことがないから分からないけど、中毒性が高くて一度始めるとなかなかやめられないらしい」

俺はぼんやりと火継の話をベッドに腰かけて聞いていた。

「ドラッグの名前はエデン」

エデンという言葉は、楽園を意味する言葉だと火継は言う。名前通り、それを注射器で体内に打ち込んだ者はラリラリハッピーな楽園に行けるらしい。とんでもない血液を持った人間がいたもんだ。

しかし、そんな楽園は薬をキメている奴らしか勿論は入れない。薬をキメすぎて廃人になっている人間たちがどんな夢や妄想を繰り広げているかだって、常人には一生分からない。

分からない、はずだった。

「赤糸の血筋には少数だが、そのエデンに出入り出来る力を持った人間が存在するんだ。それと同時に、俺たちのように変わった能力を使える者もいる。赤糸組が今日まで法をかいくぐって現代社会にあるのは、この二つの力が大きな柱になっているからだ」

そう言って、火継は丸めた指先を肩に擦った。擦った彼の指先にはマッチくらいの小さな種火が現れる。チラチラと揺れるその炎はマッチのそれに良く似ていて、全く違う。火継の指から直接出ているものだ。

「結の父親はこの力がなかった。祖父があったみたいだけどね。だから、結の父親は僕と同じような力が欲しかったらしい」

「なんで兄貴はそんな力持ってるんだよ」

俺が言えたことではないけれど。そんなことを思いながら俺が尋ねると、火継は少し困ったように視線を逸らしてから、俺に向き直って肩を竦めた。

「僕がこの力に目覚めたのは、結とベッドを共にした後だ」

火継の言葉に俺は沈黙する。

今、サラっと兄貴が大人の階段上った時の話されたのか?え、今それ伝える意味ある?

「ちなみに、結はその時まだ処女だった」

「聞いてねーし!」

さらに付け加えられる詳細な情報に何故か俺が恥ずかしくなって声を荒げる。なんでこんな深刻な話をしている時に身内の情事についてこと細かに聞かなきゃいかんのだ。

顔を真っ赤にして怒鳴る俺に、火継は小さく笑った。

「必要な情報なんだ。僕だって必要ないなら話したくないよ」

「おうおう、ならどこに必要なのか言ってみろよ!俺が童貞だからって自慢したいだけじゃないだろうなあ?」

「咲凪が童貞…?」

俺の言葉に火継は何故か難しい顔をする。なんでそんな顔をするんだろうか。18でも童貞の男なんて山ほどいるだろ。俺がそんなにヤリチンに見えていたんだろうか。

「まあ、そこの話は一回置いておこうか」

気を取り直したように火継はそう言うと、ちゃぶ台の前で正座していたのを片膝だけ立てた。

「僕らが持っているこの力は、どうやら赤糸家の血筋とまぐわうことで覚醒するらしい」

とんでもない話だと思うが、火継の力は結と交わったことで手に入ったものということだ。当時、火継も結もその事象を理解できず、不意に火継が不思議な能力を手に入れたと喜んだという。

火継の能力は裏稼業において非常に万能だった。全てを無に帰す業火を自由に操れる。死体の処理ならこれほどの適任はいない。しかも、俺自身が体感した通りに火継は喧嘩も強かった。赤糸組の人々は火継の能力を歓迎し、結の婚約者へと押し上げた。

火継は大躍進をし、幹部まで昇り詰める。その実、結の父親は火継のことを全て歓迎していたわけではなかったらしい。

「結の父親は僕らのような能力を持っていなかった。エデンと行き来するだけの力はあったが、本当は僕の能力も欲しかったようだ。結の父親は僕の力の発現がいつなのかを知ると、自分も僕と同じことをしようと考えた」

「兄貴と同じこと…?」

俺は火継の言葉をオウム返しする。

火継の能力の発現は結と交わったことだ。同じことをする。そこまで考えてから、頭から血の気が失せた。

言葉を失う俺とは対照的に、火継は相変わらず穏やかな笑顔のまま目を閉じて首を横に傾けた。

「近親相姦だ。アイツは結に手をかけた」

「っざけんな!お前、何そんな涼しい顔してんだよ!」

「消したからね」

思わずベッドから立ち上がる俺に、火継は淡々と言う。

「結と籍を入れて、僕が次期頭領であることが確約されてから殺す機会を伺っていた。消したのは丁度、お前が家を出た数時間後…咲凪が金成さんを殺していた時だ」

俺は火継の言葉を聞きながら、どう反応していいのか分からないまま静かにベッドに座りなおした。火継は俺が食べようとしないパンが冷めてしまっていることを確認すると、彼はまたその冷たいパンにバターを塗る。

熱を持たないパンにバターは溶けない。固形のまま、べっちゃりとパンにしがみつくように付着したバターの塊ごと火継はパンをかじった。

「許せるわけないだろう?僕の大事な家族は咲凪と結だけだ。二人に手を出すなんて、地獄の底まで追いかけて、何度でも殺してやる」

声色は優しいが、そこには明確な殺意があった。

あの優しい火継がこんなことを考えているだなんて知らなかった。知る機会もなかったのかもしれない。こんなことさえ起きなければ、俺は一生知らないままだったのかもしれない。

火継は言葉に一拍置くと、再び口を開いた。

「赤糸家は女家系だ。交わった相手に不思議な力を与える。だが、結の父親はそこに生まれた珍しい男児。彼と結婚した結の母親にも不思議な力はあったらしいが、それほど戦闘や仕事に役立つようなものではなかったそうだ」

当時は分からなかったが、今までの赤糸家の女性たちは初めて交わった男性にだけ強力な力を授けていたようだ。しかし、結はすでに火継に力を与えてしまっている。

つまり、聞きたくもなかった結が当時処女であったという話はここで繋がってくる。処女でなくなってしまった結が誰かに力を授けることはもう出来ない。父親に襲われた結は酷いトラウマを植え付けられ、父親も何も得ることが出来なかった。

あの時、ホテルで美人局をやっていた結がの言葉が蘇る。何度でも火継に守られることで、安心感を覚えたいのだと。父親のことなんか思い出したくない。全部このことを指していたのだろう。

「そこで、結の父親は気付くんだ。自分にはもう一人子供がいたことを。それも、僕の物凄く傍にいる人物…咲凪の友達であること、知ってしまった」

そこまで言われて俺はこの話の結末がどこに向かっているのか、ようやく理解する。

この話は、どうして金成があんなことになってしまったかの真相へと向かっているのだ。俺は頭が悪いから、話が長くなってきて筋道が分からなくなってしまっていた。

だけど、ついに分かる。金成の身に起きたこと。

「金成が…赤糸の血を引いているっていうのか?」

「結の父親の部屋から出てきた資料によると、そういうことだ。結の父親が結を生んでから6年後に渡英した時期があった。恐らく、そこで知り合ったのが金成さんの母親だ。彼らは一晩だけ関係を持ったらしい」

食べ終えたパンのカスを指先から払いながら火継は言う。

金成マリア。イギリス人のハーフで、母親がイギリス人だったのは確かだ。だとすれば、金成の父親は本当の父親ではないことになる。金成がすでに腹の中にいたのか、それとも物心つかないほどに幼い頃に金成を連れて結婚したのか。真相は定かではないが、金成は自分の父親と血が繋がっていると思っていたように見える。

何にせよ、全く可能性がない話ではなかった。

「で、でも、こんな偶然あるかよ…俺たち兄弟が仲良くしている女が全員、赤糸家の血を引いてるとかさ…偶然にもほどがあるぜ」

笑えないジョークだと思う。これが幸せな結末に繋がるなら別にいい。だけど、誰が救われたってんだ。誰も救われていない。

金成も、結も、火継も、俺も。こんな状態になって、誰も心から笑ってなどいない。

「本当に酷い偶然だと思うよ。だけどさ、咲凪は死んだ爺さんの手品を覚えていないか?」

急に出てきた自分の血縁の話に俺は首を傾げる。

うちの両親が大喧嘩する数年前に病死した父方の祖父がいる。祖父以外の親戚との付き合いが物凄く薄かったし、祖母は死んでいた。母親は親族との折り合いが悪かったので、俺たち兄弟からすると親戚は実質その祖父だけだっただろう。

祖父はよく手品だと言って、何もない所から小さな打ち上げ花火を出した。手を叩くだけで火花が散り、上空に舞い上がったそれが小爆発を起こす。七色に輝いて花が散るように消えていく火花が綺麗で、俺は祖父の家に行くたびに手品をねだっていた。

そうやって記憶を辿り、俺は目の前にいる火継を見る。

その手品は火継が見せた能力に酷似していた。最終的に燃やすか、爆散するか、それだけの違い。

「憶測でしかないけど、俺たち藤村の血筋は赤糸の血筋を惹きつけるのかもしれない」

むちゃくちゃな気もするが、納得する部分もあった。祖父は初めて付き合った女性が一番好きだったのだと、祖母が死んだあとにこっそりと俺に教えてくれたのだ。その女性は家の事情で結婚することが叶わなかったが、今もずっと好きだと彼は言っていた。

家の事情が赤糸家の事情であるのだとしたら、なくはない。よく分からないが、きっとそんな社会で生きている人間と結婚するなんて簡単なことではない。火継がおかしいだけだ。

金成の母親が来日して、他の男と結婚して、その娘の金成が俺と知り合った。俺が金成を殺したことが現実であるなら、間違いなく金成も俺のことが好きだったはずだ。

親から反対されても家を飛び出して、ずっと俺の傍にいた金成の行動も、血に刻まれた本能レベルのことなのであれば、そんな偶然が起きるのもあり得なくはないのだろうか。

「その法則まで結の父親が知っていたかは分からないけど、そうして金成さんは結の父親に目をつけられたんだ。昨日の夜、金成さんは咲凪と別れて一度家に帰った後、結の父親に拉致されている」

「あの後?」

俺は火継の言葉をオウム返しにする。

俺がケーキを食べて、服を着替えている間か?それとも、俺が金成の家の前でダラダラしていた時間か?金成が扉を開けてくれるだろうとタカを括って、自分から行動しなかったあの無駄な時間。あの時にもし俺がちゃんと金成の部屋の異変にすぐ気付いて行動を起こしていたら、もう少し未来は違ったのか?

俺はベッドに座ったまま、歯を食いしばって膝の上で拳を握りしめる。

悔しかった。自分の愚かさが今になって身に染みる。

何が予防線だ。何が自分に都合が悪いだ。薄々、金成の気持ちが分かっていながら無視して、俺の気持ちばっかり押し付けて、謝罪のタイミングすら丸投げしてきた結果が今だ。

なんであの時、俺は金成の手を無理やりにでも掴んで引き留めなかったんだろう。すぐに謝れなかったんだろう。恥ずかしいとか、照れるとかで見栄なんて張らなきゃよかった。

「金成さんは抵抗できないよう、すでにエデンを打たれた後だった。すでに意識が朦朧としていたけど、僕らが救出した。救出したと言っても、結の父親を消すのが先決だったから、そのまま外へ逃がしただけになってしまってね…」

俺の様子になど構わず、火継は淡々と話を続けた。

「金成さんが咲凪を好きなのは、何となく見ていて知っていたから、そのまま放置してもお前の元に行くと思っていたんだ。咲凪が強い力を手に入れるだけなら、何も困らないしね。まさか、心中未遂になるとは思っていなかった。予定外だったよ」

俺が力を手に入れるだけ。火継の言葉を聞きながら、俺は手の平を開く。夢の中でやったように身体の一部を変化させようと試みると、今まで通り指先からバラバラと崩れて蛾の姿になって宙を舞う。

赤糸家と交わらないと手に入らないはずの不思議な力。部屋を舞う数匹の蛾を見ながら、火継は首を傾げた。

「咲凪も寝たんだよね?金成さんと」
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