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1章 最高にイカれた誕生日
【第4話】7月6日 16時25分
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金成に連れられて来た駅ビルは人がごった返してて、女子特有の制汗剤とか香水の匂いがした。ほとんど見渡す限りが女物の服屋ばかりで、男物がパッと見じゃ見つからなかった。
「おい、俺たちみたいなムサいの場違いじゃねえの?」
無駄に背丈があるせいで、俺の頭が周囲から飛び出している。隣に可愛い女の子でもいれば、付き添いとかデートだとかって思って貰えそうなもんだが、金成は…そういえば女子ではあったが、俺とあまり変わらない存在だと思う。
「ムサって…自己分析がよくできてんじゃねえかよ!でもお前みたいなキングコングと一緒にすんなし、こちとら爽やかイケメンって言われてるんで!」
金成はプッと吹き出すように笑いながら俺のわき腹をつつく。
そうか、金成は爽やかイケメンの類なのか。羨ましいもんだ。イケメンに女子は優しいからな。
悔しいから口ではそんなこと言ってやらんが。
金成に先導され、俺は自分の身を3割ぐらい小さくなるように縮ませながらついて行った。上の階層に上がると、小洒落た男性服が置かれた店が点々と姿を見せ始める。
「ほれほれ、好きなの選べよ!」
「なんかわりーなあ」
食い物を乞食するのは慣れているが、服を乞食したことはない。しかし、金成が俺を見て不格好だと思うなら、それは結構ヤバいと思う。貰えるもんは貰っとかないと何も手に入らないのもまた事実でもあるのだ。
ふと目に入ったパーカーに吸い寄せられるように近づく。黒字に白い飛沫のペイント、袖には腕の骨格がプリントされている。ちょっとロックな雰囲気がありつつ、カジュアルだから着やすそうだ。
金成も俺の後ろからパーカーを覗き込む。なんかプラモデル選んでる時と同じくらい楽しそうな顔してるけど、他人が服選んでるのなんか見て面白いんかな。
「それがいいの?イカしてんじゃん!」
「デザイン的にはすげー好き!ちなみにお値段は…」
金成の前で俺はパーカーの裏地についた値札をめくる。そこに書かれた数字は8700円。
「たっ……」
高すぎて言葉を失う。服一枚にこんな出す?いつもの無地のTシャツ七枚は買えちゃうよ。これはいかんて。
ブルブルと手が震え、口元が引きつる。
「お、案外安いじゃん!これならズボンもイケるわ」
金成は小さくガッツポーズをすると俺からパーカーを取り上げてズボンが並んでいるコーナーに向かっていく。
「いや、いいよ!これだけでビックバーガー25個以上はすんだろ!」
「いーんだよ!いつもふんぞり返ってるくせに、なんで年に一度の誕生日では遠慮すんだよ!似合わねえぞ?」
慌てふためく俺に金成はスキニーやらサルエルパンツやらを押し付けて「試着しよーぜ!」と店内を引っ張りまわす。
俺より熱心に金成は試着している俺の姿を吟味し、紆余曲折ありながら結果的には白いサルエルパンツに金成の判断で決まった。
あれよあれよと金成に店員を呼ばれ、気付いたら金成の隣でハラハラと支払いを見守るただのデカブツと化していた。してやったり顔の金成は、丁寧に包装されたショッピングバックを店前で差し出す。
「ほらよ!ハッピバースデー咲凪!」
「いや、もうなんていうか…有り難き幸せ…」
これはもう頭を垂れるしかない。金成は爽やかイケメンだった。俺はバイト代をもっと節約しようと心に決めた。
「おうおう、存分に有難がれよー!ま、この後電気屋に…」
歩きながらそう言いかけていた金成がふと足を止める。
「なした?」
金成の視線の先を追うと、クマとかウサギのもふもふしたぬいぐるみが飾られている、いかにも女子が好きそうな店のディスプレイラックに並べられたカチューシャを指さした。
「なあなあ、これ可愛くね?」
そう言いながら金成は白地に黒い水玉模様のカチューシャを手に取る。
確かに可愛らしいカチューシャではある。火継の彼女の結とかにはぴったりだ。
「あー可愛いんでね?」
頭の中で結の姿を思い浮かべながら俺は頷く。まあ、結くらいのクオリティなら、正直何を着たって可愛いだろう。結は可愛さの塊みてえな人だ。
そんなことを考えていると、何を思ったのか少し照れながら金成がカチューシャを頭に着ける。
俺はその様子に黙る。唖然とした、と言えばいいのだろうか。まさか金成が着けるとは考えてもなかった。
「どーよ、可愛いか?」
可愛らしいカチューシャを着けた金成は何だかコラージュ画像みたいだ。見慣れない姿に俺は思わず吹き出す。
「…ぎゃははっ!なんだそりゃ!お前が着けるもんじゃねえだろ!新しいボケかなんか?お前はツッコミだと思ってたぜ!」
「え、ボケ…?」
俺は先ほどとは逆にキョトンと目を丸くさせた金成に側にあった黒いキャップを手に取り、それを差し出す。爽やかイケメンなら、格好いい帽子とかのが似合うに決まってる。
「ほれ、お前はこっちのが似合うんじゃね?それは彼女出来た時とかに贈ってやればー?」
「んだよ…」
小さく呟いた金成の声がなんだか怒っているように聞こえて、俺は笑顔のまま笑うのを止める。
金成は悪態ついたり、大きな声を出したりはするが、滅多に怒らない。怒りを孕んだその声を、俺は久しぶりに聞いた気がした。
「彼女なんてつくんねーよ!アホ!」
特別大声だったわけでもないのに、一瞬店内の空気がピリつくような圧のある声でカチューシャもろとも帽子を突き返された。
「な、なんだよ…ただ、お前には似合うと…」
「帰る!じゃーな!」
突き返された帽子とカチューシャを抱えたまま呆然とする俺を置いて、金成は踵を返すようにすたすたと人混みの向こうへ歩いて行く。
「おい!金成!待てよ!一緒に飯…」
追いかけるが、金成の小柄な姿はあっという間に人混みに紛れて消える。俺は慌ててスマホを鞄から取り出し、金成に通話アプリから電話を入れるが呼び出し音が数回もならないうちに切られてしまった。
「なんだよ…」
金成に貰ったショッピングバッグを手に、俺は途方に暮れる。こんなに良い物を貰ったんだから、ビックバーガー二つ奢るのは俺の番だと思っていたのに。
仕方ない。俺もトボトボとビルの出口へと向かう。
服は本当にめちゃくちゃ嬉しかったし、祝ってもらえたのもすげー記念になったのに、なんだか最後が残念だ。
何がそんなに金成を怒らせたのか分からないが、まあ金成だって気が立ってる時もあるんだろう。明日になれば、きっと全部元通りだ。
そう、元通りだ。金成が俺のことを許してくれなかったことなんかないんだから。
「おい、俺たちみたいなムサいの場違いじゃねえの?」
無駄に背丈があるせいで、俺の頭が周囲から飛び出している。隣に可愛い女の子でもいれば、付き添いとかデートだとかって思って貰えそうなもんだが、金成は…そういえば女子ではあったが、俺とあまり変わらない存在だと思う。
「ムサって…自己分析がよくできてんじゃねえかよ!でもお前みたいなキングコングと一緒にすんなし、こちとら爽やかイケメンって言われてるんで!」
金成はプッと吹き出すように笑いながら俺のわき腹をつつく。
そうか、金成は爽やかイケメンの類なのか。羨ましいもんだ。イケメンに女子は優しいからな。
悔しいから口ではそんなこと言ってやらんが。
金成に先導され、俺は自分の身を3割ぐらい小さくなるように縮ませながらついて行った。上の階層に上がると、小洒落た男性服が置かれた店が点々と姿を見せ始める。
「ほれほれ、好きなの選べよ!」
「なんかわりーなあ」
食い物を乞食するのは慣れているが、服を乞食したことはない。しかし、金成が俺を見て不格好だと思うなら、それは結構ヤバいと思う。貰えるもんは貰っとかないと何も手に入らないのもまた事実でもあるのだ。
ふと目に入ったパーカーに吸い寄せられるように近づく。黒字に白い飛沫のペイント、袖には腕の骨格がプリントされている。ちょっとロックな雰囲気がありつつ、カジュアルだから着やすそうだ。
金成も俺の後ろからパーカーを覗き込む。なんかプラモデル選んでる時と同じくらい楽しそうな顔してるけど、他人が服選んでるのなんか見て面白いんかな。
「それがいいの?イカしてんじゃん!」
「デザイン的にはすげー好き!ちなみにお値段は…」
金成の前で俺はパーカーの裏地についた値札をめくる。そこに書かれた数字は8700円。
「たっ……」
高すぎて言葉を失う。服一枚にこんな出す?いつもの無地のTシャツ七枚は買えちゃうよ。これはいかんて。
ブルブルと手が震え、口元が引きつる。
「お、案外安いじゃん!これならズボンもイケるわ」
金成は小さくガッツポーズをすると俺からパーカーを取り上げてズボンが並んでいるコーナーに向かっていく。
「いや、いいよ!これだけでビックバーガー25個以上はすんだろ!」
「いーんだよ!いつもふんぞり返ってるくせに、なんで年に一度の誕生日では遠慮すんだよ!似合わねえぞ?」
慌てふためく俺に金成はスキニーやらサルエルパンツやらを押し付けて「試着しよーぜ!」と店内を引っ張りまわす。
俺より熱心に金成は試着している俺の姿を吟味し、紆余曲折ありながら結果的には白いサルエルパンツに金成の判断で決まった。
あれよあれよと金成に店員を呼ばれ、気付いたら金成の隣でハラハラと支払いを見守るただのデカブツと化していた。してやったり顔の金成は、丁寧に包装されたショッピングバックを店前で差し出す。
「ほらよ!ハッピバースデー咲凪!」
「いや、もうなんていうか…有り難き幸せ…」
これはもう頭を垂れるしかない。金成は爽やかイケメンだった。俺はバイト代をもっと節約しようと心に決めた。
「おうおう、存分に有難がれよー!ま、この後電気屋に…」
歩きながらそう言いかけていた金成がふと足を止める。
「なした?」
金成の視線の先を追うと、クマとかウサギのもふもふしたぬいぐるみが飾られている、いかにも女子が好きそうな店のディスプレイラックに並べられたカチューシャを指さした。
「なあなあ、これ可愛くね?」
そう言いながら金成は白地に黒い水玉模様のカチューシャを手に取る。
確かに可愛らしいカチューシャではある。火継の彼女の結とかにはぴったりだ。
「あー可愛いんでね?」
頭の中で結の姿を思い浮かべながら俺は頷く。まあ、結くらいのクオリティなら、正直何を着たって可愛いだろう。結は可愛さの塊みてえな人だ。
そんなことを考えていると、何を思ったのか少し照れながら金成がカチューシャを頭に着ける。
俺はその様子に黙る。唖然とした、と言えばいいのだろうか。まさか金成が着けるとは考えてもなかった。
「どーよ、可愛いか?」
可愛らしいカチューシャを着けた金成は何だかコラージュ画像みたいだ。見慣れない姿に俺は思わず吹き出す。
「…ぎゃははっ!なんだそりゃ!お前が着けるもんじゃねえだろ!新しいボケかなんか?お前はツッコミだと思ってたぜ!」
「え、ボケ…?」
俺は先ほどとは逆にキョトンと目を丸くさせた金成に側にあった黒いキャップを手に取り、それを差し出す。爽やかイケメンなら、格好いい帽子とかのが似合うに決まってる。
「ほれ、お前はこっちのが似合うんじゃね?それは彼女出来た時とかに贈ってやればー?」
「んだよ…」
小さく呟いた金成の声がなんだか怒っているように聞こえて、俺は笑顔のまま笑うのを止める。
金成は悪態ついたり、大きな声を出したりはするが、滅多に怒らない。怒りを孕んだその声を、俺は久しぶりに聞いた気がした。
「彼女なんてつくんねーよ!アホ!」
特別大声だったわけでもないのに、一瞬店内の空気がピリつくような圧のある声でカチューシャもろとも帽子を突き返された。
「な、なんだよ…ただ、お前には似合うと…」
「帰る!じゃーな!」
突き返された帽子とカチューシャを抱えたまま呆然とする俺を置いて、金成は踵を返すようにすたすたと人混みの向こうへ歩いて行く。
「おい!金成!待てよ!一緒に飯…」
追いかけるが、金成の小柄な姿はあっという間に人混みに紛れて消える。俺は慌ててスマホを鞄から取り出し、金成に通話アプリから電話を入れるが呼び出し音が数回もならないうちに切られてしまった。
「なんだよ…」
金成に貰ったショッピングバッグを手に、俺は途方に暮れる。こんなに良い物を貰ったんだから、ビックバーガー二つ奢るのは俺の番だと思っていたのに。
仕方ない。俺もトボトボとビルの出口へと向かう。
服は本当にめちゃくちゃ嬉しかったし、祝ってもらえたのもすげー記念になったのに、なんだか最後が残念だ。
何がそんなに金成を怒らせたのか分からないが、まあ金成だって気が立ってる時もあるんだろう。明日になれば、きっと全部元通りだ。
そう、元通りだ。金成が俺のことを許してくれなかったことなんかないんだから。
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