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4章 彼は弱った狼を励まそうと緑の四つ葉を差し出しました
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目が覚めると見慣れた天井が見える。
ゆっくり起きあがると頭がクラクラふわふわとした感覚に襲われ俺は片手て頭を押さえた。
「昨日は…たしか…」
最近は目が覚めた時に前日のことを思い出す為の時間をとるようにした。
ここ最近は毎晩ろくな寝かたをしないのだ。
思い出しても別に楽しいものでもないし本当はあまり思い出したいもんでもないが、これをする事で自分を失わずにいられる節がある。
「ホテルで散々な目にあった、帰ってきた記憶はないから…明嵐が連れ帰ったのか」
昨晩の記憶を辿り恐る恐る陵辱された穴を撫でると、まだ締まりきらないようでひくひくと恋しがるような隙間が残っていた。
「…最悪だな」
中に出されたものが漏れるとか胸の先端が赤く腫れていたこともあったが、これは今までの中で1番胸糞悪い。
そんなことを考えていると、聞きなれた足音が聞こえてくる。その相手は無遠慮に部屋に押し入ると、いつもの犬皿に乗せたぐちゃぐちゃの飯を片手に持って口元だけで笑った。
「おっはよー」
俺の反応を待たずに明嵐はヘッドボードに皿を乗せ、俺の隣に腰掛けた。
最近は仕事で預かっているらしい犬は全員返したのか、ここ2日ほど屋敷には明嵐しかいないようだった。
暇ができたせいか明嵐は俺が飯を食べる様子をただ何をするでもなく、隣でぼんやりと観察するようになった。
俺が手を使うと何故か絶対にばれるし、見られてようがなかろうが犬のように食べなくてはいけないことに変わりはないのだが、見られてないなら見られてない方がマシなんだが…。
「(今日は床に置かれなかっただけマシか)」
そう考えて俺はヘッドボードに置かれた餌皿に顔を近づけると明嵐は目の前に手を差し出して俺を止める。
「まーて!お手してから!」
またろくでもないことを思いついたなコイツ…。
シラケたような目で明嵐を見上げると明嵐は催促するように手をちょいちょい動かしながら「お手!」と再度言う。
しぶしぶ明嵐の手に自分の手をのせると何故かその手を離さずに、ぎゅっと握った。
黙って見ていても離す様子の無い明嵐のから手を引き抜こうと軽く引っ張るが、それを掴んで引き戻す。
「…なあ、まだ反抗すんの?」
怒っているわけではない。悲しんでいるわけでもない。そんな様子でただ笑みを浮かべたまま、明嵐は俺の手を見つめている。
俺は明嵐の求める答えを考える。
反抗的な態度を改めろと言いたいだけならこんな質問するより、体罰なり屈辱なりを与えたほうが早いだろう。
かと言って今まで反抗的態度を見せればそれ相応に俺を『躾』てきた明嵐が、それを良しとしているとも考えづらい。
もとより言葉など発せないが、黙ったまま明嵐を見る俺に彼は笑顔のまま小さくため息をついて部屋のサイドテーブルからメモとペンを取り上げて俺に渡した。
「ほれ」
考えていることを書けと言っているのだろう。
俺はペンを握り紙と向き合った。
アイツの求める答えはわからないが、反抗しないなんて媚びるような嘘を書いたって仕方がない。
『反抗はやめない』と紙に書いて明嵐に見えるように紙を向ける。
その紙の文字を目で追い、明嵐は静かに笑みをたたえたまま目を閉じる。
「…この先の何ヶ月、何年、何十年、死ぬまでずっと昨日みたいなことが起きて、気持ちが折れるんじゃない?従ったほうが、俺はお前に優しくできるよ」
責め立てるような口調ではなく、優しく諭すように明嵐は言う。
彼の言うことは最もだ。この世界では従順な犬はとても愛されている。プライドを捨て自我を忘れ媚びることで不自由ない暮らしだって出来るだろう。しかし俺は紙に記す。
『俺は俺のまま生きる 失ってなんかやらない』
紙を叩きつけるように見せると、明嵐はそのメモを目で読み取ってからゆっくり受け取った。
「…そっか」
彼はしげしげとメモをながめ、苦笑いする。でもその笑顔は、何故か酷く安心したようにも見えた。
「…じゃあ、もういいや。俺、お前のこと躾けるの飽きちゃったし。もういらない」
明嵐の言葉に耳を疑うと同時に焦りが生じた。
躾の入らない犬となれば捨てる。道理はわからなくはないが例え相手が犬に扮した人間でなかろうとそれは許される事でないだろうに。
「しばらくはここに置いておくけど、そのうちお前はこの家から出ることになる。それまでゆっくり休んどけ」
明嵐は言葉と裏腹に俺の頭を撫でる。何度も何度も確かめるように撫でてから、ここに来たばかりの時にやったように俺の頬を指で優しく撫でた。
「飯も運んでやる。最後まで面倒は見るから安心しろ」
この家からでて俺はどうなると言うんだ。正直野良犬になるのは勘弁願いたい。
明嵐はベッドから立ち上がり、部屋の前に立つと視線だけでこちらを見る。
「…暇つぶしの本はいるか?」
この屋敷に来て3ヶ月。始めはどれから読もうか迷ってしまうほどだったこの本棚の本は、今では全て読み終えてしまった。
『いる』
そう紙に書いて見せると明嵐は笑って頷いた。
彼が静かに部屋を去る。鍵のかかる音。もういらないと言うのに、まだ逃がすつもりもないらしい。
それから明嵐は俺に新しい本を届けると、本当に食事を持ってくる時以外に姿を見せなくなった。
あれだけしつこく続けていた行為もぱったり止む。
それと入れ替わるように昼には廊下から話し声や足音、夜には悲鳴や泣き声が騒がしく聞こえるようになった。仕事が忙しくなったのにかこつけて俺の躾の仕方を変えたのだろうか。捨てられる不安感を与えてすがらせる…という作戦ならわからなくもない。
すっかり暇になった昼下がりに新しい本を読んでいると、不意に鍵が開く音がする。その音に続いてノック音。
明嵐はノックをしなくなったはずだ。ノックする相手は、俺の反応を見ているのか。一呼吸おいてから静かに扉を開けた。
そこにいたのは、前回ホテルにいた男だった。俺中に色々なものを入れるだけ入れて早々に帰ったので覚えている。
男は静かに後ろ手で扉を閉めると礼儀正しく頭を下げ、こちらへと歩み寄る。
前回が前回なので今回もろくな要件じゃないだろうと俺は歩み寄る男から距離を置くように部屋の隅へと後ずさる。
男はベッドに腰掛けて、俺を見つめると淡々と声を発する。
「僕は本当は不能なんかじゃないのであなたとセックスをしに来ました」
やっぱりろくな要件じゃない、どうせ明嵐の差し金だろう。
誰がはいそうですかと抱かれに行くものかと相手を睨む。
「…と、いう理由をつけて明嵐さんにこの部屋の鍵を借りました。本当は本当に不能です。安心して隣に座ってください」
今度は他に聞かれないようにしているのか、小さな声で男は続ける。
意味の無いことをするタイプには見えないが…こいつが俺にしたことは事実だし、人は見た目によらないとよく言う。
しかし本当に性行為が目的ではないなら、なんのためにここに来たのか気になるところではあった。
俺は男が妙な行動を取ったら直ぐに逃げられるように、目を離さずじりじりと歩み寄り微妙なスペースを開けて立ち止まる。
「僕はあなたと対話をしに来ましたが、設定はセックスをしている最中ですので小さな声で話します。あなたも周囲に聞こえないようになら話して頂いて構いません」
さも性行為をしているとアピールをするように、男は腰掛けたベッドを上下に揺らしてたまにギシギシと音を立てたりする。大真面目な顔でだ。
そこまでされるとさすがに疑う気も失せ、俺は男が腰掛けている揺れるベッドに座る。
「さて本題ですが、あなたは地上に帰りたいんですか?」
ベッドを無意味に揺すりながら男は話す。
「ち、地上に…?なんで…」
部屋の外に漏れないように小さな声で俺は答える。
「明嵐さんが執拗に聞いてくるからです。犬になった人間が帰る方法があるのかと」
ふと男はベッドを揺らすのをやめ、不思議そうに首を傾げる。
「明嵐さんはよく分からない人です。好きな人をわざわざ他人に抱かせたり、無茶をさせて傷付けたりする。でも、あなたのことが好きなのは僕から見ればすぐ分かります」
「明嵐は俺をいらないって言ったんだ。お前の勘違いだろう」
俺の言葉に彼はまた首を傾げると、視線を正面に戻し「理解に苦しみますね」と再びベッドを揺らす。
「僕は明嵐さんではないので彼が考えてることまでは分かりかねます。だけど、あんなにお金に頓着しなかった人がここ半月ほど休みも取らずに働き詰めです。お金を貯めてるのではないかと推測します」
確かにここ最近仕事が増えていることは俺にも感じてとれた。でも、それと俺になんの関係がある?ただ暇になってそれを埋めるように仕事をとってるだけという可能性だってあるだろうに。
「金を貯めて何になる」
「この世界でのお金は重要ですよ。犬は地上に帰れませんが、人間なら地上に行くことだって出来ます。かなりの大金を支払わなくてはなりませんが」
男は淡々と平然とロボットのように話す。
「貴方は借金のかたに実の父親によって地上から売られてここに来た。父親は営業上手な方だったようですね、あの手この手で華奢な男の犬を3000万で犬売に買わせたらしい。なかなかつかない値段ですよ」
男は素直に感心したと言った様子で続ける。
「貴方が処理用にされたのもそこが大きいでしょうね、愛玩用じゃ半額でも高いくらいですから」
「そこまでわかってるならさっきの質問は聞かなくたってわかるだろう…俺は地上に帰ったって行くあても金もない。だから地下で生きることにした。別におかしなことじゃないだろう」
「確かに、あなたの親族は父親1人。その唯一の肉親すらもあなたを売った金を手に行方しれず、残ったのは経営マイナスの会社と路頭に迷った社員の怒りの声だけだとか…行く宛てがないどころか出てすぐ逃亡生活を強いられるなんてことも有り得ますね」
何の感情も持たない声で、男は淡々と説明する。
借金のかたに…というのは聞いていたがまさか逃亡までしたとは…。父のことはそれなりに尊敬していたつもりだっただけに俺はショックが隠しきれなかった。
男は再びベッドを揺するのを止め、時間を確認する。
「そろそろ15分…早い人なら終わってもいい時間ですね」
そんなことまで気にしてるのは恐らくお前だけなのではと言いたい気持ちを飲み込む。
男は立ち上がると、ベッドに座ったままの俺に向き直る。
「それでは、僕の用事はこれで終わりですね。僕はコネクションを大事にしたいので、明嵐さんとあなたに恩を売りに来ただけです」
「明嵐と…なんで俺も?」
「それをお話してしまうと明嵐さんとのコネクションが絶たれる危険性があるので黙秘します。1つ言えることは、あなたが野良犬になる日は来ないということでしょう。安心してお過ごしください」
深々と男は頭を下げ、部屋を出て行く。
男の話は確かに興味深いのもであったし、少し地上の話を聞けたのも大きかった。しかし…
「意図が読めんな…」
何故俺に地上の話を伝えに来たのか、何故俺に恩を売るのか。
野良犬になる日は来ないと、なぜ言いきったのだろう…。
ゆっくり起きあがると頭がクラクラふわふわとした感覚に襲われ俺は片手て頭を押さえた。
「昨日は…たしか…」
最近は目が覚めた時に前日のことを思い出す為の時間をとるようにした。
ここ最近は毎晩ろくな寝かたをしないのだ。
思い出しても別に楽しいものでもないし本当はあまり思い出したいもんでもないが、これをする事で自分を失わずにいられる節がある。
「ホテルで散々な目にあった、帰ってきた記憶はないから…明嵐が連れ帰ったのか」
昨晩の記憶を辿り恐る恐る陵辱された穴を撫でると、まだ締まりきらないようでひくひくと恋しがるような隙間が残っていた。
「…最悪だな」
中に出されたものが漏れるとか胸の先端が赤く腫れていたこともあったが、これは今までの中で1番胸糞悪い。
そんなことを考えていると、聞きなれた足音が聞こえてくる。その相手は無遠慮に部屋に押し入ると、いつもの犬皿に乗せたぐちゃぐちゃの飯を片手に持って口元だけで笑った。
「おっはよー」
俺の反応を待たずに明嵐はヘッドボードに皿を乗せ、俺の隣に腰掛けた。
最近は仕事で預かっているらしい犬は全員返したのか、ここ2日ほど屋敷には明嵐しかいないようだった。
暇ができたせいか明嵐は俺が飯を食べる様子をただ何をするでもなく、隣でぼんやりと観察するようになった。
俺が手を使うと何故か絶対にばれるし、見られてようがなかろうが犬のように食べなくてはいけないことに変わりはないのだが、見られてないなら見られてない方がマシなんだが…。
「(今日は床に置かれなかっただけマシか)」
そう考えて俺はヘッドボードに置かれた餌皿に顔を近づけると明嵐は目の前に手を差し出して俺を止める。
「まーて!お手してから!」
またろくでもないことを思いついたなコイツ…。
シラケたような目で明嵐を見上げると明嵐は催促するように手をちょいちょい動かしながら「お手!」と再度言う。
しぶしぶ明嵐の手に自分の手をのせると何故かその手を離さずに、ぎゅっと握った。
黙って見ていても離す様子の無い明嵐のから手を引き抜こうと軽く引っ張るが、それを掴んで引き戻す。
「…なあ、まだ反抗すんの?」
怒っているわけではない。悲しんでいるわけでもない。そんな様子でただ笑みを浮かべたまま、明嵐は俺の手を見つめている。
俺は明嵐の求める答えを考える。
反抗的な態度を改めろと言いたいだけならこんな質問するより、体罰なり屈辱なりを与えたほうが早いだろう。
かと言って今まで反抗的態度を見せればそれ相応に俺を『躾』てきた明嵐が、それを良しとしているとも考えづらい。
もとより言葉など発せないが、黙ったまま明嵐を見る俺に彼は笑顔のまま小さくため息をついて部屋のサイドテーブルからメモとペンを取り上げて俺に渡した。
「ほれ」
考えていることを書けと言っているのだろう。
俺はペンを握り紙と向き合った。
アイツの求める答えはわからないが、反抗しないなんて媚びるような嘘を書いたって仕方がない。
『反抗はやめない』と紙に書いて明嵐に見えるように紙を向ける。
その紙の文字を目で追い、明嵐は静かに笑みをたたえたまま目を閉じる。
「…この先の何ヶ月、何年、何十年、死ぬまでずっと昨日みたいなことが起きて、気持ちが折れるんじゃない?従ったほうが、俺はお前に優しくできるよ」
責め立てるような口調ではなく、優しく諭すように明嵐は言う。
彼の言うことは最もだ。この世界では従順な犬はとても愛されている。プライドを捨て自我を忘れ媚びることで不自由ない暮らしだって出来るだろう。しかし俺は紙に記す。
『俺は俺のまま生きる 失ってなんかやらない』
紙を叩きつけるように見せると、明嵐はそのメモを目で読み取ってからゆっくり受け取った。
「…そっか」
彼はしげしげとメモをながめ、苦笑いする。でもその笑顔は、何故か酷く安心したようにも見えた。
「…じゃあ、もういいや。俺、お前のこと躾けるの飽きちゃったし。もういらない」
明嵐の言葉に耳を疑うと同時に焦りが生じた。
躾の入らない犬となれば捨てる。道理はわからなくはないが例え相手が犬に扮した人間でなかろうとそれは許される事でないだろうに。
「しばらくはここに置いておくけど、そのうちお前はこの家から出ることになる。それまでゆっくり休んどけ」
明嵐は言葉と裏腹に俺の頭を撫でる。何度も何度も確かめるように撫でてから、ここに来たばかりの時にやったように俺の頬を指で優しく撫でた。
「飯も運んでやる。最後まで面倒は見るから安心しろ」
この家からでて俺はどうなると言うんだ。正直野良犬になるのは勘弁願いたい。
明嵐はベッドから立ち上がり、部屋の前に立つと視線だけでこちらを見る。
「…暇つぶしの本はいるか?」
この屋敷に来て3ヶ月。始めはどれから読もうか迷ってしまうほどだったこの本棚の本は、今では全て読み終えてしまった。
『いる』
そう紙に書いて見せると明嵐は笑って頷いた。
彼が静かに部屋を去る。鍵のかかる音。もういらないと言うのに、まだ逃がすつもりもないらしい。
それから明嵐は俺に新しい本を届けると、本当に食事を持ってくる時以外に姿を見せなくなった。
あれだけしつこく続けていた行為もぱったり止む。
それと入れ替わるように昼には廊下から話し声や足音、夜には悲鳴や泣き声が騒がしく聞こえるようになった。仕事が忙しくなったのにかこつけて俺の躾の仕方を変えたのだろうか。捨てられる不安感を与えてすがらせる…という作戦ならわからなくもない。
すっかり暇になった昼下がりに新しい本を読んでいると、不意に鍵が開く音がする。その音に続いてノック音。
明嵐はノックをしなくなったはずだ。ノックする相手は、俺の反応を見ているのか。一呼吸おいてから静かに扉を開けた。
そこにいたのは、前回ホテルにいた男だった。俺中に色々なものを入れるだけ入れて早々に帰ったので覚えている。
男は静かに後ろ手で扉を閉めると礼儀正しく頭を下げ、こちらへと歩み寄る。
前回が前回なので今回もろくな要件じゃないだろうと俺は歩み寄る男から距離を置くように部屋の隅へと後ずさる。
男はベッドに腰掛けて、俺を見つめると淡々と声を発する。
「僕は本当は不能なんかじゃないのであなたとセックスをしに来ました」
やっぱりろくな要件じゃない、どうせ明嵐の差し金だろう。
誰がはいそうですかと抱かれに行くものかと相手を睨む。
「…と、いう理由をつけて明嵐さんにこの部屋の鍵を借りました。本当は本当に不能です。安心して隣に座ってください」
今度は他に聞かれないようにしているのか、小さな声で男は続ける。
意味の無いことをするタイプには見えないが…こいつが俺にしたことは事実だし、人は見た目によらないとよく言う。
しかし本当に性行為が目的ではないなら、なんのためにここに来たのか気になるところではあった。
俺は男が妙な行動を取ったら直ぐに逃げられるように、目を離さずじりじりと歩み寄り微妙なスペースを開けて立ち止まる。
「僕はあなたと対話をしに来ましたが、設定はセックスをしている最中ですので小さな声で話します。あなたも周囲に聞こえないようになら話して頂いて構いません」
さも性行為をしているとアピールをするように、男は腰掛けたベッドを上下に揺らしてたまにギシギシと音を立てたりする。大真面目な顔でだ。
そこまでされるとさすがに疑う気も失せ、俺は男が腰掛けている揺れるベッドに座る。
「さて本題ですが、あなたは地上に帰りたいんですか?」
ベッドを無意味に揺すりながら男は話す。
「ち、地上に…?なんで…」
部屋の外に漏れないように小さな声で俺は答える。
「明嵐さんが執拗に聞いてくるからです。犬になった人間が帰る方法があるのかと」
ふと男はベッドを揺らすのをやめ、不思議そうに首を傾げる。
「明嵐さんはよく分からない人です。好きな人をわざわざ他人に抱かせたり、無茶をさせて傷付けたりする。でも、あなたのことが好きなのは僕から見ればすぐ分かります」
「明嵐は俺をいらないって言ったんだ。お前の勘違いだろう」
俺の言葉に彼はまた首を傾げると、視線を正面に戻し「理解に苦しみますね」と再びベッドを揺らす。
「僕は明嵐さんではないので彼が考えてることまでは分かりかねます。だけど、あんなにお金に頓着しなかった人がここ半月ほど休みも取らずに働き詰めです。お金を貯めてるのではないかと推測します」
確かにここ最近仕事が増えていることは俺にも感じてとれた。でも、それと俺になんの関係がある?ただ暇になってそれを埋めるように仕事をとってるだけという可能性だってあるだろうに。
「金を貯めて何になる」
「この世界でのお金は重要ですよ。犬は地上に帰れませんが、人間なら地上に行くことだって出来ます。かなりの大金を支払わなくてはなりませんが」
男は淡々と平然とロボットのように話す。
「貴方は借金のかたに実の父親によって地上から売られてここに来た。父親は営業上手な方だったようですね、あの手この手で華奢な男の犬を3000万で犬売に買わせたらしい。なかなかつかない値段ですよ」
男は素直に感心したと言った様子で続ける。
「貴方が処理用にされたのもそこが大きいでしょうね、愛玩用じゃ半額でも高いくらいですから」
「そこまでわかってるならさっきの質問は聞かなくたってわかるだろう…俺は地上に帰ったって行くあても金もない。だから地下で生きることにした。別におかしなことじゃないだろう」
「確かに、あなたの親族は父親1人。その唯一の肉親すらもあなたを売った金を手に行方しれず、残ったのは経営マイナスの会社と路頭に迷った社員の怒りの声だけだとか…行く宛てがないどころか出てすぐ逃亡生活を強いられるなんてことも有り得ますね」
何の感情も持たない声で、男は淡々と説明する。
借金のかたに…というのは聞いていたがまさか逃亡までしたとは…。父のことはそれなりに尊敬していたつもりだっただけに俺はショックが隠しきれなかった。
男は再びベッドを揺するのを止め、時間を確認する。
「そろそろ15分…早い人なら終わってもいい時間ですね」
そんなことまで気にしてるのは恐らくお前だけなのではと言いたい気持ちを飲み込む。
男は立ち上がると、ベッドに座ったままの俺に向き直る。
「それでは、僕の用事はこれで終わりですね。僕はコネクションを大事にしたいので、明嵐さんとあなたに恩を売りに来ただけです」
「明嵐と…なんで俺も?」
「それをお話してしまうと明嵐さんとのコネクションが絶たれる危険性があるので黙秘します。1つ言えることは、あなたが野良犬になる日は来ないということでしょう。安心してお過ごしください」
深々と男は頭を下げ、部屋を出て行く。
男の話は確かに興味深いのもであったし、少し地上の話を聞けたのも大きかった。しかし…
「意図が読めんな…」
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