天底ノ箱庭 春告鳥

Life up+α

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3章 恋焦がれた黄色の太陽はここにはありませんでした

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頭をなにか鈍器で殴られた瞬間のような血の気が引いたような寒さと頭痛が酷かった。
欲に溺れて犬のように明嵐に腹を見せ弄ばれる事を悦んだ自分に吐き気が止まらない。
それでもいつか絶対に地上に帰り、今まで通りの生活に戻れると信じて心だけは守り抜いてきたつもりだった。
しかし明嵐の口から告げられた事実はその『いつか』をいとも簡単に壊しさってくれた。
俺は売られたのだ。実の父親に、借金の肩代わりに。前にこの世界の知識をかき集めていた時に聞いたことがある。
犬と呼ばれる奴隷達の価格は見目や能力、年齢なんかで決められる。
労働用の犬達の価格は安い。1番値打ちのある若い男でも500万を超えることはほとんどない。
次に安いのは愛玩用。若くて見た目が良ければ1500万を超えることもあるが、歳をとると捨てられたり労働用や破格で処理用に下げられるそうだ。
俺は処理用。それはピンからキリまで価格差が激しい。
愛玩落ちや売れ残り、男性にいたっては酷い時は100万を切る事も珍しくない。
処理用で高値が着くのは若く美しい女性らしい。
「5800万…」
男で小柄で大したスキルもなく、自分で言うのも何だが愛嬌だってまるで無い。
取り柄のない俺になぜそんな値がついたのかはわからないが、何となく筋を通すとすれば自分は処理用としての価値が1番高かったんだろう。
父は俺が売られたあとどうなるかとか知っていたんだろうか?
知っていて売ったのだろうか?売るくらいだからそもそも興味がなかったのだろうか。
考えても答えの出ない問答を頭の中で繰り返す。
「…腹減ったな」
最後に物を食べたのはいつだったか…この部屋には時計がない。窓から差し込む光だけが時の流れの便りだが、眠っていたりこうしてぼんやりと過ごしていると意外とわからなくなる。
空腹のくせに重い体をやっとの思いで起こすと、胃の中の空洞がぐぅと大きな音を立てた。
檻の隅に追いやられた水の入った餌皿を見やる。
後ろ手に縛られたままの腕が移動に不便だ。
肩で這うように餌皿に顔を近づける。
「(…一生飼い殺す。か)」
水面に唇を付け少し水を飲むと、自分の中の何かが崩れていくような感覚に陥る。
…眠ろう。寝て何もかも忘れてしまおう。
もしかしたら、何もかも嘘で自室のベッドで目を覚まして、大学に行く…そんな日常が戻っているかもしれない。戻っていなければまた眠ればいい。

ふと気づくと背後に人の気配を感じた。
自分が今まで眠っていたのかただぼんやりしていたのかすらわからず、呆けていると気配は俺を跨ぎ横に転がして俺をうつ伏せにさせる。
背後それは鼻歌を歌いながら俺を下半身をまさぐる。
背後の気配は明嵐だろう、この屋敷には俺とアイツしかいない。
今更抵抗する気も起きず、されるがままに体を触らせる。
ジッパーが下りる音がし、硬いものがゆっくりと腹の中に入ってくる。
背中に人の温かさと髪か撫でるようなくすぐったさを感じ俺は少し背を丸める。
丸めた俺の身体と床の隙間から腕が入ってくる。俺の身体を少しだけ抱きしめるように引き寄せ、明嵐は自分のものを奥へ押し進めながら背中に顔を埋めてきた。
「…なんで置いてったの」
吐息にまざって微かに彼が呟く声が耳に入る。
俺は答えない。答えられないと言った方が正しかった。
俺は帰りたかった。置いていこうとした訳じゃない。
だからなぜだと聞かれても置いていった理由なんて無いという答えしかなかった。
その間にも明嵐は俺の中をゆっくりかき回すように動き続けている。
「う…んん…」
その度また俺の声が漏れて出た。
考えないようにしたって、呆然と時を潰したってその快感だけはいつも俺を逃がしてはくれない。
明嵐の荒い息遣いと腹をつく水気を含んだ音だけが部屋に響く。しばらくその行為が続くと、中で一層硬くなるのが分かった。
ああ、そろそろ中に出されるんだろう。
どこか客観的に、どこか期待しているかのように彼の声を待つ。
「は…っ、出る…」
中に温かくどろりとした感触が流れる。
彼はしばらく余韻に浸るように最奥に差し込んだまま荒くなった息を整える。
中身を抜き去るのかと思ったが、明嵐はそのまま俺の身体に少し体重を乗せ、優しく抱きしめた。
「…置いてかないで…」
背中にぽたぽたと背中に暖かい水滴がたれる。
「…明嵐」
静かに声をかけるが反応はない。
2、3回呼びかけても眠ったのか昼間のように無視しているのか彼は答えない。
その時、手に細いコードのようなものが触れた。
引っ張れば気づくかと思い、後ろ手に縛られたまま、指を絡めて軽く引っ張る。
一拍置いてそれに気付いたのか、急に明嵐が顔を上げる。指にコードが引っかかって床に勢いよくそれは滑り落ちた。見てみれば、今どき珍しいMDプレイヤーだ。
明嵐はこれで音楽を聞いていたのだろう、声に反応しなかったのはこれのせいか。
「…明嵐」
体勢は変えずに背後にいる明嵐に声をかける。明嵐は慌てたように中に入っていたものを抜き去り、服を直しながら立ち上がった。
「聞きたくない…」
「明嵐」
明嵐はパッと耳を塞いでその場にしゃがみこむ。小さい子供がやるような、大人に叱られるのを恐れているような行動だった。
「…クリフが悪いんだ」
なんとか聞き取れるくらいの小さな声で耳を塞いだまま一方的に話し出す。
「クリフが…俺の名前を覚えててくれて…受け入れてくれたから…だから、お前が不自由しないように色々やったのに…裏切らないって言ったのに…」
しゃがみ込んだまま目も耳も固く閉ざした明嵐に俺は擦り切れた膝を引きずり近づく。
明嵐はブツブツと言い訳のように呟いたままで俺の接近には気づいていないようだった。
檻も扉も鍵をかけずに半開きになっているが重い鎖のおかげで俺は外へは出られない。
最も、今の首輪では到底外なんて歩けないとさすがに学んだ。
それに、もう逃げ出す理由もどこにもなかった。
俺はゆっくりと明嵐の肩に倒れ込む。
明嵐が驚いたように目を見開く。自身の耳を塞いでいた手を離し、その手を中に彷徨わせたが、俺の身体が徐々に床へずり落ちていくを感じてゆっくりと背中に手を回した。
「…もうどこにも行かない」
別にここが好きなわけでも、明嵐に同情した訳でもなかったが、本当に俺には行くあてがない。こいつの処理用ペットとして、ここでいることしか出来ないと思い知った。
「うっ…ううう…」
明嵐が俺の肩に顔を埋めて泣き出す。その体温は気持ちのいいものではないが、不服にも俺が生きるのに必要な温もりだ。
明嵐はしばらく俺を抱きしめたままひとしきり泣きじゃくると、泣き疲れてしまったのかそのまま檻の隅で眠ってしまった。
どうせ一緒に寝るならベッドの上がよかった…なんて考えながら、明嵐の体をクッション代わりにもたれ掛かり目を閉じる。硬い檻の床よりずいぶん眠りやすかった。

次に目覚めた時は膝に妙な痛みを感じた時だった。身体を包む久しぶりの柔らかい感触。目を開けると明嵐が俺の膝に何かしているのがぼんやりと分かった。
「おー、おはよ」
見慣れた口元だけの笑みをたたえながら、彼は俺の膝にテープを貼っている。彼の傍には救急セット。どうやら俺の擦れた膝にガーゼを貼っていたようだ。
「なんで…」
と、口をついてからハッと手を口に当てる。
犬は喋ってはいけない。表面上だけでも犬として生きるのなら明嵐の前では喋らない方がいい。
明嵐は感情の読めない笑顔で俺みていたが、救急セットに視線を戻す。ベッドに散らかしたものを丁寧にしまっている。
「今回は大目にみるけど、ちゃんとルールは守れよ」
救急セットを綺麗に畳み、満面の笑みを浮かべる。
「次喋ったらぶん殴るから」
てっきり以前の明嵐に戻ったのかと思ったが、そこまで単純な男という訳でもないらしい。
困惑しながらも頷くと明嵐は俺の頭をわしゃわしゃと撫でて立ち上がる。
「腕は自由にしておいたけど、あの首輪は当分なしね。あと鎖も外さないからトイレは床でして。シーツあるから」
棚に積み上げられたシーツをぽんぽんと叩いて示す。
「あ、朝飯もサイドテーブルに置いといた!今回はハンバーグと白飯まぜたから、ちゃんと手を使わずに食えよ。残したら怖いからなー」
明嵐に言われて俺はベッド横目のサイドテーブルに目をやる。ハンバーグだったものをぐちゃぐちゃに潰し、白飯にまぜてあるものが餌皿にいれてあった。
「仕事あるからまた昼飯の時に」と明嵐は笑顔で手を振って部屋を出ていく。
「餌はこれ…トイレは床か…」
明嵐の足音が遠くに消えたのを確認してから呟く。
催したくなくて水を飲まないようにしていたが、昨日は空腹のあまり少し水を飲んだ。
いい加減トイレに行きたいところではあったが、当分、明嵐はそれを許すつもりは無さそうだ。
ベッドから降り床に用意されたペットシーツを見下ろす。
「………。」
いやない。やっぱりこれは無い。
餌皿の水はギリギリ許した、許さざるをえなかった。
「…まだ我慢出来る」
それからサイドボードの食事と称された物に目を向ける。
腹は減ってる。きっとこれだって見た目よりかは食えるものだろう。
しかしこれを犬のように食らうのは水より抵抗があった。
俺は明嵐の気配が無いことを確認するとそれを手でつまんで食べる。
見られてないなら気づかれないだろう。
その後、暇になった俺は色々と気を紛らわす意味も込めて本を読み耽ることにした。本棚の本はまだ半分くらいしか読んでいない。しばらく暇つぶしに困らなそうなのが救いだった。
本に集中しはじめたころ、突然廊下の方から劈くような女性の悲鳴が聞こえて俺はビクリと身を縮ませる。
「なんだ?いまの?」
この屋敷には俺と明嵐しか居ないはずなのになんで女性の悲鳴が…。
そこまで思考を巡らせた時明嵐の言葉を思い出す。
「仕事か…」
もしかしなくても今の悲鳴は明嵐の仕事に関係してるんだろう。
他の部屋で何が起きているのかあまり考えたくはないが…。
悲鳴は段々と泣き声に変わり、しばらくすると何も聞こえなくなる。
ルールを守れなければ俺もそうなるのだろうか。
本を開き視線を向けるが一向に読書は進みそうはなかった。
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