天底ノ箱庭 春告鳥

Life up+α

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2章 彼は暗闇に差す橙色の日差しが恋しくなりました

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見慣れた天井の下で目を覚ます。そのうち慣れないことと言ったら久しぶりに腰が痛いってことだ。
「あーだだだ…」
起きて腰を曲げるとバキバキと音がする。時計を見ると時間はもう朝の10時を回っている。クリフの餌を用意しなくてはいけない。
昨日、あのまますぐ寝てしまったので上半身に何も服を着てなかったことを思い出し、俺はクローゼットから適当に着るものを選ぶ。
調教師の仕事は大体2週間のお預かりで仕上げて渡すが、丸一日セックスマラソンみたいなのは今回が初めてだった。一体何時間腰を使ったのか分かったもんじゃない。
自分の犬でなければスケジュールに合わせてペースを調整するが、やっぱり初めて自分の犬を調教するとなると意地になってしまう部分はあった。犬の仕上がりが待ちきれない飼い主ってきっとこんな気持ちだったんだろう。今なら分かる。
なんたって見た目が可愛いし、正直セックスもめっちゃ気持ちいい。昔から風俗みたいにセックスするのが仕事で、正直ガツガツやるほど好きでもなかったが、クリフ相手だとつい理由を付けて抱きたくなってしまう。
昨日、自分が出したのは最後の1回だけ。でも本当はもっと出したいし、もっと好き勝手やりたいが初日からペースを飛ばすとしくじるから今は我慢だ。
クリフのあの高すぎるプライドは邪魔だが、嫌いではなかった。めげない芯の強さは普通に尊敬できる。ただ、残念ながらそれを壊すのが俺たち調教師の仕事で、生業にしてる分だけ俺にも根付いてしまってる。
「どれくらいで壊れんのかな…」
自分に従順になる日が待ち遠しいような、ずっとこのままでいてほしいような、複雑な気持ちだ。
自室からキッチンへ向かい、今日のメニューを考える。冷凍のおじやが残ってたな。別に褒められるようなことをアイツは何もしてないし、これでいいだろう。
今日は普通の皿に入れて持っていく。また悪さをしたらすぐに檻に入れるつもりだが。
コンコンと軽くノックをしてクリフの部屋のドアを開ける。中を見るとクリフはまた毛布をマントのように羽織って窓から外を眺めていたようだった。
俺に気づくと警戒したようにこちらに鋭い視線を向け、部屋の隅へと後退りで距離をとった。
「おはよ」
俺は皿を持って窓側のベッドの縁に腰を下ろす。
「ほら飯」
隣に座るよう顎でしゃくり、皿を見せる。
昨日の飯は結局食わなかったクリフはさすがに空腹が堪えるのか、少し怪訝な顔のままゆっくりとベッドの側まで歩み寄り器を覗く。
「おじやだよ。チンしたから温かいぞ」
クリフに皿を差し出すと、疑るようにそっと受け取るが器に顔を近づけ匂いを確認する。何の変哲もないと安堵したのか俺から一人分スペースを開けてベッドに腰をかけると、器に添えられたスプーンを手にとり静かに食べ始めた。
「食べたらトイレ行く?いい子にしてんなら連れてってやるよ」
食べているクリフの横顔に声をかける。
クリフは何か言おうとしたのか口を開きかけるが、そのまま少し迷ってからこくこくと首を縦にふり答えた。
「分かった。じゃあ食べ終わるまで待ってっからゆっくり食べな。いきなりにかきこむと腹痛くなるから気を付けてな」
俺は立ち上がると部屋に備えていた本棚の前へ行く。本は昔に母親が揃えたラインナップのままだ。新しい本で今何が流行ってるのかとかは俺には分からない。
「…本、読んだりした?」
音も立てずに黙々と食事をしているクリフに視線を投げる。
クリフは何を思ったのか気まずそうに首を横に振る。
「そっか。檻から出てる時は好きに読んでいいから。ちょっと俺、本に疎いから作者とか分からねえけど、好みの本あったら教えてくれ」
先程の気まずそうな顔からキョトンと拍子抜けた表情でこちらを見つめると、微かに嬉しそうな顔でまたこくこくと縦に頷いた。



それは本当に僅かな表情の変化だったが、初めて見る好意的な表情だ。さすがに可愛い。
何だか俺まで少し嬉しくなってしまう。美人ってこれだから得だよな。
また俺はクリフの食事の邪魔にならないよう部屋を歩いて時間を潰す。確か棚にある備品はまだ足りていたような…ウェットティッシュの補充は必要だろうか。
ごそごそと棚を漁っていると背中に視線を感じて振り返る。クリフは食べ終わったのかベッドに座ったままこちらをじっと見つめていた。
「食べ終わったの?」
尋ねるとそれに答えるように、綺麗に完食された器を差し出した。
「お、食べ切ったな。水も持ってくれば良かったか…」
普通に飲み物を持って来るのを忘れて俺は頭を掻きながら、もう片手で器を受け取る。
「ま、とりあえず生理現象が先か?トイレ行く?」
「トイレ」というワードにクリフは迷いなく立ち上がる。プライドが高い彼には昨日の一連の出来事は相当ダメージだったことが伺える。
「じゃ、行くか。逃げ出したりすんなよ。多分逃げられないけど」
部屋を開けて、クリフに外へと出るよう手で示すと大人しく隣に着いてきた。一緒に廊下を歩き、トイレの扉を開けて中を見せる。
「どーぞ。ちなみに飲み物は欲しい?」
トイレに足を踏み入れながらクリフは首を縦に振る。
俺は両手を差し出し、それぞれ人差し指を立てる。
「右ならお茶、左なら水。どっちがいい?」
少し迷った様子を見せながら遠慮がちに右手の人差し指に触れ、様子を伺うようにこちらを見つめた。
「お茶ね。了解」
青年にしては小さくて白い手が華奢で可愛い。俺は両手を引っ込め、キッチンのある1階に向かう。
「用が済んだらトイレの前に立ってて。それか自室の前でもいいよ」
クリフはそそくさと頷きながら、そのまま大人しくトイレの戸を閉めた。
俺はキッチンに向かうとコップを取り出し、冷蔵庫にある麦茶を注ぐ。
まあ、昨日あれだけの目に遭ったから少し適用しようという努力はしてるんだろう。いじらしい話だ。
コップを片手にトイレの前に行くと軽くノックをする。予想通り返事はない。
ドアノブを捻って開けると中はもぬけの殻。俺は思わず笑ってしまう。
「よし、今日は隠れんぼといこうか」
クリフの位置はGPSで分かるが、あえて使わない。ちょっとだけ希望を持たせて全力で逃げ回れるようにしてやろう。その方がクリフもきっと楽しいに違いない。
俺はまた階段を下りてリビングにコップを置き、屋敷の構造を考える。
俺の屋敷は古いとは言えかなり広いし、調教師という職業柄ほとんど鍵がかかる部屋ばかりだ。犬を閉じ込めるための個室には檻やベッドくらいしか物はない。
玄関のセキュリティだけは最新の物に変えたばかりなので、到底突破はできないし、数少ない窓も開け閉めできる場所はなく、全て防弾ガラスだ。
となると、クリフが攻めるなら物がある部屋からだ。今頃クリフは個室1つ1つを確認して回っているだろうが、服も武器もなければどのみち逃げられない。そうなれば、俺は服のある部屋に待機していれば大概捕まるはずだ。
服があるのは死んだ両親の部屋と俺の部屋だけ。俺は1階の両親の部屋に向かい、中を確認する。中を誰かが入った形跡はなく、相変わらず埃っぽい。
俺はその部屋を閉めると、次に自室に向かう。自室は2階だ。
面白そうなので俺はわざと足音を立てて階段を登る。自室の前に立ち、勢いよくドアを開けた。部屋には先ほどまでクリフが身体に巻いていた毛布が落ちている。クローゼットの中を見れば、何枚か俺の服がないのが分かる。
「あの黒いカットソー、最近買ったばっかでお気になんですけどー?」
どこかにいるであろうクリフに叫ぶ。ベッドの下を覗き、誰もいないのを確認する。
「あとダメージジーンズ持ってったろ。あれブランドもんで見た目よりお値が張るんだよなあ?困るんだよなあ?」
カーテンの裏をめくると、背後で誰かが部屋を出ていく小さな足音が聞こえて振り返る。
「待て!」
部屋の出口から逃げた先を見ると、俺の服を着たクリフが向かいの廊下へ逃げていくのが見えた。片手には俺の愛用していた金属バットが握られている。
「やる気まんまんか…」
俺はクリフの後を追いかけた。
大丈夫、この屋敷から出られるわけがない。
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