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第1章

19.クレデール砦

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「ユウマさん、昨日お伝えした通り、今日はクレイオール領の軍を見ていただこうと思うのですが、よろしいですか?」

(おっと、そうだったそうだった。買い物途中に聞かされたからすっかり忘れてたな)

 朝食の時間、フィーレが今日の予定について勇馬に確認した。
 勇馬は彼女達のために軍事的な手を貸すとは言ってないが、普通は見ることができない軍内部を包み隠さずに見せることで、勇馬に誠意を表す方針のようだった。

「はい。ですがお伝えした通り、私は特にお力になれることはありませんが……」

「ええ、もちろん承知しています。ただ、ユウマさんには広くこのクレイオール領のことを知っていただきたいのです。街も人も……そして、そこに迫る脅威にも。ですが、ユウマさんに無理強いすることや嘘をつくことはしませんので、どうかご安心ください」

「わかりました。私も昨日この街と人を見て、とてもいい街だと感じました。私がいた国ではしばらく戦というものから遠ざかっていたので、私自身よくわかっていないところがあります。なので、この目でみさせていただいて、しっかりと学ばせていただきます」

 フィーレは勇馬の答えに小さく頷き、

「では――」

「ねぇ、フィーちゃん。今日もボクはついていっていいの?」

 ルティーナが2人の会話に割って入った。

「そうね。ルティーナはあまり行ったこともないでしょうし、これからのことも考えて一緒に行きましょう」

「やったやった! 今日も一緒にいれるね、ユウマ!」

 それを見ていたキール、ヴァトラ、フランの3人は一様にぽかんと目を見開いていたが、ルティーナはそんなことお構いなしに手を上げて喜んでいた。

「いつの間にユウマ殿とそんな仲に……」

「昨日ユウマが僕にいつも通りに接してくれていいって言ってくれたんだよ! だから、もう取り繕う必要もないねっ」

 にこにことするルティーナに、キールは「ご迷惑をお掛けするんじゃないぞ」と釘を刺すに留めるのだった。


 ◆◇◆


 軍施設は、貴族街を抜けた防御壁近くに建造されていた。
 有事の際はすぐに対応できるようになっており、いざという時には貴族を優先的に救えるらしい。ここら辺は平民と比べると、どうしてもしかたのないことのようだ。

(壮観だなぁ……)

 訓練場に降り立った勇馬達の前には、一糸乱れず整列する兵士達の姿があった。
 彼らの格好は、薄い皮鎧に青銅製のプレートを貼り付けただけの簡素なもので、兜すら被っていない。防具としては、中世時代よりも明らかに古い時代のレベルであることが勇馬には見て取れた。

 そんな彼らの前にはフィーレとルティーナという、ここにいる上官よりも立場が上の2人がいるため、絶対に下手なところは見せられない。なんなら、中央諸国の大貴族となっている客人の勇馬もいるのだ。
 よく見ると、目の前の兵士達だけでなく、その兵士達に向かって勇馬達の前に立つ上官も緊張しているように感じられた。

「皆さん、日々の訓練ご苦労さまです。クレイオール領は、兵士の皆さんのおかげで他領と比べても犯罪が少なく、治安がいい領と言われています。また――」

 フィーレは柔らかい微笑みを浮かべて兵士を称え、

「――グラバル王国の脅威には、皆さん一人ひとりの力が必要となります!」

 そして、時には真剣な表情で兵士達を奮起させる。
 そこにいるのはいいとこ生まれの甘やかされたお嬢様ではなく、勇馬には未来の立派な指揮官のように見えた。

「フィーちゃん、すごいなぁ……」

 勇馬の隣でその姿を見ていたルティーナは、姉の雄弁さに素直な感想を漏らした。

 ザッ――!!

 フィーレの演説が終わり、訓練長の号令とともに兵士が一糸乱れぬ動きで敬礼をし、彼らは再び駆け足で訓練に戻っていったのだった。

「ふぅ……」

「フィーちゃん、お疲れ様!」

「お疲れ様です、フィーレさん」

「やっぱりこれだけ多くの兵士の方々の前でお話しすると、ちょっと緊張しちゃいますね。長くなりすぎてしまって皆さんも疲れてしまったかもしれません。もっとお父様のように上手に話せるといいのですが……」

「そんなことないよ! みんなすごいやる気になってたし……フィーちゃんは上手だったよ!」

「ええ、私もそう思います。こういう経験はないのですが、聞いてるこっちまで力が漲ってくるような気持になりましたよ!」

「ふふっ、ありがとうございます」

 フィーレが嬉しそうにすると、

「フィーちゃんは偉いなぁ、ボクは全然お父様の役に立ってないや……」

 ルティーナは少し自嘲気味に笑った。
 14歳の彼女は年相応で、むしろ15歳でこれだけ大人のように振る舞えるフィーレのほうが珍しいといえる。

「そんなことないわ。ルティの明るい性格には、私もお父様も助けられてるもの。でも、そうね……ルティもそろそろ公務をこなしてみてもいいかもしれないわ」

「フィーちゃんみたいに?」

「そうよ。ちょうど『クレデール砦』に慰労で行く予定があったの。でも、ユウマさんの案内もあったから今回は取りやめようと思っていたけど、ルティが行ってくれるならすごく助かるわ」

「『クレデール砦』に? 私だけで大丈夫かなぁ……」

「もちろんあなたを守るための隊も編成するし、指導役としても誰か同行させるから、そんなに心配しなくても大丈夫よ。今ならまだグラバル王国も動かないはずだし、いい機会かもしれないわ」

 フィーレの提案に、ルティーナは顎に手を当てて「むむむ……」と考え込んだ。

「あの、『クレデール砦』ってなんですか?」

「あっ、まだ説明していませんでしたね。見ていただいたほうがいいかもしれません」

 そう言って、フィーレは近くの兵士に声を掛け、勇馬達を連れて防壁の上に移動した。

「おぉーっ……なにもないですね……」

 防壁から見える景色は、広大な荒野と森が広がっているだけで、目立ったものは特になかった。

「そうなんです。見晴らしがいいといえばいいんですけど、ここからあそこに見えるクレデール砦まではほとんどなにもないんです」

「あそこ……んん? 私にはよくわかりませんね……」

 フィーレが指差す延長線上には、米粒程度の大きさの岩のようなものしかないため、正直勇馬には判別ができなかった。
『ミリマート』で双眼鏡でも購入すれば見えるだろうが、周りには兵士もおり、そんなものを出して騒ぎになっても堪らないので自重することにした。

「確かに初めての方にはちょっとわかりにくいですね。あのクレデール砦はグラバル王国との境にほど近い砦ですので、クレイオール領だけでなく、この国を守るための重要拠点になります。ここにいる兵士も砦と行ったり来たりしますし、私も慰労という名目で何度か行ったことがあります。戦争が起きればあそこは最前線となりますから、駐留する兵士は常日頃から死を覚悟しているのです」

「なるほど……」

 勇馬は防御壁の上から内側を見下ろすと、そこには休憩して談笑する兵士の姿があった。
 きっと、彼らも訓練を積んで、戦争の最前線になるかもしれない砦に送られることになるのだろう。
 そう考えると、なんともいえない気持ちに勇馬はなるのだった。

「フィーちゃん……ボク、行ってみるよ」

 ルティーナは、何かを決意した目でフィーレを見つめた。

「――わかったわ。お父様には私から伝えるから、ルティはしっかり準備をしておくのよ?」

「うん!」

 勇馬には、ルティーナの今の姿が、下で談笑している彼らと重なって見えるのだった。

「――フィーレ様、ルティーナ様、本日は軍部へお越しいただきありがとうございます!」

 勇馬達が防壁を降りると、周りの兵士達よりも少し豪華な格好をした男が寄ってきた。

「レオン、久し振りね」

「お久し振りです。我が妹はお役に立ってますか? 実力が不足しているようでしたら、いつでも私めが鍛えますので遠慮なく仰ってください」

「レ、レオン兄様っ!」

 レオンと呼ばれた銀髪の男の言葉に、ティステは顔を赤くして抗議する。彼女が『レオン兄様』と呼んだことから、フィーレの話していたティステの2人の兄のうちの1人だろうと勇馬は思った。

「はっはっは。お前がフルーレ家の人間として、しっかり務めを果たしてくれてれば問題ないさ。フィーレ様、ところでそちらの方は……」

 レオンはそう言って、勇馬をちらりと見て微笑んだ。

(イ、イケメンすぎる……)

 勇馬はその圧倒的すぎるイケメンオーラに、少し気圧されてしまった。
 ティステと同じ銀髪に整った顔と高い身長、女性に対するその所作や勇馬に向けた笑顔まで完璧すぎて、「相手が女性ならば一発で恋に落ちてしまうのでは?」と勇馬は思うほどだった。

「こちらのお方はユウマさんと仰って、中央諸国のさる大貴族の方です。実は森でウルフに襲われたときに助けていただいたの」

「なんと! 命の恩人でしたか。ユウマ様、私はレオン・フルーレと申します。ここにいるティステの兄です。この度はフィーレ様をお救いいただき、誠にありがとうございます」

「え! いえいえ、そんな頭を上げてくださいっ」

 レオンはこれでもかというほど腰を折り曲げて頭を下げた。その姿を見た周りの兵士達はなんだなんだとざわつき始め、いたたまれなくなった勇馬は慌てて頭を上げるよう促す。

「たまたまっ、そう、たまたま運よく倒せただけなんでっ! 気にしないでください!」

「おぉ……なんと謙虚なお方だ。是非一度、その武勇を見せていただきたいところです」

「レオン兄様、失礼ですよ! それに兄様の剣で傷つけでもしたら、フルーレ家が取り潰しになりますよ!」

 ティステは焦った顔で兄を必死で止める。
 勇馬が使徒であると聞かされた今となっては、何か無礼なことを働いたら、本気で家ごと潰されることもありえると考えていた。
 そんな妹の気持ちを知らないレオンは、「はっはっ、大袈裟な奴だな」と笑い飛ばすのだった。

「でも、レオンが勝つとは限らないんじゃなーい?」

 ルティーナの何気ない一言に、それまで朗らかに笑っていたレオンの表情がすっと消える。口元は微笑んだままだが、目元が笑っていない。

「……それはどういう意味でしょうか、ルティーナ様」

「だって、ユウマはウルフだけじゃなくて、その後に盗賊までほとんど1人で倒しちゃったんだよ? ティステ達もその場にいたのにだよ? そんなこと普通できないでしょー」

「そうなのか? ティステ」

「……はい」

「ふむ……」

 ルティーナの話をティステが肯定し、レオンは顎に手を当てて考え込んでしまった。
 勇馬はその瞬間、なんだか嫌な予感がした。
 そしてその予感は――、

「――フィーレ様、ユウマ様と模擬戦をさせていただくことはできないでしょうか?」

 ずばり的中したのだった。
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