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59.黒い影

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「今日こそは一緒に寝ますわ!」

 夕食を終えてお風呂を済ますと、フランさんが僕に向かってそう宣言した。
 ここ数日、やけに「親睦を深めましょう!」と僕と一緒に寝ようとしてきていた。
 その度にのらりくらりと誤魔化して来てたけど、

「わかりました、フランさん。今日はフランさんと一緒に寝ますね」

 寝るだけだし、1度くらいは別にいいかと了承した。
 彼女もガールズトークなるものをしたいのかもしれないし。

「へ? いいんですの?」

「ええ、いいですよ」

 僕がそう言うと、

「う、うふふふ……」

 なんかやけに含みを持たせた笑い方をされ、アメリシアさんが「お嬢様、落ち着いてください」と、窘めていた。

「セラフィも一緒に寝るのですー!」

 すると、セラフィが両手を挙げて立候補した。
 フランさんは「え?」と戸惑うが、

「アリシアも一緒に寝るのです!」

「え、私も?」

 セラフィはさらにアリシアさんも誘ったのだった。

「そういえば昔はよく一緒に寝てたわね。でも、そんなに大人数で寝られるかしら?」

「うぅ……ベッドが大きいので問題なく寝られますわ!」

「あら、そうなの? それじゃあ子供の時のように、いっぱいお話して寝ましょ!」

「わーい、わーいなのです!」

 どうやら4人で寝ることになりそうだ。

「セラフィばっかりずるいですわ……」

「私もソーコ様と一緒に寝たいです……!」

 さすがにこれ以上は人数的に無理そうなので、「また明日ね。フェルも一緒に寝よっか」と、明日はいつものように寝ることにした。

「あらあら、仲が良いですわね」

「ああ。商人には縁も大事だからな。フランにいい友達ができて良かったよ」

 テッドさんとリリアンさんは、そんなフランさんを微笑ましく眺めていた。


 ◆◇◆


「こうやって誰かと寝るのも久し振りですわ」

 4人でベッドに入ると、フランさんが嬉しそうに言った。

「セラフィはアリシアといつも寝てるのです!」

「そうね。大体一緒かしら?」

「僕も基本はアンジェとリリス、それにフェルと4人で寝ることが多いですね」

「そ、そうなの……」

 今は1人1部屋なので一緒に寝てないけど、ハイドニアにいた頃は毎日お風呂も寝るのも一緒だったからなぁ。
 実はここに来て、1人でいれる時間の大切さを学んだよ。

「……羨ましいですわ。私には兄弟姉妹がいませんもの。こうやって夜遅くまで話ながらいられることなんて、昔アリシアと一緒に寝た時くらいですわ」

「ふふ、それじゃあ今日はいっぱいお話しましょう、フラン」

「はいですわ!」

 フランさんは、嬉しそうな声で返事をした。
 それから僕たちは、終わりのない他愛もない話で夜遅い時間までガールズトークをするのであった。


 ◆◇◆


「――ん」

 夜遅い時間、トイレに行きたくなって僕は目を覚ました。
 周りからは可愛らしい寝息が3つ聞こえ、起きてるのは僕だけのようだ。

 ――いつの間にか寝てたなぁ。

 最初にセラフィが寝てしまい、それからしばらくは3人で話していたのは覚えてるけど、2人を残して寝てしまったみたいだ。
 今日は月が雲に隠れてしまって、月明かりがなくて部屋の中は真っ暗だ。
 僕は暗闇の中を3人を起こさないように慎重にベッドを降り、廊下に出た。

「……ん?」

 そこで微かな違和感を覚えた。
 何かが廊下の先を横切ったような気がしたのだ。

 ――え……幽霊……?

 僕の背中をゾゾゾと何かが這う。
 怖い怖い怖い。
 僕にとってこの世で最も怖いものは、強敵でも難敵でもなく、幽霊なのだ。
 何かが横切った廊下の突き当りに行くと、

「ひ――」

 少し先で黒い影がゆらりと揺れ、僕は思わず悲鳴を上げそうになるけど、両手で口を押さえてギリギリのところで耐えた。

 ――ん?

 その黒い影は何かを持っていた。
 それがキラリと光る。

 ――短剣だ……!

 その瞬間、僕は完全に目が覚めた。

 ――この黒い影は幽霊なんかじゃなくて、侵入者だ!

 僕は慌ててインベントリからリーベンエンデを1本取り出す。
 黒い影は、この世界に来てどの敵よりも速い速度で僕に切迫した。

「――くっ」

 廊下にキンッ! と甲高い音が響く。
 なんとかパリィすることができたけど、今の一撃で相当の実力者だと理解できた。

 ――このままじゃマズイ!

 僕はさらにもう1本のリーベンエンデをインベントリから取り出す。
 2本ならさすがに負けるはずがない。

「――!」

 黒い影が再び僕に襲いかかってくる。

 ――この侵入者、手慣れてるな……。

 声を発すこともなく、ただただ僕を消そうとするその姿は、かなりの手練れに思えた。

「――なっ!?」

 僕が攻撃を防ごうと、パリィではなく真正面から剣をクロスさせて受け止めようとすると、なんと力負けしてふっ飛ばされた。
 ドカっと廊下を転がり、すぐに起き上がって態勢を立て直す。

 ――リーベンエンデ2本でも受け止めきれないなんて……! まさか僕よりもレベルが全然上か!?

 いくら僕のレベルが低くてもも、リーベンエンデの力でそれなりのレベルの相手なら負けないはずだ。
 ということは、この相手はそれ以上に僕とレベル差があるということだ。

「……時間がない。邪魔しないで。――『疾風迅雷』」

 その瞬間、黒い影の気配が消えた。

「あ、チヨ――」

 ザシュッ!

「ぅぐッ!?」

 腕に激痛が走る。

 ――ヤバいヤバいヤバい!!

 小さく呟かれた声と、その『固有能力ユニークスキル』で相手が誰かは理解したが、今はそれよりもをどうにかしないとヤバい。
 間違いなく、このままでは僕は死んでしまう。

 ザシュッ! ザシュッ!

「うがッ……《完全無敵インビンシブル》!!」

「――!」

 僕はプレイヤーのみに許された『固有能力ユニークスキル』を使用した。
 これは『10秒間全ての攻撃を無効化する』というスキルで、プレイヤーにとって最後の切り札だ。

「チヨメ!」

「――ぇ」

 攻撃がピタリと止まる。

「お館様……?」

 そこには、雲が晴れた月明かりに照らされた、呆然とするチヨメの姿があった。
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