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第二章 とりあえず握手でもどうかな

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「ま、そこの根っことかにでも座って待っててよ。終わったら迎えに来るから。それとも先に道まで一人で下りておく?」
「……いえ、ここで、待ちます」
「わかった。ささっと終わらせるから。じゃあ行ってくるね」

 そう言うとアレクは今までのスピードが嘘かのように、直ぐに姿が見えなくなった。今までは抑制していたのだ──私の為に。
 悔しく思いつつも、どうにもできない。アシュレイは示された木の根に近付くと、ポケットからハンカチを取り出しその上に置いて、そっと座った。『木の根に座るなんて』という思いはあったものの、もう立ってなどいられなかった。
 乱れた息を整えながら、辺りを見回す。
 木々が生い茂り、根という根がまるで他の木と領地争いをするように地面から盛り上がっている。目を凝らすと、虫家にも使われる虫……正式名はマクランテだっただろうか、その幼虫たちが根元で石を食んでいるのが見えた。他にも様々な小さな生き物がいるようで、そっと目を逸らす。……意識してしまうと、吐きそうだった。
 だいぶ息が整ったが、それと同時に喉の渇きを覚えた。沢山汗をかいてしまったからか、だんだん寒くもなってくる。何かないかと見回すが、見渡す限り森だ。ふうとため息をついて、ふと右手の根先の方を見れば──何かがあった。

「……?」

 棒状の……なんだろうか? 手に取ってみると、チャプチャプと何かの音が聞こえる。中は空洞で、水かなにかが入っているらしい。
 不思議に思いつつも、それを放り投げる。筒状のなにかは地面にぶつかり──その衝撃で壊れたのだろうか、中のものがダクダクと流れ出た。見た目は無色透明の水のようだが、一体なんだったのだろう?
 少し冷えてきたので、立ち上がり日陰から日向へと進み出る。太陽の温かさを感じながら、アシュレイはそっと目を閉じた。


 ……どのくらいそうしていただろうか。
 ふいに瞼の向こうに影が落とされたのを感じ、目を開ける、と。

「っ、う、わっ!?」

 至近距離に──顔があった。
 思わず後ろに飛び退いて、木の根に躓き無様に転倒する。

「おわ、大丈夫? ごめん驚かせて」

 そう言ったのはその顔の持ち主──アレクだった。木の枝から縄を垂らし、その縄に器用に掴まったままこちらを見下ろしている。……本当にラルカーのようだ。
 するすると縄から下りて地上に着地すると、さっと縄を回収し肩にかけ直す。それを見ながら、アシュレイはゆっくりと立ち上がった。草がクッションになってくれたお陰で背中に痛みはないが、木の根に躓いたせいで少し足が痛い。
 改めてアレクを見ると、矢筒を掛けている肩とは逆の肩に、棒に括り付けられたマノーチが三匹ぶら下がっていた。どうやら狩りは終了したらしい。

「あんまりにも気持ちよく日光浴びてたからさ、声かけづらくて」
「……かと言って、影を作って気付かせるのはどうかと思いますよ」
「ごめんって」

 困ったように笑うその顔に反省の色はない。市井の人間のくせに貴族を怖がらす、敬おうとしない彼は本当に未知の生物に思えた。

「いや~だって日の光にあなたの髪が煌めいててさ、凄く神々しく見えたんだよね。ルドもそうだけど、あなたも顔がいいからさぁ」
「……」

 ……これは媚を売っているのでしょうか? それとも何も考えていない阿呆なのでしょうか?
 じっとりとアレクを見ながら、アシュレイは考える。きっと、いや確実に後者ですねと確信しながら。

「ってああ!」
「!? なんですか」

 急に大声を出したアレクは、荷物を持っているにも関わらず素早い動きでアシュレイの背後にすっ飛んだ。慌てて振り返ると、先程投げ捨てた筒状の何かを掴み上げているアレクの姿があった。

「もう、なんでこんな所に落としてるんだよ? あーあー、汚れちゃってるし……」
「……?」

 付いた草を払い、他に汚れや傷がないかを検分すると、アレクは無造作にそれを腰に取り付けた。上部につけられている紐はその為のものだったらしい。

「なんですかそれは」
「えっ知らないの!? って、ああそうか……そうだよな」

 何かを納得したように一人頷くアレクに、アシュレイは顔を顰めた。

「これは××だよ」
「××……?」
「外でも水が飲めるように、持ち運びできるようにしたもの。多分遠征するだろう騎士とかに聞いてみればわかると思うよ」
「はあ……『水筒』ですか……」

 聞いた事のない単語でそのまま繰り返したが、用途がわかりそれな何なのかを理解する。
 なるほど、確かにあのくらいの大きさだと持ち運びに便利ですし、長距離の移動でも役立ちそうです。

「喉乾いてるかと思って置いてったんだけど……飲んだ?」
「いえ。見たことのないものでしたので投げ捨てました」
「酷ぇ……まあ仕方ないか、お貴族様だもんな」

 肩を竦め諦めたように話すアレクに腹が立つのは、『お貴族様だから』という言葉のせいだろう。
 確かにアシュレイは貴族だ。明日の飲食の心配などしたこともないし、夜は暖かく清潔で柔らかいベッドで眠れる。だが、その為にはいろいろな責任が付いて回るのだ。まだ自分は成人しておらず、責任と言っても最低限のものだろうが──それを知らずに、『何もできないお坊ちゃん』だという評価を受けるのは、怒りが沸いた。

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