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第一章 まずは自己紹介から

7.

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 翌日の週末である5日。今日は予定が何もない休日である。

 一週間が5日しかないが、逆に一ヶ月10週もあるこの世界の勤務形態は3勤2休だ。日本の社畜が泣いて喜びそうなホワイト社会である。一週間7日の感覚だった私がそれを知った時、ちょっと感動して泣いたのは内緒だ。
 週の4日と5日が日本で言うところの土日に該当するらしく、基本的な大人の休日はこれにあたる。ただ4日は半休で、午後2時くらいまでは仕事をするらしい。私も4日はしっかり勉強している。昨日は予定が崩れてしまったが、大体午後3時程度までは勉強、そこから自由だ。
 勿論休日とされている4日と5日に働き、皆が働いている平日に休んでいる人もいる。接客業とかね。ここは日本と同じだ。
 家に仕える使用人という職業は特殊で、あまり休日という概念がない。家から通っている人もいるが、基本住み込みだ。
 始業時間とか終業時間とかの時間制限がなく、各家に任せられるが──その分給料はよく、出稼ぎに来ている人には人気のある職業らしい。それに申請すれば長期休暇もとれるし、福利厚生はしっかりしているようだ(少なくとも伯父さんの家では)。

 私の感覚が社畜のせいか、半休である4日の勉強が終わってもそのまま自主勉強をしていたところ、「レヴィーレ様はお止めにならない限りずっと勉強されてらっしゃる……」「ここに来た最初の頃からずっと本を読んでおられましたわ」「お勉強が好きなのはわかりますが、多少休んでください……!」と言われまくってしまった私に、4歳になってからは5日は必ず休むようにと勉強禁止令が出された。解せぬ。
 でも休憩って言ったって、食事の楽しみはまだないし何すればいいの? と考えた私の4歳からの休日の過ごし方は、専らお家探索です。
 この家、本当に無駄にでかい。休日のたびに走り回っているが、まだ探索し終えていない。時々双子たちを巻き込みつつも、基本は一人で探索する。まあ、探索は表向きの理由で、本当の理由は──……。

(あの部屋のシーツ交換した?)
(ねえそれ取って!)
(ガヴィー様の明日のドレスは……)
(今日はいい天気ね)
(そろそろ旦那様にお茶のご用意を……)

──うーん、今日もハズレかな。

 走りながら、聞こえてくる声に耳をすませる。
 そう、私が休日になったら家の中を走り回る本当の目的は、情報収集だ。
 3歳の頃はなるべく自分の言いたいことを言えるように、大人が何を話しているか理解できるようにと勉強に費やしていたし、自分のことは人形だと信じていたのでどうにか役にたって捨てられないようにと画作していた。まあ結局は人間だったのでその心配はなくなったのだが。
 4歳になってこの世界での人間の性別の在り方を知ってからは、それまでの閉鎖的な環境は意図的だったのかと気付いた。余り他人に会わせてはいけないという決まりもあるみたいだしね。
 どうしてそんな決まりがあるのか──……これは私の勘だが、外の世界に触れて“性別”に変な認識を植え付けられることを防ぐ為に家から出さないようにしているのではないかと思っている。まあそれが正しいかどうかは5歳になって性別を決めてからじゃないとわからないのだが。

 しかしまあ、4歳になってから続けている情報収集だが、これといって成果はない。強いて言えば伯父さんや伯母さんの誕生日が知れたことと、この家の第一子と第二子が学園に通っていることだ。
 雑談でもあまり外の世界の話をしないようにしているのは、きっと性別のない状態の『神の子』が外に興味を持たないようにする為だろう。確かに好奇心旺盛な双子を見ていると、外の世界を知った双子の行動に想像がつく。いやもう脱走するだろ絶対。

(その花は奥様の部屋に……)
(この後の予定は……)

 その後も聞こえてくる使用人たちの声に意識を向けながら、不審に見えないよう探索するフリをしつつ走り回る。
 情報収集のため使用人の噂話や会話に耳をすませていた最初の頃は、扉に耳をつけたりこっそり隠れながら会話を聴いていたりしていた。
 だが、ずっと耳をすませていたせいだろうか。だんだんそうしなくとも聞こえるようになり、今では走りながら意識すると付近の──扉を隔てた部屋の中にいる使用人たちの声でも──聞こえるようになった。
 聞き耳をたてすぎて耳が良くなったのだろうか? あまり褒められたことじゃないかもしれないが、まあ明らかに『あなたたちの会話を聞いてますよ~』という姿を見せることなく聞けるのはありがたいので、気にしないことにした。まああの、聞こえた話を悪用することはないから許せ。
 そうして子供特有の無限体力で走り回っていたが、今日も使用人たちは真面目に仕事をしているようで外の世界の情報は聞こえてこない。諦めようとしたその時。

(聞いた? 国王様の第一子の話)


──これだ!

 聞こえてきたその声に、私は走るのをやめ壁に背中を預ける。目を閉じ、その声に集中した。こうすると聞きたい声だけを意識して聞こえるようになるのだ。聞き耳様々である。

(え? なに、国王様の子がどうかしたの)
(どうやら“王子”に“成る”らしいわよ)
(あら、それはおめでたいわね! ……って、あんたそれどこからの情報よ)
(ほら、この前国王様の子の4歳の誕生日だったじゃない? その時に王子に成るって宣言したって街で聞いたのよ)
(ああ、あんた昨日休みだったんだっけ。街におりたんだ?)
(そうそう。もう既にお祝いムードよ。これで5歳になって本当に王子に成ったらどんな規模になるのかしら)
(ああ~……まあ二週間は国総出でお祝いするんじゃない? でもよかったわね。王の第一子だもの、王子になられるのなら国王様も安心でしょうね)
(そうね、まあそう言うように教育されてきたんでしょうけど。そうでなくとも王位継承者第一位ですもの。寧ろ“姫”に成るほうがその後大変でしょうから、いいんじゃないかしら?)
(確かにそうね。性別の教育は4歳になってからって決まりがあるけど、家を継ぐであろう第一子はその前から教育してもいいって暗黙の了解があるし)
(そうなると、本当にレヴィーレ様はご両親から愛されてたのね)
(ほんとほんと。だって4歳になるまで本当に知らなかったんでしょ? 普通なら男に成るように3歳くらいから男として育てるのにね)
(本人の意思を尊重させてあげたいって仰ってたらしいわ)
(ほんと素晴らしい方だったわね……)

──……父さん、母さん。

 予想外の話題に唇を噛み締める。目頭が熱くなってきたのを感じて、聞き耳をたてるのをやめてその場にしゃがみ込んだ。

 愛されていた。愛していた。
 家族として過ごした時間と記憶は少ないけれど、それでも私はあなたたちの子供だ。この世界の死の概念はわからないが、もし天国があるのなら、いつか私がそこに行った時に胸を張って再開の挨拶ができるように頑張ろう。

 そのためには。

 深呼吸をして、目を開ける。
 予想外の話の流れにより、両親についての情報を得たことによって動揺してしまったが、今重要なのはそこじゃない。

──国王様の子、ね。

 この国には王がいる。その王がこの国を統治している。……“私”を思い出してから、私は貴族なんじゃないかと思っていたが、どうやら本当に貴族であるという線が濃くなってきた。
 というか、子供の誕生日に庭に遊園地作ったり室内プール作ったりする伯父がただの金持ちだとしたら、逆に泡吹いて倒れそうなので貴族だと断言させてほしい。そして安心させてくれ。

 国王の子がこの前4歳になり、王子に成ると宣言した。

 この重要な情報を今日得られたことは幸福だった。できれば昨日以前に知りたかったが──まあそれでも閉鎖的な空間でこの情報を得られたのは素晴らしいことだ。
 きっと伯父はこのことを知っているのだろう。そして、

──あの祖母も。

 きっと祖母は近々またこの家に乗り込んでくるだろう。いくら伯父が当主であっても、さすがに実の母を投獄できないだろうし。その次の機会までにどう対応するか対策を考えておかないといけない。
 私は立ち上がり、対策を練るためその場から離れる。ちょっと落ち着かなかったため庭に出て剣を振り回していたら、タリアさんに見つかって怒られて取り上げられてしまった。勉強じゃなくて運動だって主張しても駄目だった。解せぬ。

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