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第一章 まずは自己紹介から

3.

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 さて。
 私が“私”を思い出してから気付いたことをまとめていこう。というのも、この世界はどうやら“私”の常識とは違う世界らしい。いやまあ、伯父さんの髪や目が紫の時点で変だなと確信したけど。それまで何も思わなかったから不思議だ。いや、ここでは常識なんだろうから、それを異常だと思う私の方が異常なんだけど。……ちょっと自分で言ってきてわからなくなってきた。
 まあまとめるとは言っても、現時点でおかしいと思ったのは一つなのだが。(髪色が紫なのは置いておいて、だ)

──私、飲食してない。

 それに気付いたのは、“私”を思い出して3日が経った頃だ。
 え? 気付くの遅くね? である。自分でも思う。3日飲まず食わずで、なぜそれまで一切疑問に思わなかったんだ私は。
 それに気付いた時は大混乱だった。
 え? 朝ごはんは? 昼食……おやつ……夕飯も……な、何も食べてない……?
 まさかの嫌がらせか!? と戦慄いた私だったが、ふと思い返すと“今まで”一切食べても飲んでもいなかったことを思い出した。

 そう、“今まで”だ。

 言葉通り、私は“私”を思い出す以前から飲食した記憶がない。
 あっれ~!? まさかの両親ネグレクト!? 実は虐待されてましたパターン!? と思ってしまうのも無理はないだろう。だって“私”の常識では、『生き物は飲食するもの』なのだから。
 そしてまた思い出す。思い出すというか、現在進行形だけど。

──食べてないし飲んでない──でも、お腹も空いてないし喉も乾いてない。

 『食べてない』ことに気付いたのがおかしいくらい、一切の食欲を感じないのだ。お腹すいた~とか、喉渇いた~とか、そういえば思ったことがない。
 ということは、この世界の人間は飲食の必要がないのだろうか? それって人間と言えるのか? 人間の形をしたなにかじゃないか? ──あくまで“私”の常識からの思考だし、この世界では『飲食の必要がない生物』を『人間』とするのかもしれないけど。

 は~なるほど~と一人頷いていた私だったが、はたとまた気付いた。
 タリアさんはお昼と夕方になるといなくなる。その代わりにその間だけ、ラグーンさん(両親がいた時からの使用人。ここまでついてきてくれたおじいさん)が一緒にいてくれるのだ。
 お昼と夕方……?
 その間ついてくれるラグーンさんをなんとか出し抜いて、こっそり後をついて行くと。

──食べてる! 普通に食べてるよタリアさん!!

 そこには他の使用人たちと談笑しながら夕飯をとっているタリアさんの姿があった。いい匂いが私の鼻をくすぐるが、一切口にしたいという気持ちは湧いてこない。

──……あれ? タリアさんは食べてる……ってことは食べない私は一体……?

 そういえば、両親も一日休みの日でも朝、昼、夕と会えない時間があった。ってことは恐らく両親も食べてたはずだ。

──え? 私は……? ええ……? もしかして魔人とか……?

 思い至ったその考えに愕然となる。私もしかして両親の子じゃなかった? マジで? 拾われた感じ? ええ、まさかの衝撃の事実。
 その事実に打ちのめされながらも、はっとして風呂場で見た自分の身体を思い出す。
 自分の身体を見下ろした時“ついていなかった”から、てっきり自分のことを女だと思っていたが──。
 夜。布団の中、部屋に誰もいないことを確かめてそっとパジャマのズボンを下ろす。
 うん、ついてない。ついてないし──穴も、ない。……あれ待って? これ肛門もなくない? え? 本当に穴ない。なんだこの身体。
 そっと触れた下半身はつるつるだった。まるでよくできた球体人形の又関節を触っているようだ。いや確かに飲食した記憶も、トイレに行った記憶もないけど。
 改めて自分の身体を見てみると、不思議だった。どうして今まで気付かなかったのか──乳首もない──本当にこの身体はよくできた作り物のようだ。
 ということは……私って実はカラクリ人形的ななにか……?

 その結論に思い至った私の気持ちをわかってほしい。
 いやあの、ショックだ。これ、本当に3歳の私が知ったらどうなっただろう。心壊れてたんじゃない? 少なくとも両親に二度と会えないって気付いたショックで“私”を思い出したくらいだ。
 次の日、どんよりした私を見てタリアさんが物凄く心配してくれたのがなんだかおかしかったし悲しかった。
 私って人間じゃなかったんだ。
 よくできた人形なら、両親の子供として造られたんだろうし、似ててもおかしくない。
 そういえば私は“ついていなかった”から“女”だと認識していたけれど、女っぽいこと──というか、性別はそれまで全く気にしていなかった。多分、“私”を思い出さなければ性別を気にすることもなかっただろう。だって、男だとか女だとかの思考がなかったのだから。

 あ~~そうか~~……両親が造ったか依頼したかわかんないけど、伯父さんが、両親が残した私を引き取ったのはどう処分すればいいのかわからなかったからかもしれない……。

 しょんぼり。しょんぼりだ。

 そこから数日は布団に引きこもっていたが、そんな私を心配して伯父さんや伯母さんがちょくちょく私の顔を見に来たので、申し訳なくなって布団から出ることにした。
 まあ、こうなればもう仕方ない。私は人形。それがどうした。私には両親に愛された記憶がある。伯父さんにも伯母さんにも、タリアさんもラグーンさんも私を愛してくれている。はず。ウジウジしてても仕方ない。
 そうして『異世界転生していた“私”、実は意思のある人形だった──!?』というショックからなんとか持ち直した私は、これ以外でもなにか“私”の常識と異なることが起こったらそのショックに打ちのめされる可能性があると勉強することにしたのだ。打ちのめされるのならなるべく早いほうがいい。
 とりあえず私がどうして意思を持っているのか、どうやって動いているのか、どうして触覚や痛覚があるのか──そんなことから知ろうと思ったのだが、うん、3歳児では無理だ。読めねえし書けねえし発音できねえ。クソ3コンボ。やったね! ──嬉しくねえよこのやろう。

 いやあ、それにしても不思議だ。“私”は一体どっちだったのだろう。男だったのか女だったのか。
 こうしていろいろ考えていると、自分の口の悪さに男かと思うが、それと同時に“私”が男だったことに違和感を覚える。

──じゃあ女? いやでもなぁ……。

 私が“私”の性別を予想してうんうん唸っていたのも恐らく5分程度で──この身体が人形としても、意識は3歳児なのだ──寝る前の布団で考えていたからか、スコーンと寝てしまった。
 翌朝、『ま、どっちでもいっか!』という結論に至ったのは仕方ないと思う。だってどんなに考えても、今の私には関係ないのだ。“私”の知識が役に立っているとはいえ、“私”の性別が私に関係することはない。
 男でも女でも、無性別でも人間でなくても、私は私だ。そう思うと心が軽くなった。うん、大丈夫。

 そうして勉強を続けていたら、また一つ気付いた。
 私の名前はレン・ヴィオク=レン。レン・ヴィオクが苗字、レンが名前……と思っていたのだが、ちょっと違うのかもしれない。
 というのも、実はこの『レン』、『1』という意味なのだ。そしてヴィオクは『紫』という意味である。
 レン・ヴィオク=レン……『1の紫の1』……『紫1番目の1子』……? こうすると、どう考えても人間の名前とは思えない。まあ、苗字はどちらかというと家名って感じなので、『紫・序列1位』という訳し方のほうが近いだろうか。にしても家名に数字って……いやわかりやすいけど……。
 ちなみに『ガル・ヴィオク』である伯父さんの家名は『紫・序列0位』である。おおう、0位もあるのか。マイナスは流石にないよな。
 で、まあ“私”の知識からすると、恐らく『ガル』である伯父さんの方が『レン』よりも序列は上だと言える。まあ父さんの兄だしね。序列が上なのは納得。
 というか、そうなると私って結構な地位だったんだな……? いや、正確には私じゃなくて父さんが、だけど。両親がいなくなった『レン』の生き残りは私だけなので、上から数えて紫で2位ということになる。
 というか、『紫・序列1位』ってことは2位や3位もいるんだろうし、他の色もいるはずだ。まだ見たことないけど。どうやらこの世界は“色”で分けられているらしい。正直公爵だの伯爵だのだと覚えられなかったから助かった。……他の色の序列1位と自分のところだと、どっちが上なんだろ。同じなのかな。
 まだまだわからないことだらけだが、これを理解するとどうして自分が『レヴィーレ』と呼ばれているのかがわかった。

 レ(レン・)ヴィー(ヴィオク=)レ(レン)。

 『紫・序列1位の1子』を表しているのである。すごい。こんなに短く表現できるなんて便利すぎる。
 ちなみに、伯父さんの子供であるガヴァルとガヴィーにも同じことが言える。

 ガ(ガル・)ヴァ(ヴィオク=)ル(ヴァル)。
 ガ(ガル・)ヴィ(ヴィオク=)ー(ツー)。

 そう、本当は『ヴァル』と『ツー』という名前なのだが、こちらも短縮しているのだ。あ、『ヴァル』は3、『ツー』は4という意味だ。会ったことはないが、この法則だと上に二人の兄か姉がいるのだろう。“私”の記憶だと「ツー」は2という意味なので、ちょっと混乱してしまったのは内緒だ。
 どうしてただの数字であるこんな名前なのか、どうしてタリアさんもラグーンさんも伯父さんも、普通の──数字の意味でない普通の名前──なのか、わからないままである。
 まあこれも、勉強を続けていればいずれわかるだろう。

 そうして、私は『第一子』という変な名前を付けられている人形である──という認識を誤認だと気付くのは、4歳になった後だった。

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