上 下
220 / 233
転期

少女の企み(絵有)

しおりを挟む
 倒れたら、ダメだ。
 今倒れたら立ち上がれない。
 張りつめた糸を切ってはいけない。

 自らを鼓舞し、立つ足に力を込めようとした。それでも、身体は思うように動かなかった。



 アイラスが固く目を閉じた瞬間、空気が強く波打った。
 驚いて目を見開き、顔を上げた。



「こ、これって……!?」



 心臓の鼓動のように寄せては返す感覚は、以前も感じたことがあった。

 強い衝撃がアイラスの四肢を動かした。
 動く、と思う余裕もなく、波動の元を探した。最奥の棟から強い魔力を感じた。



 ——あっちは、旦那様と奥方様の——



 甲高い悲鳴で思考が中断された。何かが割れる音も響いてきた。
 ザラムがアイラスの手を掴んで走り出した。走りながら、その背中に声をかけた。

「ザ、ザラム……! この、感じ……!?」



 返事はなかった。でも本当は、聞かなくてもわかっていた。



 ——白い悪魔。



 忘れ難い気配はどんどん近づいていた。





 この王府に魔法使いは居ない。白銀の館は遠い。まず狙われるのは自分達で、近付けば近付く程、ここの人達が襲われる可能性は低くなるはずだ。
 そう思って懸命に走った。



「ザラム! 先に、行って! 私と一緒じゃ、遅いから……!」
「……ダメ!」



 否定するセリフに被せるように、大きな音が鳴り響いた。足を止めて音のした方を見ると、中庭を挟んだ反対側の棟で壁が崩れていた。

 その奥から、見覚えのある白い姿が飛び出してきた。



 目の当たりにしても、まだ信じられない気持ちだった。
 想定よりずっと早い。目の前に居る恐怖と、もう時が残されていない恐怖が、アイラスの身体を震わせた。



 悪魔は白い翼を羽ばたかせ、空に舞い上がった。
 ザラムが繋いでいた手を離し、刀の柄を握りしめた。



「斬っちゃダメだヨ! ここの誰かなんだから!」
「翼、落とす。……でも、変」
「エッ?」
「来ない」

 その言葉に悪魔を見上げた。上空に居るそれは、自分達には目もくれず、門の方を向いていた。



 唐突に思い出した。さっき別れたばかりの少女達を。使い魔であり、魔力を秘めている。それも、かなり強い。



「狐さんを狙ってるんだ! 私は魔力が低いし、ザラムも抑えてるよネ?」
「解放する」

 聞き返すより早く、ザラムの口から言霊が繰り出された。
 漆黒の髪と目の色が薄くなるに従って、魔力の高まりを感じた。そうして本来の色、純白に戻っていった。



 その美しい顔に、挑発するような笑みが浮かんだ。



「来い。お前の餌、ここ」



 白い悪魔に目を向けると、今度はこっちを向いていた。認識されている。窪んだ穴のような目が細まったかに見えた。笑っている?

 ザラムが再び柄を握りしめた。



「アイラス、下がれ」



 言葉に従って、武官のところまで後退りした。
 呆けていた彼は、アイラスに気付いて我に返ったようだった。庇うように前に出て腰刀を抜いたけれど、その切っ先が震えているのがわかった。

 酷く申し訳ない気持ちになった。





 これからの事を考えなくてはならない。みんなの記憶を戻すかどうか、決めきれてはいなかった。でも、もう、迷っている時間はない。

 ザラムが難なく翼を斬り落とす様子が、どこか遠くの出来事のように思えた。意識がまとまらず、考えもまとまらなかった。





 地に落ちた白い悪魔から、パラパラと羽根が剥がれ落ちた。その奥から現れた華奢な身体は、奥方様のものだった。



「泣くな。生きてる」



 わかってる、と言いながら、首を強く横に振った。

 わかっている。わかっていても、あんなに優しくしてくれた奥方様を、こんな目に合わせた。その事実が、どうしようもなく辛かった。



 ホンジョウが叫びながら奥方様に駆け寄っていた。何を言っているかわからない。わからないけれど、お前のせいだと言われている気がした。
 誰かを責めるような人じゃないと知っていても、今は罵倒された方がマシだった。

 その妄想が、アイラスの心を静めてくれた。





 涙を拭いて、深呼吸して、再び考えた。

 本当は今すぐにでも、魔法を自分もろとも消し去りたかった。
 でも、この地で魔法が消えてしまうと、ロム達がクロンメルに戻れなくなる。

 妖精の道で戻るには、来た時のように数日かかる。その間この国が安全とは限らない。せめて、白い悪魔の対応策は伝えておきたい。

 そしてその後で、アイラスは皆を出し抜かなくてはならない。
 トールが居ると難しい。先手を撃たなければ。



「ザラム!」



 ホンジョウと話していた、多分説明をしていたであろう彼に、大声で呼びかけた。



「白銀様のトコに行こ! 白い悪魔の事、伝えなきゃ!」
「ロム達には?」
「もう伝えた」



 嘘だ。



「すぐは無理だけど、できるだけ早く戻るって」



 ごめん。でもお願い。疑わないで。



「わかった。行こう」



 アイラスは、罪悪感を心の奥に封じ込め、差し出された手を取った。

本編は暗く、挿絵は全くマッチしていませんが、バレンタインイラストです^q^
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...