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皇帝

少年は礼を尽くす(絵有)

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 人集りが割れて、その真ん中を悠々と皇帝が歩いてきた。フーヘンが前に進み出て、思わずその背に隠れるように移動した。

「皇上! お忙しいのでは……?」
「待たせてある。すぐ戻らねばならん」

 門の外に、昨日よりさらに豪華な馬車が見えた。何をしにきたんだろう。まさか見送りに? 忙しいなら無理して来なくてもよかったのに。



 皇帝がフーヘンを押し退け、ロムに近づいてきた。長身から高圧的に見下ろされ、動けなかった。蛇に睨まれた蛙の気分だった。

「フーヘンから聞いているようだな?」
「は、はい……」
「すまなかった」
「はい……えっ?」

 口では謝っているけれど、見下ろす視線は変わらなかった。全く謝っているように見えない。
 初日と同じじゃないかと呆れたけれど、それを口に出すわけにはいかない。なんと返答していいかわからない。
 そもそも今回は、何を謝っているのかもわからなかった。



「えぇと、あの……」
「自分のせいでロムが危ない目にって思ってんだよ。神経質だよねえ」

 後ろから怠そうな声が届き、振り向くとホンジョウが立っていた。皇帝の舌打ちが聞こえ、心臓がさらに縮み上がった。



「……遅いぞ、愚弟」
「そっちこそ俺の客人をビビらせてんじゃないよ、バカ兄貴」

 二人が二人共、言葉の割に楽しそうな口調だった。本当に気の置けない関係に見えて、少し気持ちが和らいだ。



 ちょっと羨ましかった。自分には、そんな兄弟が居なかったから。



「何笑ってんだよ?」

 ホンジョウから刀の柄で小突かれた。すみませんと答えながら、その刀に目を落とした。彼が刀を持つのは初めて見た。

 フーヘンが持つ腰刀より短いが、装飾は一段と豪華だった。鞘には同じように龍が彫ってあるが、白いそれは象牙のように見えた。房飾りも真っ白で、真珠もあしらってある。宝刀と呼べそうに思う。



「……ホンジョウでも帯刀するんですね」
「するわけないでしょ。自分の指、切っちゃうよ。これはロムに貸すために持ってきたの。バカ兄貴に頼まれてね」

 えっと思ってホンジョウを見上げ、宝刀を見て、また彼を見上げた。



 答えは別方向から返ってきた。

「お守りだ。それを腰に下げていれば、愚弟……五親王との縁を示せる。私の物では逆効果になりそうだからな」
「これさぁ、すっごく高いんだよね。だから無くさないよう気を付けて、ちゃんと君自身の手で返しに来なよ」



 高価と言いながらも雑な扱いで刀を手渡された。それを惜しげもなく預ける理由と、返す事の意味を考えると、感謝してもしきれなかった。

「ありがとうございます……!」
「君の大切な子は、ちゃーんと俺らが守るから。君は君自身をしっかり守るんだよ」



 そう言われてアイラスを振り返った。言葉のわからない彼女は、キョトンとした顔で首を傾げた。

 思えば、彼女にとっては不便な地に連れてきただけかもしれない。それでも、クロンメルに置いて来るのは不安だった。できるだけ近くに居たかった。



 それなのに今日、これから離れてしまう。
 本当は嫌だけど、こうなってしまったからには仕方ない。少しでも早く手掛かりを見つけて戻ってこよう。
 それは同時に、彼女が消えなくて済む事を意味する。そうなれば、この離れがたい気持ちも少しは収まるだろうと思う。



 雑念を振り払うように頭を横に振った。そしてアイラスに精一杯笑いかけた。



 ——絶対に、助けるからね。



 そう想いを込めて笑いかけた。彼女は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔を返してくれた。

 そうしてようやく、ホンジョウに返事をした。

「わかりました。十分に気を付けます。そちらも、よろしくお願いします」



 改めて皇帝を見た。今度は目が合っても震えなかった。
 真っ直ぐ向き直り、両手を前に揃え、首を差し出すように頭を深く下げた。

 帝国式でも西洋式でもないせいか周囲が騒ついたが、それでも今はこの礼をしたかった。



「それはシンの礼か?」
「はい。最敬礼です」



 顔を上げると、皇帝は少し微笑んだ気がした。満足そうに頷き、そうかと一言だけ発して門を出て行った。



「無愛想な兄でごめんねー」
「いいえ。視野が広くて立派な皇帝だと思います」
「そうかなぁ……意外とアレ、自分の都合しか考えてないよ?」





 一通り悪口を聞いて、集まった人達に挨拶をして、護衛を付けられて、王府を出発した。

 今日は歩きだったけれど、足取りは軽い気がした。
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