亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

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少年は動けなかった(絵有)

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 崩れ落ちるアイラスを、ザラムが抱きとめた。ロムは一歩も動けなかった。それどころか、指先さえも動かすことができなかった。何が起こっているのか、理解できなかった。

 今や純白の目と髪となったザラムが、アイラスを愛おしそうに抱き上げた。

「ロム、すまない。オレ、やっぱり、友達、違う……」



 ――どういう意味だ。アイラスをどうする気だ。



 そう聞きたかったけど、言葉を発する事すらできなかった。浅い呼吸だけが、今ロムにできる事の全てだった。



 ザラムの今の姿に、ロムは見覚えがあった。
 シンを沈めた『神の子』。あの時、顔は半分包帯で隠れていたが、今思い出すと確かにザラムの面影があり、声も似ている。

 髪と目の色が真逆で、歳も合わないし、性別も誤解していて、疑いすらしなかった。『神の子』なら見た目の歳が変わらないのは当然なのに、なぜ今までその可能性を考えなかったのかと後悔した。



 動けない身体で、必死に思いを巡らせた。
 魔力が低く知識も少ないというのは嘘だ。以前アイラスが言っていた魔力を抑える魔法。使うと本当に魔力が低くなってしまうから、トールには使えないと言っていた。それを使っていたのだと思う。

 後ろを振り返って確認できないが、焦燥の気配だけは感じ取れた。
 他の五人も同じように動けないのだと思う。そのうち二人は『神の子』なのに。それを抑えることのできるザラムは、一体どれほどの力と知識を持っているんだろう。

 ミアというのが彼の『知識の子』だと言った。彼は知識を得た『神の子』という事になる。それならば、ニーナと同程度の知識があり、先に仕掛けられたために彼女達は反撃できないのかもしれない。



「アイラス、もらう」

 ザラムがぽつりとつぶやくように言った。



 ――ダメだ!



 そう叫びたかったが、声は出てこなかった。
 ザラムの口から言霊と思われるものが紡ぎだされ、彼らの身体が光に包まれてかき消えた。後に残った光が完全に消えてから、ようやく動けるようになった。



 無駄と思いつつ周囲を見回したが、辺りは闇に包まれているだけだった。転移魔法で消えたなら近くであるはずがない。二人がどこに行ったのか、ロムには想像すらつかなかった。

 彼らが消えた場所では、ニーナとトールがしゃがみ込んで何か調べているようだった。すがるような思いでその結果を待った。

 数秒が永遠に感じられた。口の中が乾いて仕方がなかった。



 しばらくしてニーナは首を横に振り、トールは低く叫んだ。

「くそっ……なぜ……なぜなんじゃ!」

 ロムは雪で覆われた地面に両膝をついて、拳を叩きつけた。服が濡れて手は痛かったが、そんな事はどうでもよかった。この手は、ついさっきまでアイラスの手と繋がっていたのに。





「おやおや。彼はもう行動したのかえ?」

 楽しそうな笑い声に、全員が振り返った。門の所にヘラが立っていた。

「ヘラ、あなた……ザラムが事を起こすと知っていたの?」
「だから言うたではないか。足元を見よと」
「彼の目的も知っていて?」

 ヘラはあごに指を当てて少し考え込む仕草をした。わざとじらしているようで、ロムの神経を逆なでした。



「良かろう。今わらわは気分が良い。教えてやろう。あやつに助言したのは、わらわじゃしのう」
「……助言?」
「今年の春だったかの。あやつがわらわの元に来てのう。死者を蘇らせる方法は無いかと聞いてきよった」

 そうだ。彼は家族とも思える大切な人を亡くしている。でも、なぜアイラスをさらう必要があるんだろう。

 春というのも引っかかった。アイラスに初めて会ったのは五月だ。
 ザラムが大切な人を失ってすぐ、ヘラの元に来たとしたら。そしてアイラスが生まれたのも春。嫌な予感がした。



「彼には『知識の子』が来ていたようだけど、その知識を得ていなかったの?」
「全てを知る前に、その子が死んだのじゃよ。あやつが蘇らせたい者は、自身の『知識の子』じゃ。そのために先程の……アイラスじゃったかの? あの娘が必要というわけじゃ」

 ニーナとトールが息を飲むのがわかった。トールがまさかと呟いた。

「なぜ……アイラスが、必要なんだ……」

 絞り出した自分の声が、震えているのがわかった。予感は外れていて欲しいと強く願った。



「知らんのか? すべての『知識の子』の魂は同じじゃ。死ねば、新たな器が作られ魂が宿り、別の『神の子』の元へ遣わされる。アイラスとやらの魂を、ザラムが後生大事に保存しておる亡骸に移せば、かの者は蘇る」



 目の前が真っ暗になるとは、こういう事かと思った。魂を失った肉体がどうなるか、考えるまでもなかった。



 ――アイラスが、殺される。



「……アイラスの名を知っておったのに呼ばず、わざわざ『知識の子』と呼んだのは、わざとじゃな? ザラムにわからせるために……」

 トールの問いにヘラは答えず、忍び笑いを漏らした。それが肯定を意味していた。



「貴様ぁ!!」

 トールが吠えた。そのままヘラに向かっていったが、跳ね返されたように吹っ飛んだ。太い木の幹に叩きつけられ、彼の上に雪が落ちてきた。

「トール!」

 トールは肩を押さえながら立ち上がり、全身を震わせて雪を落とした。
 ヘラは、ゴミでも見るような目で彼を見ていた。

「汚い使い魔が、わらわに近づくでない」



 ニーナがトールをかばうように、二人の間に立った。

「珍しいわね。対価もなしにザラムに情報を与えるなんて」
「あやつは全盲じゃからの。魂の色も形も見る事ができぬ。ずっとそばにおるのに気づかぬとは、哀れと思うてのう」
「あなたが誰かに同情するとは、到底思えないのですがね」

 ホークが冷たい声で言った。今度はヘラは高らかに笑った。笑いながら、楽しそうに叫んだ。

「その方が! 面白いではないか!」



 ロムの中に、忘れていた殺意が沸き上がった。レヴィの止める声を無視し、一足飛びでヘラに接近した。手には抜き身の短刀が握られていた。



 突き出した刃は、先程アイラスを助けた時と同じく光る壁に遮られた。無駄とは思っていた。それでも身体が勝手に動いた。

「良い殺気じゃ。ゾクゾクする」
「ザラムは……どこへ行ったんだ……!?」
「知りたいのかえ?」
「当たり前だ!」
「対価を支払えば、教えてやらぬこともないがのう」
「……対価?」

 ヘラがにんまり笑った。気味が悪くて寒気がした。



「わらわとしとねを共にする事じゃ」
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