上 下
117 / 233
秘密

少年は美術室に行った(絵有)

しおりを挟む
「おや、全員来たのかい?」

 美術室のドアを開けたホークが、少し驚いた顔をして言った。
 ロムにしてみれば、この短時間で血まみれの服から着替えている方が驚きだったが。

「お邪魔でしたか?」
「そんな事はないよ。さあ入って。君達も遅くなると、ニーナが心配するだろう?」
「ニーナは、ここで起きた事を知ってるんでしょうか?」
「もちろん。私が連絡しておいたからね」

「ここに来るのか?」

 レヴィの質問に、ホークは首を横に振った。
 白い悪魔が現れて恋人が怪我までしたというのに、ニーナは心配じゃないんだろうか。二人の関係は、ロムから見ると淡泊過ぎて理解できなかった。

「大丈夫だよ。とても心配していたし、駆けつけるつもりだったみたいだけれど、私が断ったんだよ。今は守るべき者が居るのだからとね」

 ロムが口に出さなかった思いに、ホークが答えた。顔に出ていたのかと思って申し訳なくなった。



「それで? 俺とアイラスに用事って何だ?」
「ああ、そうだね。用件に入ろう」

 ホークは机の上の大きな紙を手に取った。丸めてあるのでよくわからないが、数枚あるようだ。

「保護区の子供達には、白い悪魔の事は伝えてなかったんだよ。でも今日、ここに出現して見てしまった。だから、きちんと教えておく事になってね。そのための絵を描いて欲しいんだ」
「ああ? 自分で描きゃいいじゃねーか。そんくらい描けるだろ?」
「私が描くと写実的になってしまうからね……。特徴がわかるだけの、可愛くデフォルメされた絵が欲しいんだよ」

 言われてレヴィは、アイラスの方を向いた。

「アイラスの方が、得意なのかな?」
「あっ、ハイ」
「後々はポスターとして貼る事になるから、絵画とまではいかなくても、この前配られていた人相書きよりは丁寧に描いて欲しい。報酬はわずかだけど、保護区から出る。お願いできるかい?」

 アイラスはレヴィを見て、レヴィは無言で頷いた。

「わかりました。何枚ですか?」
「ありがとう。三枚頼むよ。レイアウトは任せるが、文面は私が考えるよ。明日の朝、届けさせよう」

 大きな紙を手渡しながら、ホークは重ねて聞いた。

「いつ頃できそうかな?」

 紙を受け取ったアイラスは返答に悩んでいて、代わりにレヴィが答えた。

「急ぐんだろ? 明日、いや……明後日には完成させるよ」
「ちょっと待ってよ。レヴィが描くわけじゃないんでしょ? アイラス、いいの?」

 アイラスは驚くでもなく、困った風もなく、レヴィを見ていた。

「アイラスには白い悪魔の絵だけ描いてもらう。レイアウトや文字のレタリングは俺がする。それなら明後日までに三枚、できるだろ?」

 わかっていたかのように笑って頷く彼女を見て、余計な事を言ったと恥ずかしくなった。
 彼女達は師弟関係であり、少なくとも絵に関する事なら、お互いがお互いを一番よく知ってるんだと思う。



「私の用事はこれだけだよ。手間を取らせて悪かったね。暗くなる前にお帰り。ニーナによろしく言っておいてくれたまえ」

 ホークは美術室のドアを開けて、みんなは外に出ていった。
 でもロムは、出入り口で立ち止まってホークを振り返った。

「他に無いですか?」

 ホークは、意味が分からないという風に眉をひそめた。さすがに言葉が少なすぎた。

「ニーナに、他に伝える事は無いですか?」

 言ってしまってから、これも余計なお世話だったと思った。彼らは念話で、距離は関係なく会話ができるのに。わざわざ伝言なんて、意味がないのに。



「ごめんなさい……やっぱりいいです。必要ないですもんね……」
「そんな事はないよ。ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」

 うつむいていた顔を上げると、ホークはとても穏やかな表情をしていた。

「そうだね……『心配をかけてごめん。私は大丈夫』と伝えてもらえるかな」
「は、はい! わかりました!」
「それと……」

 ホークが近寄って来て、少しかがんでロムの耳元に口を寄せた。

「『愛してる』」
「えっ……」

 ホークは身体を離し、唇に人差し指を当てた。

「最後のは、他の人には聞かれないようにしてほしいな」

 それをニーナに伝えなきゃいけないのかと考えると、顔が赤くなった。自分では、まだ言ったことがない言葉だった。



 いつか、アイラスにそう言いたいなと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...