上 下
43 / 233
叙任式

少年は再び試合に参加した

しおりを挟む
 腹をくくると落ち着いてきた。

 レヴィとの打ち稽古なんて、この数ヶ月数えきれないくらいやってきた。毎日やっていた時期もある。木刀が模擬剣になって、観衆が居るだけの違いだ。
 この一週間は色々と忙しく、一度も稽古もつけてもらえなかった。それを今やってもらえると考えたら、喜ぶべきだと思う。

 一旦構えを解き剣を鞘に納めた。観衆がざわついたが構わず、いつものように姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。

「お願いします」

 改めて正眼の構えを取った。レヴィもその意味を理解したようだった。すっと動いて距離を調節し、ロムが打ち込みやすい間合いを作ってくれた。

 レヴィはいつもそうしてくれる。乱暴な物言いに反して、レヴィは随分と懐が深い。剣術の事に関しては、何も言わなくても悩みを察してくれ、答えを用意してくれたり、時には自分で気づくよう仕向けてくれたりする。
 自分も教える立場に就きたいのだから、彼女みたいな指導を行えるようになりたいと思う。まだまだ教えてほしい事はたくさんあった。



「何ニヤついてんだ? 早く来いよ」

 レヴィが手招きした。周りからは挑発に見えただろう。苦笑して柄を握りなおした。

「ごめん。レヴィってすごいなぁって思って」
「褒めても何も出ねえぞ?」
「わかってるよ。生活には余裕ないもんね」

 そう言って、前触れなく距離を詰めて切り込んだ。観衆はどよめいたが、レヴィには軽く受け流された。

 レヴィが剣を振る度に漆黒の髪が波うち、しなやかな四肢が舞っていた。こんな事を言ったらアドルに怒られそうだけど、素直に綺麗だと思う。レヴィのドレス姿なんて悪夢だと思ったこともあったけど、それは間違っていたと今ならわかる。



 お互い稽古のつもりだから、勝負はなかなかつかなかった。それでも観客は、何ランクも上のレヴィの剣技に見惚れているようだった。その流れを崩さないように、ロムは必死で食らいつかなければならなかった。

 疲れてきたロムの手から、ついに剣がはじけ飛んだ。喉元に、レヴィの剣が突き付けられていた。

「参りました」
「おう」

 また大歓声が巻き起こった。負けたロムにも賞賛の声がかかった。それを受けて、レヴィの目的もアドルと同じだったとわかった。

「もっと早くバテると思ってたよ。前より体力ついたか?」
「そりゃあ、誰かさんにしごかれてるから……」
「もう少しつけた方がいいかもな。お前の器用なところが裏目に出てる。乱戦では相手の力を利用して自分の体力を温存するし、個人戦なら勝負を早めにつけるだろ? 格下ならそれでもいいんだが、実力が拮抗して長期戦になるときつくなる」
「うん、そうだね。ありがとう」

 そう頷いたものの、ロムが疲れるような相手はレヴィしかいない。なぜこの人だけバケモノ級なのか。レヴィの生い立ちが聞いた通りのものなら、そこまで強くなる要素はなさそうなものなのに。
 自分がレヴィと同じ歳になった時に、レヴィと同じ強さになっているとは考えにくかった。



「おいレヴィ! 売れない画家なんか辞めて騎士団に入れよ!」
「うるせーな。俺のやることは俺が決めるんだよ」

 レヴィは意外と人望があるのか、方々から声がかけられていて、その度にアドルがうろたえていた。
 いや、意外とということはないだろう。彼女なら人望があるのは頷ける。
 こんな人に育てられたかったなと思ったけれど、自分の母が脳裏に浮かんであわてて打ち消した。



 アイラスの元に戻ると、すごい剣幕で睨まれた。意味が分からずトールを見るが、肩をすくめられただけだった。

「えっと……どうしたの?」
「私、怒ってるノ」
「だから、なんで?」
「私、呪物なんて、要らないって、言ったよネ? なんで試合なんて、したノ? ロムの刀、取られてたかも、しれないのヨ?」
「別に、負けるつもりなかったし」
「嘘。アドルが得意な、剣術だったじゃなイ。勝てるかどうか、五分五分だったんじゃないノ?」
「でも、勝ったよ」
「結果的には勝てたケド! 私は、私のせいで、ロムが辛い目にあったラ、嫌なノ。自分を、許せなイ。ロム、お願いだから、自分以外の誰かのためニ、頑張らないデ」
「アイラスのために頑張ることは、自分のためだよ」
「エッ。……エ?」
「自己満足だから、気にしないで。そういうアイラスはどうなの? 自分以外の誰かのために、結構危険な事もやらかしてると思うんだけど。レヴィに殴りかかったり、アドルを助けに走ったり」
「それハ……」
「別に責めてるんじゃないよ。それは、アイラスが誰かを大切に思っている証拠だから。俺も同じだよ。アイラスが大切だから、アイラスのために少しは頑張りたいんだ」

 そう言うと、アイラスは黙り込んでしまった。心なしか、顔が赤くなっている。別に変な事は言ってないと思うのだけど。
 これ以上は反論はないと判断して、トールに気になっていた事を聞いてみた。

「アドルの言ってた呪物って、使えると思う?」
「さぁのう……実際に見てみぬとわからぬ。危険なものであれば、いくら便利でも使えぬじゃろう」
「そうだね……」
「私、いらないヨ。魔法なんカ、使えなくたって、生きていけるシ。トールだって、そう言ってたデショ?」
「トール、まだあの事を言ってないの?」

 つい、そう聞いてしまった。しまったと思った時には遅かった。

「何? トール、私に何か、隠してるノ?」
「いや、その……」

 こうなったらトールは弱い。隠し事はできない。追い込まれるきっかけを作ったのが自分だと思うと、申し訳なくなった。

「ごめん……」
「いや、いずれ言わねばならぬと思っておったからの……」

 トールは仁王立ちするアイラスに、言いにくそうに少しずつ話し始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

見習い動物看護師最強ビーストテイマーになる

盛平
ファンタジー
新米動物看護師の飯野あかりは、車にひかれそうになった猫を助けて死んでしまう。異世界に転生したあかりは、動物とお話ができる力を授かった。動物とお話ができる力で霊獣やドラゴンを助けてお友達になり、冒険の旅に出た。ハンサムだけど弱虫な勇者アスランと、カッコいいけどうさん臭い魔法使いグリフも仲間に加わり旅を続ける。小説家になろうさまにもあげています。

処理中です...