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過去と未来
少年は叱られた
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自分の部屋に戻ると、我慢していた涙が溢れてきた。
なぜ今になって、こんな事が気になるんだろう。前から分かっていた事なのに。初めての討伐戦を前に、気弱になっているのかもしれない。理由がわかっても涙は止まらなかった。
ベッドに突っ伏して、声を押し殺して泣いていると、ドアがノックされた。返事はできなかった。トールの心配そうな声がした。
「ロム、どうしたのじゃ」
どうしよう。無視はできない。でも見られるのも嫌だ。アイラスの声もした。トールが、授業へ行くよう促している。
しばらくした後、もう一度声がかかった。
「……開けるぞ?」
ドアが開く音がした。トールが息を飲んだのがわかった。ゆっくり近づく足音が聞こえた。
彼はベッドに腰かけ、頭を優しくなでてきた。その手が嬉しくて、また涙が溢れてきた。
「一体どうしたのじゃ……」
答えたくない気持ちと、聞いて欲しい気持ちの両方があった。トールはそれ以上、追及してこなかった。頭に乗せられた手は、暖かかった。
しばらくして、ロムはとぎれとぎれに告白した。
「俺には、何もない、から……アイラスの側に、居て良いのかどうか、わからなくなって……」
頭をなでる手が止まり、離れた。トールは吐き捨てるように言った。
「……ばかばかしい」
怒りが伝わって来た。
「アイラスにとって、おぬしは掛け替えのない存在じゃ。おぬしに何かあるとか、ないとか、関係ない。おぬしそのものが、あやつにとっては大切なのじゃ。そんな事も、わからぬのか?」
答える事はできなかった。その言葉は簡単に信じられなかったが、否定もしたくなかった。そうであったらいいのにと思っていた。
「わしにとっても、同じじゃ。おぬしとアイラスを、心から大切に思うておる。おぬしらの生涯が、幸せなものであれば良いと願うておる」
ロムは顔を上げた。涙は止まっていて、跡だけが残っていた。
「わしは……」
トールは目を閉じ、苦しそうな顔をした。そして、言葉を詰まらせながら続けた。
「……おぬしと、アイラスが……死んだ後の、わし自身を、想像できぬ……」
そうだ。トールは不老で自分達とは生きる時が違う。どんなに長生きをしたって、自分達はトールを置いて死んでしまう。
彼が人付き合いが下手な理由が、少しわかった。寿命ある者との別れが辛いから、誰ともかかわらず生きてきたんだろう。だから不器用なままなんだ。
「ごめん……」
「わしも、すまぬ」
「トールが謝る事ないよ。俺の方が……」
「いや、そうではない。アイラスにバレてしもうた」
「……えっ?」
「さっきから、アイラスがずっと思念で語りかけてきよる。おぬしの今の状態を隠せなんだ」
「えぇ……勘弁してよ……」
ロムは再びベッドに突っ伏した。トールが頭をぽんぽんと叩く。
また、恰好悪い所を見られた気がした。アイラスには、初めて会った日から失態ばかり見せている。
でも、と考えた。アイラスはそんな自分を否定したり、バカにしたりする事は絶対になかった。
自分はホークのように恰好良くないし、アドルのように綺麗でもなく、レヴィみたいに強くもない。ロム自身は、自分には全く価値が無いと思っている。それでもアイラスは名を呼んで、追いかけて来てくれる。頼ってくれる。
そう考えると、トールの言う事を少しは信じてみてもいいのかもしれない。そう、少しだけなら。
「アイラス、怒るかなぁ」
「すでに怒っておるぞ。授業に全く身が入っておらぬようじゃな」
「だよねー……」
ロムは苦笑したが、心は軽くなっていた。
それからしばらくして戻ってきたアイラスに、ロムはこってり叱られた。
一通り叱られて、謝って。それから、ロムは呟くように言った。
「最近、嫌な事ばかり思い出すんだ。ずっと忘れてた事が、吹き出すみたいに。やっぱり俺、弱くなったなぁ……」
「それ違ウ。ロムの気持ちが、落ち着いてきた証拠、だヨ。その嫌な事を、受け止める準備が、できたんだヨ」
想定外の考え方に驚いて、顔を上げてアイラスを見た。彼女はとても優しい顔で微笑んでいた。それは、ロムよりずっと大人っぽく見えた。
「抗わないデ、逃げないデ、そうだったんだっテ、そのまま認めてあげれバ、少し、楽になるヨ」
「そう……かなぁ……」
「おぬしの、その自己評価の低さはなんとかならんのか。百歩譲って自分を信じられぬのはいいとしても、せめてわしやアイラスの言う事くらい、信じてくれても良いと思うのじゃがの……」
「そうだね……。努力する」
「ロム、明後日の討伐戦、本当ニ、大丈夫? 絶対行かなきゃ、ダメ? 私、心配……」
確かに逆の立場から見ると、こんなめそめそしてばかりの奴が戦いの場に行くなんて、心配でたまらないだろう。
ロムを落ち着かせてくれるのは、やっぱりアイラスとトールしか居ない。それならば、頼みたい事があった。
「一つ、わがまま言っていい?」
「いいヨ!」
「なんじゃ?」
「明日、三人だけで一日過ごしたい」
トールはそんな事かと呆れ、アイラスは満面の笑みで頷いてくれた。
なぜ今になって、こんな事が気になるんだろう。前から分かっていた事なのに。初めての討伐戦を前に、気弱になっているのかもしれない。理由がわかっても涙は止まらなかった。
ベッドに突っ伏して、声を押し殺して泣いていると、ドアがノックされた。返事はできなかった。トールの心配そうな声がした。
「ロム、どうしたのじゃ」
どうしよう。無視はできない。でも見られるのも嫌だ。アイラスの声もした。トールが、授業へ行くよう促している。
しばらくした後、もう一度声がかかった。
「……開けるぞ?」
ドアが開く音がした。トールが息を飲んだのがわかった。ゆっくり近づく足音が聞こえた。
彼はベッドに腰かけ、頭を優しくなでてきた。その手が嬉しくて、また涙が溢れてきた。
「一体どうしたのじゃ……」
答えたくない気持ちと、聞いて欲しい気持ちの両方があった。トールはそれ以上、追及してこなかった。頭に乗せられた手は、暖かかった。
しばらくして、ロムはとぎれとぎれに告白した。
「俺には、何もない、から……アイラスの側に、居て良いのかどうか、わからなくなって……」
頭をなでる手が止まり、離れた。トールは吐き捨てるように言った。
「……ばかばかしい」
怒りが伝わって来た。
「アイラスにとって、おぬしは掛け替えのない存在じゃ。おぬしに何かあるとか、ないとか、関係ない。おぬしそのものが、あやつにとっては大切なのじゃ。そんな事も、わからぬのか?」
答える事はできなかった。その言葉は簡単に信じられなかったが、否定もしたくなかった。そうであったらいいのにと思っていた。
「わしにとっても、同じじゃ。おぬしとアイラスを、心から大切に思うておる。おぬしらの生涯が、幸せなものであれば良いと願うておる」
ロムは顔を上げた。涙は止まっていて、跡だけが残っていた。
「わしは……」
トールは目を閉じ、苦しそうな顔をした。そして、言葉を詰まらせながら続けた。
「……おぬしと、アイラスが……死んだ後の、わし自身を、想像できぬ……」
そうだ。トールは不老で自分達とは生きる時が違う。どんなに長生きをしたって、自分達はトールを置いて死んでしまう。
彼が人付き合いが下手な理由が、少しわかった。寿命ある者との別れが辛いから、誰ともかかわらず生きてきたんだろう。だから不器用なままなんだ。
「ごめん……」
「わしも、すまぬ」
「トールが謝る事ないよ。俺の方が……」
「いや、そうではない。アイラスにバレてしもうた」
「……えっ?」
「さっきから、アイラスがずっと思念で語りかけてきよる。おぬしの今の状態を隠せなんだ」
「えぇ……勘弁してよ……」
ロムは再びベッドに突っ伏した。トールが頭をぽんぽんと叩く。
また、恰好悪い所を見られた気がした。アイラスには、初めて会った日から失態ばかり見せている。
でも、と考えた。アイラスはそんな自分を否定したり、バカにしたりする事は絶対になかった。
自分はホークのように恰好良くないし、アドルのように綺麗でもなく、レヴィみたいに強くもない。ロム自身は、自分には全く価値が無いと思っている。それでもアイラスは名を呼んで、追いかけて来てくれる。頼ってくれる。
そう考えると、トールの言う事を少しは信じてみてもいいのかもしれない。そう、少しだけなら。
「アイラス、怒るかなぁ」
「すでに怒っておるぞ。授業に全く身が入っておらぬようじゃな」
「だよねー……」
ロムは苦笑したが、心は軽くなっていた。
それからしばらくして戻ってきたアイラスに、ロムはこってり叱られた。
一通り叱られて、謝って。それから、ロムは呟くように言った。
「最近、嫌な事ばかり思い出すんだ。ずっと忘れてた事が、吹き出すみたいに。やっぱり俺、弱くなったなぁ……」
「それ違ウ。ロムの気持ちが、落ち着いてきた証拠、だヨ。その嫌な事を、受け止める準備が、できたんだヨ」
想定外の考え方に驚いて、顔を上げてアイラスを見た。彼女はとても優しい顔で微笑んでいた。それは、ロムよりずっと大人っぽく見えた。
「抗わないデ、逃げないデ、そうだったんだっテ、そのまま認めてあげれバ、少し、楽になるヨ」
「そう……かなぁ……」
「おぬしの、その自己評価の低さはなんとかならんのか。百歩譲って自分を信じられぬのはいいとしても、せめてわしやアイラスの言う事くらい、信じてくれても良いと思うのじゃがの……」
「そうだね……。努力する」
「ロム、明後日の討伐戦、本当ニ、大丈夫? 絶対行かなきゃ、ダメ? 私、心配……」
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ロムを落ち着かせてくれるのは、やっぱりアイラスとトールしか居ない。それならば、頼みたい事があった。
「一つ、わがまま言っていい?」
「いいヨ!」
「なんじゃ?」
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