上 下
28 / 233
過去と未来

少年は配属が決まった

しおりを挟む
「えっ、斥候部隊ですか……?」

 冒険者ギルドの窓口で伝えられた内容に、ロムは驚いた。

「そうなんです……誰かロムの事を知っている人でも居たのでしょうか……」

 そんなの、あの騎士に決まってる。何の嫌がらせだ。そう思ったけれど、ロムの目的が討伐評価だとは知らないはずだ。だとしたら適材適所で、有能と言えるのかもしれない。
 どっちにしろ、ロムにとっては嬉しくない配属になった。

「仕方ないです。とりあえず、やれるだけやってみます」
「そう……無理しないで下さいね。こちらが、準備していくものです」

 そう言って渡された紙を、手に取って見た。

「食料が三日分ってことは、三日で終わるんでしょうか?」
「ちょっと意味が違いますね。通常、食事は四日目から支給されます。最初の三日分だけ持参して下さいねという意味です。今回は移動含めて四日……長くても五日程度になると思います。食料は、保護区で頼めば用意して頂けるのでしょう?」
「そうですね」
「斥候部隊なら、持ち物のほとんどは本隊に預けて偵察に行くはずです。何事も無いとは思いますが、あまりに貴重な品は入れない方がいいですよ」

 今まで経験した戦いとは大分勝手が違った。自分の物はほとんど自分で用意しなければならない。これが傭兵というものなんだなと、改めて実感した。

 受付の女性にお礼を言って、ギルドを出た。今戻るとお昼前だ。アイラスやトールと一緒に、お昼ご飯が食べられるかもしれないと考えていた。



 保護区に戻って来ると、授業が終わって部屋に戻るアイラスと会った。

「おかえリ~」
「ただいま」

 アイラスの顔を見て思い出した。大型討伐に応募した理由は、何も自分のためだけじゃない。あの騎士に認めてもらうためだ。それが、アイラスのためになると信じている。
 だったら、別に討伐評価がもらえなくてもいい気がした。与えられた任務に全力を尽くそう。そう思うと、沈んでいた気持ちが浮上した。
 じっと見つめていたら、アイラスが不思議そうな顔をした。

「どうしたノ?」
「何でもない」

 そう言って、アイラスの頭をなでた。彼女は少し驚いて、少し照れくさそうに笑った。
 そういえば、いつも頭をなでるのはアイラスの方だった。ロムが彼女の頭をなでるのは初めてだったかもしれない。なぜそうしたのかは、よくわからなかった。
 アイラスは、どんな気持ちでなでてたんだろう。

「アイラスってさ……よく俺の頭なでてくれるけど、あれってなんで?」
「う~ん……そうネ。ロムが、可愛いナって、思ったら、なでたくなるノ」
「……男が可愛いって言われても、嬉しくないんだけど」
「そうだよネ! ごめんネ……。でもナンカ、そう思っちゃう時が、あるノ」
「ふ~ん……」

 ……あれ? じゃあ、つまり、自分がアイラスをなでたくなったのは……?
 そこまで考えて、ロムの思考は停止した。

「どうしたノ?」

 アイラスは再び聞いてきた。しかし、ロムは答える事ができなかった。火照った顔を見られないように、背けるので精一杯だった。
 気づくと、二人の部屋の前まで来ていて、トールが呆れたような顔をして立っていた。

「おぬしも人の事言えんではないか。顔に気持ちがあらわれておるぞ」
「……余計な事言わないで」
「エッ? 何?」
「何でもない……早くお昼に行こう」



 食堂でホークを見かけた。この前のレヴィの一件を思い出して、背筋が寒くなった。
 大型討伐には明後日から行くのだから、その日以降の数回は授業に出られない。別に連絡の義務はないのだけど、言っておいた方がいいと思う。そうは思っても、話しかけるのが億劫だった。
 ぐずぐずしていたら、ホークの方が先に話しかけてきた。

「やあ」
「コンニチハ!」
「……こんにちは」
「どうしたんだい? 元気がないね」

 ホークが顔を覗き込んでくるので、近づかないでくれと思いながら、少し身を引いた。

「……何でもありません。それより俺、明後日から大型討伐に行くことにしたので、音楽の授業に出られないです」
「大型討伐? ゴブリンの集落かい?」
「はい」
「やはり討伐することになったのか。やつらは一体一体は弱いが、数で攻めてくる。囲まれないよう気を付けたまえ」
「俺は斥候部隊に配属されたので、前線に立つ事はそんなに無いと思います」
「君一人なら心配はないだろうが、何人かで一緒に行動するのだろう? 万が一の事があっても深追いはしないように」
「わかりました」
「立ち話もなんだから、座らないかね?」

 誘われて、空いた席に三人で座った。
 正直ロムは気が進まなかったが、断る理由を思いつかなかった。しかもホークと隣になった。アイラスと場所を変わって欲しい。こんな時、念話ができるトールが羨ましくなる。
 そんなロムの様子には構わず、ホークは話を始めた。

「斥候部隊だと、討伐評価は貰えないかもしれないね」
「そこは気にしていません」
「応募用紙を正直に書いたのかい? 君の特性を知らなければ、年齢を考慮されて斥候部隊には配属しないと思うのだがね」
「技能については空欄で出しましたが……指揮官が俺の事を知ってる人で……」
「エッ、誰なノ?」

 アイラスに問われ、本当の事を言うかどうか迷った。でも上手くいったら全部話すつもりだし、上手くいかなかった時の事を心配しても仕方がない。

「この前の騎士の人だよ。ほら、アイラスに絵を頼もうとしてた……」

 思った通り、アイラスの目の色が変わった。その変化に気付いて、ホークが怪訝な顔をする。

「誰だい?」
「いや、名前はちょっと……知らないです。アイラスはわかる?」
「知らなイ!」

 アイラスは突き放すようにいい、さっさとご飯を食べ始めた。溝はまだまだ深そうだ。

 騎士の名前は、アドルからの手紙には書いてあったような気がするが、あの手紙は返してしまった。今日貰った用紙に名前が無いかと、ポケットに入れたままにしていた紙を広げてみたが、書いてなかった。

「ちょっとそれ、見せてもらえるかな」
「どうぞ」
「ふ~ん……なるほど。わかったよ」
「わかるんですか?」
「印章だよ。これで所属がわかる」
「詳しいですね」
「大型討伐には、何度か参加した事があるからね」

「……ねエ」

 アイラスが、沈痛な面持ちで呟いた。

「……あの人、ロムを、危ない目ニ、合わせたリ、しなイ?」
「大丈夫だよ。俺が直接従うのは部隊長だし、一人で行動するわけじゃないから。部隊全員を見捨てるわけにもいかないだろうし」
「その騎士とやらは君に……」

 言いかけたホークは、言葉を切ってアイラスの方を見た。アイラスの膝で丸くなっていたはずのトールは、今は起き上がって真っ直ぐホークの方を向いていた。何か会話をしているのは明らかだった。

「……いや、余計な詮索だったね」
「いえ……」
「大丈夫、何も聞いてないよ。余計な事を言うなと釘を刺されただけさ」



「ではアイラス、また後でね」

 先に食べ終わったホークは、そう言って席を立った。

「午後、美術があるの?」
「ウン」

 アイラスの受ける授業は、もうロムは把握していなかった。アイラスは保護区の中であれば、一人で何でもできるようになっていた。友達も増えたようだ。
 今も、アイラスを見つけて急ぎ足で来る女の子達が居た。

「アイラス! 隣に座ってもいい?」
「いいヨー」
「……あ、ロム。お邪魔だったかな?」
「そんな事ないよ、大丈夫」
「ありがとう!」

 アイラスの周りに人が集まると、自然と自分にも声がかけられるようになっていた。ロムにとって友達と言えるのは、相変わらずアイラスとトールと、後はアドルくらいだけれど、知り合いはこの数ヶ月でかなり増えたと思う。

 最初は、アイラスは自分と似た孤独な子だと思っていた。実際そうだったんだと思う。でも、みるみるうちに環境に溶け込んでいった。
 いや、アイラスが特別な訳ではないと思う。二年半ほど前、シンから一緒に逃れてきた子供達も、同じようにすぐ慣れていた。ロムだけが馴染めなかった。

 ——俺は、アイラスと一緒に居ても、いいのかな。

 今更ながら、そんな事を考えた。アイラスは、もう一人で生きていける。言葉は不自由ではなくなったし、基礎教育も順調に進んでいる。お金もちゃんと自分の力で稼いでいる。
 レヴィの工房への送り迎えだって、別に自分じゃなくても構わない。
 この前の騎士はダメかもしれないけど、きっとまたアイラスの絵に惹かれる人は現れるに違いない。顧客がついていれば、成人してすぐにでも独立できると思う。レヴィが助けてくれるだろう。

 アイラスにとって、自分は価値の無い人間に思えた。彼女から与えられるものはあるけど、逆に与えるものは何も無い。
 ロムの夢も、友人も、全てアイラスが居たからこそ手に入ったのに。

 ——やばい、泣きそう。

「俺、先に戻ってるね」

 すでに食事を終えていたロムは、慌てて立ち上がった。顔を見られないように気を付けて、振り向かずにそのまま立ち去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...