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少女は提案を受けた(絵有)

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 7月になり、アイラスはいつものようにロムの部屋で歌を聴いていた。
 曲が途切れた時、ドアをノックする音がした。ロムが訝しげに返事をした。

「お邪魔するよ」

 入ってきたのはホークだった。トールがあからさまに嫌な顔をした。ホークはアイラスを見て微笑んだ。

「やっぱりここに居たね。アイラスに話があるんだ。お借りしていいかな?」
「だめじゃ」
「即答かい?」
「ここで話せ。わしらに聞かれて困るような事なのか?」
「そんな事はない。では座らせてもらうよ。 ……この部屋は靴を脱ぐのだったかな?」

 頷いたロムも、少し面白くなさそうだった。

「歌の邪魔をしてしまって、すまないね」
「いいから早う用を申せ」

 トゲのあるトールの言い方も、全く気にしていないようだった。この人も図太いなぁ。ある意味感心した。

 ホークはアイラスの隣にあぐらをかいて座り、流れるような動きで手を取ってきた。

「放せ。訳を要すなら、わしがする。アイラス、こっちへ」

 トールとロムに睨まれてホークは苦笑した。

「君は二人のお姫様だね」

 これにはさすがのアイラスもカチンときた。
 まだ繋がっていた手から呪詛を送り、それから乱暴に振り払った。アイラス自身はそこまで嫌いではないが、ロムとトールを不快な気分にさせられた上に、今の嫌味。平常心ではいられなかった。
 ツンとして立ち上がり、トールとロムの間に座った。
 ホークは一瞬だけ微笑んで、それから真面目な顔をした。

「すまない。冗談が過ぎたね。本題に入ろう」

 トールがアイラスの手を取った。もう繋がなくてもいいのにと思ったけれど、その事実を知られたくないのかもしれない。素直に繋いでおいた。

「アイラスの絵の事だよ。正直、彼女の腕は私より上だ。私の授業を受けても、教える事は何もない。元々、基本を教えるための授業だしね。画材もあるから、彼女に利点がないわけではないが……」

 そう言ってホークは、紙切れを差し出した。

「もし、将来画家になりたい、そうでなくとも、もっと上を目指したいと思うなら、画家の工房に弟子入りしてはどうかと思う」

 紙には主要な工房の名前と住所が書いてあるらしい。トールがそう伝えてきた。

「早くないですか? アイラスはまだ10歳ですよ」
「確かに少し早いが、早すぎる事はない。画家を目指す者は、成人前には弟子入りしている。保護区から画家になった者も居るんだよ」

 ロムはまだ納得がいかない顔をしている。反対なのかもしれない。アイラス自身も、少し早いとは思う。
 ロムは一覧を睨みながら口を開いた。

「これ、全部じゃないですよね?」
「君はクロンメルの工房まで把握してるのかい?」
「そんな事はないですけど、ニーナの館の近くにもあった気がするから…」
「あそこはダメだ。以前弟子を手籠めにした事があってね」

 アイラスが知らない単語が出てきた。トールに疑問を投げかけたけど、不快な感情しか返ってこなかった。ロムも渋い顔をしている。あまりいい言葉ではないようだ。

「魔法使いは就職に制限が多いが、画家なら問題ない。アイラス自身も、魔法の才能より絵の才能の方があると思うだろう?」

 確かにそうだ。魔法を使ったのは一度だけで、それも使った直後に魔力が切れて倒れてしまった。あれ以来、怖くて使っていない。
 絵で生きていけたら。想像しただけで、胸が高鳴るのを感じた。

「でも、弟子入りしたら、アイラスは保護区を出ていくんですか?」
「いや、彼女はまだ基礎教育が終わっていないだろう? それを終えるまでは保護区に居る権利がある。その一覧は、保護区から近くて通いやすく、他にも問題が無さそうなところだ」

 ホークは立ち上がり、付け加えるように言った。

「もし行く気になっても一人ではだめだよ。私に言ってくれればついていこう」

 トールが睨んだせいか、さらに付け加えた。

「私でなくとも、ロムに頼んでもいい。彼なら道も知っていよう。街の中でも保護区の外は、多少なりとも危険があるからね」

 そう言って、ホークは帰って行った。



「どうするの?」

 返事ができなかった。正直、アイラスとしては是非行きたかった。でも、画家に弟子入りしたら生活も変わる。言葉もまだ十分じゃない。ロムにも、また迷惑をかけるかもしれない。年齢の他にも、早いと感じる要素はたくさんあった。

「弟子、ナッタラ、ドウナル?」
「う~ん、そうだなぁ。朝に工房に行って、夕方帰ってきて、保護区では寝るだけって感じになるのかな。あ、でも、読み書きの授業がある日は、受けた方がいいよね」

 それは少し寂しい。ロムの歌も、今ほど聴けなくなるかもしれない。考え込んでしまった。

「おぬしら……弟子入りを志願したら、無条件で受け入れてもらえると思っておろう」

 確かにそうだ。そこは絶対とは限らない。まずは自分の実力を見せなくては。

「絵、見セル」
「志願する時に、自分の絵を見てもらうってこと?」
「ウン」
「いいんじゃないかな。今までに描いた絵でもいいと思うけど、キャンバスに描いたのは、持って行くには大きすぎるかな。そこは先生に相談してみたらいいかも」

 アイラスが保護区に来てからの、静かでゆっくりした生活が、変わろうとしていた。
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