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出会い

少年は名前を付けた(絵有)

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 翌朝、ロムは早くに目が覚めた。誰かと一緒に寝るなんて二年振りで、落ち着かなくて中々寝付けなかった。起きたのも最初で、気持ちよさそうに眠る二人を恨めしく眺めた。

 少女は使い魔に寄り添って寝ていた。会ったばかりのはずなのに、すでに仲が良い。二人共、人見知りしないタイプか。

 自分とは違うなと思ったけれど、昨夜は彼らと普通に会話ができた。普段は知っている人と話すのにも苦労するのに、初対面であんなに話せたなんて我ながら驚きだ。それどころじゃなかったからかもしれない。



 そういえば、まだ二人の名前も聞いてない。でも少女の方は覚えてないだろうか。仮に呼ぶ名前を決めた方がいいのかな。記憶が戻ったら、その仮の名はどういう扱いになるんだろう。

 『仮の名』と考えた時、魔法使いには『真の名』がある事を思い出した。確か、魔法の力を授かる時に与えられるんじゃなかったか。魔法使いにとって、普段呼ばれる名前はあんまり意味がないかもしれない。

 だとしたら逆に考えやすい。どんな名前がいいだろう。
 考えながら、少女の寝顔を覗き込んだ。黒髪がとても綺麗だと思う。昨夜見た瞳も漆黒だった。黒はあまり好きじゃないけれど、この子の黒は不思議と心地よさを感じた。



「何を見ておるのじゃ?」

 急に話しかけられて、心臓が口から飛び出るかと思った。使い魔の方が目を覚ましていて、ロムを不思議そうに見ていた。

「あっ、あ……俺、ロムって、いうんだ……!」

 名前の事ばかり考えていたので、咄嗟に名乗ってしまった。我ながら意味がわからない。恥ずかしさで顔が熱くなった。

「おう、お互い名乗ってなかったのう。わしはトールじゃ」
「う、うん……」
「もう出るのか? こやつも起こさねばな」

 いや、と言おうとしてやめた。二人を連れて街に戻るなら早い方がいい。

 使い魔——トールに揺さぶられて、気持ちよさそうに寝ていた少女が眉根を寄せた。
 目を開けて体を起こし、ロムとトールを交互に見た。数回瞬きをした後、にっこりと笑った。可愛い。いや、何を考えているのか。



「そういえば、こやつの名がわからぬな……」

 トールが少女の手を握った。しばらく話をしているようだったが、急にトールが驚いた声をあげた。

「待つのじゃ! その名は……!」

 少女は名前を言った、のだと思う。ロムには聞き取れなかった。魔法の言霊に聞こえた。言霊の名前、それは『真の名』を意味する。魔法使いが『真の名』を発する事には、何か特別な意味があったはずだ。
 それを聞く前に、少女の胸から小さな光が出て、トールの胸に吸い込まれていった。

 思い出した。『真の名』自体が魔法なんだ。それを聞いた魔法使いに、その名を持つ者に対する支配権を与える。
 少女から出た光がそれだ。だから魔法使いでない者が聞いても意味はない。本人、または既に支配権を持つ魔法使いが『真の名』を言い、別の魔法使いがそれを聞くと、効果が発動する。

 トールと少女は共に魔法使いであり、少女の口から発せられた自身の『真の名』は魔法となり、契約が成立した。のだと思う。

「あ~……」

 トールは天を仰いで片手で目を塞いだ。少女は意味がわからないようで、光が出ていった自分の胸を見たり触ったりしていた。
 もう嫌な予感しかしないけれど、一応聞いてみた。

「今の光、何? まさか……」
「そのまさかじゃ。こやつが今言ったのは通り名ではない。『真の名』じゃ。『繋がり』が出来た」
「名を聞いた方が、支配権を得るんだよね? トールがこの子の主になったってこと?」
「そういう事になるのう」
「どうしようもないの?」
「ない」

 そう言って考え込むトールの目に、少しだけ利己的な光が宿っていた。それに気づいて、ロムは半目になった。内容はわからないけれど、何か良くない事を考えている事だけはわかった。

「あのさぁ……片方が死ねば『繋がり』とやらも消えるんじゃないの?」

 ロムは腰に下げた刀の柄に、指先で触れた。この距離で戦いになれば、ロムには魔法を使わせない自信があった。
 それはトール自身もわかっているようで、慌てて首を横に振った。

「こやつにとって害となる事を頼みたいわけではない! ……わしの人探しを手伝ってもらえればと思っただけじゃ」
「ふ~ん……」

 嘘を言っている風はない。少なくとも200年以上生きているはずなのに、トールは処世術に長けてない。

 ——コミュニケーション不足かな?

 自分の事は棚に上げて、そんな事を考えた。
 名付け親の魔法使いを亡くした後、ずっと一人で生きてきたのだろうか。それはそれで同情に値する。いや、それは人であるロムから見た感想でしかない。群れで生きる動物は人であり、トールは違うかもしれない。案外気楽だったのかもしれない。
 ロムはため息をついて、刀の柄から指を離した。

「記憶喪失でも『真の名』は覚えてたのかな」
「魂と紐づいておるから、絶対に忘れる事は無い」

 言いながら、トールは少女の手を取った。今起きた事を説明しているのだろう。少女は、わかったようなわからないような、曖昧な反応をしていた。

「とにかく通り名が必要じゃな」
「この子の『真の名』には、何か意味はあった? 言葉自体が持つ、意味とか」
「こやつの名には三つの言霊が組み合わさっておる。1つは美しい、1つは色、1つは娘という意味じゃな」

 ロムは少し考えて、言った。

「それなら『アイラス』とかどうかな。北の国の言葉で美しいって意味なんだ」
「アイラス」

 トールが少女を見て復唱する。少女もそれにならった。

「アイ…ラス…」

 少女——アイラスは、ぱっとロムの方へ来て手を握りしめてきた。柔らかさに驚いて、ビクッと震えた。
 トールは苦笑して、アイラスの肩に手を乗せた。何を話しているんだろう。
 トールは少し優しい顔になって、アイラスに耳打ちした。アイラスは少し恥ずかしそうに、上目遣いでロムを見て、とぎれとぎれに言った。

「アリ…ガト…ウ…」
「名付けの礼を言いたいようじゃぞ」
「……え。あっ、うん。どう、いたしまして……」

 触れた手が気になって、ロムは挙動不審になった。どんな顔をしていいかわからなくなり、うつむいた。
 それを見たアイラスが、優しく微笑んだ。
 なんだか見透かされているようで面白くなかった。まだ握られていた手を振り払うように離した。
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