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姉・末継梓未の考察
しおりを挟む将希は昔、神童と呼ばれていた時期があった。
勉強は、小学生当時にして高校生の領域まで難なく理解しており。運動も、先生から『身体の使いかたを熟知している』と評価されており、実際、いくつも記録を残していた。
しかし、それはあくまで過去形の話である。
将希が神の子であったのは、小学校中学年ほどまでだった。
あれほど天才と持て囃されていた将希の才能は、周囲が動揺するほどの速度で鳴りを潜めていき、小学校を卒業する頃には、ただの凡人に成り下がっていた。無論、両親は将希のことをひどく心配した。しかしどれだけ検査をしても、異常はどこにも見られず。本人が対して気にしていないこともあり、晴れて将希は凡人の人生に軌道修正を果たしたのだった。
中学も高校も、地元の公立高校を選び。大学だけは必死に勉強して、国立へと進学していた。あの神童が必死に勉強をする姿というのは、こう言ってはなんだが、ひどく滑稽に見えてしまったのを、今でもよく覚えている。
結局、将希がああなってしまった理由は、今をもってわかってない。そういえば、彼の成績ががくんと落ちる直前、酷い悪夢に魘されていたような気がする。隣の子ども部屋から、耳を塞ぎたくなるほど悲痛な悲鳴が聞こえてきていたのは、確か、そんな頃だった。しかし、悪夢に魘されたからと言って、神童が凡人に成り下がるものだろうか? どんな悪夢をみたのかを本人に訊いてみたこともあったが、彼は私の手をぎゅっと握って安堵したような表情を見せただけで、夢の内容は頑なに話そうとはしなかった。
そうして社会人になる頃には、どこにでも居る若者になった将希は、きっと平均的な評価をされていたのだろう。後輩の近原さんの話を聞いて、それなりに優秀で、同時に、周囲からは疎まれていたことからも、将希は相変わらずなんだと思った。
将希には、友達と呼べる人間が極端に少ない。それは今野君や現岡さんも言っていたことに通ずるわけだけれど。将希は、狭く深く人間関係を作る傾向にあった。自分が大切だと思う人にはとことん優しく、それ以外の有象無象には極端に無関心。まるで、自身の手の届かない範囲には興味を持たないようにしているような態度だった。
そんな将希の狭い交友関係の中で、姉である私も、彼の数少ない遊び友達のような枠組みに入っていたのだろうと思う。
私と将希は、昔からよく一緒のゲームで遊んでいた。私が大学進学を機に一人暮らしを始めてからは、オンライン上で通話をしながら一緒に遊ぶことも少なくなかった。私は昔から要領が悪く、仕事でもミスを繰り返してばかりだった。そんな日はこうしてゲームに没頭することで、現実から離れることができ、ゲームの腕前だけは順調に上達していった。
将希が自殺した日。
恐らく最後に彼と話をしたのは、私だ。
あの日も、平日ど真ん中の夜だというのに、私たちはオンラインゲームに興じていた。その日遊んでいたのは対戦型のゲームで、緊張感溢れるバトルを幾戦も繰り返していた。楽しいね、悔しかった。そんな言葉を繰り返しながら遊んでいると、いつの間にか日付が変わっていたのである。楽しい時間はあっという間だった。
私がそろそろ寝ようか、と提案するよりも先に、将希は『自販機でジュース買ってくるから待ってて』なんて言い残して、離席してしまった。
一人暮らしをしている将希の自宅には、何度か行ったことがある。マンションのすぐ目の前に自販機があったことを確認していた私は、すぐに戻るだろうと考え、ゲームの待機画面を眺めながら待っていたのだが。
十五分経っても、将希は戻って来ず。
三十分が経った頃、スマホを鳴らしてみたが、反応はなく。
警察に連絡しようか迷っているうちに、私は寝落ちしてしまったのだった。
愚かな私の目を覚ましたのは、母からの着信だった。
今までに聞いたことのない憔悴しきった声音で、母は、将希が飛び降り自殺を図り、亡くなったことを伝えてきた。
場所は、どちらかといえば私の職場に近い場所だった。深夜のうちに飛び降り、明け方に新聞配達の人に発見されたのだという。
目の前が真っ暗になって、くらくらして、チカチカした。
だって将希はほんの数時間前まで私と話していて、自販機に行ってくるから待っててと言い残して行ったのだ。それがどうして、飛び降りて死体で発見されてしまっているのか、私にはわけがわからなかった。そもそも、どうして私の職場近くを選んだのか。将希の住む自宅からあそこまでは、それなりに距離があるはずだ。将希の生活圏内に、飛び降りに適した高層ビルがなかったから? わからない。なにもわからない。
『ごめんなさい』。
三ヶ月前、将希が今野君に託した私宛の伝言。
将希は、そのとき既に自殺を考えていたということなのだろうか。こうなることも想定の内で、だからあんな伝言なんて頼んだのだろうか。
わからないことばかりで、頭の中が騒がしい。ずっと気持ちが落ち着かない。いろんな人に将希のことを訊いてみたけれど、この煩わしい状態が変わることはなかった。
あの日まで、自殺することを考えていたのは私のほうだというのに。弟に先を越されてしまえば、下手に身動きが取れなくなってしまった。
弟が亡くなり忌引休暇を取ったこともあり、休み明けの私は、わかりやすく遠慮と配慮が施された。これまで泣きたくなるほど山積みだった仕事は半分になり、周囲の人間はなにかと私を気にかけ相談に乗ってくれるようになった。
そうして少し落ち着きを取り戻した頃、私は転職した。
転職にノウハウのある今野君に手伝ってもらい、かなり環境の良い職場に移ることができたのだ。身の丈にあった業務量に、正当な評価、適切な休日。将希の自殺をきっかけに、なにもかも順調に進み始めたのである。
まさか、と思う。
同時に、考え過ぎだ、とも。
いくら将希が先回りを得意としていたとして、そんなことをする意味がわからない。それではまるで、将希が私の死んだ未来から来たようではないか。時間は不可逆だ。人生をやり直すことは、絶対にできない。
死人に口なし。
どういった理由があって将希が自ら死を選んだのかは、永久に闇の中だ。
そうやって私は、考察することを止めた。
終
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