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9.――「大好き」

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「僕はずっと、流華の優しさに甘えてた。なにもかも流華から提案してくれるから、僕はそれに乗っかるだけで満足してた。流華と会うときは、いつだって楽しみにしてたのに。でも、楽しみにし過ぎていつだって寝過ごして、遅刻して……。僕は、本当に格好悪い……。どれだけ反省して謝っても、許してもらえるなんて思ってない……」
 堰を切ったように吐露される、侑誠さんの感情。
 いつからこれを抱え、私と会ってくれていたのだろう。
「侑誠さん」
 私は、優しく声をかける。
「今の私にとって、侑誠さんは最初からずっと格好良い人ですよ。私の心配をして病室に駆けつけてきてくれましたし、一緒に登下校してくれましたし、こうして一緒に外出もしてくれました。約束の時間より早くに迎えに来てくれたことも、それだけ楽しみにしてくれてたんだなって思うと、とても嬉しかったです」
「流華……」
 私の言葉に、侑誠さんはそっと顔を上げる。
 しかし、その自責の念はよほど強いものなのか、侑誠さんは、だけど、と言う。
「僕は卑怯な男なんだ。流華が記憶喪失になったって聞いたとき、頭が真っ白になった。でも同時に、流華が記憶喪失になって、これまでの僕のことも忘れたのなら、それは挽回のチャンスだって、思っちゃったんだ」
「挽回……」
「実際、流華は今の僕を格好良いと言ってくれただろ? それはたぶん、これまでのマイナス分がないから、そう思ってくれてるだけなんだよ」
 だから、記憶が戻ったら、流華は僕のことを嫌いになる。
 そう言った侑誠さんの目には、うっすらと涙が溜まっていた。
 そんな人を、これ以上責め立てることなんて、できるわけがない。
「クラスの人が侑誠さんに驚いていた理由が、わかった気がします。私たち、本当はもっとドライな関係だったんですね」
「……ああ」
「だけど、侑誠さん」
 私は、言う。
 そうでなければ良いのに、という願いも込めて。
「私の記憶が戻ったら、侑誠さんはまた、そっけない侑誠さんに戻ってしまうんですか?」
「そんなわけない!」
 侑誠さんは、私の言葉に食い気味に反論する。
「流華のことは、今までもこれからも、ずっとずっと大切だ。だって僕と流華は、ずっと一緒って、約束したんだから」
「ずっと一緒……」
 ずっといっしょ。
 その言葉が、脳内で反響する。
 それは以前、どこかで聞いたことがあるような気がした。
 いつ? どこで?
 刹那、古い映像が脳裏に蘇る。


 それは、小学校に上る前のことだ。
 私と侑誠は、公園のブランコに乗って、遊んでいた。
 ゆらゆらと揺れる、ふたつのブランコ。
「わたしたち、こんやくしゃに、なるんだって」
「うん。ぼくもきいたよ、それ」
「こんやくしゃって、なんだろ?」
「ずっといっしょにいることだよ」
「ずっとって?」
「ずっとだよ」
「すごいね」
「うん」
 侑誠のブランコは、ぐんと更に勢いを増した。
 大きく、大きく、ブランコが揺れる。
 その振り幅は、私の倍以上だった。
「流華ちゃん、ずっといっしょにいようね!」
「うん!」
 遠い昔、そんな約束をした。
 心の奥が温かくなる、優しい約束。
 それを、それ以外も全部、私は忘れてしまっていたんだ。


「……流華? 大丈夫か?」
 ふと侑誠の声がして、彼の顔を見る。
 あの頃からしたら、ぐっと成長したものだ。
 格好悪くて格好良い、私の幼馴染で婚約者。
 それが櫨原侑誠だ。
「……そうだね。ずっと一緒、だもんね」
 私がそう言うと、侑誠の表情がぱっと明るくなって、それから、萎んでしまった。
「もしかして、記憶が戻ったのか?」
「うん。全部、思い出した」
 同時に、全ての謎が解けたとも言えよう。
 侑誠の遅刻癖も、生返事ばかりの会話も。全部、照れ隠しのようなものだったのだ。
 まったく、小学生みたいなことをしてきたものだ。
「良いよ。私は気にしてない。だから侑誠も、気にしなくて良いよ」
「流華……」
 侑誠は私の名を呼んで、それから、そっと私の両手を握る。
「今まで、ごめんなさい」
 それから、と侑誠は続ける。
「流華のこと、ずっと大好きです」
 ぎゅうっと握られた両手は、痛いくらいだった。
 けれど、それが嫌だとは思わない。
 あの日大きく揺れたブランコを思い出しながら、私は言う。
「私も、侑誠のこと、大好きです」
 目と目が合う。
 侑誠の瞳は、きらきらと揺れていた。
 私の瞳も、同じように震えているのだろうか。
「大好き?」
「大好き」
 観覧車のゴンドラが、頂点に到達する。
 私たちは眼下の光景には目もくれず、互いだけを見つめ。
 そして、唇と唇を合わせたのだった。



 終
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