7 / 9
7.――「とっても嬉しいです」
しおりを挟む
楽しい時間はあっという間だった。
半分こしたケーキとタルトを食べ終わり、おかわりしたコーヒーも飲みきり、私たちは喫茶店をあとにした。会計のとき、店員さんがやけに微笑ましいといった様子で私たちを見ていたけれど、もしかしたらあの人が電話をくれた店員さんだったのかもしれない。来月の予約をするときには、気にかけて連絡をしてくれたお礼を言わなければ。
「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、一緒に来てくれるか?」
「? はい」
喫茶店を出ると侑誠さんがそんなことを言ってきたので、私はあまり深く考えずに頷いた。
外出したついでに、どこかでお買い物でもしたいのかもしれない。
それに、侑誠さんとの会話は楽しかったから、どうせならもうちょっとお喋りしたい気持ちもあった。
「す、すみません、予約していた櫨原です」
しかし、到着した先は花屋だった。
想定外の場所に、私は侑誠さんの背を見守ることしかできなかった。
けれど、その時間もそう長くは続かない。あっという間にお会計を済ませた侑誠さんが、くるりとこちらに向き直る。その手には可愛らしいブーケが握られていた。
「これ、流華にやる」
「え、えええ、ありがとうございます」
気が動転していて、ブーケを受け取った私の声は若干裏返っていた。
どうしてだろう。まるで、侑誠さんから初めてプレゼントを貰ったような気持ちになる。いや、今の私にとってはそうなのだけれど、なんというか、脳裏に「初めてプレゼントを貰った」という強烈な印象が過ったのだ。
ブーケは、白とピンクの花を基調にした、可愛らしい色合いのものだった。鼻を近づければ、華やかな香りもする。それだけで、なんだかとても幸せな気分になった。
「……その、もし流華が良ければ、これからはお茶会のあと、こうやって花を贈らせてほしい。構わないか?」
「もちろん。とっても嬉しいです」
なんだろう、胸の奥がとってもむず痒くなる。嬉しさと気恥ずかしさとが同居していて、また気分がふわふわしてくる。
「そ、それじゃあ帰ろうか。家まで送るよ」
侑誠さんはそう言うとさっさと歩き出してしまって、私は慌ててそのあとを追う。そうしてから、侑誠さんははっと気づいたように、また私が車道側を歩かないようにエスコートしてくれた。
婚約者が居るというだけでも漫画みたいだと思っていたのに、こんなに丁寧な扱いを受けていると、なんだか自分がお姫様にでもなったかのような勘違いをしてしまいそうになる。
侑誠さんの為にも、早く記憶を取り戻さなくちゃ。
強く、そう思うようになった。
「……――でさ、流華? 聞いてる?」
「え?」
ふと顔を上げると、侑誠さんがこちらを覗き込んでいた。
「その感じ、僕の話を聞いてなかっただろ。いや、僕が言えた義理じゃないんだけど……」
後半なにやらもにゃもにゃと呟いた侑誠さんは、だから、と話題の軌道を修正する。
「来週、遊園地に行かないか?」
「遊園地?」
小首を傾げる私に、侑誠さんは、そう、と頷いて話を続ける。
「記憶が戻らないことで落ち込んでるんじゃないかと思って。そういうの、よくわからないけど、焦ったところで身体に悪いと思うし。ぱーっと遊んで気晴らししようぜ」
「遊園地……」
端から見て、私はそう思わせるほどに思い詰めているように見えたのか。
隠していたつもりだっただけに、ちょっとだけ気落ちしてしまう。がしかし、確かにこういう思考自体、あまりよろしくないのかもしれない。
「良いですね! 行きましょうっ!」
「良し、決まりだな」
「あ、チケットの予約とかって――」
「良いよ、僕のほうでしておくから」
「で、でも……」
「流華はこれまで、喫茶店の予約をしてくれてたんだ。遊園地くらい、僕に手配させてくれよ。な?」
「……それなら、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言われてしまえば、お互い対等である為には私が折れるほかなかった。
記憶喪失になってから、侑誠さんに甘えっぱなしな気がする。
婚約者という関係性なら、それも当然なのだろうか。けれど、クラスメイトたちからの印象を聞く限り、記憶喪失以前の私たちは、もっとドライな関係だった感じがする。
どうして今の私には優しくしてくれるのだろう。
どうして前の私には優しくしてくれなかったんだろう。
気がかりは増える一方だ。
焦りは禁物だけれど、このまま微温湯に浸かっているわけにもいかない。
半分こしたケーキとタルトを食べ終わり、おかわりしたコーヒーも飲みきり、私たちは喫茶店をあとにした。会計のとき、店員さんがやけに微笑ましいといった様子で私たちを見ていたけれど、もしかしたらあの人が電話をくれた店員さんだったのかもしれない。来月の予約をするときには、気にかけて連絡をしてくれたお礼を言わなければ。
「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、一緒に来てくれるか?」
「? はい」
喫茶店を出ると侑誠さんがそんなことを言ってきたので、私はあまり深く考えずに頷いた。
外出したついでに、どこかでお買い物でもしたいのかもしれない。
それに、侑誠さんとの会話は楽しかったから、どうせならもうちょっとお喋りしたい気持ちもあった。
「す、すみません、予約していた櫨原です」
しかし、到着した先は花屋だった。
想定外の場所に、私は侑誠さんの背を見守ることしかできなかった。
けれど、その時間もそう長くは続かない。あっという間にお会計を済ませた侑誠さんが、くるりとこちらに向き直る。その手には可愛らしいブーケが握られていた。
「これ、流華にやる」
「え、えええ、ありがとうございます」
気が動転していて、ブーケを受け取った私の声は若干裏返っていた。
どうしてだろう。まるで、侑誠さんから初めてプレゼントを貰ったような気持ちになる。いや、今の私にとってはそうなのだけれど、なんというか、脳裏に「初めてプレゼントを貰った」という強烈な印象が過ったのだ。
ブーケは、白とピンクの花を基調にした、可愛らしい色合いのものだった。鼻を近づければ、華やかな香りもする。それだけで、なんだかとても幸せな気分になった。
「……その、もし流華が良ければ、これからはお茶会のあと、こうやって花を贈らせてほしい。構わないか?」
「もちろん。とっても嬉しいです」
なんだろう、胸の奥がとってもむず痒くなる。嬉しさと気恥ずかしさとが同居していて、また気分がふわふわしてくる。
「そ、それじゃあ帰ろうか。家まで送るよ」
侑誠さんはそう言うとさっさと歩き出してしまって、私は慌ててそのあとを追う。そうしてから、侑誠さんははっと気づいたように、また私が車道側を歩かないようにエスコートしてくれた。
婚約者が居るというだけでも漫画みたいだと思っていたのに、こんなに丁寧な扱いを受けていると、なんだか自分がお姫様にでもなったかのような勘違いをしてしまいそうになる。
侑誠さんの為にも、早く記憶を取り戻さなくちゃ。
強く、そう思うようになった。
「……――でさ、流華? 聞いてる?」
「え?」
ふと顔を上げると、侑誠さんがこちらを覗き込んでいた。
「その感じ、僕の話を聞いてなかっただろ。いや、僕が言えた義理じゃないんだけど……」
後半なにやらもにゃもにゃと呟いた侑誠さんは、だから、と話題の軌道を修正する。
「来週、遊園地に行かないか?」
「遊園地?」
小首を傾げる私に、侑誠さんは、そう、と頷いて話を続ける。
「記憶が戻らないことで落ち込んでるんじゃないかと思って。そういうの、よくわからないけど、焦ったところで身体に悪いと思うし。ぱーっと遊んで気晴らししようぜ」
「遊園地……」
端から見て、私はそう思わせるほどに思い詰めているように見えたのか。
隠していたつもりだっただけに、ちょっとだけ気落ちしてしまう。がしかし、確かにこういう思考自体、あまりよろしくないのかもしれない。
「良いですね! 行きましょうっ!」
「良し、決まりだな」
「あ、チケットの予約とかって――」
「良いよ、僕のほうでしておくから」
「で、でも……」
「流華はこれまで、喫茶店の予約をしてくれてたんだ。遊園地くらい、僕に手配させてくれよ。な?」
「……それなら、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言われてしまえば、お互い対等である為には私が折れるほかなかった。
記憶喪失になってから、侑誠さんに甘えっぱなしな気がする。
婚約者という関係性なら、それも当然なのだろうか。けれど、クラスメイトたちからの印象を聞く限り、記憶喪失以前の私たちは、もっとドライな関係だった感じがする。
どうして今の私には優しくしてくれるのだろう。
どうして前の私には優しくしてくれなかったんだろう。
気がかりは増える一方だ。
焦りは禁物だけれど、このまま微温湯に浸かっているわけにもいかない。
20
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!
夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。
そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。
※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様
※小説家になろう様にも掲載しています
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。
石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。
失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。
ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。
店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。
自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。
扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。
平民として追放される予定が、突然知り合いの魔術師の妻にされました。奴隷扱いを覚悟していたのに、なぜか優しくされているのですが。
石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジャクリーンは、婚約者を幸せにするため、実家もろとも断罪されることにした。
一応まだ死にたくはないので、鉱山や娼館送りではなく平民落ちを目指すことに。ところが処分が下される直前、知人の魔術師トビアスの嫁になってしまった。
奴隷にされるのかと思いきや、トビアスはジャクリーンの願いを聞き入れ、元婚約者と親友の結婚式に連れていき、特別な魔術まで披露してくれた。
ジャクリーンは妻としての役割を果たすため、トビアスを初夜に誘うが……。
劣悪な家庭環境にありながらどこかのほほんとしているヒロインと、ヒロインに振り回されてばかりのヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID3103740)をお借りしております。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる