上 下
3 / 9

3.――「侑誠さんは、いつもああいう感じなんじゃないんですか?」

しおりを挟む
「お、おおおはよう、流華!」
「ええと、おはようございます、侑誠さん」
 退院後。
 普通に生活するぶんには問題ないと判を押された私は、日常に復帰することとなった。
 つまり、学校生活の再開である。
 事前に、同じ高校に通っているらしい侑誠さんから、学校での修学状況を教えてもらい、自室にあったノート類を見返してみた感じ、勉強内容にはついていけそうではあった。先生方にも事情は説明してあるし、学校の場所もスマホの地図アプリで確認すれば問題ない。
 しかし、通学初日の朝。
 インターホンが鳴ったかと思えば、侑誠さんが玄関先に立っていたのである。
「学校まで、一緒に行こう」
「……良いんですか?」
「婚約者なんだから、当然だろ」
「はあ……」
 そういうものなのだろうか。
 よくわからないが、そういうものなのだろう。
 あまり深く考えず、私は準備を整えると、侑誠さんと学校へ向かうことにした。
「流華はこっち。道路側は危ないから」
「はあ……」
 侑誠さんは、終始周囲を警戒しているようだった。
 恐らく、私がひったくりに遭った挙げ句、頭を打って記憶喪失になってしまったが故なのだろうけれど。そう何度もひったくりに遭遇するわけもないだろうに、とても熱心な人だ。或いは、それだけ私が彼に愛されている証左なのかもしれないのだけれど。如何せん、記憶がない私は理解に苦しんでいる状態だ。
 現状では、私から見た侑誠さんは、熱い人、という印象である。
「流華のクラスはここ、二組な。席は窓側の前から三番目だから」
「ありがとうございます。それで、侑誠さんの席はどこなんですか?」
 あっという間に学校へ到着し、教室まで案内してもらってしまった。
 流れるように席まで教えてもらったから、同じクラスなのだろうと思って訊いてみたのだが、何故か侑誠さんは硬直してしまった。
「い、いや……僕は六組だから……その……」
「そうなんですね」
 硬直してしまった理由はわからないけれど、普段から互いのクラスを行き来していたのであれば、当然なのだろう。本当に仲良しだったのだなあ、と思う。記憶を失くしていることが本当に申し訳なくなってくる。早く思い出さないと。
「それじゃあ、昼休みになったら迎えに来るから」
「はい?」
「一緒に、学食で食べよう」
「わ、わかりました」
 たぶん、いつもそうしているのだろう。
 そう思って頷き、侑誠さんとは一旦別れ、自分の席へと向かった。
「流華ちゃん、櫨原君と一緒に来たの?!」
「櫨原君どうしちゃったの?!」
「なにあれ、頭でも打った感じ?」
 席に着くなり、クラスの女子たちに囲まれてしまった。
「あ、いや、ええと……」
 先生から事前に、私の記憶喪失についてはクラスメイトに説明をしておくという話は聞いていた。だから、困っていることがあれば気兼ねなくクラスメイトを頼ってほしい、と。
 しかしどういうわけか、クラスメイトは困惑した様子で私を取り囲んだではないか。
 私も同様に困惑しつつ、今朝の経緯を説明する。
「えー、マジ?」
「急にどうしちゃったんだろ」
「本当に櫨原君は頭打ってないの?」
 が、クラスメイトはいまいち納得していない様子だった。
 記憶を失った私より、侑誠さんのほうに違和感があるとは、どういうことなのだろう。
「侑誠さんは、いつもああいう感じなんじゃないんですか?」
「違うよー。いつもはもっと、つっけんどんな感じ」
「朝だって、一緒に来たことなんて一度もなかったよ」
「お昼も二人が一緒に食べてるの見たことないよ」
 クラスメイトの話を聞いて、私は考える。
 もしかして、記憶を失う前の私は、相当な性悪だったのではないか。だから、あんなに優しくしてくれる侑誠さんの私への態度もつっけんどんであった……とか。しかし、それなら今の私にだって関わりたくないだろうに。侑誠さんは、本当に優しい人なのだなあ、なんて感想に落ち着いてしまう。
 そうだ、昼休みになったら、記憶を失う前の私について訊いてみることにしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

冷酷な旦那様が記憶喪失になったら溺愛モードに入りましたが、愛される覚えはありません!

香月文香
恋愛
家族から虐げられていた男爵令嬢のリゼル・マギナは、ある事情によりグレン・コーネスト伯爵のもとへと嫁入りすることになる。 しかし初夜当日、グレンから『お前を愛することはない』と宣言され、リゼルは放置されることに。 愛はないものの穏やかに過ごしていたある日、グレンは事故によって記憶を失ってしまう。 すると冷たかったはずのグレンはリゼルを溺愛し始めて――!? けれどもリゼルは知っている。自分が愛されるのは、ただ彼が記憶を失っているからだと。 記憶が戻れば、リゼルが愛されることなどないのだと。 (――それでも、私は) これは、失われた記憶を取り戻すまでの物語。

婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん
恋愛
 平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。  二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。 「キミは誰だ?」  目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。  それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった─── 注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません

私も一応、後宮妃なのですが。

秦朱音|はたあかね
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ? 十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。 惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……! ※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です ※10,000字程度の短編 ※他サイトにも掲載予定です ※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)

婚約破棄ですか? ボツですが何か?

景華
恋愛
「ネリ!! 私は、お前との婚約を破棄する!!」 「ボツ。そのセリフ、そろそろ飽きましたわルーベンス。あなた語彙力無さ過ぎ」 もう3か月、何度もこの会話を繰り返している。 学園の卒業と共に結婚を間近に控えたネリアリアは、3か月前から突然に婚約者である王太子ルーベンスに婚約破棄を突きつけられている。 が、13年間も婚約者として傍に居ながらいきなりなんとなくで婚約破棄を告げられても納得できるわけがない!! 納得がいく理由が出るまでボツを言い渡し続けるネリアリア。 ボツを言い渡す日々が終わる日は来るのか? 両片思い×すれ違い恋愛ファンタジー!!

悪役令嬢に転生したので、人生楽しみます。

下菊みこと
恋愛
病弱だった主人公が健康な悪役令嬢に転生したお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

処理中です...