記憶喪失になったら婚約者から溺愛されるようになりました

四十九院紙縞

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2.――「ごめんなさい、覚えてないです……婚約者?」

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 あれこれと検査を受けた結果。
 一般常識等の認識に問題はないが、対人関係の記憶が失われている状態であると宣告された、数時間後。
「――流華!」
 病室に、新たに知らない人が駆け込んできた。
 すらりとした体躯に、整った顔立ちの少年だ。同い年くらいだろうか。黒を基調にした私服姿の彼は、きっと誰が見てもモデルかなにかだと思うに違いない。
 そんな人が、どうして血相を変えて私の病室に駆け込んで来たのだろうか。
「ええと、どちら様でしょうか?」
 私はこの病室で目を覚ましてから、この言葉を何度も繰り返している。
 これを言うと、みんなショックを受けて固まってしまうから、あまり言いたくはないのだけれど。如何せん、私からすれば全員初対面なのだから仕方がない。
「侑誠君、来てくれたんだね。ありがとう」
 さきほど私の父親だと名乗った中年男性は、やってきた少年に向かって言う。
「流華はひったくりに遭った際に転倒して、頭を強く打ってしまってね。打ちどころが悪かったのか、今の流華は、誰のことも覚えていないんだ」
「そ、そんな……」
 少年も例に漏れず、ショックを受けたようだった。
 しかし、彼は一体何者なのだろう。父の態度からして、私の兄妹とかではないようだけれど。親戚かなにかの人だろうか。
「ぼ、僕は、流華の婚約者である櫨原侑誠だ。……本当に、覚えてないのか?」
「ごめんなさい、覚えてないです……婚約者?」
 思わず、聞き返した。
 病室が個室である時点で違和感はあったが、もしかして私は、上流階級の生まれなのだろうか。今日日、高校生の身の上で婚約者が決まっているだなんて、なんだか漫画の世界みたいだ。
「そうだ。今日だって、二人で映画を観に行って、カフェでラテアートを楽しむ予定だったんだ」
「そうだったんですか」
 であれば私は、理由はどうあれ、約束をすっぽかしてしまったことになる。
「すみませんでした」
 だから謝った。
 私がひったくりになんて遭わなければ、今日一日を平凡に楽しめていたはずなのに。私の所為で台なしにしてしまったのだ。謝るのは当然と言えた。
「い、いや、お前は謝る必要なんてないだろ……その、むしろ、僕のほうが……」
 しかし彼は――侑誠さんは、わかりやすく動揺していた。どうしてだろう?
「と、ともかく!」
 話題を切り替えるように、侑誠さんは言う。
「お前は僕の婚約者だ。記憶がなくても、お前のことは僕が守る!」
 婚約関係というのは、こうも熱烈なものなのだろうか。漫画の知識しかない今の私にはわからない。侑誠さんが私を大切にしてくれていたのかどうかさえ、わからない。今の私には、彼ほどの熱量がないのだ。
「はあ……よろしくお願いします」
 だから私は、そんな生返事しかすることができなかった。
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