2 / 9
2.――「ごめんなさい、覚えてないです……婚約者?」
しおりを挟む
あれこれと検査を受けた結果。
一般常識等の認識に問題はないが、対人関係の記憶が失われている状態であると宣告された、数時間後。
「――流華!」
病室に、新たに知らない人が駆け込んできた。
すらりとした体躯に、整った顔立ちの少年だ。同い年くらいだろうか。黒を基調にした私服姿の彼は、きっと誰が見てもモデルかなにかだと思うに違いない。
そんな人が、どうして血相を変えて私の病室に駆け込んで来たのだろうか。
「ええと、どちら様でしょうか?」
私はこの病室で目を覚ましてから、この言葉を何度も繰り返している。
これを言うと、みんなショックを受けて固まってしまうから、あまり言いたくはないのだけれど。如何せん、私からすれば全員初対面なのだから仕方がない。
「侑誠君、来てくれたんだね。ありがとう」
さきほど私の父親だと名乗った中年男性は、やってきた少年に向かって言う。
「流華はひったくりに遭った際に転倒して、頭を強く打ってしまってね。打ちどころが悪かったのか、今の流華は、誰のことも覚えていないんだ」
「そ、そんな……」
少年も例に漏れず、ショックを受けたようだった。
しかし、彼は一体何者なのだろう。父の態度からして、私の兄妹とかではないようだけれど。親戚かなにかの人だろうか。
「ぼ、僕は、流華の婚約者である櫨原侑誠だ。……本当に、覚えてないのか?」
「ごめんなさい、覚えてないです……婚約者?」
思わず、聞き返した。
病室が個室である時点で違和感はあったが、もしかして私は、上流階級の生まれなのだろうか。今日日、高校生の身の上で婚約者が決まっているだなんて、なんだか漫画の世界みたいだ。
「そうだ。今日だって、二人で映画を観に行って、カフェでラテアートを楽しむ予定だったんだ」
「そうだったんですか」
であれば私は、理由はどうあれ、約束をすっぽかしてしまったことになる。
「すみませんでした」
だから謝った。
私がひったくりになんて遭わなければ、今日一日を平凡に楽しめていたはずなのに。私の所為で台なしにしてしまったのだ。謝るのは当然と言えた。
「い、いや、お前は謝る必要なんてないだろ……その、むしろ、僕のほうが……」
しかし彼は――侑誠さんは、わかりやすく動揺していた。どうしてだろう?
「と、ともかく!」
話題を切り替えるように、侑誠さんは言う。
「お前は僕の婚約者だ。記憶がなくても、お前のことは僕が守る!」
婚約関係というのは、こうも熱烈なものなのだろうか。漫画の知識しかない今の私にはわからない。侑誠さんが私を大切にしてくれていたのかどうかさえ、わからない。今の私には、彼ほどの熱量がないのだ。
「はあ……よろしくお願いします」
だから私は、そんな生返事しかすることができなかった。
一般常識等の認識に問題はないが、対人関係の記憶が失われている状態であると宣告された、数時間後。
「――流華!」
病室に、新たに知らない人が駆け込んできた。
すらりとした体躯に、整った顔立ちの少年だ。同い年くらいだろうか。黒を基調にした私服姿の彼は、きっと誰が見てもモデルかなにかだと思うに違いない。
そんな人が、どうして血相を変えて私の病室に駆け込んで来たのだろうか。
「ええと、どちら様でしょうか?」
私はこの病室で目を覚ましてから、この言葉を何度も繰り返している。
これを言うと、みんなショックを受けて固まってしまうから、あまり言いたくはないのだけれど。如何せん、私からすれば全員初対面なのだから仕方がない。
「侑誠君、来てくれたんだね。ありがとう」
さきほど私の父親だと名乗った中年男性は、やってきた少年に向かって言う。
「流華はひったくりに遭った際に転倒して、頭を強く打ってしまってね。打ちどころが悪かったのか、今の流華は、誰のことも覚えていないんだ」
「そ、そんな……」
少年も例に漏れず、ショックを受けたようだった。
しかし、彼は一体何者なのだろう。父の態度からして、私の兄妹とかではないようだけれど。親戚かなにかの人だろうか。
「ぼ、僕は、流華の婚約者である櫨原侑誠だ。……本当に、覚えてないのか?」
「ごめんなさい、覚えてないです……婚約者?」
思わず、聞き返した。
病室が個室である時点で違和感はあったが、もしかして私は、上流階級の生まれなのだろうか。今日日、高校生の身の上で婚約者が決まっているだなんて、なんだか漫画の世界みたいだ。
「そうだ。今日だって、二人で映画を観に行って、カフェでラテアートを楽しむ予定だったんだ」
「そうだったんですか」
であれば私は、理由はどうあれ、約束をすっぽかしてしまったことになる。
「すみませんでした」
だから謝った。
私がひったくりになんて遭わなければ、今日一日を平凡に楽しめていたはずなのに。私の所為で台なしにしてしまったのだ。謝るのは当然と言えた。
「い、いや、お前は謝る必要なんてないだろ……その、むしろ、僕のほうが……」
しかし彼は――侑誠さんは、わかりやすく動揺していた。どうしてだろう?
「と、ともかく!」
話題を切り替えるように、侑誠さんは言う。
「お前は僕の婚約者だ。記憶がなくても、お前のことは僕が守る!」
婚約関係というのは、こうも熱烈なものなのだろうか。漫画の知識しかない今の私にはわからない。侑誠さんが私を大切にしてくれていたのかどうかさえ、わからない。今の私には、彼ほどの熱量がないのだ。
「はあ……よろしくお願いします」
だから私は、そんな生返事しかすることができなかった。
43
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
『まて』をやめました【完結】
かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。
朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。
時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの?
超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌!
恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。
貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。
だから、もう縋って来ないでね。
本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます
※小説になろうさんにも、別名で載せています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。
BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。
何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」
何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~
可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる