暮れなずむ秋と孤独な狛犬の歌

四十九院紙縞

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閑話

「またね、アキ」

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 山を下りて、それからの話を少しだけしよう。
 その後、僕らはほどなくして清野先生と遭遇することとなった。曰く、心配になって僕を探しに来たらしい。
 しかし僕の行き先に見当もつかなかった清野先生は、学校の周辺を車でぐるりと巡回することにしたのだそうだ。異常を認められなければ学校へ戻ろうと思っていた矢先、血相を抱えたあいつらとすれ違い。嫌な予感がして道を辿った先に、怪我をしている僕らを見つけた――ということらしい。
 そうして僕らは清野先生の車に乗せてもらい、病院へ向かったのだった。
 こうなってしまえば、その後のことなんて容易に想像できるだろう。
 学校と保護者に連絡が入り。
 ほどなくして、治療室に担任の龍岡先生が飛び込んできて。
 次に、近所の人に車を出してもらったばあちゃんが、冷や汗をかきながら来て。
 最後に、少女の言っていた『叔父さん』と思われる中年男性が、真っ青な顔で来たのだった。
 幸い、僕の怪我は見た目ほど酷くはなかった。骨も内蔵も無事である。……まあ、ばあちゃんには死ぬほど怒られたし、心配もかけてしまったけれど。文化祭までには、大きな湿布もガーゼも外すことができた。
 むしろ心配なのは、少女のほうだった。
 母親から暴力を振るわれ、祖母がそのことにまともに取り合ってくれず、家出をした少女。
 病院ではそれぞれに事情を訊かれていて、ろくに会話することもできなかった。というより、少女は深刻そうな表情で叔父さんと話をしていて、声をかける機会を見失っていたというのが正直なところである。
 そうこうしているうちに、少女は叔父さんに連れられ、病院をあとにすることになった。
「アキ」
 別れ際、少女は弱々しく僕の名前を呼んだ。それだけで、少女がどれだけの不安に晒されているのかを、僕は理解できてしまえた。大丈夫と言葉をかけるのは簡単なことだ。けれど、少女が求めているのがそんなものではないことも、僕にはわかっていた。
「文化祭、今月の二十六日だから。絶対来いよ」
 待ってるから、と続けると、少女の表情は少しだけ明るくなった。
 少し先の未来の話。
 また会おう交わす約束。
 日常に溢れかえっているそれがどれだけ脆く、同時にどんな意味を持つものかを、僕らは知っている。
 僕の言葉を受けて少女は、そうだな、と頷き、不器用に笑って見せた。
「またね、アキ」
「うん。またな、コマ」
 それでも僕らはその日、再会を約束して別れを告げた。
 少女の近況を知りたくないと言ったら嘘になる。だが、どれだけ心配でも、連絡を取る手立てが皆無なのだ。結局僕は、少女の本当の名前も、家も、電話番号も知らない。田舎のネットワークを駆使したら簡単にわかりそうなことだったけれど、そんなことをしてまで少女の情報を得ようとは思わなかった。
 だから僕は、文化祭までの二週間ちょっとの間、合唱の練習に打ち込んだ。
 賢斗が声をかけてきたことをきっかけに、他のクラスメイトとの妙な距離感は徐々に縮まっていった。教室に居ても孤独感を感じないということが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。別段、僕はクラスの中心的人物というわけではない。けれど、こうして無意識下に引かれていた一線が薄まっていくというのは、目に見えて安心できた。
 少女にとっても、学校がそういう場になれば良いのに。
 そんなことを考えながら、僕は少女に教えてもらったことをひとつずつ復習して、クラスメイトと歌の練習を重ねていった。
 それに、これだけ練習に集中できたのは、あの一件以来、あいつらが僕にちょっかいをかけてこなくなったことが大きい。
 あの日。
 清野先生が逃げ帰るあいつらを目撃していたということもあり、僕らはことの顛末を正直に話した。
 僕が中学に入学してから、あいつらに暴力を振るわれていたということ。
 バス停裏のときは、少女がそれを目撃していたということ。
 少女が突き飛ばされて山の急斜面に落下したこと。
 包み隠さず、全てを話した。
 あいつらを庇う理由なんてない。それに、僕のことは置いておくとして、少女は一歩間違えば死んでしまうようなことをされたのだ。その事実は公表しなければならない。
 風の知らせによると、先生達からの信用を失墜させ、三人とも高校の推薦入試の話が無残に散ったらしい。だからこれ以上僕と関わって、自分たちの評判を落としたくないのだろう。あいつらに絡まれることがなくなったことで、半年に渡って続いた問題はほとんど解決したと言って良いだろう。
 呆気ないように感じるが、実際、日常なんてこんなものだ。劇的なできごとなんてほんの一握りで、全ては地続きに緩やかに変化していく。
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